| 部活後の練習を終えてそろそろ帰宅準備を、と思っていると居残り練習に付き合っていたリコが「火神くーん、ちょっと」と手招きをしながら猫なで声を出す。 「え...」 思わず漏れた嫌そうな声は彼女の耳に届き「ちょっと、来て」とドスを効かせた声は拒絶を許さないそれになっていた。 「ハイ」と返事をして彼女の元に行くと 「あのね、お願いがあるの」 とこれまた彼女らしからぬかわいらしい声で言われた。 (気持ち悪い...) 「今、気持ち悪いとか思っちゃったりしちゃった?」 「いいえ!!」 ぶんぶんと首を横に振り、見透かされた事実を否定した。 「それで、何?ですか」 「あのね、お願いがあるの」 先ほども聞いた言葉だが突っ込まずに大人しく続きを待っている。 「料理教えて」 リコの言葉に、体育館内に戦慄が走る。 皆小刻みに首を横に振っていた。 皆の気持ちはわかる。わかるが、ここで断ると自分が危ない。 「なんで..ですか」 「え?ああ、作ってあげたいんだって」 何処か他人事のようにいう彼女の言葉に首を傾げた。 「さっきまでいたんだけど、ちょっと用事があるから帰っちゃったんだわ。私、火神君貸し出すことを了解しちゃったから、協力ヨロシクー」 「はあ?!」 隠すことなく抗議の声を上げた。 「なんで!」 「あの子の家、実は雑貨屋さんでね。雑貨屋さんって、オシャレでかわいらしいものがある雑貨屋さんじゃなくて、日用雑貨を売ってる商店なの」 「はあ」 良くわからないが取り敢えずの相槌。 「それで、いつもスポドリとか、テーピングとか。まあ、言っちゃえば、このバスケ部で必要なあれこれを格安で提供してもらってるのよ」 「へー、そうなのかよ..ですか。それで...」 「火神君をちょっとの期間、部活の邪魔にならない時間に貸してくれって言われたら、「お安い御用よ!」って言っちゃうじゃない?」 「オレの意思は?!」 火神のツッコミは華麗にスルーされた。 何より、自分たちの身が危ないことではないと気付いたチームメイトからは助け舟が出ることなく。そして、抵抗する気も起きなくなった彼はうなだれて「うす」と了承の言葉をこぼした。 翌日の昼休憩、もしゃもしゃとパンを食していると「火神ー」と教室ドア付近のクラスメイトから名を呼ばれる。 「あー?」 返事をして彼のもとに行くと「お客さん」と言われ、火神は廊下に出る。 「ああ、でっかい。キミが火神君だね」 目印としているのが『でっかい』なのか、目の前にいる女子生徒は笑った。 「はあ...」 (誰だ?) 「リコから聞いてない?」 そう言われて、昨日の理不尽な命令の元となった人物だと気付く。 「では、行こうか」 「行こうかって、どこにだよ..ですか」 「調理室」 ニコリとほほ笑んで彼女は歩きはじめる。まるで、火神が当たり前についてくると信じている彼女の背にため息を吐いた彼は、ガシガシと頭を掻いて歩き始めた。 歩きながら昨日のリコとの会話を思い出す。 彼女の名前がわからないのだ。 (何つったっけ...紹介され..てねぇ!!) 火神は気づいた。リコは彼女の名前をまったく口にしていない。 日用雑貨の商店の娘で、バスケ部がそこから格安であれこれを購入しているという情報くらいしかない。 「あの」 「なに?」 「名前、知らないんだけど、です」 「ああ、。て、さっきから何か引っかかるしゃべり方ねぇ」 彼女が首を傾げる。 「いや、そーでもねー、です」 「あ、敬語苦手な現代っ子?」 「てか、帰国子女だし」 「英語のテストの点数が低いのに?」 「なんでそれ知ってんだよ!ですか」 「リコから聞いたにきまってるじゃない。