Happy date
麗らかな日差しの中、彼女たちは多くの花が咲き誇る庭のサンルームで午後のひと時を過ごしていた。
ジュール邸の庭は、ひとまずが納得いく程度には整備した。サンルームも欲しいとイザークに言うと「好きにしろ」と言われ、作ってみた。ついでに、庭の片隅を畑にしたいと言ってみると「やめろ」と言われた。庭は客人をもてなすためにあるということらしい。
「だったらお客様をご案内することがない場所なら?」と食い下がると暫く彼の中に何かしらの葛藤があったらしいが「好きにしろ」と了解を得られた。まだ畑として開墾していないため、本格的には始動していないが、近々場所の選定をしていくつもりだ。
今は、フレイとルナマリアが遊びに来たため、はサンルームでもてなしているところだ。
彼女たちは、同じ年で気が合うため時折一緒に出掛けているのだが、距離感がいまだ掴めない状態ということもあり、二人はを挟んでおしゃべりするのがいちばん気楽なのだという。
ここ最近、フレイが忙しくしているため、ルナマリアだけで遊びに来ることはあったが都合がつくということで、二人揃ってやってきた。
「コトブキちゃんは?」
「奇跡のお昼寝中」
「調子悪いの?」
「だから、お昼寝中」
年齢の割に体力のあるコトブキは、一日中稼働が可能であり、面倒を見ている大人のほうが疲弊する。は元軍人でよかったと頻繁に思っている。体力がありあまる娘の相手を一人で完遂できるのだ。イザークも一度一日中コトブキの相手を経験しているため、の偉業には敬意を持っている。
「ねえ、社長夫人ってどんな生活?」
ルナマリアはフレイに好奇心を映した瞳を向けた。周囲にそういう肩書の知り合いはいない。
「生活は、変わんないかも。このお屋敷ほどじゃないけど家のことをしてくれる人がいるから、結婚前よりは楽だけど、でも、まだ馴染めないというか……」
「わかる。嫌われていないってのはよくわかるんだけど、アウェイなんだよね。気を張って過ごしているから疲れるんだ」
「そうなのよ!」
「でも気を張って過ごすことあるの?」
「私を何だと……。メイドさんのいる生活なんてしたことないし、お父様は軍人だったから自分のことは自分でできるし、私もそうあるべきだと思ってたから、何かしらしてくれるっていうのが凄く苦手だった。気を使った結果、相手に失礼なことをしてしまったという失敗はある」
若気の至りというか、知らないということは罪だと痛感した出来事だ。
が二人の前にカップを置いた。先日出かけたときに購入した新しい紅茶だ。
「いただきます」とそれぞれ言って口をつける。
「あ、これってユニウスのラバーズのデートじゃない?」
「正解。新しく出たばかりだったのに、もう知ってるの?」
「たまたまね。やっぱりここの美味しいよね」
「缶がおしゃれ」
「ねえ、何の話してるの?」
一人置いてけぼりを食らったルナマリアが半眼になって話に入る。
「ああ、ごめんなさい。この紅茶の話。ユニウス市にだけお店があるラバーズっていうブランドのデートって商品じゃないの? って言ったの」
「有名なの?」
「ノウェンベルの『砂漠の虎』のコーヒーよりは」
肩をすくめてが言う。
「……比較するものが悪くない?」
半眼になったルナマリアに「あそこもコアなファンは結構いるようよ」とフレイがフォローになっているかどうかわからないフォローをする。
「でもいいなー。フレイさん幸せそう」
「ありがとう」
「否定しないしー」
嘆くルナマリアを一瞥してはクッキーに手を伸ばす。二人が来ると連絡を受けていたため、昨日作っておいた。
「ルナマリアのほうは、そういう話は出ないの? シンと付き合ってから長いんじゃないの?」
「ちょっと聞いてよ!」とルナマリアが憤怒の表情を浮かべた。これは振る話題を間違ったとフレイは内心後悔する。
「こないだ、やっとオフが重なったから映画に行ったの」
「デートだね」とが口を挟むと「そうよ!」と返された。
「映画、つまらなかったの?」
「元々私が見たいって言ってた作品だから、それはいいんだけど。ランチ、どこに行ったと思う?」
「ポップコーンで済ませた」
「そこまで酷くない。けど、ファストフードよ! フランチャイズ店のハンバーガー!」
「いいじゃない、気楽で」とが返した。
「学生じゃないのよ。もう子供じゃないのに、それってどうなの?!」
「私はそれがいい」とが言う。
「ちょっと黙ってて」
ルナマリアにそう言われたは肩を竦めて口を閉じた。
「それなのに、シンってばザフトでモテるのよ。女の子にアピールされて拒否らないってどうなの?! 私ってどういう立場なの?」
「それ、気づいてないだけなんじゃないの?」と黙ってろと言われたが口を挟む。
「はあ?!」
「だって、自分には恋人がいるでしょ。声を掛けてくる人がいると思ってないよ、たぶん。あの子、年齢の割に素直すぎるもん。そこが長所でもあるんだろうけど。もしかして、二人が付き合ってることってザフト内では内緒なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
先程までの勢いはどこに行ったのか、ルナマリアの声が尻すぼみになる。
「シンは赤着てるからね。それだけでモテ条件クリアしてるんだって。昔同期から聞いた」
誰と言わないにフレイは誰の言葉か察して半眼になる。
「ということは、ルナマリアもモテるんじゃないの?」
「全然。その誰かさん、ちょっと考察がおかしいんじゃないの?」
「そうかもねー。恋愛面で呆れるほど遠回りしたしお馬鹿さんだし。でも、こういう言い方すると前時代的だけど。ルナマリアは女性で赤だからね」
「どういうこと?」
「男性パイロットって、結局自分がいちばんでいたいらしいのよ。だから、自分よりも優秀なパイロットは敬遠してしまう。自分の劣等感を刺激されかねないから。その点、イザークはよく我慢したわ」
「イザークさんは、全然我慢なんてしてなかったと思う。ってば、戦闘に関しては確かに高い能力があったけど、それ以外は中の下くらいじゃない」
