| 「ねえ、ちゃん」 実渕の声のトーンが少し落ちた。 何だろう、と彼を見上げると非常に困ったような表情だ。 「実渕先輩?」 「私ね、あなたに悪いことをしたかなって思ってるの」 首を傾げるに 「バスケ部、嫌じゃない?」 と続けた。 「え...」 は言葉を失くした。 「あのね、えっと。さっきのようなこと、初めてじゃないんでしょ?私もうっかりしてたわ。もうマネージャーとして周りに認められているから仲よくしても大丈夫って思ったんだけど、そうじゃないんでしょ? 嫌な思い、たくさんしてない?」 気遣うように実渕が言い、は俯く。 「嫌だったら、部活やめてもいいと思うの」 ぽたりと雫が落ちてコンクリートの色が変わる。 「ちゃん?」 「私、頑張るから要らないって言わないでください」 「え、ちょっと待って。言ってない。要らないなんて言ってないわ」 実渕がオロオロと慌てる。こんな彼は珍しく、部員たちがいたら一斉に携帯のカメラまたは動画機能を起動させていただろう。 「ちゃん、落ち着いて」 実渕がそう言っても、はぽたぽたと涙を流しており、「あー、もう」と彼は言って彼女を抱きしめた。 「ごめんなさい、言い方が悪かったかしら。私はね、ちゃんがバスケ部に居てくれるのはとても嬉しいの。でも、ちゃんがバスケ部にいる事で嫌な思いをしているのに、縛り付けるつもりはないっていうか... 私の我儘に付き合ってるんだったら、それは付き合う必要はないのよ、って言いたかったの」 「私...」 が呟く。 「私、嬉しかったんです。夢を失くして、目標とかそういうのが無くなってたのに、実渕さんに声をかけてもらって、次の夢を提案してもらって。まだあるんだ、って気づかせてもらえて。 だから、私はもうバスケ部を辞めたくないです」 「でも、嫌な思いとか」 「どこに居ても嫌な思いはしますよ。それに、あの先輩はわかってて、でも、自分じゃどうしようもないから外に出してるんです」 「どういうこと?」 実渕が問う。 「先輩、いつか誰かに気づかれるっていうのはわかってたんです。でも、目の前にチャンスがあって、それを掴めると思ってたのに、掴めなくなって。 あの先輩が頑張ってたの、私見てましたから、気持ちわかるなって。私も、そうだったし」 「そう...」 「あの、私バスケ部続けてもいいですか?」 覗うようにが言う。 「ごめんなさい、余計なことを言ったわね。もちろんよ。私はちゃんがいたほうが断然張り切っちゃうし」 そう言って実渕は肩を竦めて笑った。 「えっと、もうひとついいですか?」 が言う。 「ええ、何かしら?」 腕の中の彼女が身をよじったところでやっと気が付く。 を抱きしめていた腕を緩めて彼女と向き合った。 「私、実渕さんが好きです」 まっすぐに言われて実渕はしばらく沈黙し「あーあ」と天を仰いだ。 「あ、いえ。お返事が欲しいとか、応えてくださいとかそういうつもりはなくてですね。好きなんです。 えっと、私、ちゃんと“後輩”でいますからあの..ご迷惑なら...」 自信が無くなっていったらしく語尾がどんどん小さくなる。 「あのね、ちゃん」 「ハイ!」 背筋を伸ばして彼女が返事をする。 「先に言われちゃったら、恰好がつかないでしょう?」 「...はい?」 首を傾げてが言う。 「私もね、ちゃんが好きなのよ。だから、あなたが悲しい顔をしているのは嫌だし、辛い思いはさせたくないって思っちゃうの」 「えーーーーー!!」 目の前のは目を丸くして驚きの声を上げた。 「なによ」 半眼になって実渕が問い返す。 「だ、だって。実渕さんって、かっこいいし、優しいし。背が高くてすらっとしていて、あと、大人だし」 「どこが大人よ。他の男にちょっかい出されるのが嫌で、学校でも“ちゃん”って呼ぶようになっちゃったし。私の見てないところでちゃんに手を出そうとするやつが出ないように態々あなたのいる体育館に行って構ってみたり。 征ちゃんに何度釘を刺されたか...」 憮然として言う実渕にはきょとんとして笑いはじめる。 「何で笑うのよ」 「あと、実渕さん、可愛い」 「かわいいのはどっちよ。まったく。泣いた烏がもう笑ってる」 そう言いながらの鼻先をつんと突いた。 「すみません...」 しゅんとした彼女に実渕は苦笑し、 「いいのよ。笑ってて。私、あなたに初めて会ったときに見た笑顔、凄く可愛いと思ったのよ」 という。 赤くなったにずいと顔を近づけ、 「そして、その笑顔は私のものよ」 と宣言した。 「え、実渕さん」 「ごめんなさいね。私、凄く欲張りなのよ」 にこりとほほ笑んだ実渕の笑顔には引き攣った笑顔を返す。 「取り敢えず、私の事は名前で呼ぶところから始めましょうかね」 実渕にそう言われ、は「ガンバリマス」と返したのだった。 |
桜風
15.5.18
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