月下に咲く花 30





もぞりとが動いた。

が寝ているのだからイザークは仕事に戻っても良いのだが、はどうも寝ているときは人肌というか、他人の体温が恋しくなるのか。すぐに擦り寄ってくる。

今現在もその状態で、ベッドに座っているイザークに寄り添っているのだ。

しかも、その温度が消えると目を覚ましてしまうようなのだ。

今までも何度か隣でが寝ている状態でベッドから抜け出したことがあったが、戻ってみるとがボーっとベッドの上に座っていた。

「どうした?」と聞けば寝惚け眼のまま、自分の隣のスペースをぽすぽすと叩く。

の叩いたスペースに腰を下ろすとはごろんと寝転んでイザークの腕を引く。仕方なく寝ればはそのままイザークに擦り寄って規則正しい寝息をたてはじめる。

そんなの癖を知っているからイザークはこの場を動けない。

せっかくゆっくり休んでいるのに起こすのは気の毒だ。

自分自身、こんな時間はイヤではないし。

そう思いながらの髪を梳いているとの閉じた瞳から雫が零れる。

何か嫌な夢でも見ているのだろうか。

その涙を指でそっと掬いながら起こすべきかどうか悩んでいるとの瞳が薄く開く。

「...ーク?」

起き抜けで上手く発声できないが名前を呼ぶ。

「ああ、どうした。何か怖い夢でも見たのか?」

イザークに言われては慌てて自分の目を擦る。何だか涙らしきものがあった。

「乱暴に擦るな。変に赤くなるぞ」

目を擦るの手に軽く自分の手を添えて止める。

「イザーク、何で此処に居るの?」

少しずつの頭も回転してきた。

「おせっかいの副官がに会いに行けと言ってくれたからな」

「そっか」と呟きはイザークの手を取って頬に添えて幸せそうに微笑む。

「さっきね、夢を見てたの」

「どんな?」

イザークがの話を促す。

「昔の夢。アカデミーのときとか、ガモフを降りた後とか。あと、イザークが帰ってきたときの」

「だから、泣き始めたのか」

イザークの言葉には恥ずかしそうに俯く。



第二次ヤキンドゥーエ防衛戦からイザークが戻ってきたときには満身創痍といった雰囲気だった。

大きな怪我とか何も無かったが、酷く疲れていた様子だった。肉体は勿論、精神も。

それでも、イザークが無事にプラントに戻ってきてくれて嬉しかった。

MSで予定外に地球へ単独降下をしてみたり。その後も自分の知っている人たちの戦死の情報を耳にする度に心配で他の事が手に着かない状態になったりもしていた。

だから、イザークが無事にプラントに戻ってきてくれて、目が合ったとき、何か、緊張の糸のようなものが切れて自分でも驚くくらい大声で泣いてしまった。

イザークは目を丸くし、後に続いていたシホも非常に驚いていた。

けれど、イザークに「、ですよ」と声を掛けたのはシホで、お陰でイザークは今自分が何をするべきか察しての元へと向かった。

「ただいま、

イザークの声を聞いては大泣きをしながらも思わずイザークの胸へと飛び込んだ。

疲れ果てていたイザークは受け止めたとき少しよろけたがの背中に優しく腕を回す。

「皆で帰ることは出来なかったよ。すまない、沢山心配をかけたな」

イザークがそう言うとは崩れた。慌てて抱き上げたイザークはそのままがゆっくり休めるように病院へと向かった。


が目を覚ますと知らない天井が目に入る。

首を巡らせて慌てた。

赤いザフトの軍服を着ているイザークが椅子に腰掛けて腕を組んで俯いている。

自分はベッドで、今さっき戦場から帰還したイザークが椅子で居眠り。

は慌ててベッドから降りて部屋を後にしようとした。

取り敢えず、温かい飲み物を買ってこようと思ったのだ。

しかし、

「何処に行くんだ?」

そう言われて振り返る。

さっきと変わらない姿勢のイザークの姿があったが、それはゆっくりと顔を上げて振り返る。

「飲み物、欲しくない?買ってくる」

「いいから」と言ってイザークは立ち上がっての腕を掴み、そのまま引き寄せた。

「俺にはこれが一番効くんだ」

そう言いながらイザークはを抱き締めた。

久しぶりに聞くイザークの声に何故かドキドキしていたのに、更にそれが耳元で響くとなると結構心臓に悪い。

「会いたかった」

ポツリと呟くにイザークも「俺もだ」と小さく答えた。

久しぶりに間近で見たイザークの瞳は相変わらず澄んだ青空の色をしていた。



やっと頭も覚醒したらしいはベッドから降りた。

「どれくらい、此処に居られるの?」

「結構..30分くらいは居たからな。そろそろ戻らないと。そうのんびりしていられないからな」

時計を見ながらイザークが答える。

「え、ちょっと。何で起こしてくれなかったの?!折角イザークが時間を取って来てくれたのに!」

半ば八つ当たりのように嘆くにイザークは苦笑いを浮かべた。

「気持ち良さそうに寝ていたんだ。起こしたくないと思ったんだよ」

イザークの気遣いはとても嬉しいが、それでもイザークが居るなら話をしたり触れていたいとか思うのだ。

再び地球側との戦争が始まって以来イザークとは同じ艦内に居るというのに殆ど会えていない。

イザークの部屋にが行っても良いのだろうが、聞くところによると寝る間も惜しんで仕事をしているというではないか。

そんなゆっくり出来たかもしれない時間を自分が行って邪魔するわけにはいかない。


「コーヒー、もらえるか?」

不意にイザークが言った。つまり、あとコーヒーを飲むだけの時間はこの部屋にいるという意思表示だ。

「ありがとう」

はそう言ってコーヒーを淹れ始める。

こっそり補給船と話をつけて個人的に購入しているクッキーも棚から下ろした。

「どこから仕入れているんだ?」

知ってはいるけど、イザークはからかうようにに問う。

「ひみつ!」

は笑って答えた。


カップ1杯のコーヒーを飲み終わったイザークは立ち上がる。

そんなに広い部屋ではないが、も部屋の入り口までイザークを見送るために立ち上がった。

ちょん、とイザークの服の袖を引く。

「何だ?」

に体を向けたイザークにそのままは抱きついた。

驚いたイザークは今の状況を冷静に分析しようとキョロキョロと視線を彷徨わせていた。

「これが、一番効くんでしょ?」

イザークの胸に顔を埋めたままが言う。

納得したイザークは「そうだよ」と言いながらの背中に腕を回して抱き締めた。

その時丁度の部屋に通信を告げるブザーが鳴る。

イザークは舌打ちをして、

「ディアッカからだったら今ブリッジに向かってると伝えてくれ」

と言って軽く唇を重ねて部屋を出た。

名残惜しく感じながらも、これだけイザークに自由な時間があったのはディアッカのお陰だと思いながら通信に出る。

「あ、。イザーク、知らないか?」

申し訳無さそうにディアッカが聞く。

「舌打ちをして今ブリッジに向かったよ。ありがとね、ディアッカ」

「や、まあ。...に会った後のイザークって結構機嫌が良いからさ。最近荒んでたし、って思って。わかった、悪かったな。その..邪魔して」

「ううん、ホントありがとう。でも、イザークに八つ当たりされたらゴメンネ」

軽く言うにディアッカは溜息が漏れる。

ああ、そうか。八つ当たりされるんだな、俺...

数分後の自分の姿が浮かんでディアッカはそっと溜息を吐いた。










桜風
08.4.5


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