| インターホンが鳴る。 「はいはーい」との母親が出てきた。 「あら、ちょっと早め」 彼女が笑った。 「すみません。待てなかったっス」 本当に申し訳なさそうに黄瀬がそう言って頭を下げた。 「大丈夫よ。ただ、もうちょっと掛かるから上がって待ってて」 本日元旦。 黄瀬はと初詣に行くことになった。 行くことになったと言うか、大晦日に黄瀬が電話をかけてお願いして「別にいいけど」と彼女が返したのだ。 そして、黄瀬は重ねてお願いした。 「着物着てほしいっス!」 「は?」 が面倒くさいという思いを声に乗せて返した。 「絶対に、オレが守るっスから!!」 「や、そう言う意味の『は?』じゃなくて」 「いいよー」 受話器を取り上げての母親が代わりに返事した。 「は?」 「だって、ほら。さんのために買っている着物、こんなときじゃないと着てくれないでしょ?」 「あるの?!」 「あるよ。去年買った」 「初耳」 「...今言ったのが初めてかもー」 電話口で勝手に展開されている会話に黄瀬は期待した。 「わたし、着付け出来ないよ?本でもあるの??」 「旦那が出来る!」 胸を張って彼女が言った。 は振り返るとものすごーく嫌そうな表情を浮かべている父親の姿があった。 「可愛く着付けて頂戴」 「...わかった」 「と、いうわけで涼太君。オッケーよ」 「わたしの意見は?!」 が声を上げるが、聞き入れてもらえなかったらしい。 そのままの母親と黄瀬が元旦の初詣に必要なことを確認して電話を切った。 家に上がると、リビングで寛いでいたテツヤ2号に唸られる。 「何でオレ、この子に嫌われているんスかね」 「ライバルなんじゃないの?少なくとも、2号君はさんのこと好きだし」 「えー、オレの方がずっとずーっと好きなのにー」 黄瀬の言葉に彼女は笑った。 「隠さないんだ?」 「今更って感じもするっスから。お義母さんにもバレバレでしょ?」 少し照れたように黄瀬が言った。 の母親は面白そうに笑う。 「ね、涼太君ってモデルさんだよね」 「そうっスね。バイトしてるっスよ」 「色々苦労があるでしょ?」 そういわれて苦笑した。 「まあ、それなりに。そういえば、お義父さんは、学生時代にはバレーをやってたんスよね?」 「うん」 の母親が頷く。 「じゃあ、お義母さんは?」 「あたしは陸上。独り競技がよかったから。当時のレコード持ってたのよ」 「レコードって、凄いじゃないっスか!って、独り競技?」 「自分のレベルを落として周りに合わせるのがイヤだったの。やー、若かったわ。社会に出たらそんなのばっかなのにね」 苦笑して彼女が言った。 「ちゃんの足の速さは、お義母さん譲りってことっスかー」 「旦那も遅くないけどね」 そう言って黄瀬の淹れたコーヒーに口をつける。 「ねえ、涼太君」 「何スか?」 「さっきの、モデルの話に戻るんだけど」 「誰かのサインっスか?オレの知ってる人のならたぶんもらえるっスけど...」 黄瀬が言うと「違う違う」と彼女が笑った。 「じゃあ...」 「昔、ウチに遊びに来てくれたことあったじゃない?」 「はい」 黄瀬が頷く。 「あの少し後に、雑誌の表紙飾ったでしょ」 「...あー、あったかも。そうっスね」 黄瀬はうろ覚えではあるが、頷く。 「書店で見かけて驚いちゃったわ。思わず買って帰ったらさんに見せたら、「あー、うん。モデルさんらしいよ」って言われて。それから、何だか、あなたたちって有名人らしくて雑誌の取材とか受けてたでしょ?見かけるたびに思わず買ってたの。知ってる子がインタビュー受けてると気になるものなのねー」 「バスケのほうっスよね」 黄瀬の言葉に彼女は頷く。 「それで、それを元ネタにさんと話をするようになってね。そしたら、あの子凄く楽しそうで。あー、こんな顔する子だったんだーってびっくりしちゃった」 そう言って笑う彼女の笑顔は娘のそれとそっくりで黄瀬は苦笑する。 「なに?」 「笑顔がちゃんとそっくりっスね」 「人の奥さん口説くとか、いい度胸だな黄瀬」 「痛い...!痛いっス...!!」 頭を鷲掴みされて黄瀬が悲鳴を上げた。 「何か聞こえるんだけどー」 遅れてがやってくる。 「わ...」 黄瀬が言葉をなくした。 「感想はー?」 からかうようにの母親が言う。 「一生大事にするっス!」 「ふざけんな!」 の父親が足蹴にした。 「痛いっス!!」 「お父さん。さすがによそ様のご子息を足蹴にするのはどうかと思う...大人気ない」 呆れたようにが言うと「う、うん。そうかも...」と少しだけ父は反省した。 「黄瀬くん、行こう」 とっとと行って帰ってきたい。早く着物を脱ぎたい。 しかし、黄瀬が動かない。 「黄瀬くん?」 「や、やっぱり...」 「なに?」 「着物やめないっスか?」 「「はあ?!」」 と父親の非難の声が重なった。 「何言ってんの!」 が責める。 「だ、だって。こんな綺麗なちゃん他の男に見せたくないっス!」 は唖然とした。 「ばーか!」 そう言っての父親は黄瀬の頭をはたいた。 「痛いっス...」 「自慢してらっしゃい」 の母親が愉快そうに笑った。 「ほら、行くよ。行かないなら、もう行かない」 がそう言うと黄瀬は慌ててソファから立ち上がる。 「じゃあ、ちょっと行ってくるっス!」 の両親とテツヤ2号にそう宣言して、彼女と共に家を出る。 歩きにくそうにしているに歩幅を合わせて、その様子を気遣いながら歩く黄瀬の姿は彼の想いがにじみ出ていて、微笑ましい。 「やー、可愛いわ」 の母親の呟きに、父親は凄く面白くなさそうに溜息を吐いた。 |
桜風
13.1.1
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