| 「さて、まずはノートを見せてちょうだい」 向かいに実渕が座っている。 は首を傾げた。 (なぜ...) 確かに、先ほど書店で実渕に会い、古典が得意だから教えてあげると言われた。 助かると思った反面、自分のおバカさ加減に呆れられたら嫌なので断ろうと思っていたのに、書店に併設されているフランチャイズカフェに連れて行かれ、ドリンクをごちそうになりながら今に至る。 「あの、実渕先輩」 「なに?」 「私、えーと..勉強苦手なんです」 「そうなの。じゃあ、頑張りましょう」 「呆れられたら...」 「呆れないわよ?」 「嫌われたら...」 「やだ。勉強が苦手ってだけでちゃんのこと嫌いになるわけないじゃない。 寧ろ、勉強が苦手なのに、ウチの学校に入ったその努力を讃えるわ」 言い訳のようなものはもう出てこない。 諦めては鞄から古典のノートを取り出した。 「あ、教科書も」 そう言われて教科書も取り出す。 実渕が教科書を受け取り、「あ、飲んでなさい。ぬるくなっちゃうから」と目の前にあるアイスカフェラテを勧めてきたので「いただきます」と一口飲む。 そして、ふと気づいた。 (あれ?“ちゃん”?) 数か月前まで当たり前にそう呼ばれていたので、違和感に気づくのが遅くなった。 「あのね、ちゃん」 「あ、えと。話を遮ってごめんなさい」 教科書を眺め終わった実渕が何かを言おうとしたが、気になりすぎて思わずが止めてしまった。 「なに?」 「実渕先輩、さっきから“ちゃん”って言ってます」 「そうよ?」 自覚があったらしい。 「あの、でも...」 「ここ、学校じゃないもの。それに、入学当初、しかも入部前から私と知り合いだったら周りは気を遣うでしょ? だから、先輩・後輩という線を引くためにちゃんの事を“さん”って呼んでたけど、今はちゃんが努力家ということも、マネージャーとしてちゃんとしてることもみんなが知ってるわ。 今更そういうの気にしなくていいかなって。学校じゃないし」 (ていうか、いい加減ちょっと面白くないし) ここ最近、自分より先に彼女の事を名前で呼び始める者が出て来そうな気がしていた。 そんなの、面白くない。小さい人間だと指摘されてもそのとおりだと胸を張って肯定する。だって、自分でもそう思うから。 でも、いいではないか。この学校で一番早く彼女に会ったのは自分だ。自分は彼女にとって“特別”でいたい。 (...あら) 今更ながら自分の気持ちを自覚する。 なるほどね、と合点がいった。 「まあ、というわけだから」 (どういうわけだろう...) 実渕の言葉には首を傾げる。 「それで、話を続けてもいいかしら?」 実渕の確認に「ごめんなさい。お願いします」とが言う。 「ちゃん、教科書に線を引きすぎ」 そう言いながら開いた教科書をに見せた。 「あ、えーと」 「教科書に線を引くときには、大切なところだけ」 「大切だと思って引いたら、殆ど引いちゃったという...」 心なしかの声が小さい。 「先生が繰り返して言ったところとか、「ここ大事」って言ったところだけでいいのよ。 もしかして、授業中寝てるの?」 「いいえ!寝てません。でも、あの..時々、気づかないうちに未来にワープしていると言いますか...意識が飛んでる時があります」 正直に言うに少し困った実渕だが、気を取り直して「じゃあね」と言いながら教科書を閉じた。 「明日、私が1年の時に使っていたノート、持ってきてあげるわ」 「え、悪いです!」 「いいわよ。ちゃん、古典苦手だって言ってたし。どうせ、持っていても私は使わないし。 それに、成績が落ちたら部活やめなさいって親御さんに言われちゃうんじゃないの?」 実渕の指摘には小さくなる。 「ご明察です...」 だから、意地でも現状維持なのだ。 上を目指せるほどの脳みそは持ち合わせていない。 何とか、親が部活を続けることを許してくれるレベルは維持しなくてはいけないのだ。 「私だって、せっかくちゃんがバスケ部に入ってくれたのに、いなくなるのは嫌だもの。協力させてちょうだい」 暫く悩んだは視線を彷徨わせて、やがて意を決したように実渕の目を見た。 「おバカですが、よろしくお願いします」 「いいのよ。手がかかる方がちゃんと一緒に居られる時間が長くなるもの」 「はい?」 何かときめくようなことを言われてしまった気がしたことが問い返したが 「じゃあ、明日は学校で勉強しましょうね」 と話を変えられてしまった。 「他に苦手な教科ある?ノート、探しておくから」 「英語も...」 「本当に文系が苦手なのねぇ」 感心したように言う実渕に「すみません」とはしょんぼりして返した。 |
桜風
15.3.30
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