「言ってくれるじゃない?」と笑いながら呟くを無視して「じゃあ、もモテなかったの?」とルナマリアは続ける。
「ところがどっこい。私の場合、名前がありました。配属後に色々と声を掛けられたけど、その時にはもうイザークと婚約してたからね。結構早めに諦めてくれたよ。あ、でも、私の事を自分の運命って言って熱心に声を掛けてきた変人がいたわ」
「それ、どうしたの?」
「面倒くさかったからイザーク引っ張ってきて、「私の運命はこちらで売り切れました。再入荷の予定はありませんのでご遠慮ください」って断って、イザークを置いてその場を逃げた。あとでイザークが「あいつはコテンパンにしておいた」って報告くれたから、それ以降、その変人から声を掛けられることはなくなったね。たまに『リュクリオン』と繋がりを持ちたいっていう下心丸出しで食事に誘ってくる人はいたけど、断ったらそれまでだったかな」
「それ、絶対嬉しくてたまらなかったはずよ」とフレイとルナマリアは心の中で突っ込んでおいた。
「あーあ。私も大人の恋がしたいなー」
ぼやくルナマリアに「じゃあ、別れちゃえば?」とが言い、フレイから足を踏まれた。
声にならない悲鳴を我慢しているをひと睨みして「焦ることないじゃない」とフレイがほほ笑む。
「そうかもしれないけど……。あ、さっきの惚気を聞いてて思い出したんだけど」
「惚気?」
が首を傾げたが無視したルナマリアは、先日本部基地内で目撃したイザークのエピソードを話した。
は一頻り笑って「ありがとう」とルナマリアに礼を言い、フレイはため息を吐いた。
は、コトブキと入浴を済ませて寝かしつけた頃に帰宅したイザークの夕食に付き合う。
「最近忙しそうなのね」
半年前にイザークはラクスの親衛隊部署から、ザフトの参謀本部に異動となった。ラクスの親衛隊部署の方がまだ生活リズムが安定していた。
「まあな。今日は何をして過ごしたんだ? たしか、フレイとルナマリアが来ると言ってたな」
話を振られたはフレイやルナマリアから聞いた友人の近況などを話した。
ふと、がイザークを伺う様に見た。
「ねえ、イザーク。お願いがあるのだけど」
「どうした?」
態々『お願い』と口にするにイザークは警戒する。
「私をデートに誘ってくださらない?」
頬杖をついてこてりと首を傾げるに眉を上げて「そうだな」と呟く。先程の話の中にルナマリアとシンのデートの話もあった。内容はともかくとして羨ましくなったのかもしれない。
仕事を理由に忙しくしている日々が続いている。本部で「あまり放っておくと居なくなるぞ」とホーキンスに揶揄われたことがある。忙しくさせている人が何を言うかという思いがあったが、「御助言感謝します」と慇懃に返しておいた。ホーキンスには「可愛くない」と言われた。
「ただ、今立て込んでるからな……」
手に持っていたカップをテーブルに置いてイザークは姿勢を正す。
「申し訳ありません、レディ。もう少し私にお時間をいただけますか?」
「やだ、まだレディなの?」
はふふふと笑う。
「とびっきりのデートを期待していますわ、ミスター」とも応じた。
そして、「あ、そうだ」と今日ルナマリアから聞いた話を思い出す。
「イザークってまだおモテになると聞いたわ」
誰から聞いた、という無駄な質問をすることなくイザークは今日いちばん深い皺を眉間に刻んだ。
ディアッカは出勤したイザークの眉間にある皺が気になりつつも指摘すると何か言われると思い、何も言わずに仕事をこなしていく。
会議のために本部内を移動しているとイザークが「先に行ってくれ」と言い、シンを呼び止めた。
「遅れるなよ」と一声かけてディアッカは言われたままに先に会議室に向かった。
「悪いな、呼び止めて」
「いえ。それで、何でしょう?」
「ああ、いや。最近の流行の場所とか知っているか?」
「流行の、ですか? どういう……」
困惑気味にシンが問い返すと「ああ、悪い」と謝罪してイザークは質問の意図を話した。にデートに誘ってほしいと言われたが、最近の流行などにはめっきり疎くなってしまってプランがマンネリになりそうだから、情報収集したいと思って声を掛けた。
「俺も流行には疎くて、大抵ルナが行きたい場所に一緒に行くって感じです。この間は、ルナが見たいって言ってた映画を見に行きましたし」
「ランチは? あ、ディナーか?」
「食事でしたら、ハンバーガーにしました。俺、好きなんで」
「……ファストフードか?」
まさかと思いながら聞いてみると「はい」と曇りなき眼で返された。
ならそれでいいだろうが、多く女性は、洒落たカフェやレストランで食事をしたいと思うのではないだろうか。がちょっと変わっていることは重々承知だから、彼女を基準にするのは避けた方が良いはずだ。
「シン、俺の先入観なのかもしれないが」と前置きして、多くの場合、そういうファストフードは子供っぽいと敬遠される場であり、できれば流行のカフェやレストランを下調べしてエスコートした方が喜ばれると思うと話した。ピンと来ていない様子のシンに「一度試してみたらどうだ?」と言い、イザークは時計に目を向けた。そろそろ会議が始まる。
「悪い、呼び止めたのはこちらなのに、もう行かないと遅刻してしまう。ああ、そうだ。ルナマリアに伝言を頼めるか。あまり本部で見た、面白いと思ったことをに話さないでくれ、と」
「はい」と敬礼したシンに返礼してイザークは早足で会議室に向かった。
がイザークにザフトでもモテるのかと聞いてき原因は、きっとルナマリアだ。
先日、彼女のアカデミーの同期という女性パイロットからナンパされた。
色々と煩わしいから、イザークは指輪を嵌めて仕事をしている。ディアッカの表現を借りれば「これ見よがし」にしているつもりだが、声を掛けられたのだ。
「配偶者の方よりも私の方が若くて優秀だと思います。美しいし」というのだ。
若い、というのは間違いないだろう。は自分と同じ年だ。このパイロットは自分たちよりは若く見える。
優秀というのもおそらく間違いないのだろう。赤を着ているから、少なくとも、アカデミーを卒業する際にはトップテンに入っている。
