| インターハイが終われば、すぐにウィンターカップに向けての練習が始まる。 夏休みが明ければ文系の部活動が活発になる。 文化祭を引退のタイミングとする3年は少なくない。3年間の集大成というわけだ。 とりわけ、舞台での発表という形を取る演劇部とオケ部は気合の入り方が違う。 学校指定のジャージで走っている生徒たちを見かけるとそれは、殆ど間違いなく、どちらかの部に所属している者だというのだ。 運動系の部活動は、ジャージを作るので、学校指定のジャージで走り込みをするなどはほまずない。 演劇部とオケ部は、“何ちゃって文系”なのだ。 朝晩が少し肌寒くなった季節に文化祭が行われた。それはウィンターカップの予選の只中だった。 そのため、試合が終わった時刻は文化祭の終わりが近かった。 時間を見て、もしかしたら間に合うかもしれないと思った実渕は急いで学校に戻った。 練習している曲は聞いていた。 しかし、舞台の上で演奏するという事で色々と演出があるらしいという話を先輩から聞いていたので、少し楽しみにしていたのだ。 しかし、学校ではすでに片付けが始まっており、催し物はすべて終了したというアナウンスが流れている。 ため息を吐いた実渕が途方に暮れていると「あらあら」と声が聞こえた。 振り返ると、帰り支度を済ませたが立っている。 「今日、試合だったんだね」 「ええ」と実渕は頷き、そしてため息を吐く。 「せっかくさんのソロが聴けると思ったのに」 「ソロって言っても、曲の一部だし」 そう言って苦笑するに実渕は首を振る。 「でも、立ち上がって弾いたりするんじゃないの?」 「...まあ」 そう指摘されると少し照れてしまう。 「実渕君、この後時間はあるの?」 「ええ、現地解散だったから。どうかした?」 実渕が頷くと彼女も頷いた。 「では、急いで戻ってきた実渕君に特別リサイタルと洒落こみましょう」 茶目っ気たっぷりなウィンクをした彼女は実渕に背を向けて歩き出す。 「どこ行くの?」 「青空リサイタル」 そう言って彼女は空を指差した。 実渕はつられて見上げる。そして、なんとなく察した。屋上だ。 階段を上りきって屋上に出る。 茜色の空の端に夜の色が滲んでいた。 「寒くない?」 実渕が問う。 「大丈夫」 そう言いながら彼女は手を開いたり閉じたりする。 ヴァイオリンを取り出して弓を構え、調律して「では」と言って弾き始める。 数か月前、ここで聞いたものとは別の曲だ。 オケ部が練習をしていたそれとも違う。 “特別リサイタル”と言っていたので、もしかして違う曲にしたのかもしれないと思った。 その曲はどこか色めいて艶めいていた。 ドキドキと心臓の鼓動が早くなる。 が弓を下ろして肩からヴァイオリンを外す。 「でした」 そう言った彼女に実渕は拍手をする。 「何故かしら、すごくドキドキしちゃった」 そういう実渕に彼女は笑う。 「そう?それはそれは...」 そう言いながらコンクリートの上に置いているケースにヴァイオリンを仕舞うべく、膝をついた。 「歌で告白とかそういうのは良く聞くけど、歌詞がなくてもそういうの出来るのかもしれないわね」 「まあ、歌で告白っていったら歌詞に想いを乗せてってなるだろうけどね」 立ち上がった彼女は「帰ろう」と促した。 「今日の、文化祭での演奏もあんな感じだったの?」 気になって実渕が聞いてみる。大勢にあんな演奏を聞かせたのだろうか。 想像して、なんだか胸がざわめく。 「まさか」と彼女は笑った。 「楽曲が違うし」 そう付け足す。 「そう..私しか聞いていないの?」 「特別リサイタルって言ったでしょ?」 「...ねえ、その音。私だけのものにならないかしら?」 独占欲が頭をもたげる。 隣を歩いていた彼女が足を止める。 一歩先に行ってしまった実渕は振り返って瞠目した。 挑発的な視線を向けていたのだ。どこか分かっていたかのようなその表情に、先ほどの音はやはり愛を囁かれていたのだと気付く。 「あら、小悪魔さん」 実渕はそう言ってちょうどいい高さになった彼女にキスをした。 |
桜風
15.6.18
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