| 今日はモデルの仕事があったため、部活に出られなかった。 戻って自主練を、と思ったがそれも中々時間的に難しそうだ。 せめてできるのはロードワークくらいのもので、黄瀬は溜息を吐いた。 一応、事務所的には黄瀬のバスケもある程度優先させてくれる。 そのため、あまり時間が遅くなるようだったら、撮影のスタートをずらしてくれるようになっているのだが、今回は、放課後すぐにスタジオに向かい、色々と押してこの時間となってしまった。 東京のスタジオだったらある程度邪険にされることを覚悟して、そのままに会いに行けたが、残念ながら横浜にあるスタジオでの撮影だった。 「はぁ...」 溜息が零れる。 制服に着替えて「お先です」とスタジオを後にしようとした。 「涼太ぁ」 鼻に掛かった甘えたような声で名を呼ばれる。振り返った先に居たのは、此処最近人気急上昇の女子高生モデルだった。 今回、彼女とのツーショットとなっていたのだが、中々の女王様で彼女のせいでこんな時間まで撮影が押してしまったのだ。 (というか、初対面で『涼太』って何スか...) 少し不愉快に思いながらも「何スか」と返す。 「涼太ってバスケしてるって聞いたんだけど」 「はあ...してるっスよ」 適当に頷いてそう返す。 「で、全国区とか」 「学校はそうっスね」 「でもそのスタメンなんでしょ?この間、全国大会にいったって聞いたよぉ」 (あ、オレ。この声嫌い...) 甘ったるいこの声は、意識的に出しているものだ。 「そうっスね」 (早く帰りたいっスね。やだな...) 「ふーん。ねえ、あたしと付き合わない?涼太ならあたしと釣り合うと思うんだけど」 (何様っスか) 黄瀬は溜息を吐いた。 「それって、オレがバスケしてなくて、モデルやってなくても君は言ってくれるんスか?」 「え?やだ、言うわけないじゃない」 からからと彼女は笑った。 (まあ、それもそうスねー...) 「オレは、君がモデルで超可愛くても、付き合いたいって思わないスよ。じゃ、お先っス」 彼女は顔を真っ赤にして怒り、遠ざかっていく黄瀬を大声で罵った。 ****** 生まれたときから顔が整っていた。 両親の自慢であり、自分にとっての当たり前だった。 女の子達は黄瀬をもてはやし、男達の妬みを受けるのが彼にとっての普通だった。 それは中学に入ってからもそうで、モデルを始めてからは特にその傾向が強かった。 自分に言い寄ってくる女の子達はさらに数を増し、水面下での激戦を勝ち抜いた子だけが黄瀬に声を掛けられるような状態だった。 しかし、『モデルの黄瀬涼太』と付き合いたいと思う子は、自己顕示欲の強い子達が多く、正直飽き飽きしていた。 彼女たちは、自分を利用したくて近付いている。 見え透いた嘘やお世辞。その見返りが、『モデルの彼女』というステータス。 それなりに楽しかった。そして、同時に空虚だった。 言い寄ってくる子は可愛いし、バカが多かったから楽だった。キスも、それ以上も何の苦労もなく、寧ろ向こうから求めてきた。 そんなとき、全然普通の気合が全く入っていない子に恋をした。 黄瀬にとって、初めての恋だったかもしれない。 彼女に恋して、世界が変わった。単調な、空虚だったそれが凄く複雑怪奇で思い通りにならないけど、充実し始めた。 ある日、屋上へと向かう階段を昇っていると彼女の声が聞こえた。 複数の女の子の声の中に彼女の声があるのを聞き取れた。 黄瀬は苦笑した。これまでの女の子は全部『同じ』だったのに、彼女だけ『トクベツ』なのだ。 女の子達の内緒話は聞かないに限る、と思ったがその中に自分の想い人、がいるなら盗み聞きをしたいと思っても仕方の無いこと、と黄瀬は開き直って盗み聞きをした。 「ねえ、さん。黄瀬君って好きな人居るの?」 「さあ?本人に聞いたら?」 (オレ、ちゃんが好きって言ってるんスけど...) しょっぱなから抉られる。 