my princess 3




 ノルンの休暇が終わって十日程たった。
 一人いなくなるだけでこんなに静かになるものなんだなと思いながら過ごす。惜しみなく喜怒哀楽を表現するノルンはこの家の中で最も賑やかだ。だから、彼女がいるかいないかという一点で家の中の賑やかさが変わる。

 ここ最近、にはやりたいことがある。庭を自分で整えたいのだ。
 今までは、現状の庭の維持とちょっとした草花を植えるくらいだったが、庭師に相談しながら改造計画を立てているところだ。
 何せ、時間がたっぷりある。家の者の仕事を取るわけにはいかない。このため、新たに何かできることを探す必要がある。
 勿論、イザークの許可は下りている。「好きにしろ」と苦笑された。

「奥様」と声を掛けられて振り返る。庭の眺めをシミュレーションしていたのだ。
「どうしたの?」
「フレイ・ホーキンス様から通信が入っています」
「フレイから? 家の方に?」
 の問いにメイドが頷き、は首を傾げる。
 は個人の端末を持っている。だから、友人たちは基本的にはそれで連絡を取っているのだ。このため、今回は珍しい。
「どうしたの?」
 通信は音声のみとなっており、これも珍しい。
「お願いがあるの」と言いにくそうに返したフレイに「なに?」とは言う。内心構えたが、声には出ていないはずだ。
「ショッピングに付き合ってほしいんだけど」
は逡巡して「いいよ。いつ?」と返す。恐らく、この買い物に付き合うのは自分でなくてはならないのだろう。
「いいの?!」
「どうして? 誘ったのはフレイよ?」
「あ、うん……。でも、ほら。はショッピングが好きじゃないでしょ?」
「必要なものがあれば買いに行く。ちょうど新しいランジェリーが欲しいと思ってたの」
「ほんと? じゃあ、明日か明後日どうかな?」
「……明後日でいい? できれば午後。でも、あまり長い時間はちょっと遠慮したい」
「勿論! じゃあ、待ち合わせは」
 フレイの声が弾んでいる。余程嬉しいのだろうと思いながらは時間と場所の確認をした。

「明後日か? 夜勤明けだから俺もついていくか?」
 フレイと出掛ける約束をしたため、イザークに報告するとそんなことを言われた。
「ううん、一緒に居なくてもいいからピンチの時に駆けつけて」
「無茶を言う……」
 ため息交じりにイザークが言うと「王子様が助けに来てくれると信じてるから」とは笑う。
「ガラじゃない」
「うそだー」
 カラカラと笑ったに「それに、俺を王子というなら、は姫になるぞ」と言われて彼女は「ガラじゃない」と笑いながらイザークと同じ言葉を口にした。
 そして、ふと真顔になり、「明後日、帰ってくるときには一個持って帰ってきてね」と言う。
 イザークがため息を吐く。
「だって、ほら。けど、空振りになるかもしれないじゃない」
 イザークが渋る理由がわかっているが執成すように言うが、彼の心に響いていないらしく、「わかった」と不承不承の返事がある。


