コイビトカッコカリ 11
「ところで、若宮君はどこで勝負する予定なの?」
私に書類のチェックを依頼した都成が冷やかしに行っている。
というか、何だこの書類は……。チェックして一部修正という程度の話じゃない。
「え?」
「「え?」じゃなくて。だって、バスケするのってコートがいるんでしょ? あとゴール」
「ええ、まあ……」
「だったら、その算段を付ける目星はあるわけだ。アタシは冷やかしに行きたいから場所を聞いている」
胸を張って言う都成に彼は狼狽えていた。確かに、このキャラクターは大人になってからはなかなか見ないだろう。大体が落ち着く。
彼は助けを求めるように隣席の同僚を見たが、彼は黙殺している。関わり合いになりたくないのだろう。
「まさか、ノープランで勝負だって言ってたの? だから、お姉様方に超構われるんだよ、ボウヤ」
「こ、これから考えます!」
「ふーん……。ねえ、黄瀬さん。バスケができるところ知ってる?」
黄瀬くんはひとつ溜息をついて、「夏に友達とバスケしたときには、公立体育館の小アリーナ借りましたよ」と返す。彼も若宮君のノープランには呆れたらしい。実際、彼は面倒くさいことに巻き込まれた被害者だ。
「はーん、なるほどなるほど。金がかかるかー……」
「ところで、都成さんはなんでそんなに暇そうなの?」
「資料をにチェックしてもらっているので。その間、ちょっと休憩」
丁度私のチェックも終わったところで「休憩終わり!」と声を掛けると「はいはーい」と軽い足取りで戻って来た。
「全没」
「うそでしょ?!」
「どうしてそんなに自信があるのよ、これで!」
びっくりした。こんなの木村さんになんて見せられない。
「んー、どこ直したらいい?」
「だから、全没だって。何が言いたいのか主題が見えない。根拠だと言っている数値はどうしてこうなっているのかもわからない。本当に、これだけ文章を書くの苦手でよく卒論通ったよね」
「あー、あれ。教授が言うには、卒業してアタシを置いてたらずっとしゃべって煩そうだからって」
「あなた、いつかその理由で会社も追い出されるよ」
「居たら何とかなるみたいだから、大丈夫」
サムズアップするんじゃない。
私は思わずため息をついた。
「これ読んだときの私の気持ちわかる?」
「アタシとマブダチで良かったなー、かな?」
「それはいつも思ってるけど。そうじゃなくて」
急に彼女は手を合わせて天を仰ぐ。え、何? 何かの信仰の時間?
「神に感謝だわ」
無神論者を公言しているのに彼女は時々神に感謝する。
「頑張る!」
「う、うん。頑張って。えっと、まず、主題をはっきりさせてそこから寄り道せずに一本通す。この際、本当は根拠を挟んだ方が良いけど、まず一本通したものを書いて。一緒に根拠を挟むところを考えよう」
「ハイ!」
最敬礼される。
「あと、横文字が多すぎる。読んでる人が一瞬立ち止まって意味を考えてしまう場合があるから、平易な言葉にして書いた方が良い」
「りょ!」
「締め切りいつ?」
「明後日。比較的早めにチェックお願いしたと思わない?」
「今度から全没食らう可能性を考慮してもっと早く言って」
「りょりょ!」
間に合うかな、これ。
「ああ、都成さんの仕事の締め切りは少し前倒ししてるから、まだ時間はあるよ」と木村さんが言う。
「ギリギリは危険だからね」と続けられた言葉に思わず頷いた。
「しかし、まあ。やはり太陽は凄いんだね」
「はい?」
「何でもないよ。ちなみに、さんの締め切りはまあまあギリギリだから」
「ですよねー」
都成の面倒を見ながら自分の仕事をするのはちょっと重い。
都成の作った資料をチェックして一緒に考えて、何とか終業三十分前に仕上げた。
「よっし、提出!」
「待って。一晩寝かせてから提出」
「カレーみたいなこと言うなよぅ」
「もう、それカレーで良いから」
今日は残業確定だな、と黄瀬くんにメッセージを送ると「お疲れ様」と返ってきた。
終業のチャイムが鳴ると周りは次々に帰っていく。
「お疲れさまでした」と黄瀬くんも帰っていき、「え、黄瀬さん帰っていってるよ」と都成が言う。
「そうだね。いつも一緒に帰ってるわけじゃないよ」
「えー、これってアタシのせい?」
「ご自覚があるようで何よりで」
都成は帰る様子もなく、かといって仕事をしているわけでもなさそうだ。
「都成さん、仕事が終わってるなら帰ったら?」と木村さんが声を掛けると「残業は付けないんで、置いてください」と彼女が返す。
「ねー、公立体育館って意外と少ない?」
「面倒見てあげるの?」
「やー、だって。会場がないとアタシのエンターテイメントが実現しない。金が掛かるっていうのがネックだなーって思うんだよね。見学者から金取ったら賄える?」
「公立だったらそんなに高くないと思うけど、そもそも入場料的なものを取るのは如何かと。スポーツセンターもたぶん、体育館あるけど、そもそもそういうところって予約で埋まってたりするよね。地元のアマチュアクラブが使ったりして」
「けどさー、時間が掛かったら絶対にダレるじゃん? せめて会場を早く押さえなきゃ。黄瀬さんも相手にしなくなるかもしれないし」
「そもそも彼は受ける義務はないからね。厚意で受けるということでしょう?」
