| 「実渕君いる?」 教室の入口で聞いてみた。 入試組の生徒が来るなんて珍しく、好奇の視線を集めてしまった。 「さん?」 少し驚いた声音で呼ばれた。 「ああ、いた」 彼女はそう言って手を振る。 「ち、ちょっと...」 そう言って実渕は彼女の手を引いて教室から離れる。 「実渕君、足の長さ考えて」 慌てていたため、自分の歩幅でしかも少し早足で進んでいた実渕は「ごめんなさい」といったん足を止める。 「どこに行くの?」 彼女が問う。 「...考えていなかったわ」 肩を竦めて実渕が言う。 「あたしは、昨日実渕君が教室に来てくれたって聞いて。態々教室まで来たのって何か用事があったのかなって」 そう言われてはたと気づく。 彼女にお礼と思って持ってきていたそれを忘れた。 近くのコンビニで購入した菓子だが、この季節限定の、しかも新商品だ。 女の子はこういうのが好きなのは知っているし、わかる。 自分のこの物腰のせいで、昔から女子との距離は近かった。 別に心が乙女というわけではない。自分は女の子が好きだ。可愛い。 恋愛の対象としても、きっと女の子だと思う。 ただ、少しだけ共感できる部分が多い。 「昨日は、さんにお礼をしようと思って教室に行ったのよ」 「お礼?」と彼女は首を傾げた。 「ええ。一輪挿しの」 「ああ、いいのに。...でも、お礼って何?」 悪戯っぽく笑いながら彼女が言う。 実渕はクスリと笑い、 「コンビニ限定の新商品。しかも、季節限定。クッキーよ」 「ほしいわ」 ニヤッと笑ってが言う。 「ええ...放課後、少し時間が取れるようだったら持っていくけど。今日は部活は?」 「今日はないなぁ」 「ないの?毎日練習がいるんじゃないの?」 楽器とはそういうものだと思っていた。 「基本的に“部活がある”という日は音合わせになるから。あとは、好きに音楽室などを使って練習すること、という自主性を重んじているの。 それに、今は吹奏楽担当が相当気が立ってるから、放課後の音楽室に近づきたくない」 肩を竦めて彼女が言う。 「そう...」 「取りに行っていい?」 彼女が聞いてきた。 「取りにって、体育館?」 実渕が問い返すと彼女は頷く。 「さすがに部室に突撃は怖いわ。部活中、手が離せなかったらマネージャーにでも預けてもらえれば...」 彼女が言うと実渕は「いやよ」と言う。 「私のお礼なのに、何で他の人に預けなきゃいけないの。あ、でも...待っててもらうことになったらさんの時間を取っちゃうわね」 実渕が考える。 「別にいいよ。暇だし。ご存知のとおり、門限なんてうるさいことを言う人も今はいないし」 “今はいない”という言葉に少し引っかかったが、「そう」と実渕は相槌を打った。 「じゃあ、休憩時間に隙を見て抜けるから」 「最初から部活が終わってから待ち合わせっていうのでもいいけど?」 の言葉に実渕は少し悩んで「良かったら、休憩時間チャレンジさせて?」と言った。 日が長い季節ではあるが、遅い時間に女の子が外を歩くのは良くないと思ったのだ。 「いいよ」 彼女は頷いた。 放課後、はバスケ部専用の体育館に向かった。 見学者がさほど多くない。 漫画などでは、人気のある部は見学者がいて、さらに女の子がキャーキャー騒いでいる。 現実と創作世界は違うらしい。 そう思いながら体育館の中を覗いた。 「何か用?」 冷たい声を掛けられた。 (あ、セコムね) 世に言うセコムが働いているため、見学者がいないらしい。 「実渕君と部活の休憩時間にって約束があるんです」 先輩か同学年かわからないので敬語。三分の二の確率で先輩だ。 「実渕?...休憩まであと10分はあるけど」 これくらいの時間になると思うと言われていたので、時間に合わせて覗きに来たのだが、休憩までまだ時間があるらしい。 「見学してはいけませんか?」 彼女が問う。 じっと見ていたマネージャーが「用事が済むまでね」と言った。 ほっと息を吐いて体育館の中をこっそり覗く。試合形式の練習をしているようだった。 全国大会の常連となっているこの部に入りたくて全国津々浦々優秀と言われる選手が入ってくると聞く。 そして、その中でもレギュラーになれるのは一握りで。 1年からレギュラーというのはとても優秀らしい。 実渕は遠くからシュートを打って、そして決めていた。 (シューティングガードって人だ) 昔読んだバスケット漫画を思い出す。 あんなに遠くからシュートが入るなんてどんな体の構造をしているのだろうか。 ピーッと笛が鳴った。 試合が終わったようで、それが休憩の合図にもなったようだ。 先ほど声をかけてきたマネージャーが実渕の側に行ってを指差す。 マネージャーから受け取ったタオルを肩にかけてドリンクボトルを手にした実渕が体育館の隅に置いている自分の荷物を持ってやってきた。 「ごめんなさいね、ちょっと遅くなっちゃって」 「ううん。実渕君は凄いのね」 しみじみと言われて実渕は苦笑した。 「そうかしら?」 「うん、凄かった。きっとサイボーグね。あんな遠くからシュートが入るんだもの」 彼女が笑って言う。 「失礼ね」と言った実渕は「これ」と言って袋を差し出してきた。 コンビニのビニールの袋ではなくて、別の紙の袋に入っている。 「実渕君、気遣い完璧」 「あら、ありがとう。これでも女子力高いって言われるの」 冗談を返すと彼女は笑った。 「見習わなければ」 「練習、見ていくの?」 そう聞かれて彼女は苦笑した。 「セコムが...」 「セコム?ああ、マンションの」 ちょっと違うけど、と思いながら彼女は曖昧に頷く。 「じゃあ、部活後半戦も頑張って」 はそう言って体育館から離れて行った。 |
桜風
15.6.4
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