My treasures





 全中三連覇を果たし、僕は数多の学校から声をかけられ、選んだのは高校最強の学校、京都にある洛山高校だ。

中学の卒業式が終わり、その足で僕は新しい学校に向かった。

学校には寮があり、そこで3年間生活する。


荷物はすでに送っているから、かなり身軽な状態だった。

京都といえば、観光都市だが、さほど古都の歴史に興味がない僕は、いつか、それこそ3年かけて有名どころにでも足を運ぶくらいになるだろう。

学校に着くと体育館へ行くように言われていたため、寮に行かずにそのまま学校の、バスケ部専用体育館へと足を運んだ。

今から、ここが僕のテリトリーだ。

体育館を覗いてみるとざわりと空気が動く。

僕の存在に気付いた在校生たちが緊張したようだった。

監督に声をかけられ、少し話をして寮に向かった。


“赤司”書かれたプレートが貼ってある部屋の前に立ち止まる。

先ほど寮監から受け取った鍵で部屋のドアを開け、これから僕が生活する空間に足を踏み入れた。

ドアを閉めた途端、ため息がこぼれた。

意外と繊細なんだな、と自分で驚く。


荷物を片付け、ベッドに寝転んだ。
元々物は多く持たない主義だから、片づけはすぐに済んだ。



約8か月前、僕は半身を失った。

全国大会の只中、彼は命を失った。

そして、誰もが躊躇することなくスペアを彼の抜けたそこに嵌めた。

そのスペアが今は“赤司征十郎”と名乗り、そして、いなくなったのは、それまでスペアのほうとなった。

「僕は影だ」と僕の友人はよく口にしていた。

だが、そのスペアは影ですらない。存在が消されたのだ。

そこに光があろうと、その光が淡かろうと強かろうとそんなことは関係なく、「無い」ものとなった。

全国大会が終了して、僕の家で葬儀が行われた。

すごく不思議な感覚だった。

僕はここにいる。

でも、僕が死んでしまったのだ。

自分の遺影が飾られた祭壇を見ながら、僕は何の感傷もなかった。

ああ、僕はいなくなったんだと、そう認識しただけだった。

チームメイトの友人たちは、複雑そうな表情を見せた。

彼らは、兄の死を受け入れ、僕が“征十郎”であることを受け入れた。

だが、どこかで何か引っかかったのだろう。



僕の家は、古くから続く旧家だった。

昔は地主とか庄屋だったらしいが、今でもそういう感じがなくもない。

先祖代々守ってきたその家は、もちろん、父の代で終わらせるわけにはいかない。

そして、家のしきたりとして、必ず長男に家を継がせるということがある。


家の中で長男は、絶対だった。

長男は大きな権力を手にする代わりに、あらゆることをこなす義務があった。彼に自由はなかった。

それに対して、長男以外は自由だった。

だが、例外が一つだけある。

双子だ。

双子は歓迎される。そして、その反面、厭われる。

いつでも長男の存在を脅かす存在であり、そして、いつでも長男の代わりになり得る存在。

僕たちは、それだった。

兄の征十郎は、過去のどの当主よりも優秀になる。一族がそう期待し、そして、その期待は僕にも向けられた。

もし、万が一。征十郎に何かあったら、その時のスペアは僕だった。

“征十郎”は存在し続けなければならない。だから、その万が一があったとき、いなくなるのは、僕だった。

生まれた時から決まっていたことなのだ。

だから、僕は兄と同じでなくてはならなかった。癖も、何もかも。

実際、僕と兄を見分けることができた人はいなかった。姿かたちはそれこそ瓜二つで、声だって聞き分けられる人なんていない。

否、1人だけ僕と兄を見分けることができた人がいた。

でも、その人とは、もう5年以上会ってないから、きっと僕が僕であることを知らないだろう。

僕が“赤司征十郎”といえば、彼女は「久しぶり」と気づかず挨拶をするだろう。

いや、そもそも僕たちのことを覚えているのだろうか。




翌日、本格的に練習に参加するために体育館に向かった。

僕のことを歓迎する人、厭う人、関心のない人など、様々だった。

誰がどう思っていようと関係ない。

すべてを従わせるのが、赤司征十郎なのだ。


入学式を翌日に控えたその日には、すでに周囲は僕に従うことに異を唱えなくなっていた。

「あれ?ジロちゃん?」

練習が終わり、寮に帰る途中、声をかけられた。

思わず振り返ってしまった。

「あ、やっぱりジロちゃんだ」

彼女は弾んだ声を出して駆けてくる。

ちゃん...」

思わず漏れたその言葉を慌てて飲んだ。

違う、征十郎は彼女のことは“”と呼ぶ。

「わー、久しぶり、ジロちゃん。元気だった?」

ちゃん?」

僕の隣を歩いていた実渕玲央が彼女の名を呼んだ。

そうか、同学年だ。

「あ、実渕君。バスケ部の練習終わり?」

「ええ。ちゃんは、まだ?」

「生徒会は明日大変だから。何せ入学式」

彼女はそういって笑う。

「生徒会?」

「そうだよ。わたしは、生徒会副会長様なのだー。そういえば、ジロちゃん、征くんは?一緒じゃないの??」

そういって彼女はきょろきょろと周囲を見渡した。

「僕が征十郎だけど?」

そう返すと彼女はきょとんとした。

「えー、何言ってんのジロちゃん。征くんじゃないよ。悪いけど、2人を見分けることができたことってかなりの自慢なんだから!」

そういって彼女は胸をそらす。

そう。彼女は一度も僕と兄を間違えたことはない。