だが、よりも優秀というのはどうだろう。パイロットなら尚更だ。
美醜の基準は人それぞれだが、おそらく彼女を好ましく思う男は少なくないだろう。
しかし、どう考えてもよりも魅力的に思えない。
面倒くさいと思いながら「君は」とイザークは口を開いた。
「君は、パイロットのようだな」
「ええ。このとおり、赤を着ています」
「実は、俺の妻もザフトのパイロットだった。もう退役して随分経つが、もしかしたら君も一緒に戦ったことがあるかもしれないな。アカデミーをトップで卒業してそれから、パイロットとして、多くの戦場を駆けて一度は退役したんだが、もう一度、必要に駆られて入隊して、FAITHとネビュラ勲章を辞退した変わり者だ。妻は、周囲に二つ名で呼ばれていたよ。君も聞いたことがあるかもしれない。シルバーレイとい「あー! 上官に呼ばれていたのを忘れていました。お話の途中で申し訳ありません。失礼します」
イザークの言葉を蒼くなりながら遮り、敬礼もそこそこに逃げるように去っていった彼女の背中を眺めてため息を吐く。そんなイザークの背後でディアッカは肩を震わせて笑っていた。
「、すげー厄除けのご利益じゃん」
「イザ、ジュール隊長」
駆けてくるのはルナマリアだ。少し前から近くにいたのは気づいていたが、様子を見ているようなので、声を掛けずにいた。
敬礼をする彼女に返礼をした。ディアッカも同じだ。
「どうした?」
「あの、大丈夫でした?」
「大丈夫、とは?」
「あの子、同期なんです。ひとの男ばっかりにちょっかい掛けてアカデミーでもしょっちゅう修羅場作ってたんですよね。自分には優秀な男が相応しいって豪語してて」
「あー、なるほど」とディアッカが頷き、イザークも納得した。指輪が仇になったパターンだったらしい。
「自分の方が妻よりも魅力的だと声を掛けて来ていたんだが、妻の話をしてみたら急に用事を思い出したようであの様子だ」
「これに懲りて、パートナーがいる男性に声を掛けなくなればいいんですけど。確かに、ジュール隊長は順調に出世してるって言われてるから、彼女の方針に合った正しい選択なんだろうけど」
縁故昇進だと陰口を言われているのは知っているとイザークは肩を竦める。
「イザークはどうも愛妻家が過ぎるからなー。そういう意味だと人選ミスだな」
ディアッカの言葉に「ですね」とルナマリアは頷き、二人は笑った。
「用事はそれだけか?」とイザークが問う。だったらもう話に付き合うこともないだろう。こう見えて多忙だ。
「あ、プライベートで。今度、ご自宅にお伺いしても良いですか?」
「が良いと言えばいいぞ。うちに来るの久しぶりだな。ノルンがオーブに行ってから殆ど来てないだろう」
「まあ……さすがに、コトブキちゃん連れ回すわけにはいかないんで」
「ああ、すまないな。ウチに来るなら、が建設したサンルームにも付き合ってやってくれ」
「マジで作ったの?!」
「ヒマだったらしくてな。どこから借りたのか、暫くは建設用のMSを庭に置いていた」
「免許取ったの?」
「学科が受かれば後は簡単なことだと言っていた」
「だろうなー。いつかMSも作るんじゃない?」
「さすがにウチでも格納するドックはない」
「確かに」
「えーと、じゃあ。に連絡を取ってみますね。ありがとうございます」
敬礼をしたルナマリアにイザークは返礼した。
会議が終わり、執務室に戻ったイザークは「報告はどうなってる?」と話を切り出した。
今調べさせている案件の報告は一旦ディアッカが直接受けるようになっている。
「順調。もうちょい必要な情報はあるけどな」
「それならいいんだが」
あと少しで一区切りつきそうだ。
フレイの一件以来、少しきな臭い状況が続いている。 黒幕と呼べるほどの人物に行きあたっておらず、目下その調査中だ。背景がわかれば対応ができるということもあり、参謀本部が調査をしているのだが、面倒だからと新参者のイザークがそれを押し付けられた感がある。
フレイの件では、イザークは当事者のようなものとなったからととってつけたような理由も添えられている。
雲を掴むような調査に皆うんざりしているところではあったが、少しだけ影を捕まえられそうな状況になったことに安堵する。
「隊長、少しの間席を外します」
敬礼をして部屋を出て行ったのはシホ・ハーネンフースだ。
「ああ」と返事をしたが何の用事だったか覚えていない。何か指示していただろうか。
「子供たちが社会見学で本部に来てるんだよ。ザフトの組織の説明をする人物を内から出せって言われたからシホに頼んだの」
イザークの考え事の内容を察してディアッカが補足する。
「ああ、そういえばそうだったな」 これも押し付けられた面倒ごとのひとつだろう。
「ヴィンセントもいたりして」
「まさか」と言ったが、昨晩目を輝かせて「父上は明日本部でお仕事ですか?」と聞いてきた息子の姿を思い出す。
「来ているかもしれないな」
「へー、保護者も同伴して良いんだって。も来てるかもな」
「まさか」
こちらは何も言われていない。コトブキは母親であるにべったりだ。物で釣ることもできない。それでいて、大の大人が一日付き合うのが難しいくらい年齢の割に体力がある。だから、最近のは基本的に自分の用事で外に出ようとしない。 それもあっての、先日のデートの話なのだろうと思い、早く時間を作らなければと改めて思う。
「?」
声を掛けてみた。いるはずのない人物だけれど、見知った人物だ。
「ルナマリア! ちょうどよかった。迷子なの」
「はあ?! なら本部で過ごした時間もあるんでしょ?」
ZGMF-X00Aの機体調整は本部で行ったと聞いたことがある。
「レイアウト変わってんのよね」
「で? どうしてここにいるの? あと、どこに行きたいの?」
「ヴィンセントの社会見学に付いてきた。今は座学で、ザフトの歴史というか成り立ちと役割をシホ・ハーネンフース先生が子供たちにわかりやすく説明中。保護者は、一緒に聴講してもいいし、控室で待っていてもいいっていう話だったの」
