コイビトカッコカリ 14
ふと、目が覚めると知らない天井で回らない頭で色々考えながら体を起こす。
掛けられていたふかふかの布団の下は何も着ていない状態で、ああそうだったと思いだす。
着るものが何もなく、仕方ないため、布団を身体に巻いて部屋を出た。
しんと静まりかえっている家の中が少し不安になる。
「黄瀬くん」と呼んでみても返事がない。夢うつつに黄瀬くんが出かけると言っていたのを聞いた気がする。
玄関に足を運び、靴を見てみると、来る時にあった大きなスニーカーがなく、昨日履いていたオシャレ靴がある。彼はスニーカーを履いて家を出たようだ。
勝手にシャワーを浴びていいものか悩み、やめておこうと先ほどの寝室に戻った。
大きなベッドに再びよじ登り、真ん中にゴロンと寝転ぶ。ひとの家で二度寝など本来ならするべきではないが、まだ眠いし、シャワーを浴びられないなら服を着たくないため、これは仕方のないことなのだ。
身体の左半分を強打して目が覚めた。
「?!」とドアが開く音がする。私のいる場所からではそれは見えず「落ちた」と主張する。
「もう」と呆れたような声を零して黄瀬くんがベッドを回って私のもとにやって来た。
「何してんの」
「家だとこっちは壁だから」というと「ああ、そうか」と彼が納得する。このベッドは壁際に寄せていないため、右からでも左からでも落下するようにできている。布団に簀巻きになっている私をそのまま抱えてベッドに上げてくれた。
「痛いところない?」
「今ので左半身が痛くなった」
「昨日のは?」
「動くことはできるから一応大丈夫」
「それは良かった。俺は腰が疲れてる」
なんだかとてつもなく恥ずかしくなって簀巻きから腕を生やして彼に抗議すると爽やかに笑う。それはズルい。
笑って流した黄瀬くんは、「シャワー浴びるでしょ?」と言いながら私を抱えてバスルームに向かった。
腕を生やした私は脱衣所で布団を脱ごうとしてハタと気づく。
「着替え」
「昨日の服、洗って乾燥機にかけてるから乾いてると思うよ」と言いながら乾燥機から洋服は勿論、下着を取り出してくれた。
異性の下着が平気というのも何というか……。まあ、ピュアな高校生でもないかと思っていると「いらない?」と言われて「いります」と受け取る。見上げた黄瀬くんが少し赤くなっていて、ピュアな高校生じゃないけど、かわいいと思ってしまった。
下着をひとまず服の下に仕舞って、布団を脱ごうとしたら、黄瀬くんがシャツを脱いだ。
「待って?」
「一緒に入ろう」
「いや、シャワーでしょ?」
「湯船にお湯張ったよ」
いや、え、また?!
昨晩、セックスする前に一緒に入る羽目になり、今朝もというのは予想していなかった。
私に巻いている布団は黄瀬くんにより剥がされてそのまま抱きかかえられて一緒にお風呂場に入った。
お風呂場の中に甘い香りが広がっている。
「これなに?」
「バスオイル入れたんだよ。この匂い大丈夫?」
「うん、好きだと思う」
「良かった」と言って黄瀬くんが下ろしてくれた。そして、徐にスポンジを泡立てる。
「いや、どうして私を洗おうとしてんの?」
「汗かいて気持ち悪いでしょ?」
「黄瀬くんだって、さっき走って来たからシャワーを浴びるんでしょ?」
「どうして知ってるの?」
不思議そうに首を傾げて黄瀬くんが問う。一度起きて黄瀬くんを探したという話をすると「あの恰好で?」と彼は眉間に皺を寄せた。
「だって、着る服なかったし」
「もー! 不用心」
「黄瀬くんが私を危ない状態で放っておくわけないじゃない」
「そうだけど!」
まだ募るあれこれを何とか飲んだ様子の黄瀬くんがため息をつく。
そのまま私の抗議はなかったように私の背中を流し、「前は自分でしたいでしょ」とスポンジをくれた。黄瀬くんは新しいスポンジに手を伸ばして自分の身体を清めてシャワーも浴びる。
ざぶんと先に湯船に浸かったのは黄瀬くんで「も早く」と急かしてくる。
シャワーを浴び終わった私は仕方なく湯船に浸かった。黄瀬くんが浸かっている反対の端っこに寄っていると腕を引かれて彼の前に座らされる。
「黄瀬くんってこの体勢好きだよね」
「うん、落ち着く」
じゃあ、もう仕方ない。私のお腹に腕を回して頭に頬ずりしている彼を大型犬と思えば、恥ずかしいよりかわいいの方が勝つ。
「そういえば、黄瀬くん。着るもの貸して。乾燥機に掛けてくれた服はアイロンを掛けてから着たい」
「ああ、そうか。でも、俺の服ってどれもには大きいよ。中学のなら、まだいけるかな」
中学のも持ってるのか。私なんて高校までの服は全部実家に置きっぱなしにしてるし、こないだ帰省した時に母が勝手に着ていたよ?