親や僕たちが生まれる前からずっとあの家で働いていた人たちでさえ、中々見分けがつかなかったのに、彼女はどんなに僕と兄がからかってみても、ちゃんと見分けた。

僕はそれが凄く嬉しくて、そしてその反面、兄はそれが凄くつまらなかったようだ。

兄は..兄も彼女のことが好きだったから。

ちゃん、ジロちゃんて...」

玲央が彼女に問うと彼女は「えっとね」と説明しようとした。

。今日は忙しいんだろう?明日の放課後も忙しいのかい?」

彼女の言葉を遮るように僕は言う。

「放課後になったら落ち着いてると思う。その放課後って、部活が終わってからってことでしょ?」

察しがいい。

彼女の言葉に僕はうなずき、

「じゃあ、放課後生徒会室に行くから待っていてくれるか。話をしよう」

ろ言う。

「うん、わかった」

彼女は頷き、「じゃあね」とその場を去っていく。


翌日の放課後、僕は生徒会室を訪ねた。

「いらっしゃーい。ココア飲む?ジロちゃん、ココア好きだったもんね」

そういって彼女はてきぱきとココアを入れる準備を始める。

「僕は、征十郎だよ」

「だから、わたしにその手のウソは通じません」

そういって彼女は笑って、僕の前にココアを出した。

彼女はコーヒーのブラックだ。

いつの間に飲めるようになったのだろうか。

「それで?」

彼女が僕に話を促す。

「僕が双子だったのは、も知ってるね?」

「うん。てか、ジロちゃんに“”って呼ばれるのって違和感」

そういって彼女は苦笑した。

「赤司の家の長男の双子は何を意味するか知ってる?」

彼女は首を横に振った。

一族や昔からあの土地に住んでいる人ならだれでも知っている。

だが、彼女はそのどちらにも当てはまらない。だから、知らなくて当然なのだ。

「赤司の家の長男の存在意義は知ってるよね」

彼女に確認するとぎこちなくうなずいた。

当然だ。昔、僕たちが話をしたときにも彼女はピンと来なかったようでしきりに首をかしげていたのだから。

僕は8ヶ月前の話をした。

僕が失った半身。生きているうちは“征十郎”と呼ばれていた彼の話だ。

彼女は目を見開き、そして、その瞳から雫をこぼした。

兄は亡くなっても尚、彼女からこんなにも美しい涙をもらえる。

妬ましいとさえ思う。

彼女は腕を伸ばして、僕を抱きしめた。

?」

「ジロちゃん、辛かったね」

「つら..い?」

問い返す。

何を言っているのだろうか。

「だって、ジロちゃんはここにいるのに、こうして、わたしの前にいるのに...」

は、なぜ泣いているの?」

「悲しいから」

「兄が亡くなったことが?」

「征くんも、ジロちゃんもいなくなったことが」

「征十郎は、いるじゃないか」

「いないよ。もう、いないんだよ」

そういって彼女はわんわん泣いた。

僕はどうしていいかわからず、ただ、彼女が泣きやむまで何もできず、じっとしていた。


彼女が泣きやみ、落ち着いた頃には外はとっぷり暮れていた。

「送ろうか?」

「いいよ。寮は門限があるでしょ?」

確かに、もう走って帰らなくてはならない。



「...何?」

「僕は、赤司征十郎だ」

「わかった」

「ありがとう」

彼女とは正門で別れて、僕は寮に帰った。

「遅かったわね」

自室に戻る途中で玲央に会った。

「まあね」

「大丈夫?」

不意に聞かれた。

「何がだい?」

問い返すと「何でもないわ」と彼は言って去っていく。


彼女に全てを話した翌日、朝練が終わって教室に向かっていると「ちょっと、どうしたのよ!」と後ろから声がした。

玲央は2年の教室に行くため、さっき階段に向かったはずだ。

振り返ると、彼は女子と話をしている。

「えへへ」と彼女は笑っていた。

ちゃんだ。

「もう!もうちょっと隠すとか...昨日、何かあったの?」

心配そうな玲央の声音が気になって僕もそちらに向かった。

?」

声をかけると彼女は振り返る。

昨日、正門で別れた時以上の、ひどい顔をしていた。

家に帰って、また泣いたのかもしれない。

「ひどい顔だね」

僕がそういうと

「酷いな」と彼女は笑う。

予鈴が鳴り、「急がなきゃ」と玲央が言う。

「ほら、カバン貸しなさい」

「ありがとう、実渕君。紳士ねー」

「もう!手のかかる子ね!」

そう言って玲央は彼女の持っている通学かばんを受け取った。

「じゃあね..征ちゃん」

彼女はそういって微笑んだ。

僕は息ができなくなる。

彼女は兄のことを“征くん”と呼び、僕のことは“ジロちゃん”と呼んでいた。

「ありがとう」

僕は俯いてそういう。

彼女はどちらも、“征十郎”ではなかった僕の存在も消さない方法を考えてくれたのかもしれない。

それは、彼女の中だけでの話。

この先僕が“赤司征十郎”であることには変わらない。

でも、僕はただ一人の中だけでも存在は消えなくていいのだ。

「あら。私もそう呼んでもいいかしら?赤司君とか、赤司ちゃんとか、なんかしっくりこなかったのよね」

玲央が言う。

「いいよ、呼んじゃえ!わたしが許す」

「なんで僕の呼び名をが許可するんだい?」

呆れたふりしてそう聞くと

「わたしが名付け親だから」

と彼女は胸を張って言った。

「なら、仕方ないね」


昨日彼女の流した涙と、そして、この呼び名。

赤司征十郎となる前の、僕の存在を許してくれたその2つは、消えることのない宝物となった。









桜風
13.3.16




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