| 「ちん」 弾んだ声で紫原が声をかけてきた。 「なに?」 振り返っては少し驚く。 目の前に壁があった。まさかこんなに距離を詰められているとは思っていなかった。 一歩下がり、「なに?」と改めて聞く。 「10月9日はなんの日か知ってる?」 「ジョン・レノンの誕生日」 はすぐさまに答えた。 「...そーなの?」 首を傾げて紫原が言う。 「って、いつか本で読んだ気がする」 「ふーん。でも、オレの誕生日だし」 紫原が主張した。 「えーと?」 要求されるものは、もうわかった。その量が問題だ。 「お菓子ちょうだい」 (うーん、ストレート) は苦笑した。 紫原がお菓子好きで、しかもの作るお菓子を気に入っているようなので、普段はそれを餌にいろいろとコントロールしている。 平たく言うと、彼女の料理は紫原の胃袋をぐっと掴んでいるのだ。 まあ、胃袋を掴んでいるのは、紫原だけではなく、バスケ部レギュラー陣全員といっても過言ではないが、ひとまず別の人間については、置いておく。 「お菓子?」 「うん。えーとねー」 そういって彼は指を折っていく。 右手だけでは足りなかった。 「ちょっと待とうか、紫原くん」 「ん?時間がかかる?」 「それもあるけど。これまでのみんなの誕生日を思い出して?」 紫原はちょっと考え、 「んー、よそはよそ。うちはうち」 と言い切った。 「いやいやいや!」 は思わずつっこむ。 「えー、いいじゃん。オレだけ特別で」 「よくないよ。みんな同じくらいじゃないと」 後で絶対に揉める。特に、黄瀬あたりがにぎやかに騒ぎだす。 「むー、ちんのけち」 「けちで良いから。そうだ、紫原くん」 「なにー?」 は良いこと、かもしれないことを思いついた。 「あのね、たくさんわたしが作ってあげるのは不公平だけど、紫原くんが手伝ってくれたら、不公平感は減るんじゃないかな?」 「オレ、全部味見するよ」 「わたしの提案前と提案後で何がどう変わってるのかわかんないんだけど...いいじゃん、手伝ってよ」 「...どこでやるの?」 拗ねた様子の紫原に聞かれてちょっと困った。 学校の施設は借りづらい。 青峰の時は夏休みだったから頼みやすかったが、今は学校が始まっている。 調理部が使っているはずだ。 調理していなくても、あそこは部室のようになっているらしいから、部員が詰めているだろう。 そんな中に突入していくのはどうかと思う。 「うち?」 しかない。 「ちんち?」 「しかないかなー...」 (たしか、お父さんは出張だったけど、お母さんは大丈夫な..はず) ただし、急遽出張が入ることがあるから今の情報で安心はできないが... 「いく」 「はいはい。じゃあ、うん。うち..ね」 は非常に後悔した。 「君」 「なに?」 紫原と話をした数日後、赤司に声をかけられた。 「紫原から聞いたんだが、彼の誕生日を祝うんだってね?」 「あ、うん。要求された」 苦笑して頷く。 「調理室は使えるように手配しておいたから」 「へ?」 がきょとんと赤司を見上げた。 「でも、調理部の...」 「確保したから大丈夫だ」 まあ、非常に助かることは助かるのだが... 「ありがとう」 なんだか、お礼を言っても良いことなのか悩みながらは赤司に礼を言った。 彼は満足げに微笑んだ。 「ねー、何でさっちんたちもいるの?」 不機嫌に紫原が言う。 なぜか調理室に友人たちが集まっていた。 「ムッ君の誕生日のお祝いでしょ?私も手伝うから!」 「さっちんが料理するのって怖いから、いらなーい」 みんなこういうときは、気を遣ってオブラードに包んで断るのだが、彼はズバッと言った。 ハラハラしながら黄瀬が見守っていると 「なによ!、私絶対手伝うからね!!」 とさらにムキになった。 「ちん、ダメだからね」 「!」 「...え、何でわたしが一番の貧乏くじ?」 は心底困った。 「えっと、桃っち。ほら、今日は紫原っちの誕生日っスから。紫原っちの好きなように...」 黄瀬が説得を試みた。 「だからお祝いしようと思ったんじゃない」 拗ねてしまった。 普段の黄瀬は、女の子に言い寄られてそういうのに慣れているが、宥めるとかそういうスキルはかなり低いようだ。意外と役に立たない。 「じゃあ、計量を頼もうか」 「なんで!」 桃井が抗議の声を上げた。そんな役割を振られるのは心外だといいたいようだ。 「桃井は、手伝いたい」 「そうよ!」 「紫原くんは、桃井に調理してほしくない」 「そー」 「間をとったらそれしかないじゃん。ちなみに、お菓子づくりで最も重要な仕事はそれだから」 がいうと「そうなの?」と桃井が首を傾げる。 「そう。お菓子は計量間違ったら失敗するものなの」 「わ、わかった。やる!」 最も重要な仕事を任されるということで、彼女は承諾した。 そして、紫原も計量以外させないと言うなら、と了承した。 (何で作る前からこんなに疲れるの...) は心の中で呟いた。 2時間後。 「紫原っちだけズルイ!」 やっぱり黄瀬が騒ぎ始めた。 「ズルイと言われましても...」 「オレ、手伝ったし」 少し自慢げに言う。がそれならバランスが取れるだろうと言ったのだから、きっと大丈夫だと思っているらしい。 「うー...来年の誕生日は、オレも手伝うからたくさん作ってほしいっス!」 (やっぱそうなるのねー) は遠い目をした。 「おー、できたか」 自主練をしていた青峰たちが合流してきた。 「では、紫原の誕生日のお祝いをするか」 赤司が仕切り、先ほど黄瀬をお使いしてきてもらった飲み物を皆に配る。 「では。紫原誕生日おめでとう」 赤司の言葉を合図に皆がお祝いの言葉を口にした。 紫原は、少し拗ねたように「オレの食べる量が減ったし」と呟いていたが、それが照れ隠しなのは皆も気づいており、適当に謝罪を口にした。 |
桜風
12.10.9
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