 夜勤明けのイザークから頼んでいたものを受け取って「じゃあ、行ってきます」とは家を出た。
 フレイと約束しているのは先日行ったモールだった。
 わかりやすく時計塔の下で待ち合わせてショップに向かう。平日ということもあり、先日ほどの混雑はなかった。
 フレイが買いたいのは初夏に着るジャケットだそうだ。
 いくつか悩んでは相談されて、店員が助け舟を出して何とかひとつに絞れた。
の買い物、遅くなっちゃったね」
「そんな時間かける予定ないから」と言ったはふと足を止めた。
 バッグの中からカプセル錠を取り出して飲む。
「どうしたの? 調子悪い?」
 心配するフレイに「ううん、大丈夫」と笑顔を返した。
 ただし、その笑顔はずいぶん昔に目にしたもので、フレイは息をのんだ。
「さあ、フレイ。ここ最近怖い思いをしていない?」
「して……た」
「うん。それはホーキンス隊長やレイには? さすがにミーアには相談できないだろうけど」
 フレイは首を振る。
「心配かけたくない」
「オッケー。でも、二人はもう知ってる。一応気に掛けてたんだろうけど、やっぱりそれぞれが仕事を持ってると難しいよね」
 フレイは瞠目した。
「レイには、ほら、こないだ家に行った時に会ったでしょ? その時に話した。ホーキンス隊長にはイザークから」
「なん、で……」
「二人はフレイの家族だから。ただ、まあ。それを言ったらミーアが「あたしも家族なんだけど!」って怒りそうだけどね。このモールでフレイが男と一緒に歩いてる時に違和感を覚えた。ノルンに引き離してもらったけど、そのあともずっと付けられてた。フレイの家に帰る途中、イザークってばちょっと変な道を通ったでしょ? 尾行を巻くため」
 そしては周囲に視線を滑らせる。
「では、どうして私が今この話をしたか。囲まれてるわ。頼ってくれたのにごめん」
 白昼堂々というのはないと思っていたが、どうやら相手も余裕がないらしい。
 ザフトは何をしていたのやら、と思いながらはフレイを引き寄せる。
「ジャケット、まだ試着しかしてないのにダメになると思う」
 武装している男たちがたちの前に躍り出た。
 フレイを背にしては間合いをはかった。周囲はパニックになる。
 本当は、そのパニックになった周囲に紛れて逃げるのが良いのだが、さすがにその動線は潰されている。
 恐らく、ザフトも護衛という名の尾行をしているはずなのだが、その気配がない。
 もしかして、ザフトの方を巻いてしまったのだろうかと思っていると一人が発砲した。は咄嗟に姿勢を低くしたがフレイは恐怖で固まってしまう。
 普通、銃声がしたら固まるものだったと思い出したのはスタンガンで体の自由を奪われてからだった。



