世界が輝いた瞬間






少し雲行きが怪しいとは思った。

けど、何となく持つとも思っていた。

「はぁ...」

雨で煙る光景を目にして黄瀬は溜息を吐く。

先ほどから、女の子達に相合傘の申し入れは受けていたのだが、相合傘はしたくないから断っていたのだ。

かといって、傘を取り上げるわけには行かず...

「濡れるしかないっスね」

ポツリと呟く。

「黄瀬くん」

見下ろすとバスケ部マネージャーが見上げていた。

最近バスケ部に入った黄瀬は、このマネージャーにちょっとお世話になっている。彼女も今年からバスケ部マネージャーになったらしいが、自分よりは先輩だ。

「ども」

ぺこりと会釈する。

「傘忘れたの?」

「や、何とか持つって思ったスから」

「そっかー」

そう言って彼女は自分の持っている傘を「はい」と渡す。

「へ?」

「帰れないんでしょう?」

「けど、これ貸してくれたら..えとさんが濡れて帰るんじゃ...」

何とか彼女の名前を思い出して返す。

バスケ部にはまだマネージャーがいて、もうひとりのマネージャーの桃井は可愛い。

男受けする顔と言っても過言ではない、と黄瀬は思っている。

だから、桃井のことはバスケ部に入る前から知っていた。

それに対して、このはそこまでとびきり可愛い子ではない。自分に声を掛けてくる女子の方がよっぽど気合が入っている。

「じゃーん」と言って彼女は自分の通学鞄から折りたたみ傘を取り出した。

「折りたたみ傘も持ってたんスか?」

俄かに驚き、黄瀬が声を漏らす。

「うん、黄瀬くんと同じ。持つと思ったから。けど、帰ってる途中に降られたら嫌だったから一応念のため、ね」

「じゃあ、これは?」

「置き傘。思った以上の大雨になったからそっちを使おうと思ったんだけど。黄瀬くん使っちゃっていいよ。黄瀬くんの方が体が大きいもん」

そう言って彼女は折り畳み傘を開いて雨の中、足を進める。

彼女の厚意をありがたく受け取った黄瀬は、傘をさして雨の中に足を進める。

突風が吹いた。

思わず風に背を向けたが、それは長く続く風ではなく、本当に突風だった。

何とか風を凌いだ黄瀬は視線の先の人物を見て目を丸くした。

さん...」

彼女の折りたたみ傘の骨が折れていた。もう傘としての役割は果たせそうにない。

彼女は振り返って黄瀬に手を振り、そのまま駆け出していく。

この傘を返すべきだと思った黄瀬を制したのだ。

「あ、あれ...」

照れ笑いを浮かべていた、全然気合の入っていない彼女が凄く眩しく見えた。

シャツの胸の辺りをぎゅっと掴む。

「黄瀬君?」

「わっ!あ、黒子っち」

「どうかしたんですか?」

大雨の中、全く動く気配がなかった黄瀬を不審に思って黒子が声をかけてきたのだ。

「あ、いや。何でもないっス」

「さっきの風、凄かったですね」

黒子はまだ校舎から出る前だったと言う。

「そうっスね」

黒子と会話をしながら並んで歩く黄瀬はどこか心ここにあらずだった。


翌日、黄瀬は借りた傘をちゃんと乾かして学校に持ってきていた。

部活の際に返せば良いとおもったのだが、桃井の話によると、は体調不良で学校を休んでいるそうだ。

「え...」

その話を聞いた黄瀬が声を漏らす。

「どうしたの?」

「あ、いや。何でもないス」

見舞いに行くべきかと悩んだのだが、どうもそれは彼女が断っていると言う話を聞いた。

「寝てるんだから起こさないで」ということを言われたと桃井がぷんすかしていたのだ。

彼女の体調不良が何かは桃井も知らないといっている。

翌日もは学校を休んだ。

クラスに行ってみると、体調不良と言うことしか知らないと彼女のクラスメイトが言うのだ。

何か重い病気なのかもしれないと心配しているとその翌日、彼女は出てきた。

廊下での姿を見かけた黄瀬は思わず、彼女の腕を引いた。

「わっ!」

彼女は驚いた声を上げる。

「あ、ごめん」

黄瀬が謝ると「黄瀬くんかぁ」と彼女が笑う。

ズキンと再び胸が痛む。

「傘...」

「あ、うん。役に立った?」

「もちろんス。けど、さんが体調不良って...」

「ははっ」

は軽く笑って黄瀬の肩をポンポンと叩いた。気にしないで、という感じに。

チャイムが鳴って2人は慌てる。

「放課後、傘返すっス」

「了解」

慌しくそう言葉を交わしてそれぞれ教室に向かった。


部活が終わって彼女に傘を返した。

「置き傘だからそんなに気にしてくれなくて良かったのに」

が言う。

「折りたたみ傘、壊れたじゃないスか。それなら、置き傘は重要じゃないんスか?」

黄瀬が指摘すると「それもそうね」と彼女が笑う。

不意に黄瀬はに腕を引かれた。バランスを崩して思わず彼女に抱きつく格好となる。

すぐそばにの体温を感じた黄瀬は耳が熱くなる。

ダン、と傍の壁にバスケットボールが当たる。黄瀬がそのまま立っていたら跳ね返ってきたボールがぶつかっていたかもしれない。

「青峰くん、危ないでしょ!」

どうやら、練習していて手が滑ったとかそういうことのようだ。

ちゃん」

聞きなれない呼び名に「はい?」とが返事をする。

ぎゅっと抱きしめられてはさらに驚く。

「オレ、決めたっス」

「な、なにを?」

「まだ秘密っスー!」

バッと離れて黄瀬が笑う。

「青峰っち、オレも混ぜてほしいっスー!」

輝きを増した世界を眩しく思いながら、黄瀬はコートの中に戻っていった。








桜風
12.6.13


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