あと、その不自然な日本語聞くくらいならタメ語でいいわよ。凄く引っかかって気持ち悪い」 「んじゃ。えーと、」 「センパイくらいはつけようか?」 リコに似た迫力のある彼女に思わず後ずさり、「先輩」と言い直す。 「先輩でもいいわよ」 彼女はそう笑って調理室のドアを開けた。 「なんであんたが鍵を持ってんだよ」 「先輩様」 「それ、おかしくね?!その日本語もおかしくね??」 不自然な日本語を嫌った人の言葉とは思えずに火神がツッコミを入れると 「あんたって呼ばれるよりは、こっちの方がまだマシ」 と彼女は振り返って悪戯っぽく笑う。 「うす」 調理室の道具を使ってもいいのだろうかと思っている火神の前で、はてきぱきと準備を始める。 「で、先輩は、何を作りたいんだよ」 「チャーハン」 「んなもん、野菜をぱぱっと切って、炒めてそこにご飯をガッと突っ込んで強火でざざっと火を通して、卵を溶いたやつを混ぜて出来上がりじゃねーか」 呆れたように言う火神に 「『出来上がりじゃねーか』じゃないから、教えてもらいたいって話になってるってことくらい察する脳みそは備えておいてくださらないかしら?」 凄味のある笑顔で言われてこれまた後ずさる。 (あー、もしかして、カントクタイプかも) その日から火神のお料理教室が始まった。 時々、冷やかしのようにチームメイトがやってきたりしたが、何故か上達しないに火神は首を傾げる。 (カントクでもまだマシだったぞ?) 「ねえ、火神君」 「何だよ」 「大学生くらいの男の人って誕生日に何が欲しいのかな?」 不意に投げられた問いに、火神は何故か不愉快になった。 「さーな」 「さーな、って。ねえ、火神君とそんなに歳が変わらない人のほしいものだから、考えてよ」 「直接聞きゃいいんじゃねーの?」 「えー。だって、なかなか会えないし、わざわざ電話をするってのもちょっと...」 拗ねたように彼女がいい、益々火神の機嫌が悪くなる。 しかし、なぜ機嫌が悪くなるのか、自分でもよくわからない。 もやもやとした気持ちを抱えつつ、それでもカントクから命じられたことでもあり、自分自身中途半端で投げ出すのは性に合わないので、一応、人に食べさせても害にならない程度のチャーハンを作れるところまで指導をした。 「間に合った」と呟いた彼女に「よかったな」とあまり心にもない言葉をかける。 「ありがとう、火神君」 「喜ぶといいな、彼氏」 そう言った火神に彼女は首を傾げ、「彼氏?」と問い返す。 「だって、この間言ってただろ。大学生くらいの男って」 (つか、くらいって何だ?) 「うん、言った。でも、チャーハンはお母さんに食べてもらうんだけど」 「んじゃ、大学生くらいの男は?」 「兄。西の方の大学に行ってるんだけどね、誕生日プレゼント何がいいって電話したら、絶対に予算オーバーなものを言ってきそうだから」 「え、あ?」 「ん?」 不思議そうに自分を見上げる彼女を見下ろして火神は苦笑した。 「いや、なんでもねーや」 「そう?あ、じゃあ。このお礼に今度何か御馳走させて」 「先輩が作んのか?」 若干冷や汗を流しながら火神が言う。 「師匠の口に合うものはさすがにまだ作れないから、外で。と言っても、あんまり高価なのはちょっと...」 「んじゃ、それなら」 そう言って火神が頷く。 「その時、ついでに兄の誕生日プレゼントも見立ててくれるとこれまた一石二鳥というか...」 覗うように自分を見上げている彼女に苦笑して「いいぜ」と頷いた。 「ありがと!」 笑った彼女に「おう」と返した火神の胸の中にあったもやもやは消えていた。 |
桜風
13.11.26
ブラウザバックでお戻りください