| 「さん、代わるよ」 氷室が声をかけた。 彼女は振り返り、「母のおはぎはどうだった?」と彼女は少し誇らしげに言う。 「美味しかったよ。でも、さんの好物だっておばあさん言ってたけど、アツシが全部食べちゃったんだ」 申し訳なさそうに氷室が言うが、彼女は首を横に振る。 「言ったでしょ。食べてきたって。それで、その紫原君は?」 「寝ちゃった...」 がっくりと肩を落として氷室が言う。 「自由だね」 彼女の声音は愉快そうで、氷室はそっと顔を覗ってみた。 笑っているかもしれないと思ったが、いつもと変わらない表情だった。 「なに?」 「え、あ。ううん。昔からここに来てたんだね」 「昔は、の方が正しいのよね。中学上がってから殆ど来れなくなったから」 「さんは、地元の人...だよね」 「生まれも育ちもずっと同じところよ」 彼女は頷いた。 「氷室君は、渡米する前もこっち?」 「いいや。色々だよ」 「それはそれで大変そうね」 彼女呟き「でも、それなりに楽しかったよ」と氷室が返す。 「そうなんだ」 彼女は感心したように頷いた。 日が傾き、店を後にする。 「またくるねー」 紫原がそういうとおばあさんは嬉しそうに頷いた。 「紫原君がおばあちゃんのところに行ってくれると思うと結構安心したな」 自転車を押しながらが言う。 「自分は行かないのー?」 「部活も家もあるからね」 「家?」 氷室が問い返す。 「ウチ、実家も剣道の道場でね。基本的に練習漬けなの」 彼女が言う。 「わー、めんどくさそー」 「慣れるとそうでもないけど、こういうときはちょっと..ね」 彼女は店を振り返りながら言う。 「中学に上がってからこられなくなったってさっき言ってたのは...」 氷室が言う。 「部活始めちゃったからね。中学のときは部活必須だったのよ。で、高校に上がったら断れなくて...」 彼女は肩を竦めた。 暫く3人並んで歩いていたが、「私、こっちだから」と彼女が自転車に跨る。 「じゃあ、また」 「またねー」 「またね」 そんな挨拶を交わして自転車を漕ぎ始めた彼女の姿はぐんぐんと小さくなっていった。 「何で怖い顔なんだろうね」 不意に紫原が言う。 「え?」 彼女の後姿を見送っていた氷室は驚いて紫原を見上げた。 「笑ったら良いのに」 紫原がそう呟き、「そうだね」と氷室は頷いた。 何故彼女はあんなにも頑なに笑わないのだろうか... 月曜日の昼休憩、食堂に向かおうとすると、「氷室」と声を掛けられた。 「キャプテン」 「はいるか?」 そういわれて教室の中を見た。 彼女は弁当派のはずだ。 しかし、彼女の姿が見えない。 「岡村さん?」 背後から彼女の声が聞こえ、岡村が振り返り、見下ろす。 「すまん!」 突然パンと手を合わせられて彼女は首を傾げた。 岡村の話を聞いて彼女は少し考え、 「...いいですよ?」 と答えた。 「助かる!」 「ええ、構いません」 「昼休憩にすまんかったな」 そう言って岡村がいなくなった。 「...さん、大丈夫?」 「まあ、部活はできるし。大丈夫」 そう言って彼女は教室の中に入っていった。 岡村は、本日部長会で行われるはずの慈善活動の代打をに頼みに来たのだ。 授業の遅れがある科目があり、その補講が入ったとか。 大学進学は殆ど推薦が決まっているが、だからと言ってサボって良い理由にはならないので彼はを頼ってきただの。 「俺、手伝おうか?」 氷室がを追ってそう問う。 「大丈夫よ。そんな難しいことでもないし。気に掛けてくれてありがとう」 彼女は自分の席に着き、弁当を取り出した。 「そう」 氷室はそう言ってその場を離れ、食堂に向かった。 |
桜風
13.3.11
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