| 「どうだ、捗っているか」と顧問に声を掛けられたのは移動教室の際で、「はい」とは頷いた。 最近は部活の後の居残りに笠松が加わることが多く、黄瀬は「ワンオンワンしようっス!」と頻繁に誘っているが、大抵「うるせー!」と蹴っ飛ばされて終わっている。 「これ、笠松先輩が1年生の時とか、2年生の時のとか借りてもいいですか?」 シュート練習中にそう声をかけられて思わず力み、ボールがあさっての方向に飛んで行った。 「ダメだ」 「いいじゃないですか」 「そうっスよー」 が借りたら黄瀬も一緒に見るつもりらしく、彼もぶーぶーと口をとがらせる。 事件はその翌日起きた。 が掃除当番を済ませて体育館に行くと、マネージャーの先輩たちが、笠松たちの前に仁王立ちしていた。 「遅れました」 元々今週は掃除当番と言っていたので“遅れた”は正しくないかもしれないが、先輩達よりも遅く来たのできっと遅れましたが正しいのだろうとあたりをつける。 「さ、早く決めなさいよ」 居丈高に言うのはマネージャーの中でもリーダー格で、笠松に何かの決断を迫っているようだ。 状況を飲めていないのは自分だけなのかと不安になる。 ふと目があったのが黄瀬で「どうしたの?」と問うと彼は肩を竦めた。 「だったら、だ」 「へ?」 突然名前を呼ばれて目の抜けた声がこぼれる。 「は?何もできないのに?」 信じられないという表情を浮かべて彼女が言った。 「何もできないのよ?邪魔なだけでしょ」 「できるようになろうとしている」 「え、と?」 やはり呑み込めないので黄瀬を見上げた。 「何か、センパイ達は、っちが気に入らないから、自分たちとっちのどっちかを部に残せって。どっちを残すのかって笠松先輩に言ってたんスよ」 それで、“だ”というなら、残すのはということだ。 「え、それはちょっと...」 自分と先輩たちを天秤に掛ければ、どう考えても先輩たちの方が重い。 だから、笠松の選択が理解できない。 ふと、先輩に睨まれた。 びくりと震えて一歩後ずさる。 隣に立つ黄瀬の後ろに隠れかけて、そこは踏ん張った。 それを見た笠松は眉を上げる。 「あたしたちにこそこそ隠れて先生から昔のビデオ借りて。当てつけ?」 「当て..つけって、わけじゃ...」 「きこえなーい」 俯いて言うに彼女が大きな声でそういう。 「いい加減にしろ」 そう言ったのは笠松で、益々彼女たちがを睨んだ。 「笠松はあの子がいいんでしょ」 「あいつじゃなくても」 笠松の言葉に彼女たちは小さく首を傾げた。 「俺たちは、もう少ししたら引退する。それこそ、長くて年内までだ。そのあと、こいつらを支えられるのは3年じゃなくて、2年以下の奴しかいない。 お前たちが、海常高校バスケ部を支えてくれたのは俺たちが一番よく知ってる。 けど、どちらかを選べというなら、後輩たちに残せるほうがいい。 は、お前たちが言うように何もできないかもしれない。でも、できるようになろうとしている。先生にビデオを借りたのだって、スコアの付け方を自分なりに勉強しようとしていたことだ。 先生に貸してくれるように頼んだのは、俺だ。コソコソしたというなら、俺も同じだ」 “コソコソ”という単語が恐ろしいくらい似合わない笠松が言う。 彼女たちは顔を見合わせた。 「辞めるというなら止めない。ただ、考えてほしい。もし、残ってくれるならこいつを夏までに使えるようにしてくれ。選手の俺たちはともかく、大抵マネージャーはインハイで引退するからな。お前たちの引退後は、が唯一のマネージャーになるんだ」 「悪いけど、今日1日だけ時間を頂戴」 「わかった」 頷いた笠松に向かってバツの悪そうな表情を浮かべた彼女たちは体育館を後にした。 「さあ、練習だ。アップ始めんぞ!、悪いが今日は一人だ」 黄瀬の隣に立っているに向かって笠松が言う。 「は、はい」 とは慌てて頷いた。 (ユキちゃん、凄い...) キャプテンをしている笠松は、この体育館でそれなりに見てきたが、今までで一番凄いと思ったキャプテンの姿だった。 |
桜風
14.12.8
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