| 練習試合の帰り道、駅前広場で大きな笹を見つけた。 「何だ?パンダか?」 青峰が呟く。 「なに、青峰くん。動物園に行きたいの?」 青峰の呟きが聞こえたが問う。 「ちゃんとなら行きたいっス!」 「黄瀬くん、ちょっと黙ろうか」 が静かに返す。 「そうか!今日は七夕だよ」 桃井が目を輝かせて言う。 そういうイベントごとが好きな彼女は皆に短冊にお願い事を書こうと言い出した。 短冊はたくさん用意してあって誰でも好きなことを書けるようになっているらしい。 嫌々ながらも皆は桃井の提案に応じて願い事を書く。 「ちゃん、何て書いたんスか?」 の手元を覗き込んで黄瀬が言う。 「え?普通」 「や、ほんとに『普通』って...どういうことっスか!」 黄瀬が苦笑しながら言う。 の手にした短冊には『普通』の一言が書いてあるだけだった。 「じゃあ、黄瀬くんは?」 「これっス!」 胸を張って彼が見せたそれには『ちゃんと結婚』と書いてあった。 「小学生か!」 思わずが突っ込みを入れる。 「織姫と彦星に願い事が良く見えるように高いところに結ぶっスよー」 そういいながら、黄瀬は上機嫌に自分の短冊を手を一杯に伸ばして結び始める。 (まあ、高いところにつけてもらうほうがいいに決まっている。あんなの、衆目に晒すとか...) そんなことを思いながらは自分のを結ぼうとした。 「貸すのだよ、」 そう言って緑間がの『普通』の短冊を受け取って高いところに結ぶ。 「ありがとう」 「いや」 の礼に緑間は返した。 「緑間くんも書いたの?」 「ああ、もう結んだのだよ」 「えー、どれ?」 見上げるの目を覆い隠す。 「秘密なのだよ」 「けちー」 そういうは笑っていた。 「けど、今日はこれから雨が降りそうですね」 「だなー」 空を見上げるとかなり重たい雲が掛かっている。 「催涙雨だね」 が呟いた。 「催涙雨?」 緑間が見下ろして鸚鵡返しに問う。 「うん、七夕に降る雨がそう言われてるんだって。織姫と彦星が会えるのって七夕だけでしょう?だから、逢えなかったときの涙だとか、お別れするときに流す涙とかって言われてるんだって」 「詳しいな」 緑間が感心して言う。 は桃井のような乙女チックなところはあまりないと思っていた。 「母親が、そういう話が大好きなの」 「なるほど」と緑間はすっかり納得してしまった。 雨が降る前に帰ろうとが声をかけて駅の構内に入る。 しかし、丁度ラッシュの時間だったらしく、人が多い。 「わ、わわ...」 改札に向かっていると先ほど電車が着いたばかりの様で帰りを急ぐ人たちの流れに思わず流されてしまった。 フラフラとしてそのままうっかり階段から落ちそうになったところで、はしっと手を掴まれた。 「、大丈夫か」 「ありがとう」 乗ろうと思っていた電車が発車した。 「あー、ごめん」 乗りそこなった旨のメールを皆に送っている緑間の隣でが謝る。 パチンと携帯を閉じてポケットに仕舞いながら緑間は時刻表を確認していた。 「、時間はあるか?」 「うん。え、そんなに次までが長いの?」 が慌てるが 「いや、すぐに来る。...だが」 と緑間にしては歯切れの悪い言葉が返ってきた。 「どうしたの?」 が首を傾げて見上げてきた。 「今日は、俺の誕生日な.の...だ、よ」 自分の誕生日をアピールするのが気恥ずかしいのか、緑間の言葉は最後の方は片言になっていた。 「じゃあ、お祝いしなきゃだね」 がすぐに応じた。 「え...」 ビックリして声を漏らした緑間に 「あれ?嫌だった?」 とは不思議そうに彼に問う。 「あ、いや。嬉しい..のだよ」 斜め上に顔を向けて緑間が言った。そんな照れている様子の緑間にはクスリと笑う。 「さ、何処に行きましょうかー。いっそ夕飯食べちゃう?」 が覗う。 「のところは、夕飯は用意されていないのか?」 緑間の問いに「うん」とが自信満々に頷く。 「本当か?」 「だって、ウチの母親は家事全般苦手だもん。いつもわたしがご飯作ってる」 は自信満々に言う。 「そうか。だが、なら尚の事早く帰ったほうが...」 「いいよ、あっちは大人だし、お腹空いても何とかするって。さ、緑間くん。どうする?ファミレスにしちゃおうか」 そういいながらは緑間の手を引いて駅の近くのファミレスを目指した。 駅を出て駅前広場の笹が視界に入る。 『誕生日を祝ってもらいたい』 短冊を渡されてすぐに浮かんだのは、子供のような願い事。 しかし、一度それが浮かんでしまうとそれ以外が思い浮かばなくなった。 仕方なく、誰にも見られないうちにさっさと書いて高いところに結んだ。 星に願ったささやかで大きな願い事は、意外にもあっさりと叶ったのだった。 |
桜風
12.7.7
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