「控室にいない保護者はつまみ出していいってこと?」
「トイレにいったら戻れなくなったの」
「……まったく。控室ってどこ?」
「カフェ? トイレに行く途中、シミュレーションルームの前を通ったよ。てか、本部にあんなカフェあるんだね。私がここにいたとき、そんなものなかったよ」
「有事にあんなもの作れないでしょ?」
控室として宛がわれているカフェの場所にあたりをつけながらルナマリアが歩き出す。
「福利厚生が充実してるねぇ」
「この後のスケジュールは?」
「座学が終わったらランチの後でドック」
「ドック?!」
ルナマリアが勢いよく振り返る。
「危機管理どうなってるの?!」
「それは私に言う話じゃない。けど、さすがに開発中の機体は置いてないでしょ。なんか大きな凄いものを作る場所ってことで見せてくれるんじゃない?」
「それはそうだけど……」
五分ほど歩いて控室とされているカフェにたどり着いた。 いくつかルナマリアが候補としたカフェがあったが、三つ目で正解となった。
「ありがとね」
「もう迷子にならないでよ」
は軽く手を振ってカフェの中に入っていった。
昼食が終わり、子供たちが一番楽しみにしているらしいドックに向かった。
が想像したとおり、一世代前の量産型の機体が安置されており、メカニックの仕事についての説明が行われる。一世代前といっても、子供達にはウケがよく、何度も歓声が上がった。
ふと、視線を滑らせると、奥の方に整備中の機体があり、は二度見した。 手前にいくつもMSがあるため、全体を見ることはできないが、デュエルだと思った。 家でイザークは仕事の話をしない。情報将校となった今は尚更だ。だが、それでもデュエルの再整備の話があれば口にするだろう。
ということは、イザークのための機体というわけではないのだろうか。
「母上?」
「はいはい?」
ドックでの説明が終わり、皆移動を始めていた。
「ごめんごめん、ぼーっとしてた」
首を傾げているヴィンセントに明るく返しては彼の手を取り、団体に向かった。
その日の晩、帰宅が遅いイザークが軽く食事をとるというので、用意をしていると「今日、来ていたのか」といわれた。
「うん。何で知ってるの?」
「目撃証言がいくつか集まった。また復帰するのかと聞かれたよ」
「もうコックピットのシートにお尻が入らないって言った?」
「言った」
はイザークに背を向けたまま半眼になり、少し垂らすだけのラー油をしっかり回し入れた。
目の前に置かれた皿を見てイザークは苦い顔をする。
「冗談に決まってるだろう」
「それは失礼。はい、お酢で中和して」
イザークの前に酢を置き、は向かいに座った。
「シホが、ヴィンセントが大きくなったと驚いていたぞ。一番聡明そうだったとも」
は苦笑する。
シホは、のファンであり、配属先にリュクリオン隊を希望していたのだが、残念なことにジュール隊に配属され、以降どうしたことか縁がありずっとイザークの部下をしている。そういった経緯もあり、ジュール家に対して随分と贔屓目なのだ。
「ああ、そうだ。今日その行事でドックも見学したんだけど」
「ドックを?」
イザークの眉間にしわが寄る。辛さによるものか、話題によるものかがわからないがは続けた。
「デュエル、再整備してるの?」
「はあ?!」
どうやらイザークは初耳だったらしい。
「あったのか?」
「ドックの端っこの方だったから見切れててちゃんとフレームは確認できなかったけど、デュエルだと思う」
「確かに、ノル、ZGMF-X00Aに比べれば再整備も難しくはないだろうが」
「でも、イザークが知らなかったっていうんだったら、違うんだろうね。さすがに専用機を別の人に搭乗させないでしょ」
「専用機と言われると、少し違和感はあるが……。一応、明日国防委員長閣下の耳に入れておく」
「私が電話しとこうか?」
「報告という形のほうがいいだろう」
とカインは親子関係にあるのだから、これくらいの気軽さはおかしなことではないのだろうが、内容が内容だ。正式に、参謀本部からの報告としておいたほうがいいだろう。報告元が一般人というのがなんともちぐはぐのような気もするが。
「ところで」
「なに?」
「すまない、限界だ」
カトラリーを置いてイザークが頭を下げる。辛さに耐えられないようだ。
「しょうがないなー」とはイザークの皿を持って再びキッチンに立ち、味を調整して戻ってくる。
「これならどうだ」
目の前に置かれた皿は、先ほどより色はまろやかで香りの刺激も減った。 口に運んでほっとしたイザークは「これなら大丈夫そうだ。ありがとう」と礼を口にして食事を続ける。
「どういたしまして」
にこりと微笑んだを目にしてイザークは、軽口にも気を付けないといけないと自戒の念を抱いた。
翌日、ディアッカに少し任せて国防委員長室に向かう。 アポイントを取った際に、ここ最近国防委員長は忙しいようで時間がずれ込むかもしれないといわれたが、何とか時間どおりに面会できるようだ。
部屋に入ると「復帰するのか?」とホーキンスが開口一番に問う。
「いいえ。どうしてそのようなことを?」
「昨日見学にきていたのだろう? こちらにいくつか問い合わせがあった。そちらも同じじゃないか?」
「そうですね」
「違うのか。それで、話って何だ?」
イザークが昨日から聞いた話をすると二人の眉間に深いしわが寄る。
「お二人も初耳ですか?」
「いや、若いメカニックの育成のために以前の主力機の整備をしたいという話があったから許可したんだが、デュエルか。量産型の主力機だと勝手に思い込んでいたこちらの落ち度だな」
「でも、の勘違いの線はないか?」
「私もそう思って家を出る際に確認してみたのですが、「私がデュエルを見間違えるとでも?」と返されてしまって」
「それもそうだな」とホーキンスが苦笑する。
「この件は、こちらで預かろう。ほかに報告がなければもういいぞ」
「では、失礼します」
敬礼をして部屋を出る。
あの二人が知らないというのが少し気味が悪い。今のザフトもホーキンスの情報網が張られているため、大抵の問題は未然に防ぐことができているという話もある。
