「いつもありがとな」





神奈川県の海南大附属高校男子バスケット部と言えば、全国的にも有名で、バスケ部に入るためにこの学校を進学先に選ぶ人も少なくない。

部員はそんな感じで自然と集まるのだが、マネージャーは集まらない。

部員が多ければ多いほど、大変なのは見て解るようで、見学まではある程度の人数は来るのだが、その先まで踏み込む勇者が中々現れない。

今年こそ、と期待していたのだが...

は男子バスケ部専用の体育館裏の流しで盛大な溜息を吐いた。

海南大附属高校男子バスケット部の現在唯一のマネージャーが、このである。

彼女は紛れもなく『勇者』である。


腕時計で時間を確認したは「やばい」と呟く。

高校の入学祝いに親が買ってくれた華奢なデザインの腕時計は自室の学習机の中にある。代わりに、今の腕にはスポーツウォッチがある。

水を使うことが多いし、マネージャーなんてものをやっていたらこっちの方が便利だったので、マネージャーに就任してすぐにお小遣いをはたいて購入した。

このスポーツウォッチとの付き合いはバスケ部マネージャーとしての自分の歴史の長さと同じだ。


「休憩!」

体育館の中でそんな声がした。

は慌てて体育館の中に入る。作業は一時中断。こっちが優先だ。

先輩、ドリンクください!」

1年の清田が駆けて来た。元気が有り余っているのは良いことだ。

「ほい、お疲れ!」

へばってその場に座り込んでいる部員達にも声をかけてドリンクを渡していく。

「はい、牧くん。お疲れさま」

「おう」

牧のボトルの中身は少しだけ増量している。

これは、マネージャーが一人だからできることだ。マネージャーが一人だと大変だけど、これだけを考えたら一人のほうが都合が良い。

人生とはなんとも矛盾だらけなのである。

「いつも悪いな」と声を掛けられては首を傾げた。

「牧くん」

「何だ?」

特製のドリンクを一口飲んで返事をする。

「毎日練習大変ね」

「ん?まあ、そうかもしれないが。自分で選んだことだし、好きでやってるからな。どうした、突然」

「自分のことなら、そう答えるのにねぇ...」

少し呆れたようにが呟く。

益々解らない。

「わたしも同じってこと。好きでやってるし、自分で選んだ。知ってた?海南大附属高校男子バスケ部のマネージャーなんてものになるなんて『勇者』らしいのよ。ハンパな気持ちでこんな長くできるものじゃないらしいわ」

おどけるようにが言う。

「なるほどな」と牧は目を閉じて呟く。

との付き合いも、3年目だな」

懐かしむように、そう言う牧に「そうねぇ」ともしみじみと返す。

そんなの返事に、牧は苦笑を漏らした。


思い返せば、の笑顔に、声に何度も支えられた。

常にトップであることが自分達に課せられた使命で、先輩達が守ってきた歴史だ。自分達の代でで途切れさせるわけにはいかないと先輩達はピリピリしていたし、自分達も少なからず神経質になるときがあった。

そんなときには、なぜかがその場を和ませた。

皆の心を読めるのではないかと、少しだけ疑ったこともあった。

もし、が心が読めると少々都合が悪い。

とりあえず、聞いてみたら彼女は物凄く困った顔をして「牧くん、意外とファンタジーが好きなのね」と言われ、「心が読めたら成績もぐんと上がると思う」と真顔で返された。

の成績は悪くはないが、飛びぬけて良いわけでもない。要は『普通』だ。

なるほど、と頷きかけて留まった。此処で頷くと彼女の成績があまりよろしくないというのと同じになるのではないかと悩んだのだ。




呼ばれては牧を見上げる。目が合ってドクンと心臓が跳ねた。

不意打ちとは卑怯だ、と心の中で抗議する。

「いつもありがとな」

牧は、特別な想いを乗せていつもどおり礼を言う。

「どういたしまして」と答えたの声は心なしか上ずっているように聞こえた。

「休憩終わり!」と牧が部員達にいうと彼らはから手渡されたボトルを彼女の元へと返しに集まってくる。

「あれ、先輩。顔、赤いですよ?」

目ざとく指摘したのは神で「暑いからね、体育館の中って」とは咄嗟に返した。

の返事にクスリと笑った神は「体育館の中は、まあ...暑いかもしれませんね」と言って牧を見てまたを見る。

「神くんって時々可愛くない」

「いつもは可愛いんだから、たまには良いじゃないですか」

さらっと返して神は集合している部員達の元へと駆けて行く。



体育館を出ては深く息を吐いた。

「ビックリした...」

先ほどの牧の「ありがとな」はとても心臓に悪かった。

お礼は常日頃から牧は勿論、部員達にも言われている。今日が初めてというわけではない。

しかし、今日の牧の「ありがとな」は言葉こそいつも聞くものだが、声音と表情が少しだけ違って見えてドキリとした。

「まったく...」

拗ねたように呟いただが、表情は柔らかい。

「よっし!」と気合を入れて腕まくりをし、先ほど回収したボトルと共に流しに向かう。

「こんなもんで皆が頑張れるなら、わたしもまだまだ頑張っちゃうよ」

そう呟いたは、少しだけ調子外れな鼻歌を歌いながらボトルを洗い始めた。






勝手に応援企画第二弾。皆様からリクエストをいただいて、創作させていただいています。
その1本目のリクエスト内容は次の通り。
SLAM DUNKの牧からヒロインへ。「いつもありがとう!!」(語尾変更OK)
牧さんと同級生でマネージャー。お互い両思いだけど、本人たちは知らない...

企画へのご協力、ありがとうございました!


桜風
11.06.18


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