 目隠しをされて移動した先は何処かの倉庫だった。
 連れ去られる中、「警備に連絡を」と言っている買い物客が居た。遅かれ早かれザフトに通報があるだろう。
 連れ去られるとき何とか抵抗してみたのだが、下手に抵抗を続けてフレイだけ連れて行かれても困るため、諦めた。靴は脱げてしまったが。
 は椅子に座らされて背もたれと一緒に後ろ手に縛られて自由を奪われている。足も椅子の脚に縛られている。流石にこれでフレイを連れて脱走は無理だ。
 ちらとフレイを見ると、彼女もと同じ状態だ。ただし、彼女は青くなっている。
 室内には気配が五つある。視界には三人だが、背後に二人いるのだろう。ドアは左右にひとつずつ。椅子は部屋の真ん中あたりにあり、ドアからの距離はおよそ五メートル。
 男たちはも連れてきたことを話し合っている。余計なのを連れてきてしまい、扱いに困っている様子だ。
 ふと、フレイと目が合った。「だいじょうぶ」と唇を動かす。
 恐らく、ここは本拠地ではない。いくつか持っている拠点のひとつなのだろう。高いところにしか窓がないため、方角がわかりにくいが、差し込んでくる光の状態からおおよその場所を特定する。
 カプセル錠を飲んでそろそろ三十分は経った。
「で? 咄嗟に連れて来てみた私はどうなるのかしら? というか、あなた方は?」
 青くなって震えていると思った女が堂々声を掛けてきて男たちは構える。
「青き清浄なる世界のためにコーディネーターを根絶やしにする」
「どうやって? というか、そのためにナチュラルを全部誘拐していくつもり? いや、それは無理でしょ」
「コーディネーターに与するナチュラルに用はない」
「では、どうして何度も振られているのに女の子を攫ったの?」
「ああ、やはり貴様か」
 赤いシャツを着た男がをねめつける。先日、あのモールでフレイと歩いていた男だ。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「黙れ!」と男は叫びの顔を殴った。
「フレイ・アルスターは我々を導くのだ」
「同意を取った?」
 が返すと再度殴打される。
「汚らわしいコーディネーターが口を開くな」
「誘拐が犯罪なのは、ナチュラルでもコーディネーターでも変わらないの知らない?」
 男は二度三度を殴打する。
「この女を旗印に、我々はナチュラルの、新しい世界を実現する」
 そう言いながらフレイに近づき、彼女の下腹を撫でた。その意味に気づいたフレイは「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
「その子、『アルスター』じゃないよ」
 男はなおも言葉を口にするに苛立ち、他の者に命じて彼女を殴打させる。二度と口をきけないように、と。
 どんなに殴られても唸ることもなく、涼しい顔をしているに男たちは舌打ちをした。
「おい、その女を黙らせろ。方法は問わん」
 男の言葉に部下らしき男は下卑た笑みを浮かべた。
「やめて!」と声をあげたのはフレイだ。
「やめて、お願い。私、言うことを聞「だめよー」
 フレイの言葉を遮るようにが言葉を重ねる。
「ダメよ、フレイ。それは良くない、とても良くないわ」
「で、も……。が」
? 貴様、か!」
 どこかで聞いた声だと思ったと男が続けるが「いいえ」と彼女は返す。
「だが、シルバーレイだろう」
「過去形」
「ならば、我らの同胞を多く葬った……」
「そっちだって銃口向けてきてたじゃない」
「うるさい!」と男が銃口を向ける。は目を眇めた。
「やめて!」
「大丈夫よ、フレイ。丁度私の王子様が到着したみたい」
 外が少し賑やかになる。
!」と外から声がする。
「はーい!」とは通る声で返事をした。
 ドアが乱暴に蹴破られて入ってきたのはイザークだった。
「ちょっと遅い」
「無茶を言……それをやったのは誰だ?」
 の顔を見るなりイザークの声の温度がなくなる。
「その赤いシャツと、この傍に立ってるグレイのタンクトップ」
「オーケー。ちょっと待ってろ」
「その前に縄解いて」
 イザークは銃口を向ける男たちに構わず、に近づいて手を縛っている縄を切る。ナイフをに渡して傍に立つグレイのタンクトップの男を殴り飛ばした。
 何の躊躇いもなく殴打された男は怯み、後ずさるがイザークはそれを追ってそのまま男の腕を捩じる。
 その間、は自分の脚の縄を解いてフレイの縄も解く。
「ジャケット、なくなっちゃったね」
 フレイはに抱き着いた。安心させるように彼女を抱きしめながらはイザークに視線を向ける。
 イザークは赤いシャツの男を蹴っ飛ばしてそのまま踏みつける。呻く男に「妻が世話になったな」と声を掛ける。
「イザーク、やりすぎると正当防衛じゃなくなっちゃう。あと、どちらが悪役だか」
「なに、これくらいならまだ正当防衛の範囲内だろう。何せ、相手は銃を持っているんだ。あと、視点が変わればお互い悪役だ」
「なるほど。ところで、フレイの王子さまは?」
「知らん。座標は送ってやった」
 男を気絶させてイザークがの元に足を向ける。途中、自分に向かってきた男たちは殴り飛ばして戦意を削ぐ。
「青き清浄なる世界のために!」
 不意に耳に届いた言葉に反応しては視線を向けた。震える手で拳銃の引き金を引こうとしている男にナイフを投げる。
 男は掠った際の痛みで銃を落とし、腰を抜かして尻もちをついたまま後ずさる。
 突然、ドアが開いた。イザークが来た反対側のドアだ。イザークとが構える。
「フレイ!」と部屋に入ってきたのはラスティだった。
「「遅い」」
 イザークとが同時に非難した。
「えー、なんでここ片付いてるの? てか、どうしたの顔。大丈夫?」
 はため息交じりに「減点……」と口にする。
「そっち側には何があったんだ?」
「たぶん、このメンバーの中で一番偉い人? がいた。伸しといたけど」
 とイザークは顔を見合わせる。
「大体こういう組織って頭は下を切り捨ててトンズラするじゃん。ジブリールの時もそうだったでしょ?」
 だから、頭を先に叩いたというのだ。
「なるほど」とが頷き、「よくやったな」とイザークが頷く。
「フレイ、大丈夫? 何か、痛いことされなかった?」
 ラスティがフレイに声を掛ける。彼女を抱きしめる腕を緩めたはそのまま離れた。
「下腹をいやらしく撫でられた。あと、私が何度も殴られたから怖かったよね。その前に発砲されたわ、そう言えば」
「どれ、それ」
 ラスティの瞳が静かに室内を見渡した。
「あの赤いの。イザークが伸しちゃった」
「悪いな」
「ちょっとー! オレの見せ場―!」
「ここからでしょ」と言ったはイザークに両手を伸ばす。
「足が痛い」
「はいはい、仰せのままに。我がプリンセス」
 イザークがを横抱きにする。
「じゃ、帰るから。フレイ、ショッピングはまたね」
 顔の左半分が腫れたがイザークの肩越しに笑顔でひらひらと手を振った。
「う、うん! 守ってくれてありがとう!」
「どういたしまして。でも、そろそろ任期満了だと思うんだー」
 の言葉にフレイは首を傾げる。