トップに内緒で兵器を作っている状況はどう考えても好ましくない。今再整備している機体の報告を上げていないということになる。どこかで情報が止められているのか、それともお互いの認識不足というだけなのか。
国防委員長預かりになったため、そちらからの指示待ちでいいだろう。どうせ何かあったら言ってくるはずだ。
執務室に戻ると、「さっきから連絡があって、「コーヒーが飲みたい」ってイザークに伝えるように言われたんだけど」とディアッカが伝える。
イザークが退室した後、イザーク宛の通信が入った。ホットライン通信だったため、ディアッカが対応すると「あ、イザークは今お父様のところなのか」と聞き慣れた、しかし久々の友人の声がした。
「なんだよ、ホットラインでの通信だったから緊張したじゃん」
「緊張」と言ってが笑うものだから、ディアッカは「切るなー?」と通信終了としようとしたが「5秒頂戴」と言って、先ほどの伝言を口にした。
急に何を言うのかと思ったのだが、イザークは「そうか……」との伝言に何やら思い当たる節があるようで、「悪いが、少し遣いを頼む」とディアッカに視線を向けた。
「コーヒーを買って来いって言うんじゃないよな?」
「ご明察。メモするから少し待ってろ」
端末にメモが送られてくるのかと思いきや。『ノウェンベルの砂漠の虎』と書いてある紙のメモのほかにもう一枚渡されて「店主に渡してくれ。今日はそのまま帰っていいぞ」と言われた。
ディアッカもノウェンベルの『砂漠の虎』については、聞いたことがある。
こちらで店舗を構えてずいぶん経つはずだから、初めて訪問する自分はきっといろいろと言われるのだろう。
着替えてノウェンベルに向かい、店舗を目指した。 寂れた様子の店舗にディアッカは入店を躊躇う。しかし、入店しない限りは用事が済まない。
ドアチャイムを鳴らして、ディアッカは足を踏み入れた。外から見た寂れた印象とは少し違い、落ち着いた雰囲気のある店舗だった。 「いらっしゃい」 カウンターの向こうにいる人物が、良い暇つぶしが来たという瞳をしている。
随分前にこの店の話を聞いたとき、足を運んだほうがいいのだろうと思ったが、ミリィと一緒になど思ってしまったがために、まだ実現していない。そうこうしているうちに強制的に来ることになってしまった。
「僕のことなんてもう覚えていないと思っていたが?」
「忘れませんって。こちらでお店を始めたというのは聞いていました。恋人と一緒に来ようと思っていたら中々来れなくて」と正直に言い訳すると「つまり、恋人とうまくいっていないということか」と揶揄われて苦い顔をする。
「で? その恋人がいないけれど、こちらに来てくれた理由は?」
「うちの上司からお遣いを頼まれたんです。勤務時間中にすることかと思いました」
「君の上司は、イザーク・ジュールではないのかね?」
「そうです」
「随分と腐れ縁だな。最近、出世して情報将校になったらしいじゃないか」
から聞いているのだろうと思ったが、少し違和感を覚える。本部に移動したくらいは言いそうだが、外でそこまでの情報を口にするだろうか。
「それで、何をお買い求めだい?」
「あ、メモを」と言ってイザークから預かった二つ折りの紙を差し出すと、バルドフェルドが片眉を上げて受け取り、それを広げる。
少し時間をかけて目を通した彼は、「君の上司に伝えてくれ。仕入れに少し時間をもらいたい。準備できたら奥方に連絡しておこう」と口にする。
「それ、本当にコーヒーの注文ですか?」
「……知らなかったのかね? ああ、もしかして周囲に誰かいたのかな?」
バルドフェルドから紙を受け取ったディアッカは、彼が内容を確認するのに時間がかかった理由が分かった。 暗号文で書かれていた。レセップス内で使用されていたそれは、思い出すのに少し時間がかかる。
バルドフェルドにメモを返して、視線を向ける。
「この店は、昼間はコーヒーショップ兼カフェなのだがね、夜はバーを営んでいるんだ。どうしてか、そちらのほうが繁盛していて、僕としては不本意なのだけれどね。バーに来る人間は、ザフトを退役した者や非番の者も少なくない。僕は人気があったからね。顔を見に来ましたとか、先輩に聞いてなどの理由で足を運んでくれる。以前、にこの店の経営について心配されてその話をしたことがあるんだ。おそらく、その時のことを思い出したんだろう」
そう言いながらコーヒーサイフォンに火を入れて、ディアッカから受け取ったメモを燃やした。
「さて、何を飲むかね? いや、僕が君に合いそうなコーヒーを選んでみよう」
「いえ、イザークの遣いで来ただけなんで」
「君、コーヒー専門店のカフェに入ってコーヒーも飲まずに帰るつもりかね? ……まあ、最近は親子連れも入店できるようにジュースやミルクを置いているから、そろそろコーヒー専門店の看板は少し違うという指摘を受けそうなんだが」
苦笑しながらバルドフェルドが言う。
「ですか?」
「そう。コトブキ、だったか。あの子が口にすることができるものがなければ、ここに足を運べないといわれて仕方なく」
ディアッカは苦笑を浮かべて納得した。
「けど、最近街中で親子連れの姿が増えてきましたよね」
「これから需要が増えるだろうと思うから、先行投資と考えているんだけど、コーヒー専門店の矜持もあるから中々の葛藤だったよ」
手際よくコーヒーを淹れてディアッカの前に置く。
「いただきます」
一口飲んで「あ。うまい」と思わず零すと目の前のバルドフェルドがガッツポーズをした。
「君はいい舌を持っているね。なんて、「これはちょっと苦みが強い」とか、「薄くないですか?」とかいうんだ」
それ、ちょっと揶揄いが入っていると思いますと思いながら「そうなんですか」と相槌を打つ。
暫く仕事とは関係のない話をしながら過ごしていたディアッカがコーヒーを飲み終わり、席を立つ。
支払いを済ませると「今度は恋人と来てくれたまえ」と揶揄われて半眼になりながら「わかりました」と返し、ドアチャイムを鳴らして出て行った。