「黄瀬さんの母校使えないかな?」
「強豪が放課後の体育館を使わせてくれるとは思えないし、神奈川まで行くの?」
「めんどい」
それからしばらく彼女はあーでもないこーでもないと言いながら会場を探していた。その間、私は自分の仕事をしていたのだが、進まない。
「どうした、マブ」
手が止まっている私の様子に気づいた都成が声を掛けてくる。
「あのさ」と私は自分の作っている資料に使いたい元データの作り方を相談する。素材の目星は付いているのだが、エクセルの関数でしっくりくるものがない。検索しているのだが、これを使えばいいというのがピンとこないのだ。
「オーケーオーケー。五分待って」
五分待てと言われたため、とりあえず休憩のための甘いカフェオレを作る。ついでだから都成のも作っておくことにした。
席に戻ると「フォルダに突っ込んだいたよ」と言われる。あれから五分も経っていない。
ファイルを開くと都成が寄ってきて「やりたかったのってこういうことでしょ?」と適当に素材を入力して、結果を見せてくれた。
「これ!」
それから仕事が随分と捗った。どうして都成は技術職で就職しなかったのかいまだになぞだ。技術職の方が給料もいいと聞いたことがあるのに。
翌日、一晩寝かせた資料はもう一度チェックさせて木村さんへ提出された。
私の資料は明日にはできそうだから、一安心だ。
昼休憩に食堂で食事をとっているとコトンと水の入ったグラスが置かれて見上げると黄瀬くんがいた。
「ご飯は?」
「昼は食べない」
「ダイエット? え、それで?」
彼の身体を上から下まで眺めてしまう。なぜ不要な人ほどダイエットをするのか。
「ダイエットというよりも一回絞っとこうと思って」
「え、ガチ?」
どうしてそう思ったのかと考えていきついた答えに驚いた。
「二度とちょっかい掛けないようにしてもらわないと」
ニコリと笑った黄瀬くんは少し挑発的で、控えめに言って。
「かっこいいと思ったでしょ?」
黄瀬くんの指摘にグッと詰まり、そして頷く。
「って素直なんだよなー。一部を除いて」
彼の指す一部が何かはわかっているのだが、これは中々難しい問題なのだ。
「ああ、そうそう。この会社、シャワー室があるって聞いたんだけど、ホント?」
「あるって話は私も聞いたことあるけど、どこにあって、どういう手続きが必要なのかはわからない。総務に聞いたらわかるんじゃないかな? 聞いてあげようか?」
「あ、いや。今、は総務に近づかない方が良いと思う」
どうしてだろう。あそこに用事があることも少なくないのに。『今』とはいつまでだろうか。
「あいつ、十月から総務に異動になったらしいよ」
彼が、この社内で『あいつ』という人物は一人しか浮かばなかった。
「そうなの?」
「知らなかった?」
そういえば、総務から連絡があった。用事がある時は、別の人を代役に立ててもらいたいと。
「そういえば、坪根さんから連絡あった」
「誰?」
「皆がお局様と呼んでる人」
「え、名前だったの?!」
「多くの人は揶揄してるんだろうけどね。ご本人は「名前に御と様を付けてくれるから皆さん丁寧な方ね、と思うことにしてるわ」って話してた。んー……、勝手なイメージだけど、小林さんもシャワー室使ってたのではないかと思う」
「あー、確かにイメージあるね。一応聞いてみる。ありがとう」
そう言って黄瀬くんは水を飲み干して席を立つ。
昼食を摂り終わってフロアに戻ると都成が課長と話をしていた。何の呼び出しを食らったのだろうかと眺めていると話が終わったらしく都成が戻って来た。
「何やらかしたの?」
「呼び出しではなく、相談したの」
「何の?」
「いつも上期の決算終わったら打ち上げしてたじゃん? それを来週の金曜に開催する。んで、その打ち上げは若宮君と黄瀬さんの勝負も含める扱いにする。そうしたら親睦会費使えるでしょ? まあまあいいショーになるかと思って」
「本人の了解は?」
「これから。若宮君に拒否権はほとんどないと思うけど、黄瀬さんだよね。説得して?」
「お断りします」
都成は「ちえー」と呟いて二人が戻ってくるのを待った。
黄瀬くんが先に戻ってきたため、都成が日時とお疲れ様会の話をすると彼は苦笑して「いいっスよ」と了承した。
続いてチャイム前に戻ってきたのは若宮君で都成の話に「え?」と難色を示したが、自分で会場を押さえることもまだ着手していないらしく、そのまま受け入れざるを得なくなったようだ。都成が食いついた時点で自分のペースに持って行くのは難しい。
日時は、来週の金曜日の十八時半から一時間の会場借り上げで、その後近くの店舗で打ち上げという運びになった。
「都成は行動力があるね」
「もっと褒めて」
「売り切れました」
「品揃え悪くない?」と不満そうに零した都成がそっと寄ってきて「今週末、の家に泊まっていい?」と声を落として聞く。
「いいよ。え、待って。今週末って金曜日?」
「そう。金土の一泊二日。先約ある?」
「ない。けど、掃除ができない」
「アタシんちよりきれいでしょ」と言われてそれもそうだと納得して彼女の宿泊を受け入れることにした。
桜風
22.10.2
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