凛 1





氷室辰也が所謂帰国子女となったのは、高校2年のときだった。

転校先のクラスに案内されて自己紹介。

当たり障りの無い挨拶をして席を言い渡されてそこに座る。

クラスメイトは転校生と言うだけでも、興味があるのに更にそれが帰国子女と言うことで更に興味が増しているようだ。

ついでに言えば、その容姿から女子の興味は益々高まっていた。


朝のHRが終了し、それが合図のように氷室の周りにはクラスメイトが群がった。

最初は男子が声をかけていたが、それを押し退けるように女子が彼を囲む。

その様子を顔色ひとつ変えることなく、彼女は見ていた。


「わり、オレ無理。、頼むわ」

そう言ったのは、クラス委員の相棒。

彼女は嘆息吐いて席を立つ。

「氷室君」

すっとその声が耳に届いた。

たくさんの女子が一遍に声をかけていて、聞き取りづらいなと思っていたのに、彼女の声はまっすぐに伝わってきた。

氷室は声のしたほうを見た。

何重にかなっている女子の垣根の隙間からこれまた女子の姿が見えた。

「見える?」

彼女は氷室の今の状況を把握しているように問う。

「ごめん、ちょっと立つね」

周りの女子、特に背後を取っていた子に声をかけて立ち上がる。

180センチを超える長身の彼が立ち上がれば女子の頭越しに教室の中を見渡せる。

そして、自分に声を掛けて来た女子を見つけた。怒っているのだろうか。鋭い視線を向けられている。

「私は、。このクラスのクラス委員をしているから、何か困ったことがあったら声をかけて。ちなみに、男子はアレね」

そう言って彼女が振り返るとその『アレ』がいなくなっていた。本格的に逃げたらしい。

「ごめんなさい、今いないみたい」

肩を竦めて彼女は言う。

「うん、ありがとう」

「じゃあ」

彼女は用事が終わったといわんばかりにくるりと背を向ける。

さん」
氷室が声を掛ける。

「なに?」

彼女は振り返った。

「昼休憩、校内を案内してくれないかな?」

は顔色変えずに「いいわよ」と一言簡潔に返事をして頷いた。

そして、自分の席に戻る。

氷室の周りにいる女子達は、先ほどから自分が校内を案内するとアピールしていた。

だからといって、彼女たちに案内してもらうのは色々と大変そうだと悟った氷室は、には悪いが、犠牲になってもらおうと思ったのだ。

何より、彼女は『クラス委員』という肩書きがある。

ならば、転校生の面倒を見るのもその仕事のうちだろう。

(でも、やっぱり悪いことをしたかなぁ...)

自分を囲っている女子達の鋭い視線がの背中に突き刺さっているのに気付いた氷室は少しだけ彼女に申し訳ないと思った。


昼休憩になり、が声をかけてきた。

「氷室君。お昼は食堂にするの?」

「あ、うん」

「寮生活なら、そうなるわね」

彼女は頷き、自分は小さなバッグを持っている。

さんはお弁当?」

「ええ。とりあえず、食堂は混むから早く行きましょう」

氷室が立ち上がり、に並ぶ。

「能面」

ポソリと聞こえた単語に氷室は思わず振り返った。

誰が発したかはわからない。

「行きましょう」

彼女は氷室を促して教室を後にした。

益々彼女に悪いことをしたと反省した。


食堂への道すがら、彼女は色々と案内してくれた。寄り道しないで案内できる箇所はこの機会に済ませておこうと思ったらしい。

食堂に着いて、食券の買い方、注文の仕方などを簡単にレクチャーして「席は取っておくから見つけて頂戴」と言ってその場を離れる。

彼女に教えてもらったとおり、食券を購入してメニューの種類ごとに窓口が違うらしく、自分の購入したカレーの窓口に足を向けた。

ふと、視界の隅に物凄く大きな人を見つけた。

(バスケ部..かな?)

そういえば、部活の入り方を聞いていない。彼女は知っているだろうか...

カレーを持ってキョロキョロと見渡すと、彼女が視界に入る。

どこか敬遠されている雰囲気のある彼女に氷室は首を傾げた。

「ごめん、お待たせ」

カタリとトレイをの前の席に置いて氷室が声を掛ける。

彼女は「いいえ」と言って氷室が座るのを待っていた。

「水は?って、取ってきてくれてたのか」

「ついでだしね」

彼女はそう言って頷く。

目の前に置いていた弁当の蓋を開けてそのままそっと閉めた。

「箸忘れたの?」

氷室が問う。

「...いいえ」

少し間を空けて彼女が言う。

彼女は意を決したように蓋を開けた。

氷室は噴出すのを何とか堪える。彼女はそれを嫌がったのだと察することが出来たからだ。

物凄く可愛らしいお弁当だった。所謂キャラ弁というやつである。

「妹さんとかのと間違って持ってきたの?」

氷室が思わず問う。

「いいえ、私のお弁当箱よ」

「...そう」

おそらく、家に小さい妹か弟がいて、中身を親が間違えたのだろう。


氷室はあっという間に食事を済ませたが、目の前のはまだ半分も食べていない。

決して大きな弁当ではないが、彼女は食べるのがゆっくりだったのだ。

「ごめんなさい」と彼女は謝罪をする。

「ううん、ゆっくり食べて。とりあえず、食器を片付けてくる」

そう言って氷室は席を立つ。

水のお替りを注いで席に戻ると、彼女は知らない人と話をしていた。

といっても、本日転校してきたばかりの氷室は知らない人しかいない。

相手は彼女にぺこぺこと頭を下げていなくなる。

彼女はどうやら畏れられているようだった。









桜風
13.2.12


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