イザークがそのまま帰っていいといったのは調査してこいの意味だと取ったディアッカは、端末を取り出した。
「悪いな、せっかくの休日に」
「ほんとそれ」
ディアッカが連絡をしたのはラスティで、そちらの情報もあれば持って帰ったほうがいいだろうと思ったのだ。 運よく珍しいオフだったらしく、自宅にいると聞いて尋ねた。
人気店のスイーツを手土産にして訪うと、ラスティが出迎えてくれる。 リビングにいたフレイに挨拶をして、客室に案内され、勧められるままにソファに腰を下ろした。
「ディアッカ、今日はオフなの?」
「イザークにお遣いに行って来いって追い出された。結果的にオフ、かな?」
メイドが用意した茶を一口飲んで、「ここ、安全だよな?」と一応確認を入れる。
「オレんちだからね。本題どうぞ」
ディアッカは先ほどバルドフェルドに宛ててイザークが書いたメモの内容を話した。
「イザークはそれを見たの?」
「が見た」
先ほどに連絡した内容を話す。
「本当にデュエルだと思う? あと、どうしてそれが選ばれたんだろう」と前置きをせずに問うと「私が見間違うとでも? あと、プロトタイプだからじゃない?」と簡潔に返されて納得した。
「
思い当たることない?」
「……あー、なるほど。ちょっとひっかかったネタはある。どこに集めてんの?」
「コーヒーの入荷の知らせはにするって」
「なるほど。あそこのコーヒー、ちょっとクセがあるからオレはあんま飲まないんだよね」
それから暫く不穏な話題はなく、「そういえば」とディアッカが話を変える。
「オーブの情報とかもあるの?」
「まあ、よく行くし。何?」
「アスラン元気かなって。今度上がってくるタイミングがあったらみんなでメシどうかと思って」
「ほぼ専属護衛だからね。代表がプラントに上がってきたとき、少し時間が取れるかどうかじゃない? けど、アスランは代表から離れたくないかもしれないねー」
「ベタ惚れじゃん」
「あの朴念仁がねぇ」
昔を懐かしんで二人は笑う。最近はアカデミーの友人たちと顔を合わせることが少なくなった。少しだけさみしく思うが、それぞれの活躍を考えればそうならざるを得ないだろう。
しばらく話し込んでいたが、部屋のドアがノックされ、メイドが声を掛けてきた。夕食を用意するべきか悩んだようだ。
「あ、そんな時間か。悪い、帰るわ。フレイにごめんって伝えといて」
「オレも本気で謝んなきゃって今思ってたところ」
ラスティに見送られてディアッカは帰宅していった。
暫くは何も目立った動きも情報もなく、他にも確認事項が山ほどあるため、そちらに時間を割いていた。
ラスティからイザークに連絡があったのは、ディアッカが情報提供してから一週間経ってからのことだ。
「明日、夜空いてる? ディアッカとウチで夕飯食べない? 都合がつけばも」という内容に「お招きに預かろう」と返し、ディアッカにも声を掛けておいた。
ラスティから連絡があった日にバルドフェルドからのコーヒーの入荷連絡が入り、がそれを受け取っていた。
バルドフェルドの情報を持ってラスティの自宅に向かう。は、コトブキが離さなかったため、欠席となった。
食事が終わって客室に移動した。 ラスティの掴んでいる情報と、が預かった情報を合わせてみて、軍事産業に新規参入した企業とつながりのあるザフトのメカニックがいるということが確実になった。 今のところの情報で、候補に挙がる人物が数人おり、その中に、イザークの記憶にある人物もあった。
「知り合い?」
「昔、に盛大に振られたことがある元パイロットだ」
「は? 私怨? デュエルを選んだのって、Xシリーズのプロトタイプだからとかそういうなんか深い理由があってじゃなくて、ただの私怨?」
ラスティが呆れたように口にする。ディアッカも「あほらしい」と呟いた。
「でも、どうしてメカニック? 怪我でもしたの?」
「戦争をしていない状況だと、パイロットはさほど要らないから数を減らされたんだ。その配属先が整備なんだ」
「絶対揉めるやつじゃん。パイロットって偉そうにしてるから、あまりメカニックに好感持たれてない人が多いでしょ。誰、その人事考えた人。のお父さん?」
「戦後の体制を整えるためだったから、国防委員長というよりも、評議会が口出ししたというところだな。本来議員がなるべき委員長の座に、選挙で選ばれていない者が座っているのだから、体制については、議会が調整するという主張でそうなった」
「自分たちで押し付けておいてよく言うねー。内部のこと知らない外野が偉そうにして、結局軋轢生んでるってことでしょ? 迷惑じゃん」
投げやり気味にラスティが呟いた。
「オレもそう思った」
「こいつが首謀者と決まったわけじゃない」
「ほぼ確定でしょ」
ラスティの言葉にイザークため息を吐いた。本当は自分もそう思っている。
帰り際に、フレイに声を掛けられた。
「今日、も来るようだったら一緒に食べようと思ってたのだけど」と箱を渡された。デザートを用意してくれていたのだ。
「悪いな、連絡したら「これ無理だわ」で疲れた声だった。ありがたく頂いて帰るよ」
「ヴィンセントとコトブキにもあるから。一人で食べないでねって伝えておいて」
「わかった。ありがとう」
「コトブキって今2歳だっけ?」
見送りに出てきたラスティが問う。
「ああ。お転婆盛りだ」
「2歳の子供見るのに、そんなへとへとになるなんて、の体力落ちたね。今度、オレが見てあげようか?」
「いいのか?」
「楽勝でしょ」
ラスティの発言にイザークとディアッカ、フレイが呆れたような表情を見せた。しかし、イザークにとっては渡りに船ともいえる。
「そうか。じゃあ、今度と出かけるときには頼むとしよう。デートがしたいといわれているんだ」
「お、任せてよ」
ラスティの安請け合いを言質に取り、子供たちの都合を考えつつ、デートの予定を立てる必要がなくなったイザークは何も知らないラスティに感謝した。
帰宅してに土産を渡すと早速食べるといって軽い足取りでリビングに向かった。
「フレイが残念がっていたぞ」
「私だって残念に思っている」
