忘れられていた誕生日
ここ最近のイザークは多忙を極めていた。
ここ最近というか、評議会の議員に就任してからこれまでずっとだ。
先日の挙式も実は幻だったのではないかと思うことがしばしばあるのだが、デスクに飾っている写真を見て現実だったと安堵する。
「少し休めよ」
デスクにカップが置かれた。
護衛という名目で傍にいるディアッカはよく気が利く。
イザークの様子を見て少し休憩する時間が必要と考えたのだろう。
「ああ、すまん」
イザークはディアッカの淹れたコーヒーを飲んだ。砂糖が入っている。
「甘すぎた?」
「いや」
一瞬眉間に皺を寄せたのを見逃さなかったらしい。
「ブラックだと思って飲んだからな」
イザークの言葉に「今度はミルクも入れとく」とディアッカが言う。
「なあ、イザーク」
「なんだ」
「女の子って何をもらったら嬉しいんだろう」
イザークは、それはそれは眉間に皺を深く寄せて視線を向けた。
「何だって?」
「女の子のプレゼント」
「お前が聞くのか?」
昔からプレイボーイとして名を馳せていた男が口にする疑問ではないと思う。
「いや、うん。ちょっと……派手じゃない子だから」
これまでと毛色が違うということらしい。
「アクセサリーでいいだろう」
適当に答えた。
「いや、適当過ぎ。ちなみに、去年のの誕生日って何贈ったの?」
問われてイザークは瞠目する。
「は?」
「え?」
「いや、まさか……」
呆然とイザークが呟いた。
「え、いや。ちょっと待て。婚約者に誕生日プレゼント渡してないのかよ」
ディアッカは唖然とした。ありえないと顔に書いてある。
去年の彼女の誕生日はまだ『婚約者』だった。
戦争の真っただ中とはいえ、さすがに誕生日を忘れるのは自分でもどうかと思う。
「一回そういうのあったら挽回するのなかなか大変だぞ」
楽し気にディアッカが言う。
「経験者の言葉は重いな」
「うるさいなー」
「とっとと振られろ」
「ひでぇ」
取り敢えず、ディアッカにやり返したためこちらはともかく。大問題が発覚してしまったあちらはどうしたものかと心底困った。
猛然と仕事を片付けて帰宅することにした。
きれいさっぱり仕事が終わることなどないが、キリのいい所まで、一日帰宅することができるくらいには片付けることができた。
ディアッカにもほとんど付き合ってもらっている状態であるため、明日は休むようにと言って急いで帰宅する。
「えー、おかえり。どうしたの?」
丁度ホールでと出会った。
彼女は目を丸くしており、イザークの帰宅に驚きを見せている。
「あ、いや。ただいま」
イザークは彼女の頬にキスをした。
「ご飯食べた?」
「旦那様!?」
ホールからイザークの声が聞こえてきたため、メイドが慌てて出迎える。
「ああ、急に帰ってきてすまない」
「いいえ。お食事は?」
「あ、いや……」
食べてないが、これから準備してもらうのも悪い。事前に連絡を入れなかったのはこちらだ。
「私にさせてください」とがメイドに向かって軽く挙手した。
妻たる彼女が夫の世話をしたいと言っているのだ。邪魔をするわけにはいかないとメイドはあっさりと引き下がることにした。
「重いものと軽いもの」
「軽めで」
「了解。着替えておいで」
はキッチンに向かった。
着替えを済ませて彼女の元へと向かう。
本当なら、帰り際に何か買って誕生日に何もしなかった不備を謝らなくてはならないのに、手ぶらだ。
椅子を引いて座っていると「はい、どうぞ」と温めなおしたパンとオムレツが出される。
「ケチャップさせて」とが言うものだからイザークは彼女に皿を渡した。
彼女は楽しそうにハートの形を描き、更に色を塗るようにケチャップを垂らす。
「そんなにしたら味が変わるぞ」
「味を付け忘れたことに気が付いたもので」と笑いながら返されてなるほどと納得した。
イザークの向かいに座ったは頬杖をついて彼の食事の様子を眺める。
にこにこしているその様子に良心が痛む。
味が付いていないと言っていたが、気になることがあって味などわからない。
仕事中のいつもの癖で早食いをしてしまい、は目を丸くしてしまった。
「オムレツは飲み物じゃないよ」
「ああ、すまない」
暫く沈黙していたイザークが「」と口を開いた。
「うん、時間が取れるようになったらどこか連れてってくれたらいいよ」
「へ?」
「ディアッカから連絡があった。怒らないでやってとか何とか。自分でさえ忘れてたのに、怒るも何も、ね?」
は笑いながら立ち上がった。「コーヒー飲むでしょ」と言いながらキッチンに向かう。
「あいつ……」
「まあ、イザークの話はついでで『女の子がもらって嬉しい物って何?』が本題だったみたい」
「アイツ……」
同じ言葉を違う感情をこめて繰り返すイザークには笑った。
「あんなディアッカ、絶対に見られないから本当は音声通信じゃなくて映像通信にしてほしかったわ」
「じゃあ、俺が帰ってくることを知っていたのか」
「うん。でも、ディアッカだけ帰してイザークは残るとかしそうだなとも思ってた」
確かに、このことがなければそういう選択肢もあったかもしれない。
「それでいいのか」
「去年の誕生日の? うん、それがいい。物が増えると管理しなきゃいけないからね」
「言い方……」
「イザークだって、誕生日プレゼントはエザリア様へのプレゼントを一緒に選びに行くっていうことだったじゃない」
そうだったか?
記憶を辿ってみても思い出せない。
「覚えてないんだ?」
「あ、ああ……」
「あの時、私もイザークに何をプレゼントしたらいいかわからなくてニコルに聞いてみたんだよね。ニコルは「物じゃないんじゃないですか」って教えてくれたけど、結局わかんなかったのよ」
「他の男に聞くな」
半眼になって言うイザークには笑う。持ってきたマグカップをイザークの前に置き、自分のも目の前に置いた。
「ディアッカだってやってるじゃない。恋愛素人だった当時の私がやって何が悪い」
「ほう? 当時は恋愛素人だったというなら今はそうではないと?」
「あれから一年以上経ちましたのでそこそこ経験者を名乗ってもいいかと」
視線を彷徨わせながら返すに苦笑しながらイザークはコーヒーに口を付けた。
「現在進行形で恋愛中ですし」
イザークは霧吹きのようにコーヒーを吹いた。
「ちょっともう、汚いなー」
眉間にしわを寄せては立ち上がりティッシュをイザークに渡して布巾を取ってくる。
口の周りをティッシュで拭いたイザークは呼吸を整えてコーヒーを飲み干した。
「、三日後デートするぞ」
「は? 仕事忙しいんでしょ? 無理しないで」
「無理じゃない。現在進行形で恋愛中の妻……恋人……えーい、パートナーがいるのに、放ったらかしで良いと思うのか」
「疑似遠距離恋愛を楽しんでいるのでお構いなく」
「俺が楽しんでない。いいな、三日後だ。どこに行きたいか考えておけよ」
言うだけ言ってイザークはバスルームに向かっていく。
「うーん、でもなー」
休みができるならきっと体を休めた方がいいのだろうが、どこか楽しみにしている自分がいてこれは厄介だと思う。
「外は半日で、あとは家でゆっくり過ごすかな」
実現するかどうかわからないので期待半分としたいところだが、大いに期待してしまっている自分に呆れつつも素直になったなと感心した。
桜風
20.5.10
ブラウザバックでお戻りください