「探して持ってくるからゆっくり出てきて」
そう言ってざばんと湯船から上がった彼はそのままバスルームを出て行った。待って。そのめちゃくちゃ痛そうな背中何? 何本も蚯蚓腫れが這っていた。きっと犯人は私だ。昨晩の事を思い出して顔が熱くなる。早くのぼせてしまいそうだ。
ちゃぷちゃぷと波を立てていた湯船はやがて静かになる。二人入っても十分な広さのあるバスルームは一人だとちょっと怖い。しかし、着替えが来ないとお風呂から出られない。
「まだですかー」と独り言を呟くと「もうちょっと待って」と返事があって驚く。意外と声が通るんだ。
間もなく黄瀬くんが脱衣所に戻ってきて「ここに置いとくからね」と声を掛けていなくなる。
そろそろのぼせそうだったから助かった。
お風呂を出て乾燥機から出した昨日の服の下から下着を取り出して黄瀬くんが用意してくれた服を見る。
「でかっ」
思わず零して袖を通してみた。あまりにもサイズ違いで声に出して笑い、脱衣所の鏡でもう一度確認して別の事に気が付く。
「ちょっと、黄瀬くん!」
「え、何で怒ってるの?」
リビングルームにいた黄瀬くんが構える。
「キスマークつけ過ぎじゃないですか?」
「だって、かわいかったんだもん」
悪びれることなく彼が言う。「だもん」じゃない。
「いや、そうじゃなくて。服に困るでしょ、まだ暑いのに」
「あー、そっか。ごめん」
素直に謝られたらそれ以上何も言えなくなる。
「えと、朝ごはんは、パンで良い?」
「朝……今何時?」
この家は、時計が少ない。一周見渡しても見つからない。不便じゃないのかしら?
「十一時前かな」
黄瀬くんはそばに置いているスマートフォンで時間を確認する。
朝ご飯というよりもブランチの時間かもしれない。え、私寝すぎじゃない?
黄瀬くんが準備してくれた朝ご飯はソファの前のローテーブルに並んでいた。クッションが置いてあるところに腰を下ろす。
「ごはんの前に、ちょっといい?」と黄瀬くんに言われて姿勢を正した。
「、俺と正式に恋人になってください」
急に言われて驚いた。いや、急じゃない。わかっていたのだけれど、この問題に直面すると構えてしまう。
「えっと……」
「『恋人』、やっぱり苦手?」
窺うように言われて黄瀬くんに視線を向けた。
「田中さんから聞いた」
「なんで田中さんが知ってるの?」
「前に都成さんから聞いたんだって」
卒論の他にも私のプライベート情報を垂れ流していたのか。
「黄瀬くんは黄瀬くんで、他の人とは違うのはわかってるんだけど。関係に『恋人』って名前が付いた途端、何か、鬱陶しがられるっていうか、距離感がバグっちゃうみたいなんだよね。気が付いたら、知らない女の子と手をつないで歩いてるの見て「あれ〜?」てなってた」
「俺は、ずっとのこと好きだよ」
そう言っていた人もいた。
「わかった。シンプルにいこう。、俺のこと好き?」
今更意地を張っても仕方ないから「好き」と返す。
黄瀬くんの反応がなくて不安になって見てみると、真っ赤になって締まりのない顔をしていた。いつもの爽やかが服を着て歩いているという姿には程遠い。
「どうしたの?」
「俺、から好きって言われたの初めてだったから。ちょっと照れた」
「え、そうだっけ?」
確かに思い出してみると、黄瀬くんに「好きでしょ?」と言われて認めることは多々あったけど、自分できちんと「好き」と伝えたことはなかった。
照れた黄瀬くんは、かわいくて、また好きになる。たぶん、きっとこれまであった色々な失敗は距離感がバグるとかそういうこと以外に私に原因があったのかもしれない。
「黄瀬くん」
まだ締まりのない顔をしている黄瀬くんが「なに?」と返事をする。
「私と正式に恋人になってください」
「え、あ……よろしくお願いします」
両手を取って黄瀬くんが言う。
「俺、ずっとのこと好きだから」
「ありがと」
なんだか肩の荷が下りたというか、長年あった胸のつかえが取れてすっきりした。話はこれでおしまいだろうと思い、テーブルに向かうと「もういっこ」と黄瀬くんが言う。
「なに?」
「俺、に謝らなきゃいけないことがあるんだ」という。
そのタイミングで私のお腹が鳴ったもんだから、気まずい。
「もうちょっと時間頂戴」
「お腹に直接語り掛けるのやめてくれるかな?」
「前、田中さんが都成さんにめちゃくちゃ怒られた日、俺、本当は田中さんに抗議しなきゃいけなかったのにしなかった」
「どういうこと?」
「あの時、田中さん「同僚のカノジョの生理周期がわかった」って言ったんだ」
そんな単純にわかるもんか。田中さんの軽率な発言に呆れる。
