| 氷室が転校して1週間経った。 ロードワークで学校に戻っている途中、袴を穿いている集団を見かけた。 「相変わらず...」 ポツリと誰かが呟いた。好感とは逆の感情を孕んだ声音だった。 何が相変わらずなのだろうと思っていたら、聞きなれた声で怒号が聞こえた。 「遅れているぞ!」 思わず氷室がそちらを見る。 その集団の先頭を走っていたのは、 だった。 こういうロードワークのとき、先頭を走るのは大抵キャプテンだと聞いた。 つまり、彼女はキャプテンと言うことになる。 そして、何より驚いたのは、男子をも率いているのだ。 「アツシ、アレは何部?」 隣をダルそうに走っている紫原に問う。 なんだか彼とは気が合ってしまったのだ。のんびり屋の彼は少し弟のように可愛く思える。 昔、米国にいたときも弟のような存在はいたが、紫原は彼と真反対の性格だ。 そして、氷室は少し甘やかすところがあるので彼もまた懐いてしまった。 「んー?たぶん、剣道だったかな?」 「剣道...」 彼女はサムライだったらしい。 だが、凄くぴったりだと思った。彼女の纏っているその空気は、ぴんと張り詰めていて、緊張するが、それは嫌な緊張ではない。 氷室がそう思っている一方で全く逆のことを思っている人物もいる。 「ホント偉そうだよなー」 こそこそと背後で声が聞こえた。 ちょっとムッとした。 彼女は親切だ。校内の案内をお願いしたその裏の事情も、おそらく理解したうえで了承してくれた。 押し付けようと思えば別の人に押し付けたり、氷室が嫌がっているが、そこの女子に頼めといえたはずなのに。 「室ちん、どーしたの?」 「あ、ううん。何でもないよ」 隣を走っていた紫原に声を掛けられて慌てて表情を和らげる。 その日の練習を終えて寮に帰る途中、ふと校庭の向こう側の明るい建物が目に入った。 バスケ部は遅い時間まで練習している。 それよりも遅くまで練習をしていると言うことか... 「室ちん?」 「アツシ。あっちは何?」 「武道場だね」 「武道場?」 「体育で柔道とかするとき使うし。剣道場も一緒になってるよ」 「じゃあ、柔道部か剣道部が遅くまで練習してるってことか...」 「剣道部じゃろう」 不意に声を掛けられて氷室は驚き、振り返る。 「キャプテン...」 「 は面倒見がいいからの」 「マジで?愛想ないからそうでもなさそうなのに」 福井が問う。彼も のことは知っているらしい。 「男子部、誰も面倒を見れないからと頼まれて面倒見とる。面倒見が良い以外に何があるんじゃ」 溜息混じりに彼が言った。 「ふーん、面倒そー」 まいう棒を咥えて紫原が言った。 「反発とかあんだろうな」 福井はそう言って寮に向かっていく。 「まあ、それをひっくるめて飲んだらしい。人がええんじゃな」 たぶん、言い訳とかもしない子なのだろう。 周りが自分にどう言う評価を向けているか知らないことはないだろう。 だが、それに一々反応しても仕方ないと思っているのかもしれない。 「室ちん、何処いくの?」 正門ではない方向に彼が歩いていく。 「ちょっと覗いてみる」 「オレも行ってみるし」 そう言って紫原もついてきた。 武道場の中は数人だけが残っていた。さすがに自主練だったらしい。 動きがぎこちない何人かが並んで竹刀を振り下ろしていた。 その動きを鋭い視線を向けながら が観察している。 すっと歩いていき、自分で手本を示したり、相手の腕を押さえたりして型を直していた。 彼女がふと入り口に視線を向ける。 「どうしたの?入部希望?」 知っていて彼女は言う。 氷室は苦笑して 「遅くまでやってるんだね」 と声をかけた。 「まあ、そこそこね」 そう言って紫原を見上げる。 「紫のバラ君」 「『の』は要らないし」 少し機嫌悪く紫原が言う。 「この間ご紹介した店はどうだった?」 彼女がからかうような口調で言う。ただし、いつもどおりの表情で。 「おばあちゃんの手伝いしたら、たくさんオマケしてくれたし」 「おばあちゃんも、紫原君が来てくれて助かったって。背が高い坊やだねーって」 「坊やじゃねーし」 拗ねたように紫原が言う。 「おばあちゃんにかかればまだまだ坊やなんじゃないの?」 彼女が言うと 「...そーかも」 と紫原は納得してしまった。 「またおばあちゃんの様子を見に行ってあげてくれるかしら?」 「たくさんオマケしてくれるから行っても良いし」 「ありがとう」 「主将!」 声を掛けられて彼女は振り返る。 「そうだった」と呟き、「じゃあ、またあした」と声をかけて武道場の部員達の元に戻っていった。 |