凛 8





 夏休みに入ってすぐのことである。

剣道部が練習試合をすると聞いて、部活を終えた氷室は足を運んでみた。

団体戦のようで、中堅まで終わっているようだ。

丁度副将の試合の始まるところで、どちらが勝っているのかと傍に居た人に聞くと、2勝1敗で陽泉だそうだ。

つまり、この副将が勝てば、大将であるの出番がないようだ。

(負けてくれ)

口に出せば非難を受けること間違いなしなことを思いながら、氷室は試合を見守った。

順番を待って座っている彼女はまっすぐ試合に視線を向けていた。その姿勢は凛としていてかっこいい。

彼女はとてもクールだと思う。

静かに、まっすぐで。

『大和撫子』とは彼女のことを指すのだろうと勝手に思ってもいる。

顔の表情はともかく、優しいし、面倒見もいい。よく気がつくとも思う。

でも、多くの人はそれに気付かない。

つまり、彼女のその長所は、顔の表情が変わらない、もっと言えば、笑わないから気付いてもらえないのだ。

勿体ないと思う。でも、このままでも良いと思う。凄く矛盾している。

(まるで子供の駄々だな)

氷室は少し自嘲気味に笑った。

試合終了のブザーが鳴った。

どうやら副将は負けてしまったようで、つまりは大将戦で決着がつく。

すっくと彼女は立ち上がる。

『立ては芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』

そんな言葉が浮かんだ。


動体視力に自信があった氷室であったが、彼女が決めたと言うコテが全く分からなかった。物凄く速い返し技だったようだ。

そして、彼女の勝利をもって陽泉の勝利が決定した。

相手校の主将と挨拶を交わした彼女はその場からいなくなる。

どこだろう、そう思ったがふと思いついた場所があり、氷室はそちらに足を向けた。


校庭脇の水場で顔を洗い、置いていたタオルを取ろうとした。

「はい」

そう言ってタオルが渡されて

「ありがとう」

と礼を口にして彼女ははっと顔を上げる。

タオルを渡してくれたのは、氷室だった。

「ど、どうしたの?!」

彼女はそのまま数歩下がった。能面と言われているその表情が少しだけ崩れている。

「さっきの試合、見てたんだ」

「あ、そうなの?気付かなかったわ。剣道、初観戦はどうだった?」

どこか、誇らしげな声音で彼女が言う。

彼女にとって、剣の道は誇りなのかな、と少しだけ思った。

「かっこよかった。それに、速くて良く見えなかったよ」

肩を竦めて、少し困ったように氷室が言うと

「やってるほうも微妙なときがあるけどね」

と彼女が返す。

「そうなの?」

「うん。でも、自分の腕を信じてるから、微妙なときは自分の方だって思ってる」

そう言って彼女は一歩下がった。氷室が一歩詰めてきたからだ。

「...どうして距離を取るんだい?」

氷室の疑問は尤もで。

しかし、彼女も譲れないことがある。

「臭うから」

物凄く小さな声で彼女が言う。

氷室は不思議そうに自分を臭った。

(さっきまで部活だったから結構汗かいたし、それかなぁ...)

「氷室君じゃなくて」

彼女がそれを止める。

「剣道って、防具つけるでしょ?しかも、凄く汗掻くから..臭いの。防具自体も結構臭うし、それを身に付けてたら、その臭いがついてしまうのよ」

がそういった。

つまり、自分が臭うから近付いてほしくないということらしい。

「俺は気にしないよ」

「私は気になるの」

彼女の顔を見て氷室は少し笑った。

「何で笑うの?」

「顔が真っ赤だ」

「へ?!」

慌てて彼女は氷室に背を向けて両手で頬を押さえる。色々落ち着かなくてはならない。

その隙に氷室は彼女との距離を縮める。

「別に、臭わないけどね」

「わー!」

彼女は慌てて氷室から距離を取ろうとした。

しかし、段差に足を取られてそのままバランスを崩す。

慌てて氷室が手を伸ばして彼女の腕を掴んで強く引く。

結局、と氷室との間の距離はゼロとなってしまった。

「あの、離してください」

さんって、困ると敬語になるんだね」

愉快そうに氷室が言う。

「あの、ですからー」

「嫌だよ」

「はい?!氷室君??」

頓狂な声を上げて彼女は彼の名を呼ぶ。

氷室は少しだけ腕の力を緩めた。

さんは凄くクールでかっこいいけど、同じくらいキュートで可愛いね」

にこりと微笑んで彼が言う。

パクパクと金魚よろしく彼女は口を開閉してみたが、言葉が出ない。

「でも、キュートなところは俺だけが知っていたいんだ」

「えーと...」

「これって、やっぱり我侭かな?」

そう言って氷室は首を傾げる。

「はあ」と彼女は溜息を吐く。

「紳士かと思えば、意外と駄々っ子なのね。氷室君?」

そう言っては氷室を見上げる。

その表情に氷室は一瞬瞠目して、彼女の額に唇を落とし、微笑んだ。

それは、目の前の彼女と同じ表情だった。









桜風
13.4.1


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