「俺、その時何も思ってなかったんだ。何かこいつ言ってるくらいで。でも、自分の恋人、の事を言ってたのに怒らなかった。昨日、田中さんに「自分の彼女のことを言われたのに、空気を読んで我慢したんだよな」って言われて、俺間違ってたって気づいた。ごめん」
どうして黄瀬くんが謝るのかがわからない。
「俺、がいないところだったら、感覚を鈍らせてたから」
黄瀬くんが続ける。それは、彼にとって必要な自衛措置だろう。
「黄瀬くん。まず、その謝罪は必要ないよ。私のことを言われて腹が立つ、立たないは黄瀬くんのものだから私は文句を言うつもりはない。黄瀬くんの感情は黄瀬くんのものだから、黄瀬くんが感じたことだけでいいよ。役割は関係ない。私だって、黄瀬くんのことで何か言われて腹を立てるかどうかわかんないもん。腹を立てることすら馬鹿らしいかもしれないし。でも、大切にしてくれてありがとう」
黄瀬くんはほっとしたように表情を緩める。またしてもこのタイミングで私のお腹が鳴り、「もう食べよっか」と黄瀬くんが私のお腹に声を掛ける。
黄瀬くんが用意してくれた朝ごはんは、近所のパン屋さんで買ったと言った。最近出来て行列になっていることもあるとか。クロワッサンサンドが人気と聞いたから買ってみたという。
クロワッサンはカロリーが高いからあまりたくさん食べない方が良いのに、これ、まだ食べられる。ひとつ食べ終わって、葛藤していると、黄瀬くんが袋から取り出してお皿に載せてくれた。お皿に載っちゃったら食べなきゃうそでしょ。
二つ目を食べ終わる頃に黄瀬くんが三つ目に手を伸ばす。
「もう無理」
「まだ入るでしょ?」
「こんな大きなバターたっぷりのクロワッサンをふたつも食べて、しかもチーズやベーコン、卵が挟まってたんだよ。カロリーの暴力。でも、とても美味しかった」
「運動すればいいんじゃない?」
なんでもないことのように言う。そういえば、黄瀬くんはシャワー室の情報を得てから朝は走ってきているという。体力お化けだ。
「じゃあ、持って帰る?」
「黄瀬くん食べてないじゃん」
「が好きそうだなって思って買っただけだから」
「うん、好き。ありがとう。でも、黄瀬くんも食べて。美味しいものはシェアしたい」
そう言うと黄瀬くんは「わかった」と最後の一個を食べる。
「あ、ほんとだ。バターたっぷりだ」
「ねー、罪の味だよね」
「ああ、そうだ。さっき、が起きる前に鞄の中で音がしたよ」
スマートフォンが入っているからそれだ。取り出すのを忘れてた。
「電池大丈夫?」
「うん、昨日はほとんど使わなかったから大丈夫だと思う」
バッグからスマートフォンを取り出すと、都成からのメッセージがいくつか入ってた。
写真も添付されているらしく、メッセージを表示して思わず「バカだ」と呟く。
「都成さんがどうしたの?」
「バカだ」の呟きで、相手を正確に把握する黄瀬くんはさすがだ。
都成は結局田中さんと付き合うことになったらしいのだが、添付されていた写真は一糸まとわぬ姿でうつ伏せに寝ている田中さんとシーツでとりあえず身体を隠した都成の自撮り写真だ。
「うわっ」
私のスマートフォンを覗き込んだ黄瀬くんが思わず声を漏らした。
「見ちゃダメ」
都成の肌の露出が高い写真になっている。田中さんは、気の毒としか言いようがない。
「ごめん」
「いや、この写真がついてなかったら気にしないんだけど」
「しないの?」
「まあ、たまに内緒話してるからそれは見られると困るものもあるかもしれない」
疚しいことはないけれど、ちょっと隠しておきたい秘密はある。
「バカタレ」と返信してアプリを落とした。
「でもまあ。これで巻き込まれた甲斐があったね」
「とデートできるなら何でもいい」
黄瀬くんの返事に笑う。
「今度は二人で行こうよ」と言われて魚の骨が喉に引っかかったような感覚がある。
「黄瀬くんは、ディズニーでデートしたことある?」
思わず尋ねて、今後悔している。
「ああ、そういうことか」
じっと私を見ていた黄瀬くんが何かに納得した。
「え、何?」
「、昨日帰るとき、車の中でちょっと機嫌が悪くなったでしょ」
「……なってないよ」
「俺が週刊誌の記事になった相手は、だいたいお互いの事務所の戦略で好きでも何でもないよ。誰か園内にいたんでしょ?」
図星だ。けれど、「違うもん」と返す。顔を見られたくなくて両手で覆うと「かわいいなー」と笑う黄瀬くんにぎゅっと抱きしめられた。
桜風
22.10.23
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