| 部活には何とか間に合った実渕がマネージャーの一人にの休みを伝えた。 「何で実渕君が知ってるの?」 「ちょっとね」 答えを濁した彼に「ふーん」と意味ありげな相槌を打った彼女は「まあ、あっちにも伝えておくね」と言っていなくなる。 “あっち”というのは二軍のマネージャーたちの事だろう。 はそちらで主に仕事をしているのだ。 全体練習が終わり、自主練習に入った。 今日はフィジカルの方にしようと思って体育館を抜けるとマネージャーたちが話をしている。 「ねえ、それどういうこと?」 ふいに入ってきた声に彼女たちは短く悲鳴を上げた。 彼女たちが話をしていたのは、最近部を辞めた三年のことだった。 負傷をしており、がそれを早々に見抜いて色々とフォローをしていたそうだ。 だが、試験の時に負傷していたことを見抜かれて一軍に上がれなかった。 試験の時にはいい動きができたから、周囲を含めて一軍に上がれるだろうと思っていたのに落ちたので、彼はを疑って責めた。 彼女は言い訳をせずにじっと彼の詰りを聞いていたそうだ。 そして、別の部員が、彼がいなくなったことについて、に礼を言ったそうだ。 「誰よそれ」 低く唸るような声で実渕が言う。 「ウチらは言えない。というか、実渕君ちょっと落ち着いて。さすがに怖いから」 同学年の子にそう指摘されて実渕は深く息を吐く。 「ごめんなさい」 にこりとほほ笑んだ笑顔は少しぎこちない。 「犯人探しをしても仕方ないでしょ。どうせ、そういう子はまた落ちてくるんだから」 「...そうね。ほんと、ごめんなさいね」 そう言って実渕はトレーニングルームに向かった。 先ほどを抱えた時に足首を見たが特に腫れていなかった。 そんなに重い捻挫ではないのかなとほっとしたが、もしかしたら本当に捻挫はしていないのかもしれない。 もしかしたら、ここ最近の出来事で当時の事を思い出して心に負担がかかってしまっているのかもしれないと思い至って実渕は唇をかむ。 彼女は激しい運動ができなくなっただけで、体育ができなくなったわけではないと言っていた。 「体育は適当に手を抜いて負担を掛けないようにしてますから」 そう言って困ったように笑っていたのを思い出す。 だから、体育で昔負傷したところが思い出したように痛んだりしているのかもしれない。 「余計なこと、だったのかしら...」 ポツリと呟いた自分の声に心を痛めた。 いつも優しくて口調も何というかお姉さんと錯覚してしまうような実渕は、それでも男の子だった。 男の子、というほど子供ではない。自分の印象では包容力のある、十分な大人だ。 「スカートを穿いて、可愛い恰好をして出歩いたら何か面白そうだよね。絶対に違和感がないって」 たまにと話をしている実渕を見ていたクラスメイトが笑いながらしていた話が耳に届いて凄く不快に思ったことがある。 今日だって、ひょいと軽く抱き上げて保健室まで連れてきてくれた。 身長が188センチあるとしても、やっぱり人ひとり抱え上げるのは大変だろうし、自分はそんなに軽くない。 「かっこよかったな...」 ポツリと呟いた自分の声を打ち消すように頭を振る。 そうじゃない。かっこいいとかそういうんじゃなくて、お礼を言わなくてはいけない。 だが、学校に行くのが億劫という気持ちがなんとなくある。 理由は、たぶん..アレだ。 思いつくものはある。今の精神状態で体育館に行くというのこれまた負担だ。 そんなことを考えていると携帯の着信音が鳴る。 慌てて手に取ると実渕からでわたわたと通話ボタンを押した。 「もしもし!」 『ちゃん?夜分遅くにごめんなさい、実渕だけど』 「ハイ!」 『...声は元気そうね』 気遣う言葉にハッとした。 「あの、元気です。あの後、親が学校に来て連れて帰ってもらいましたし」 慌てて報告すると『そうなの。それならよかった』と安堵の声が耳に届く。 「実渕さん、保健室に運んでくださってありがとうございます」 『あら?先輩じゃなくていいの?』 クスリと笑って指摘されて一瞬は怯んだが、 「今は家です」 と返してみた。 『そうね。学校じゃないわね』 実渕が同意する。 『ねえ、ちゃん。明日学校の来られそう?』 「行きますよ。どうかしましたか?」 『じゃあ、お昼、一緒に食べない?』 「いいですよ。食堂ですか?」 『お弁当を持って、屋上。どうかしら?』 そう言われては目を輝かせた。 「屋上でお弁当は初めてです」 『じゃあ、また明日のお昼に迎えに行くわね』 そう言って実渕が電話を切った。 「お弁当!」 明日は必ずお弁当を作ってもらわなくてはならない。 おそらくリビングにいるであろう母親にお願いをするべく、は慌てて部屋を出た。 |
桜風
15.5.4
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