| 「ちゃんって何でも作れるんスか?」 部活が終わって不意に黄瀬が聞いてきた。体育館の外の流しで作業をしていたときのことである。 「何でもって?」 「お菓子っス」 「あー、本と材料があれば。たぶん、大抵のものは...」 (『たぶん』じゃないけど...) の言葉に黄瀬の表情が明るくなる。 「明後日ベーグルが食べたいっス。作れるっスか?」 「作ったことあるからできるとは思うけど...えーと?」 が首を傾げた。 作れると何故即ち作ってくることになるのだろうか... 「じゃ!」 言うだけ言って黄瀬は体育館に戻っていった。 また青峰に1on1を挑んでいるのだろう。 「や、けど。作るって約束になっちゃったの?何で??意味わかんない...あと、ベーグルはお菓子ですか?」 黄瀬の言った『明後日』が本日であり、は結局ベーグルを焼いてきた。 一軍全員分。 (今朝の早起きは本当に辛かった...) 目がシパシパする中、は教室に入る。 「、すげー顔」 同じクラスの青峰に言われて半分しか明かない目を向けた。 「眠い...」 「酷い顔をしているのだよ」 緑間にも指摘された。 「うん、何か。今日、黄瀬くんがベーグルを食べたいって言うから、とりあえず一軍の分は焼いてきたの。パン屋さん並みの早起きだよ」 「そっかー、すげー楽しみだな」 青峰の声が弾む。 放課後の部活が終わって、は一軍皆にベーグルを配った。 「あ、え...」 その様子を見た黄瀬が呆然としている。 「あれ?ベーグル食べたいって言ってた..よね?」 不安げにが見上げてくる。 「あ、うん。言った..スよ」 受け取った黄瀬は礼を口にして体育館の隅に向かっていた。 何か間違ったことをしてしまったのだろうか。 が首を傾げていると 「さん」 と声を掛けられた。 「黒子くん。はい、どうぞ」 「ありがとうございます。あの、さん」 「ん?」 「黄瀬君が、さんに言ったんですよね。ベーグル」 「うん。だから、一応焼いてみたんだけど...何?」 「さっき、桃井さんが黄瀬君と話をしていたのを聞いたんですけど。今日、黄瀬君の誕生日らしいです」 そこまで言われればだって黄瀬の意図がわかった。 「わお」 思わず呟く。 (だから、さっき黄瀬くん...) 彼的には誕生日プレゼントとしてのリクエストだったようだ。 「あ、えと。どうしよう...」 彼は過ぎたスキンシップをしてくるが、心から嫌いとは思えない不思議な雰囲気を持っている。 つまり、好きか嫌いかで聞かれれば好きのほうで。 だって、普段素っ気無い態度を取っていても、少なからず好意を持っている相手を傷つければ反省する。 「桃井、ごめん。ちょっと出てくる!すぐ戻るから!!」 そうもうひとりのマネージャーに伝えては体育館を後にした。 が戻ってきたとき、体育館はしんと静まりかえっていた。 「はぁ...」 間に合わなかった。 「ちゃん?」 体育館の片隅から声がし、驚いて視線を向けると黄瀬がボールを抱えてしゃがみこんでいた。 「あ、間に合った...」 よろよろと歩きながらがやってきた。 「あ、今日はベーグルありがとうス。美味しかったっスよ」 「黄瀬くん、今日が誕生日ってホント?」 「え、何で...」 驚いた黄瀬がを見上げた。 「ごめんね。知らなかった」 そう言ってはぺたんと床に座り込む。 「ちょっと待っててね」と言ってコンビニの袋からごそごそと色々と取り出していた。 出てきたのは、チーズケーキとアイスクリーム。そして、紙皿にスプーンとフォーク。あと、チョコペンと、缶コーヒー。 てきぱきと彼女は作業を続ける。 紙皿の上にチーズケーキを出して、アイスクリームをスプーンで丸い形に掬って皿の上に載せ、チョコペンで文字を書く。 「はい、できた」 『誕生日おめでとう』とチョコペンで書かれた紙皿を黄瀬に向けた。 「コンビニで買った物を載せただけになっちゃったけど。誕生日おめでとう、黄瀬くん」 「これ、オレが食べていいんスか?」 「うん。ごめんね、気付かなくて」 の言葉に黄瀬はにへっと笑う。 「結果オーライっス。今、すげー嬉しい」 「アイス溶けちゃうよ」 に指摘されて黄瀬は慌ててフォークを受け取り、手を合わせた。 美味しそうにケーキを食べている黄瀬を眺めながらは残りのアイスに手を伸ばす。 「ちゃん」 「なに?」 「好きっス!」 「よかったね」 チーズケーキのことを言われたと思ったは笑顔で返した。 「違うっスよ!ちゃんのことっス!!」 「はい?!」 思わず声を上げたを前に黄瀬は指折り数える。 「4年後にはオレの奥さんになってほしいっス。4年も待たせて申し訳ないっスけど」 は、ぽかんとした。 「......幼児か!」 やっと出てきた言葉がそれだった。何か、幼稚園だとか保育園だとかで日常的に行われていそうなプロポーズだ。 いや、今時のお子様の方が素敵な言葉を紡いでいそうだ。 「オレは本気っスよ」 「なお悪い!」 「えー、何でっスか?オレ、顔良し、スポーツ万能、頭もまあまあスよ?絶対にオレを選ぶべきっス!!」 は盛大な溜息を吐いた。 (何か、面倒くさいかも...) 遠い目をしたは立ち上がる。とりあえず、アイスも食べ終わったし。 「あれ、何処に行くんスか?」 「今日の片付け、まだしてないから」 そう言っては逃げるようにその場を立ち去った。 ***** 黄瀬の携帯にメールの受信があった。 全体練習後の自主練が終わってシャワーを浴びて更衣室に戻ってから気付いた黄瀬はとりあえず、発信者を確認してわたわたとする。 「どうした、黄瀬」 笠松に声を掛けられて 「な、何でもないっス!」 と半裸であるにも関わらず更衣室から出て行く。 全く内容のないメールだと言うのに、何度も何度も読み返し、にへっと笑う。 『誕生日おめでとう』 件名のみで、本文には何もない。 けれども、それでも嬉しくて黄瀬はその文字を何度も見て、やがてメールを返して更衣室に戻った。 『今日も愛してるっス!』 それから、ひと月近く彼女にメールを送っても返事がなかった。 それでも黄瀬はへこたれず、毎日彼女から送られてきたおめでとうメールを眺めてはにやにやと笑っていた。 |
桜風
12.6.18
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