 外に出るとザフトが建物を包囲していた。
「情報提供したの?」
「念のためな」
 とイザークがこそこそと話をしていると周囲が緊張した雰囲気を纏った。イザークも俄かに緊張する。
「あー……。ご協力「おじちゃんだあれ?」
 言葉を遮ってが言った。イザークは息を詰める。
 現場に出てきたカインに対してが言い放ったのは彼のトラウマとなっている言葉だ。
「イザーク、早く帰りたい」
 イザークから降りようとせず、しかも彼が敬礼できるように重心を変えることもなくは言う。
「あ、ああ……」
 イザークは何とか返事をして敬礼ができない代わりに一礼をしてその場を去った。
 何とも言えない緊張した空気がその場を支配する。
「はぁ」と大きなため息を吐いたのは共に来ていたホーキンスで「だから言ったろうが」とカインに言い放ち、「ほら、仕事しろー」と雰囲気を察知してフリーズしていた部下たちに声を掛けた。
 ちらとカインに視線を向けると、呆然としている。とはいえ、あの言葉を再度耳にして膝をつかなかったのはさすがだな、と少しだけ親友を見直した。

 バイクの前で足を止める。
「どうしてバイク?」
「渋滞していても進めるからな」
「なるほど」と頷いたにイザークはヘルメットを渡す。
 受け取った彼女は被りかけて頭から降ろした。
「どうした?」
「イザーク、もう一本ナイフない?」
「何本も持ち歩いていない。ちょっと待ってろ」
 そういってザフト兵に声を掛けてナイフを借りる。他の者から火を借りてナイフを炙った。消毒の代わりだ。
「貸して」
「俺がやろう」
 そういっての瞼に少しナイフを入れる。
「ん」との口から声が漏れる。どんなに殴られても声を漏らすことがなかったのに、思わず零れた。気が抜けた証拠だと苦笑する。
「どうした?」
「ううん」
 僅かに笑ったような気配がしたため、イザークが理由を問うたが、は小さく返事をして何でもないという。
 ぽたぽたと血が落ちていく。瞼から血を抜いたことにより腫れが引く。
 イザークはの傷をハンカチで抑えて止血をし、改めてヘルメットを渡す。
 今度は被れた。
 ナイフを返してイザークもヘルメットを被る。
「この服、お気に入りだったの」
 バイクに跨ったイザークに続いても後ろに乗る。
「ああ」
「靴も」
「よく履いていたもんな」
「腹立つー!」
「今度、また似合うものを買おう。気に入るものがあるといいな」
 イザークに腕を回したはぎゅっと彼の服を握る。
「帰るぞ」
「どうぞ」

 帰宅すると家の者は大騒ぎでヴィンセントも青くなっていた。
 この時ばかりはノルンがいなくてよかったと思った。彼女はきっと目の前で大泣きするし、心配して離れないだろう。
 本当は、ヴィンセントにも内緒にしたかったが、同じ家に住んでいるのだから無理な話だ。
 イザークに頼んでヴィンセントにある程度の説明をしてもらった。




