| 夏休みに入ってすぐのことである。 剣道部が練習試合をすると聞いて、部活を終えた氷室は足を運んでみた。 団体戦のようで、中堅まで終わっているようだ。 丁度副将の試合の始まるところで、どちらが勝っているのかと傍に居た人に聞くと、2勝1敗で陽泉だそうだ。 つまり、この副将が勝てば、大将であるの出番がないようだ。 (負けてくれ) 口に出せば非難を受けること間違いなしなことを思いながら、氷室は試合を見守った。 順番を待って座っている彼女はまっすぐ試合に視線を向けていた。その姿勢は凛としていてかっこいい。 彼女はとてもクールだと思う。 静かに、まっすぐで。 『大和撫子』とは彼女のことを指すのだろうと勝手に思ってもいる。 顔の表情はともかく、優しいし、面倒見もいい。よく気がつくとも思う。 でも、多くの人はそれに気付かない。 つまり、彼女のその長所は、顔の表情が変わらない、もっと言えば、笑わないから気付いてもらえないのだ。 勿体ないと思う。でも、このままでも良いと思う。凄く矛盾している。 (まるで子供の駄々だな) 氷室は少し自嘲気味に笑った。 試合終了のブザーが鳴った。 どうやら副将は負けてしまったようで、つまりは大将戦で決着がつく。 すっくと彼女は立ち上がる。 『立ては芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』 そんな言葉が浮かんだ。 動体視力に自信があった氷室であったが、彼女が決めたと言うコテが全く分からなかった。物凄く速い返し技だったようだ。 そして、彼女の勝利をもって陽泉の勝利が決定した。 相手校の主将と挨拶を交わした彼女はその場からいなくなる。 どこだろう、そう思ったがふと思いついた場所があり、氷室はそちらに足を向けた。 校庭脇の水場で顔を洗い、置いていたタオルを取ろうとした。 「はい」 そう言ってタオルが渡されて 「ありがとう」 と礼を口にして彼女ははっと顔を上げる。 タオルを渡してくれたのは、氷室だった。 「ど、どうしたの?!」 彼女はそのまま数歩下がった。能面と言われているその表情が少しだけ崩れている。 「さっきの試合、見てたんだ」 「あ、そうなの?気付かなかったわ。剣道、初観戦はどうだった?」 どこか、誇らしげな声音で彼女が言う。 彼女にとって、剣の道は誇りなのかな、と少しだけ思った。 「かっこよかった。それに、速くて良く見えなかったよ」 肩を竦めて、少し困ったように氷室が言うと 「やってるほうも微妙なときがあるけどね」 と彼女が返す。 「そうなの?」 「うん。でも、自分の腕を信じてるから、微妙なときは自分の方だって思ってる」 そう言って彼女は一歩下がった。氷室が一歩詰めてきたからだ。 「...どうして距離を取るんだい?」 氷室の疑問は尤もで。 しかし、彼女も譲れないことがある。 「臭うから」 物凄く小さな声で彼女が言う。 氷室は不思議そうに自分を臭った。 (さっきまで部活だったから結構汗かいたし、それかなぁ...) 「氷室君じゃなくて」 彼女がそれを止める。 「剣道って、防具つけるでしょ?しかも、凄く汗掻くから..臭いの。防具自体も結構臭うし、それを身に付けてたら、その臭いがついてしまうのよ」 がそういった。 つまり、自分が臭うから近付いてほしくないということらしい。 「俺は気にしないよ」 「私は気になるの」 彼女の顔を見て氷室は少し笑った。 「何で笑うの?」 「顔が真っ赤だ」 「へ?!」 慌てて彼女は氷室に背を向けて両手で頬を押さえる。色々落ち着かなくてはならない。 その隙に氷室は彼女との距離を縮める。 「別に、臭わないけどね」 「わー!」 彼女は慌てて氷室から距離を取ろうとした。 しかし、段差に足を取られてそのままバランスを崩す。 慌てて氷室が手を伸ばして彼女の腕を掴んで強く引く。 結局、と氷室との間の距離はゼロとなってしまった。 「あの、離してください」 「さんって、困ると敬語になるんだね」 愉快そうに氷室が言う。 「あの、ですからー」 「嫌だよ」 「はい?!氷室君??」 頓狂な声を上げて彼女は彼の名を呼ぶ。 氷室は少しだけ腕の力を緩めた。 「さんは凄くクールでかっこいいけど、同じくらいキュートで可愛いね」 にこりと微笑んで彼が言う。 パクパクと金魚よろしく彼女は口を開閉してみたが、言葉が出ない。 「でも、キュートなところは俺だけが知っていたいんだ」 「えーと...」 「これって、やっぱり我侭かな?」 そう言って氷室は首を傾げる。 「はあ」と彼女は溜息を吐く。 「紳士かと思えば、意外と駄々っ子なのね。氷室君?」 そう言っては氷室を見上げる。 その表情に氷室は一瞬瞠目して、彼女の額に唇を落とし、微笑んだ。 それは、目の前の彼女と同じ表情だった。 |
桜風
13.4.1
ブラウザバックでお戻りください