| 書店を揃って後にする。 彼女はその後、開き直ったようにレース編みの本にまで手を伸ばしたのだ。 実際、手を伸ばしたのは氷室であり、彼女は「あの右から3番目の本をとってくれる?」とお願いしただけではあるが。 「編み物は良くするんだ?」 彼女の購入した書籍を思いながら氷室が問う。 「うん、結構してるかな。家に帰ったら色々あるよ」 「編みぐるみも?」 「それは、今回初挑戦」 がそういった。少し弾んだ声音で、彼女が楽しみにしてるのが良く分かった。 「出来上がったらひとつくれるかな?」 氷室がそういい、彼女は驚いたように彼を見上げた。 表情は、変わらない。 「欲しいの?」 「おかしいかな?」 「氷室君に可愛いアイテム?」 「変?」 「...意外と良いかも」 彼女がそういった。 「だろう?」 氷室もそう返す。 「部活は?」 が問うた。 「午後練。剣道部は?」 「同じく」 彼女はそう言って頷いた。 「俺、剣道って見たことないんだ」 氷室が不意に言う。 「そうなんだ?あー...でも、そうかもね。そんな身近なものでもないよね。学校の授業で必須でもないし。逆にバスケは小学校のときから授業でやるものだしね」 「そうだろ?」 氷室が言うと彼女は頷いた。 並んで歩いていると、目の前で小さな男の子がこけた。 追いかけっこをしていたようだ。 氷室が手を貸そうと足を踏み出したが、「ちょっと待って」とが止める。 「さん?」 何故止めるのかと不思議に思って氷室が問う。 彼女は少年に視線を向けてじっと見ていた。 少年は泣きそうになったが、それを堪えて独りで立ち上がる。 それを見た彼女は微笑んだ。 「え」 氷室が思わず声を零す。 それに気付かず彼女は少年の元へ足を向けた。 「えらかったね。強いね」 少年は驚いたように彼女を見た。怖い顔をしたお姉さんに褒められたのだ。 でも、そのお姉さんの声は、顔とは間逆で優しかった。 「擦りむいてるね」 彼女はそう言ってバッグから絆創膏を取り出した。そして、なぜか消毒も。 「沁みるけど、我慢できるよね。強いもんね」 そう言って彼女は少年に消毒をして、絆創膏を貼る。可愛らしいハートマークのそれに少年は少し難色を示したが、「ありがとう」と礼を言った。 「どういたしまして」 はそう言って少年の頭を撫でて立ち上がる。 少年は駆けていき、は氷室を振り返った。 彼にしては珍しくぽかんとしていた。 「氷室君?」 いつもどおりの表情の彼女に 「え、あ..うん」 と氷室は何とか反応した。 「ぼうっとして、どうしたの?」 が問う。 「さん、小さい子の面倒を見るの得意なんだ?」 氷室は彼女の問いに答えず、別の問いを向けた。それについて、彼女は特に不愉快には思わなかったらしい。 「得意..ではないけど。ウチの道場にはアレくらいの子が来てたりするからね。親が『根性を鍛えてくれ』って放り込むの。だから、その面倒を見てるから、苦手ではないかな」 「へー...」 「それよりも、氷室君がぼうっとしてるのって珍しいんじゃない?」 からかうように彼女が言う。 「そうかな?俺だってぼーっとすることはあるよ」 氷室がそう返し、「なるほど」と彼女は頷いた。 「あ、氷室君。しつこいようだけど、このことは内緒にしてね?」 そういいながら左手に持っている鞄を軽く上げた。 「約束するよ」 そう言って氷室が右手の小指を差し出した。 は氷室を見上げ、彼は微笑む。 「ゆびきりだ」 「子供のとき以来よ」 そう言って小指を絡ませ、「ゆびきりげんまん」と声を揃えて歌いだす。 「指切った」と手を離したときには、お互い顔を見合わせた。 氷室はクスリと微笑み、は俯いた。 (あ...) 彼女は時々俯いている。 それって、表情を見られないようにしているのではないか。 ふとそんなことを思った。 つまり、彼女が俯いているときは、いつもとは違う表情を浮かべていると言うことで... 勿体ないなと思うと同時に、皆が気付かなければ良いと思ってしまった自分に、氷室は少しだけ困惑した |
桜風
13.3.25
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