花を愛でる





陰湿な風の吹く中、薄紅色の雲が広がる。

否、雲ではなく咲いている花が薄紅色をしており、大木に満開であるために雲のように見えるだけなのだ。

その大木の上のほうの太い枝に腰掛けて彼女はぼうっとしていた。

風がそよぐたびにヒラヒラと花びらが舞う。

「久しぶり」

不意に自分の背後に立った気配に彼女は声を掛けた。

「驚いたな」と苦笑交じりに彼女の背後を取った蔵馬は返した。

今は人間界で『南野秀一』という名で生活している彼は時々魔界にやってくる。

「元気でしたか、

そう言って彼女の隣に腰掛ける。

「ま、ぼちぼち」

肩を竦めて彼女は言う。

「何で俺が立っているって分かったんですか?」

友人の飛影という妖怪はよく言う。「気配を殺して背後に立つな」と。

悪戯心でそれをやっている蔵馬は言われるたびに「すみません」と心の籠もっていない謝罪を口にするのだった。

「風を遮っただろう?」

彼女の言葉に蔵馬は納得する。

「では、今度は屋内で背後を取ります」

笑顔で言う蔵馬に「うっかり殺しても文句を言うなよ」と彼女も笑って応じる。


暫くそこから見える風景を眺めていた。

は、桜が好きですか?」

「桜、か...この木の名前だったか」

「木と言うか、基本的に花を指して言っている気もしますけどね」

実際、花が咲いていなくともこれは『桜』と呼ばれるが、皆が好きかと尋ねる場合は花を指しているはずだ。

蔵馬もそのつもりで聞いた。

「花か。そうだな、良い色だ。匂いがきつくないのも中々良いな。人間界にはたくさんあるのか?」

「まあ、それなりに。けれど、気候を選ぶ樹木ではありますね。春に咲きます」

「春?」

「冬という寒い季節があるんですけど、その寒さに耐えて温かくなると咲くんです。だから、おそらく人々はこの花を見ると春を迎えたことに喜びを感じるのではないでしょうか」

「へぇ...」

そう言っては見上げた。

やはりこの桜の花で覆われていて空は見えない。

この魔界の空は例え見えたとしても美しくないからこの景色の方が良い。

「花見という行事があります」

「花見?」

「花を愛でる、というのが本来の目的なんでしょうけど。最近は花より団子って感じですね。花を愛でることを口実に酒を飲むんです」

「それはいい」

は真顔で言って頷く。

そういえば、彼女はザルだったなと蔵馬は苦笑した。

「よし、蔵馬。今からその花見をしよう」

「構いませんよ。けど、俺は未成年なのでノンアルコールで」

蔵馬の言葉には首を傾げた。

「未成年?」

「人間界ではお酒を飲んでも良い年齢が決まっているんです」

「安心しろ。知っているだろう?魔界にそんなものはない」

そう言って彼女はその枝からひょいと降りた。

地面に足がつくまで数秒要し、「ちょっと調達してくるからなー!」と遥か上の枝に座っている蔵馬にそう叫んで消えていく。

「やれやれ...」

蔵馬は肩を竦めて先ほどがしたように見上げた。

「桜には青空が良いんだけどな」

まあ、夜桜のつもりでいれば良いか...

風が吹き、薄紅色の花びらが舞う。

手出せばそこにひらりとひとひら落ちてきた。






『桜』の話を書きたいと思っていたのですが、そうしたら蔵馬が浮かびました。
そうだよな、蔵馬だよな。
彼の武器は薔薇ですが、やはり魔界トーナメントの時雨戦の印象が強いんでしょうね。
桜に青い空。最強です。


桜風
11.03.21


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