「モデルの彼女って、何か良いと思わない?ほら、何か人と違うって言うか」 「...まあ、モデル人口ってたぶん少ないからね」 の言葉に、黄瀬は少し落胆した。彼女もモデルを特別だと思っているようだ。 「あなたたちは、モデルの黄瀬くんが好きなの?」 「そう!かっこいいじゃない!!さんもそう思わない?」 弾んだ声でひとりが返す。 「まあ、かっこいいかもね」 がそう返す。 モデル・黄瀬涼太への興味はやっぱり彼女にもあるらしい。 それはつまり、モデルではない黄瀬には興味がないと言うことだ。 「モデルの黄瀬くんに会いたいなら、今日の放課後、正門出て右手をまっすぐ500メートル進んだ左手に行けば居るよ」 の言葉に黄瀬は首を傾げる。 (オレ、何でそんなところにいるんスか?) に呼び出されるのか、と思っていると 「それって、本屋じゃない?」 と誰かが言う。 「そう。何か、今月の何たらって雑誌の表紙なんだって。モデルの黄瀬涼太くん」 が言うと「バカにしてるの?!」と声が上がる。 「だって、わたしが知ってる黄瀬涼太くんは、帝光中学2年の、バスケ部キャリアがわたしとそう変わらない男子だもん。モデルのバイトもしてるらしいけど、モデルの黄瀬くんがどんな人かは知らない」 「はあ?!自分だってさっきかっこいいって言ったじゃない」 「わたしが知ってるモデルの黄瀬くんは雑誌の中にしか居ない。だから、見た目がかっこいいかどうかまでは感想はいけるけど、中身までは知らない。ところで、えっと...あなた、何部だっけ?」 が誰かに問う。 「...テニス部だけど」 「たとえば、あなたのことを好きな人が居たとして、それが『テニス部所属だから』って言われて、嬉しい?つまり、テニス部じゃなかったら要らないって言われて」 黄瀬は思わず声を上げそうになって慌てて手で口を覆う。 「い..イヤだ、と..思う」 もごもごと彼女が答える。 「黄瀬くんは、わたしたちと同じ中学2年生の、ちょっとおバカな普通の男の子だよ」 (ちょっとおバカって、何スか...) 泣きそうになる。辛いとか、悲しいとかではなくて。心が温かくなって。 黄瀬は逃げるようにその場を離れた。 その後、彼女たちがどんな話をしたかは知らない。 の意見に異を唱えた人が居るかもしれない。それには同意したかもしれない。 けど、あの言葉で充分だった。 彼女は『黄瀬涼太』を見てくれているとわかって、それがこんなに嬉しいことだと知ることが出来て... ****** 「声が聞きたいっス...」 駅を降りて寮に向かう道すがら、ポケットから携帯を取り出す。 しかし、アドレス帳に登録してある『ちゃん』のページには、メールアドレスだけだ。自宅の電話番号は知っているが、もしかしたら、まだ部活で帰っていないかもしれない。 はあ、と溜息を吐いてポケットにそれを仕舞った途端にメールの受信を告げる音がした。 「わ、と」 慌ててポケットから携帯を取り出して開くと、送信者が『ちゃん』だった。 こちらから何かメールを送ったわけではない。 何かあったのかと心配してメールを開くと『バスケットボールみたい』というタイトルに写真が添付してある。 見ると、バスケットゴールのネット越しに満月が写っていた。 「...ははっ」 黄瀬の口から笑みが零れる。 空を見上げると、当たり前だが、こちらも満月で... 胸がぎゅっとなった。苦しくて、シャツを握る。 今すぐ走って行って、「好きだ」と言って抱きしめたい。 このメールは他の人にも送っているかもしれない。 自分には送られてきていないメールが他にもあるだろう。 「どうしたら、いいんスかね」 泣きそうに笑った黄瀬は自分が見ている満月を写し、『こっちにもあるっスよ』とメールを送った。 |
桜風
12.7.28
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