| 部活のために体育館へ向かっているとそれが見えた。 廊下を青峰が走っている。そして、彼は誰かを追いかけているようだ。 追いかけられているのは女子生徒で、しかし驚いたことに青峰が距離を縮められていない。 つまり、彼女は青峰以上の足の速さだということだ。 「へえ?」 しかも、彼女は2階だというのに、窓から飛び降りた。 慌てた青峰が窓から見下ろすが、彼女はすぐ下の渡り廊下の屋根の上に着地し、非常階段に飛び移った。 身軽な子だ。 気が付くと、クスクスと笑っている。 「ああ、面白いな...」 赤司は呟き、体育館へと向かった。 「まだ追い掛け回しているのか。気の毒なのだよ」 窓から飛び降りた女子を見た2日後、緑間が青峰に溜息をつきつつ説教をしていた。 「うるせーな。いいんだよ。絶対面白くなるんだって!」 「本人が嫌がっているのだよ」 「何の話だ?」 赤司が声を掛けると「青峰が半ば強引にクラスの女子をマネージャーに誘っているのだよ」と緑間が溜息交じりに答える。 「お前なー。マネージャーがさつきだけって致命的だぞ?!」 「桃井で、致命的?」 「くっそ不味いだろう?」 堂々と同意はし辛いが、まあ、うん... 二人は曖昧に頷く。 「あいつ、の弁当すげー美味いんだぜ」 なぜか青峰が自慢げに言った。 「そのクラスの女子って、1回青峰から完全に逃げ切った子か?2階の窓から飛び降りた...」 「何だ、のこと知ってんのか」 「...もう全力で逃げられているのだよ。諦めてやるべきなのだよ」 緑間がそう言うが、青峰はまだまだ諦めそうにない。 彼女と次に会ったのは、その4日後だった。 空き教室で将棋を指していた。 するとドアが開いて静かに人が入ってきた。 赤司が振り向くと青峰に追いかけられていた女子だった。名前はというらしい。緑間から聞いた。 「あ、ごめん。かくまって」 彼女はそう言ってドアの後ろに隠れる。 ドアが開いた。 「ここに女の子が来なかった?」 おそらく、3年と思われる女子が入ってきて中にいた赤司に問う。 ちらっとドアの陰に視線を向けると彼女は手を合わせている。 「いいえ」 赤司が首を横に振ると3年女子は「そう...益々欲しいわ!」と言って部屋を出て行った。 「ありがとう〜」 ぺたりと座り込む。 「何をしたんだ?」 「全力で走ってしまったのよ。この学校の女子の体育のレベルを下調べするのを忘れてて...」 そういえば、先ほどここに来たのは陸上部の主将だった気がしないでもない。 窓の外を見ると、別の部まで彼女を探しているようだった。 「陸上部は嫌なのか?」 「目立つのがイヤなのよ」 彼女は肩を竦めてそうっと窓の外を覗いている。 「助けてやってもいいが?」 赤司が言うと彼女は少し警戒しつつも「ホント?」と問うてきた。 「一番確実な方法を俺は知っている」 「教えていただいても?」 彼女が乗り気なのを心の中で笑う。罠にかかった。いともあっさりと。 「です」 物凄く腑に落ちないと顔に書いてある。 アレだけ逃げまくっていたのに、なぜかバスケ部のマネージャーになっている自分が納得できないのだろう。 クツクツと笑う赤司に緑間が奇妙な視線を向けていた。 とりあえず、彼女との約束は果たしている。この学校は部活動の掛け持ちを禁止している。よって、彼女は助けてもらえたことにはなった。 彼女は物覚えが早く、手際が良い。 曰く、「家で料理をしているから」だとか。 料理は手順だとかそういうのを考えて動かなくてはかなり時間が掛かる。だから、そういう効率の良い手順を考えるクセが出来ているのだそうだ。 ある日、練習後にひとりで囲碁を打っていた。 「赤司くんって結構渋いね」 「知的戦略ゲームが好きなだけだ」 「...なるほど」 そういいながらは赤司が見ている本を覗き込んでいる。 「なに、それ...」 「手が書いてある」 「指南書?」 「の、ようなものだ」 そう言って赤司は彼女にその本を譲った。 「いいの?」 「ああ、貸してあげよう」 彼女はその本をパラパラと見て「ありがとう」と返してきた。 「家に持って帰ってもいいぞ?」 「もう読んだから」 赤司は驚いて眉を上げた。 「もう読んだ..だと?」 「うん。速読は得意なんだ」 (そんなレベルか?!) 思わず驚く。 「、1局打ってみないか?」 「赤司くんって、強いの?」 「手加減してやる」 赤司の言葉に彼女は少し悩み、頷いた。 「何かペナルティがあるほうが面白いな。そうだな、。青峰が絶賛しているんだが、弁当が美味いらしいな」 「光栄デース」 「俺がこれで勝ったら、明日作って来ること」 「時間制限しない?30分。あまり時間は取れないから。で、わたしが負けたら、おべんとね」 の言葉に赤司は頷く。 「つまり、わたしは負けなきゃいいってことね」 がそう呟いた。 30分後、見事なドローだった。 盤上を見れば、大抵どちらかに傾いているはずだが、全くのドローだ。 「じゃあ、おべんとなしで。自力で調達してね」 はそう言って笑った。 「碁の経験は?」 赤司が問うと 「初めましてだったよ」 とは笑う。 「ふははははっ!」 赤司が声を上げて笑った。 「え。なに..どうかした??」 慌てるに「いや、何でもない」と赤司は微笑む。 (面白い...) 赤司は、これまでは勝利して当然の人生を歩んできている。 しかし、そんな赤司に彼女は彼女のルールの上で勝った。 彼女の目標はあくまで『ドロー』だった。以前、初めて言葉を交わしたときに彼女は言っていた。『目立つのはイヤ』だと。 先ほど、自分に強いのかと確認してきたのは、うっかり彼女自身が勝たないかどうかを確認したかったのだろう。 今まで会ったことのないタイプだ。 誰もが勝ちたいと必死になる。しかし、彼女は勝たないところを探してそれに執着する。そして、負けもしない。 「あ、ごめん!」 が立ち上がる。 「家に帰らなきゃ」 「ああ、そうか。平日は毎日夕飯を作っているとか言っていたな」 「うん、スーパーに寄らなきゃ、だから。ごめんね。楽しかった」 「ああ、俺も楽しかった。また明日、君」 部屋を出て行こうとしてはピタリと足を止めて振り返る。 「えっと...」 「急いでいるのだろう?」 促されて彼女は廊下に出て、窓から飛び降りると言う彼女お得意のショートカットで校舎を後にする。 翌日の部活中に「君」と赤司が彼女を呼んだことで体育館の中の空気が凍った。 「、赤司が変なのだよ」 緑間が声を掛ける。 「やっぱり、わたし『君』って呼ばれているよね?」 空耳だと思っていたが、周囲の反応から言ってそうではないことが分かる。 「仲良しじゃねーか」 青峰がからかう。 「ああ、君は俺の生き別れの妹」 問題発言には固まる。 「え、ちょっと..」 「?」 緑間が同情するように声を掛ける。 「の、ようなものだからな」 赤司が続ける。 からかい口調の赤司にが苦い顔をすると彼は愉快そうににやりと笑った。 |
桜風
12.8.19
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