ラッキーアイテム




 関東圏と言っても田舎の実家から憧れの都会に出てきた。
 大学は都内と決めて必死に勉強してこうして結果を得たのだけれども、すでに都会って怖いなと思っている。
 なんでこうも歩くの早いの?
 人多すぎない? 酸素足りる?!
 というか、なんか色々同じに見えてくる。
 早く大型連休を迎えられないかなと思いながら過ごしていると、毎日同じ電車に乗っている同じ大学の人がいることに気づいた。
 どうして覚えられるのかと聞かれると、簡単だ。
 ものすごく背が高い。
 眼鏡をかけていてすごくインテリな雰囲気を漂わせている背の高い男の人。
 先日、同じ学年で同じ学部ではないかという推測まで行きあたった。
 というのも、取っているカリキュラムが大体同じなのだ。
 専門に進んでいたら取る必要がないカリキュラム。単位に余裕のある人は趣味で取るかもしれないものはあるけど、これだけ被るとちょっと違うと思う。必須として取っているのだ。
 そして、彼のことを覚えるのはその身体的特徴以外にもうひとつ。
 今日は手のひらサイズの信楽焼の狸だ。え、信楽焼の狸?!
 彼はなぜか変わったものを手にして電車に乗ってきている。
 ラッシュではないけど、それなりに人の多い中、それはどうだろうというもの。
 最初に気づいたのは蛙の陶器の置物。
 蛙が好きなのか、と思ったけど、冷静になって考えると蛙が好きでも手のひらサイズとはいえ、陶器の置物を態々持ち歩くことがあるだろうか。いや、都会ではよくある風景なのかもしれない。
 そんなことを思っていたけれど、それは私が思ったように周囲も思っていたらしく、大抵の人が彼の手元を二度見していた。
 そんな奇異の視線を向けられていることに気づいているのかいないのかわからないけど、表情ひとつ変えずにいつもの、私が降りる駅で彼も電車を降りた。


 学校でも彼の存在は目立つ。
 女の子たちの間でも彼の名前はよく聞くが、最後には「でも、なんか残念なんだよね」という結びの言葉で締められる。
 わからなくもないが、それはそれで失礼だなと思いつつ話を合わせている私はもちろん彼女たちと同じということだ。

 サークルに入っていない私は学校が終わるとすぐに帰宅していた。
 本当はアルバイトをした方がいいんだろうけど、大型連休に地元に帰る予定だったから、とりあえず大型連休後にと面倒くさそうなことを後回しにした。
 ただし、大型連休後だとバイトを探すのに一苦労するという噂も聞いてしまい、すでに心が重い。
「緑間っち!」
 明るい声が聞こえて『緑間っち』でもない私も振り返る。
 見たことがある人が緑間君に駆け寄っていた。
 駆け寄る側は凄くフレンドリーなのに対して駆け寄られている側が面倒くさそうで温度差がすごい。
 女の子たちの色のついた声を受けている彼は慣れっこなのか振り返って手さえ振る余裕がある。
「どうしたのだよ」
「今日、この学校で練習試合があるんスよ」
「そうか」
「バスケやめちゃったんスね」
「まあな」
「でも、またみんなで集まってバスケして遊ばないっスか」
「そうだな」
 フレンドリーな彼は「黄瀬」と呼ばれて返事をして呼んだ人に向かって駆けていく。
 バスケをしていたのは初耳で、なるほどと納得する。あの背の高さを活かしてバスケ部として活躍していたのだろう。
 しかし、あの黄瀬って人はどこかで見たことがある気がする。
 帰宅して壁に掛けているバッグを見て思い出した。
「ああ、『amam』の!」
 思わずポンと手をたたく。
 一人暮らしを始めて驚いたのが、自分のひとりごとの多さ。
 まあ、誰に迷惑をかけるわけでもないし気にしないことにしている。


 翌日の緑間君は非常に人気者になっていた。
 あの黄瀬って人はモデルなのだ。私も一度彼が載っている雑誌を購入したことがある。
 完全に付録が目当てだったけど。
 女の子たちは黄瀬って人を紹介してとお願いに来ている。ひっきりなしに。
「そういうのは断っているのだよ」
 心底面倒くささを隠そうともせずに返す緑間君は凄い。
 どんなに媚びてもダメだと理解した女の子たちは去っていくときに舌打ちをするなど品の良くないことをして不満をあらわにしていた。
「災難でしたね」
 今日はたまたま隣に座っていた私は女の子たちの波状攻撃を受けていた緑間君に同情する。
 彼にとっては友人だ。たとえそれがモデルであっても変わらないということなのだろう。
「……騒がせて悪かったのだよ」
 緑間君は一言謝罪を口にする。
「あなたが悪いわけではないでしょう。それより、ひとつ聞いてみてもいいですか?」
 彼が構えるのがわかる。
「なんなのだよ」
「もしかして、かに座?」
 彼は瞠目した。
「どうして、わかったのだよ」
「今日のラッキーアイテムはサボテン」
 彼が机の上に置いている小さなサボテンの鉢を指さした。
「おは朝を見ているのか!」
 喜色が浮かぶ彼に頷いてみせる。
 そうだ、彼が持ち歩いていたのはおは朝でかに座のラッキーアイテムになっていたものだと思い出したのだ。まあ、よくもそんなに集めているなと感心することは感心するけど。
 身内にかに座がいるため、かに座を見る癖がついていた。
 おは朝は全国放送の番組だから地元にいたときから見ていた。
「黄瀬っていう人、私たちと同じ年だったんだね」
「知らなかったのか?」
「うち、田舎だからそういう情報はアンテナを立ててないと入ってこないんですよ。一回、付録目当てで買った雑誌にちょうど彼の特集が組まれていて目にしたのを昨日思い出したんです」
「あー……」
 遠い目をする。当時、何かしらのアクションを彼が起こしたのかもしれない。
「おま……すまない、名前を聞いてもいいだろうか」
 お前、と言いかけたらしい彼は改めて名前を聞いてきた。
。よろしくね、緑間君」
「よろしくなのだよ」
 私が名前を知っていることに不愉快な思いや疑問を持つことなく彼は言葉を返した。
さんは、何座なのだよ」
 よほど『おは朝同士』が見つかったのが嬉しかったのか彼は話題を振ってきた。
 しかし、タイムアウト。始業のチャイムと共に教授が入室してきた。
「後で時間はあるか」
「暇人してる」
 返した言葉に彼は頷いた。
 どうやら、私は彼の友人認定一つ手前までワープしてしまったらしい。









桜風
19.04.28