幼い子供に大人の都合を押し付けるわけにはいかない。ヴィンセントが気を遣ってくれたが、それこそ甘えるわけにはいかない。
「で、どうだった?」
フレイからもらったオレンジのパンナコッタを食べながらが今日の話を促した。
「やはり軍事産業とつながりがある人物がザフトにいるようだ。何人か候補に挙がった」
「候補に挙がったってことは、結構絞れてるんだ? じゃあ、私とイザークのデートの日も近いかなー」
「スプーンを口に入れたまま話すな。――待たせて悪いと思っている。悪いついでに、ウチが本来確認中の案件はそれじゃない」
「えー」と不満の声を漏らしながらは椅子の背もたれに体重を預けて天を仰いだ。
「ただ、ひとつ朗報だ。デートの日、ラスティがコトブキを見てくれるそうだ。楽勝と言っていた」
「それはそれは。大助かりだね」
は意地の悪い笑みを浮かべた。
翌日、イザークはラスティの自宅で情報をすり合わせた結果を上層部に上げる。一応、今回の件に関してだけ言えば、上層部はシロと言い切れるため、そのまま報告した。
さほど日を置くことなく、やはり犯人はに振られたことがある人物で、「俺は英雄なんだ」と主張しているという話を耳にした。
パイロットとして返り咲き、戦場を駆けて戦果を上げ、そして、今なお称えられるシルバー・レイと並ぶ英雄になるために必要なことだったという主張だ。
しかし、犯行が明るみになったことにより、その野望は潰えた。 ラスティの情報どおり軍事産業企業との繋がりがあったようだが、尋問ではそれらを含めてすべて話したという。
「てことは、捨て石だな」
ディアッカの呟きに「そうだな」と返した。 こんなに簡単に口を割る人物に重要な情報を渡していないだろう。自分で戦争を起こして英雄になりたいという人物だ。信用できない。
「けど、当分はこっちのほうに手を取られることになるよな」
「目に見えた脅威だったからな。何とかしてもう少し探る必要もあるだろう」
「それはそうだけど。少し休んだら? 毎日にせっつかれてるんだろう?」
ディアッカの指摘にイザークは口を噤む。正確には毎日ではないものの、頻繁にではある。
「奥様が如何されたのですか?」
室内にいたシホが声を掛けてきた。ジュール家の話題は生き甲斐だと言う彼女は、こういう話題になると耳聡い。
「がデートしたいって言ってんだって。でも、イザークの仕事が立て込んでるからずっと延期してるんだと」
「ディアッカ!」
「隊長、どうぞお休みをとってください。三日くらいご不在でも回していきます。副隊長に働いてもらうので、休みを取ってください」
「オレも随分休んでないんだけど」
ディアッカのぼやきは無視して、真剣な眼差しでシホが言う。これを断っても面倒くさいと思い、「近々休ませてもらうよ」とイザークが返すと、端末を持ってそばまでやってきて「いつですか? スケジュールを確保しておきます。いつですか?」と詰め寄ってきた。
「……の都合とシッターの都合もあるから、それを押さえてからだ」
「そうですね。お嬢様や坊ちゃまの快適な生活も確保しなくてはいけませんね」
納得した表情のシホに内心胸をなでおろし、イザークは少しだけ、デートプランを考える時間をとることにした。
「おやおや、まあまあ」
助手席に座るが愉快そうに声を漏らした。
「どうした?」
シッターであるラスティの都合も付き、も問題ないということから、やっと念願のデートの日を迎えた。
の希望により、外で待ち合わせなどをすることになり、少し面倒だと思ったが、強く反対をする理由もないため応じたところ、思いのほか気合の入ったを目の当たりにすることができてたまにはこういうのも悪くないと思っていたところだ。
「さっきの、ハンバーガーショップにシンとルナマリアがいた」
「やっぱりハンバーガーか」
「でもあのお店は、こないだノルンから聞いたんだけど、オーブにしかなかったお店で、初めてプラントにも出店したらしいよ。だから、ある意味シンの故郷の味なんじゃないの? フランチャイズのファストフードでもなさそうだし」
「そういうのもアリなのか」
「特に私は。ところで、これからランチだと思うんだけど、どこに連れて行ってくれるの?」
苦笑してイザークは「急かさないでくれ」と返してハンドルを切る。
先ほどまで博物館で芸術を楽しんだ。は意外と博物館や美術館などを好む。ゆっくりできる空間だから好ましいらしい。最近はコトブキと一緒にいるおかげでこういった場所に足を運べないでいるからたいそう喜んだ。家の者はコトブキを預けて気分転換するように言ってくれるが、コトブキはお母さんっ子なので、母親であるの姿がないと大泣きして止まらない。だから、特別な用事がなければ家の者に任せるもの気が引けるのだ。
家を出る際には、ラスティとフレイが見送ってくれた。
「ギブアップの時は、連絡してね。切り上げて帰ってくるから」
「いや、楽勝だって。ゆっくりしてきなよ」
楽観的なラスティの言葉にフレイは肩を竦めた。コトブキのことをよく知っている彼女には、まったく楽勝だと思えないのだ。 今のところ、ギブアップの連絡がないため、デートを続行している状況だ。
イザークが昼食にと連れてきたのは、小高い丘にあるレストランだった。 ここは、結婚式場が併設されており、たちはそこで挙式した。戦後ということもあり、小ぢんまりとした施設だったが、今ではプラントで一、二を争う人気の式場だと聞いたことがある。
「随分と様変わりしたな」
「けど、懐かしい。あ、ドレスコード」
「大丈夫だ。そこまで堅苦しいところじゃない」
そういいながらエスコートするイザークを見上げた。自分もこういうのに慣れたと感心する。
「どうした?」
「いいえ、なんでもありません」
イザークはを見下ろしてみたが、本当に何でもなさそうなため、そのままボウイが案内する席に腰を下ろす。街を一望できるテラス席の眺めはも気に入ったらしい。
食事を終えて「さて、次はどうする?」とイザークがに問う。一応プランはあるが、どうも時間を気にしている様子を見せている。
