Episode 0




広い講堂の中、壇上ではアカデミーの代表が兵士の心得と言いながら長い挨拶をしている。
「あ、あの子じゃん」
隣に立つ友人がそっと耳打ちをする。
指さした先には女子生徒がいた。ここに並んでいるということは、パイロットクラスの同学年。
「アレが何だ?」
「え、さっきここに来るまでに噂になってたじゃん。『リュクリン』が入学するって」
確かに、噂をしている人の数は少なくなかった。内容まで興味なかったため聞いていなかったが、そういうことかと納得する。
』と言えば軍人を多く輩出している家系だ。
過去にシルバーレイという異名を持ったパイロットも確か『』だった気がする。
イザークが視線を向けると不意に彼女が振り返って目が合う。
不思議そうな表情を浮かべる彼女にイザークは既視感を覚えた。『』に知り合いはない。自分の親のように報道されるような人物が身内にいるのだろうか。
再び壇上に視線を戻した彼女に倣い、イザークも壇上に視線を戻した。



今朝から遠巻きに噂されている。
想像していたよりも面倒くさくて、彼女は教室の一番前の席に腰をおろした。席はどこに座ってもいいようだ。
声を掛けられないようにと思って選んだ席ではあるが、「ここ、いいですか」と早速声を掛けられた。
視線を向けると優しい面立ちの少年だった。
「席は自由って聞いてるわ」
彼女の言葉に頷いて彼は隣に腰をおろす。
「あの、不躾な質問をしてもいいですか?」
まさか、こんな優しい面立ちの少年が噂の真相などなどを確認して来るとはと思いながら構えていると「どうしてあなたば遠巻きに噂をされているんですか?」と問われて彼女はきょとんとした。
「あ、いえ。もしかしたら有名な方なのかなと思ったのですが……」
「私自身は有名じゃないわね」
肩を竦めて彼女が言う。
「では、」と話を続けようとしたところで「あれ、ニコル?!」と別の声が加わる。
「え、ラスティ?!」
「おいおい、なんでニコルが? って、ちゃんじゃん」
自分を指さしてきた失礼な男に半眼になりながら、隣に座った少年の名前が『ニコル』だと把握する。
「ラスティ、この方とお知り合いなんですか?」
「いや、初めまして。ニコルこそ、知り合いじゃないの? 隣に座ってるじゃん」
「いえ、後ろの方はあまり……」
言葉を濁すニコルに頷いてラスティは視線を向ける。やはりこそこそ噂話に忙しいらしい。
「なるほどね。ね、オレも隣いい?」
「席は自由だと聞いてるけど?」
彼女の返事に「ありがとー」と返したラスティは隣に腰をおろした。
「ところで、ラスティ。さきほど「ちゃん」と言ってませんでしたか?」
「そう。え、で間違いないよね?」
「そうね。です。よろしく」
「ああ、そうでした。自己紹介がまだでした。僕はニコル・アマルフィです」
「オレはラスティ・マッケンジー。よろしく」
「それで、ってそんなに有名なんですか?」
ニコルが問う。
「んー、界隈では有名って感じかな? ザフトに入ってたら嫌でも聞く名前だよ」
ラスティの言葉に「そう。嫌でも聞く名前」とが同意する。
「ラスティ、言い方」
「あー、ごめんごめん。あ、そういやアスランも見たよ。イザークとディアッカも」
「アスランですか?!」
「アスランって……アスラン・ザラ? ザラ国防委員長のご子息?」
「おー、さすがアスランは有名人。イザークとディアッカにも触れていこうか」
笑いながらラスティが指摘すると「ええ、まあ……」と歯切れ悪くニコルが頷く。
「仲悪いの?」
「仲が悪いというほど仲良くないかな? 元々性格が合わないところもあるんだよ。……たぶん」
「そういえば、さっき講堂できれいな顔をした子に睨まれたな」
に恨みがあるとか?」
「……」
否定できずは押し黙る。
「でも、最近は恨まれるほどの功績はないはずなんだけど……」
「じゃあ、親の代」
「あー……」
それならあるかもしれないとは何とも言えない表情になった。
しかし、一方でその人物に既視感を覚えたのも不思議なことで、有名人なのかもしれないと思いなおす。



昼食をとるために食堂に向かっていると「お、イザーク達じゃん」とラスティが目ざとく友人を見つける。
視線を向けると講堂で睨んできた人物だ。
「あの銀髪の人は?」
「イザーク・ジュールです。その隣はディアッカ・エルスマンで、二人とも親の仕事の関係で以前からの知り合いです」
「あ! わかった!」
がポンと手を叩く。
「はい?」
「彼のお母さん、マティウス市代表じゃない?」
「よくご存じですね」
頷いたニコルの返事で得心した。彼は母親にそっくりだから既視感を覚えたのだ。彼の母親はたまにメディアインタビューに応じている。
「あー、なるほど。凄く納得。……ん? ニコルは」
「僕の父も政治家です。ディアッカも。アスランは言うまでもないですよね」
ニコルの言葉を聞いてラスティに視線を向ける。
「元父親が政治家。今は他人だけどな」
「おー、ラスティじゃん。久しぶり」
あちらが気づいてやってくる。
「おひさー」
「え、ちゃんじゃん」
「はぁ……」
「やめろ、ディアッカ。先程はすまなかった」
「ああ、いえ」
軽薄なディアッカに対して折り目正しいイザークというのが第一印象だったが、それはそう遠くない未来に『苦労人のディアッカに短気なイザーク』に変わってしまう。

そして、イザークとがそれぞれの親に呼び出されて婚約者と告げられるのはこの数か月先の未来の話になる。










桜風
20.10.2
(20.9.26初出)

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