 時間は少し遡る。

 たちが出て行ったあと、ラスティはガシガシと頭を掻いた。
「ごめん、フレイ」と彼女に謝罪する。
「なにが?」
「オレがもうちょっとしっかりしてれば」
 困惑するフレイの前でラスティは片膝をついて彼女の手を取った。
「フレイ。どうか、君の未来をオレの隣で歩んでほしい」
 手の甲に口吻けをする。
 あまりにも突然で、フレイは状況を整理するために視線を彷徨わせていると「頷くだけでいいよ」と下の方から声がした。
 視線を向けると自信満々の表情のラスティがいる。それは、いつもの軽薄そうなものではなく、精悍で誠実で。
 フレイは息をのんだ。
「わ、私はナチュラルよ」
「知ってるよ。それがどうかした?」
 にこりと微笑んだラスティは言葉を続ける。
「コーディネーターだって何でもできるわけじゃない。ちょっとズルしてできる範囲が広いだけで、努力しなきゃできないものはできないままだ。フレイ、断る理由を探すならそれを 全部否定して受け入れるよ。まあ、「嫌い」って言われたら……さすがに、出直すけど」
 フレイは首を傾げる。
「諦めないの?」
「うん、諦めない」
 ラスティは立ち上がり、フレイの両手を取った。
「だから、フレイは諦めて」
「なに、それ」
「君のことが好きだ。一緒に居たい。どうか守らせてほしい。だから、オレのお嫁さんになってください、お姫様」
「後悔しても知らないわよ」
 それは了承の返事で、ラスティは「ははっ」と軽やかに笑う。
「しないよ。フレイにもさせない」
「よくもまあ、オレの前でプロポーズを続けたな」
「お父さん?!」
 入口には、どうしたらいいかわからず所在なさげにしているザフト兵とホーキンスがいた。
「いや、だって。チャンスを逃すわけにはいかないですよ」
「もうちょっと雰囲気のあるところとかあるだろう」
「ないですって。タイミングが命」
「あー、もうなんだっていいからとっとと出て行け。こちとら仕事だ」
 追い払うようなしぐさを見せるホーキンスに「はーい」と返事をしてラスティがフレイの手を引いて歩き出す。ラスティが乗ってきたエレカは少し離れたところに停めてあるのだ。

「そういえば、今日仕事は?」
 フレイが問うと「あははは」と乾いた笑いが返ってきた。
「大事な会議をすっぽかしてきちゃった」
「大丈夫なの?!」
「大丈夫じゃないかもだけど、後悔はしてない。これから無茶苦茶忙しくなるかもしれないけどね。オレの一番大事を選んだだけ。フレイはどうしてといたの?」
「ジャケットを買いたくて、付き合ってもらってたの。こんなことになるとは思ってなくて……」
 最近なんだか怖かったから傍にいてほしいと思っただけなのに、に怪我をさせてしまった。
「ラスティは、どうしてここがわかったの?」
「イザークが座標を教えてくれたんだ」
「イザーク? どうしてイザークは場所がわかったのかしら?」
が発信機を持ってたんじゃないかな?」
 エレカにたどり着き、ラスティが助手席のドアを開け、フレイが乗り込んだのを確認して彼は運転席に回る。
「でも、身体検査をされた時は見つからなかったわ」
「……待って。身体検査? 男たちに体をまさぐられたってこと?」
「う、うん……。あと、金属探知機みたいなのを掲げられた」
「いやいや、それはいいよ。待って。それイザークに言わなかったでしょ」
 イザークが聞いていたらあの部屋はあんなものでは済まなかったはずだ。だからこそ、はイザークに言わなかったのだろう。いや、もしかしたら、身体検査はとしては当然のことだから報告する必要はないと思ったのかもしれない。
「はぁ……。イザークの苦労が偲ばれる」
 ため息をついたラスティがエレカを発進させた。
「だったら、体内に入れていたのかもね。確かに、身体検査は想定内だ」
「体内?」
 言われて思い出したのがカプセル錠を飲んでいた姿だ。体調が悪いのかと思って心配したのだがそれは否定された。
 ラスティに言うと「それだね」と言った。時間が経てば胃で溶けるタイプなのか排せつ物と共に体外に出すものなのかはわからないが、おそらくそれが発信機だったのだろう。この事態を予想していたということだ。
「迷惑、掛けちゃった」
 しょんぼりと肩を落としているフレイにラスティは笑う。
は、迷惑って思ってないよ。迷惑だと思ったら他の誰かに押し付けるだろうし、そもそも一緒に出掛けない。今回の件を予想していたうえでイザークを説得してフレイと一緒にいたんだよ。発信機を持っていたのもその証拠。大丈夫、また一緒にショッピングしてくれるよ」
「イザークを説得?」
「フレイが怖い目に遭ってもそれは、がどうにかしなきゃいけないことじゃないでしょ? イザークはに危ない目に遭ってほしくないもん。オレだって、助けたいからってフレイが言い出したら考え直すように説得するよ。イザークにとっての一番の大切はで、オレにとってはフレイ」
「な、なんかいきなりグイグイ来るわね……」
 怯むフレイにラスティは笑う。
「今回のこれで懲りたっていうか。堂々とお姫様を守れる立場でいたいからね」