「帰ろっか。たぶん、ラスティ使い物にならないし」
「酷い言いようだな」
「フレイのほうが戦力になってると思う。あ、スイーツ買って帰りたいからおすすめのお店をお願い」
「かしこまりました」
きっと土産に菓子を購入するだろうと予想していたため、そういった店もリサーチ済みだ。こういった店は、フレイのほうが詳しそうだから次回のために聞いておくのも悪くないだろう。
「ただいまー」と帰ると「おかえりなさい」というヴィンセントと「おかえりー」とノルンが出迎えてくれた。
「あれ? ノルンどうしたの?」
「前に言ったじゃん。そんなに長くないけど、学校が休みになるから帰るねって。それより、ママ。パパとデートだったんでしょ? そのお洋服似合ってる」
「ありがと。ノルン、今日帰ってくるって言ったっけ? ごめん、忘れてた」
「連絡した時は、まだわかってなかったから日にちは言ってなかったよ。どうせママは家にいると思ったし」
「今度からは夕飯の支度とかあるから、連絡してね。人数が増えるということは、材料も増えるんだから」
「はーい。けど、帰ってすぐにお願いしたから、間に合うみたい」
「それはよかった。ラスティは?」
「ゲストルームのソファに沈んでる。コトブキならフレイお姉ちゃんが遊んでくれてるよ」
「やっぱ、ラスティは戦力にならなかったか」
「おかえり」
コトブキと手をつないでフレイがホールに姿を見せた。
「ただいま。ありがとね、今日は。おかげさまでした」
「どういたしまして。ラスティ、一時間も持たなかったわ」
「鈍ってるねー。コトブキ、ただいま」
「おかあさんおかえりなさい。フレイおねえちゃんとぬいぐるみであそんでたの」
コトブキによっていろいろと特殊設定があるぬいぐるみで遊んでくれたフレイをゲストルームに促した。車を置いてきたイザークもホールに入り、ノルンの姿に驚いた様子を見せる。
「ただいま、パパ。その手にあるものは何?」
「おかえり。土産だ。切り分けてもらおう」
先ほど購入したホールケーキをメイドに渡し、ネクタイを緩めるイザークを見上げてノルンは「パパも気合入ってたんだね」とからかう。
「レディのエスコートだ。当然気を抜くことなんてできるわけないだろう」
「へー」と適当に相槌を打ったノルンがを振り返ると一回だけスキップをした。 この家はいつも平和だなーと思いながらイザークと共にゲストルームに向かう。
ラスティはまだソファに沈んでいた。 の姿を目にして「やっと帰ってきた」と体を起こす。
「楽勝だったんじゃないの?」
「コトブキってこの年の子の体力じゃなくない? 普通の子だったら、楽勝だったと思う」
「人間なんだから、みんな違うわよ。個性よ、個性。むしろ、体力がなさすぎませんか、代表」
「オレ、ほとんど休みなく朝早くから夜遅くまでまで働いてるけど、こんなに疲れないよ」
「ラスティ、そんなにフレイを放っているの? 周りが知らない人だらけの中、一人でいるのってホントに居心地が悪いというか、心細いんだからね。ゆっくり家を出て早く帰りなよ。その様子じゃデートもしてないんでしょ。知らないよー。家に帰ったら「旅に出ます」って置手紙だけが机の上にあるかもしれない」
「周りが知らない人だらけってところは、もう慣れちゃった。でも、そうね。家出はいい案だわ」
苦笑してフレイが言う。アークエンジェルに乗艦してからずっと知らな人ばかりの中過ごしてきた。
「家の人とはゆっくり仲良くなるわ」
「あ、じゃあ。今回のお休みでフレイお姉ちゃんの家に行ってもいい?」
「オレんちね」
ラスティが注釈を入れるが、ノルンは聞く気がない。
「でも、買い物に行きたいって言ってなかった?」
「買い物は……ルナおねえちゃんに付き合ってもらうから大丈夫。フレイおねえちゃんの家に行ったことないから行きたい」
「ノルンは、お姉ちゃんがたくさんいるねぇ」
が呟き、ケーキを切り分けて紅茶を淹れたメイドが入ってきて皆の前にそれらを置いていく。
「帰ってくる途中ににね、ラクスお姉ちゃんにも遊んでって連絡してみたけど、スケジュール確認待ちなんだ」
一瞬大人たちの表情が固まる。
「ラクスおねえちゃんって、ラクス・クライン最高評議会議長?」
ラスティが恐る恐る問うと「そだよ」と何でもないことのように彼女は頷いた。
「ノルン、その様子だともしかしてオーブではアスハ代表とも遊んでもらってたりするのかな?」
「うん。カガリお姉ちゃんも忙しいから中々難しいけど、少しの時間ならって遊んでくれるよ。カガリお姉ちゃんも私の学校の話を聞きたいんだって」
「あー、そっか」
カガリに忖度することのないノルンの話は、彼女にとっても貴重なものなのかもしれない。
「その時、アスランはどうしてる」とイザークが問うと、「護衛でついてきてくれてる。なんか、時々お腹さすってるよ」と不思議そうにノルンが返す。
「……今度、改めてしっかりお礼をしなきゃいけないやつだね」
「そうだな」
両親が神妙な顔をしているのに首を傾げ、「それよりも、もう食べていい?」とノルンが目の前のケーキに視線を向けた。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきまーす」
イザークが風呂から出るとはベッドに腰かけて今日の博物館で購入した図録を見ていた。
「みんなもう寝ちゃったよ」
フレイとラスティという来客があったため、生活リズムがいつもと違い、子供たちの就寝時間が少し早かったようだ。
「そうか」と相槌を打ったイザークはの隣に腰を下ろす。
「ところで、レディ。今日のデートはご満足いただけましたか?」
はきょとんとして、そして「とっても楽しかったよ」と破顔した。
「それはよかった」と安堵したイザークに「また誘ってね」とが付け足す。
「喜んで」と胸に手を当てて恭しく頭を下げるイザークに、は目を細めて「楽しみにしてる」と返した。
桜風
24.10.9
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