雨のち晴れ 8





 夜になってストレッチをしていると、部屋のドアがノックされた。

「はい」と赤司が応じると「征ちゃん、ちょっといいかしら」と実渕がドアを開けて顔を覗きこんでくる。

ストレッチを中断して「どうしたんだ?」と応じた。

「お願いがあるんだけど」

「ああ」

「去年の今頃のノートって借りられるかしら?」

覗うように実渕が言う。

「去年の今頃のノート?」

鸚鵡返しにいう赤司に「そう」と実渕は頷いた。

「どうして?...ああ、さん?」

「ええ、そうなの。ダメかしら?」

「別にいいけど。実渕のではダメなのか?」

「私も貸してあげる予定なんだけど。やっぱり直近の方がいいのあかなって思い始めて...」

そんな風にいう実渕に赤司はため息を吐いた。

「そう大差ないだろうけど。いつ要るんだ?」

「明日?」

首を傾げながら実渕が言う。

「明日?わかった、明日の朝渡そう」

「ありがとう」

用件が済んだら実渕はさっさといなくなる。

短くため息を吐いて赤司はストレッチを再開させた。


翌朝、朝食を摂っていると赤司から声を掛けられて実渕は食事の手を止める。

「教科を聞くのを忘れたから、一応全教科渡しておくから」

そう言ってノートをテーブルの上に置いた。

「あ、そうね。ごめんなさい」

「いいよ」

「これ、このまま貸しても大丈夫?」

コピーを取ってそれを渡した方がいいだろうか、と実渕が気にして問うと、

「どちらでも」

と赤司が言う。

「ただ、返してもらってくれよ」

「それはもちろん」

実渕の返事に赤司は頷き、その場を離れて行った。


放課後になり、は実渕のクラスを訪ねる。

「失礼します」

呟くようにそう言ってドアをそっと開けてみると、実渕の姿しかなかった。

「あ、いらっしゃい」

「ほかの人たちはもう帰ってるんですか?」

「そうね、テスト期間中だし。塾通いの人も多いみたい。ほら、入ってらっしゃい」

そう言われて「失礼します」と再び口にして教室の中にそっと足を踏み入れた。

教室で勉強をするということになったのは、実渕の指定だった。

図書室は会話が難しい。そもそもこの時期の図書室は混雑しており、席を取るのも中々苦労する。

では、ファミレスやカフェでという話となると、周囲の喧騒が邪魔になりかねない。

ということで、最後の選択肢として学校の教室となった。

実渕のクラスとなったのは、テスト期間中は人口密度が低くなるのを知っていたからだ。

1年はまだのんびりしており、教室で話をして時間を過ごす者も少なくないだろう。それは勉強の邪魔になる。

「まず、ノートなんだけど。私のと、征ちゃんにも借りたから参考にしてみて」

「征ちゃん..って、赤司先輩ですか?」

「そうよ。ちゃんと本人から借りたし、ちゃんに貸すって話をしてるから安心して」

(それって、安心できる情報なのかな...って、)

「実渕先輩」

「なに?」

「ここは学校ですよ」

が指摘する。

どういう意図の指摘なのかわからずに実渕は首を傾げながら「そうね」と言った。

「また“ちゃん”って言いました」

「あー、そうね。もう良くない?」

「へ?」

間抜けな声が漏れる。

「昨日も言ったけど、もう周りに気を遣うことないかなって」

「あの、でも...」

何か反論があるらしいが、歯切れが悪い。

「恥ずかしい?」

「それも、あります」

「それも?」

では、それ以外は何だろう...

実渕が考えていると

「実渕先輩、彼女さんいるんじゃないですか?それなのに、私の事を名前で呼んだらやきもち焼かれちゃうかもしれませんよ?」

「彼女さん?」

の口にした単語を拾う。

「いないわよ」

「居ないんですか?!」

頓狂な声を上げてが問い返した。

「居ないわね。どうしたの?私、誤解をさせるようなことをしてたかしら」

自分の言動を振り返ってみるが、そんなことを匂わせたことはない。

「この間...」

「ん?」

「放課後、掃除が終わった後に偶々見たんですけど。実渕先輩、女の子に囲まれてて。みんな仲良さそうで、きれいで...え、と」

実渕はきょとんとを見た。

言葉を探している彼女は俯いて赤くなっている。

「えーと...まず。今言ったけど、恋人はいないわよ。ちゃんが見たのは、たぶん..お肌の相談受けてたのかもしれないわね」

「お肌の相談?」

不思議そうな表情を浮かべている彼女を見て噴き出すのを堪えた実渕は頷いた。

「そう。私、そういうの自分自身が気にしてるところもあってね、詳しい方なのよ。

それで、それを知ってる女の子たちが色々相談してくるの。ちゃん知ってる?今の時期が一番紫外線が強いのよ」

「そうなんですか?!」

驚きの声を上げるを実渕はビシッと指差す。

「その反応...ちゃんとケアをしていない証拠ね。今はまだ若いからいいけど、大人になった時に困るわよ」

半眼になって実渕が言う。

「実渕先輩、私と2つしか変わらないのに...」

が言うと実渕は苦笑した。

「これは、うちの親戚の受け売り。美容関係の職業についてる人が多いのよ。エステとかネイルとか..整形外科もいるわ。

まあ、そういう周囲のアドバイスがあって詳しいの。私、昔は凄く肌が弱くてね。色々教えてもらったからそのせいね」

ほへー、と感心しているににこりとほほ笑んで

「さ、時間がないし。勉強しましょう」

と実渕が促す。

ここにいる理由をすっかり忘れていたは「あ、」と声を漏らし、「こーら」と実渕におでこを押された。









桜風
15.4.6


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