 昨日の話は評議会の親衛隊まで広まっていた。
「国防委員長閣下、大丈夫だった?」
 その場にいなかったディアッカがそっと聞く。ダメージが大きいのは想像できる。
「少し、目の焦点があってなかった気もするが……」
 イザークはため息を吐きながら答えた。
 それもそうだろう。アレはきつい。酷いとは思わないが。
「んで、一般人の怪我人さんは、元気?」
「そうでもないな。朝食は部屋で摂ると言って聞かなかった」
「まあ、見られたくないだろうしな」
「見た者が不快になるかもしれないから、だそうだ」
「なんないでしょ」
 ディアッカが苦笑する。
「早退する? 仕事そんなに多くないから、出来る分は片づけておくし」
「いや、いい。そういえば、ディアッカ。置いてけぼりになるな」
「何が?」
「近々わかる」
 含みを持たせたイザークの言葉にディアッカは首を傾げた。

 来客を告げるブザーが鳴り、ディアッカが対応に出て慌てて戻ってきた。
 書類に視線を落としていたイザークは何事かと顔をあげてそのまま立ち上がり、敬礼をする。
 ホーキンスが来たのだ。
「悪いな、突然」
「いえ。何か?」
「個人的な質問をしに来た」
「はあ……」
 仕事ではないという。
、あれから怒りは静まったか? 結構酷い目に遭ったしな、そりゃ怒るよな」
 ああ、なるほどと納得した。
「困ったことに、元々さほど怒っていませんよ」
「いや、だって。アレは……」
 顔の半分が腫れていた。血を抜いて帰ったと聞いたが、内出血は残っているだろう。今は紫色になっているかもしれない。
があれを言ったのは、自分に対してというよりも、純粋に軍の訓練も受けていない一般人のフレイを囮に使ったことが納得できなかったというところだと思います。あと、囮に使うなら、警護を完璧にしておけとかそういう。相手の動きをある程度掴んでいたならそれくらいできるだろうという思いのようですね」
 はっきり聞いていないが、おそらくそれだろう。
 しかし、これにはホーキンスがため息をついてみせた。
「いや、あのモールに着くまではちゃんと護衛できていたんだ」
 それを言われてイザークはそっとため息を吐いた。護衛を巻いたのはだったようだ。
「まあ、とはいえ。現役が巻かれるのは確かに問題だという気はしている。……とりあえず、カインは何をきっかけにに会いに行ったらいいと思う?」
 本題を聞いたディアッカはホーキンスの気持ちが痛いほどわかると同情した。彼は、おそらく自分と同じ立ち位置だ。
「特にきっかけなどなくとも……」
 イザークは困った。別に機嫌を取る必要はないだろうに。
「わかった。とにかく、が何に腹を立てていたのかを教えてやろう。そのあとは作戦会議だ」
 取り敢えず、が怒っていないことを知って安心したらしくホーキンスは部屋を出て行った。
「捕まえたやつら、どうしたんだろうな」
 ディアッカが呟く。作戦会議の優先順位がおかしい。
 とはいえ、そこは片付けた上でのご機嫌伺いに来たのかもしれないと思い、二人は仕事に戻った。


 就業時刻になり、イザークは最高評議会議長の執務室に向かう。
 個人的な話のため、執務中を避けた。
 イザークの訪問に驚いたラクスだったが、笑みを湛えて「どうかされましたか?」と用件を問う。




 部屋に籠って読書に耽っていた。
 いつもイザークが帰宅する時間はとっくに過ぎているのに、彼はまだだ。
 昨日のことで駆り出されているのかなとため息を吐くと、外からエレカのエンジンの音がかすかに聞こえる。
 本を閉じて部屋を出ようとして思いとどまる。
 しかし、出迎えをしないのはちょっと違うと思い、レース編みのショールを頭に被ってホールに向かった。

 やはりの迎えはないか、とイザークは確認して傍にいる家の者に声を掛けて再度外に出ようとしたところで階段を駆け下りてくる音が聞こえる。
 振り返って俄かに瞠目した。その姿にどこか懐かしさすら覚える。
「おかえり」
 彼女は単純に顔を隠したかっただけだろう。だが、目の細かいレース編みのショールは、まるでウェディングドレスのヴェールのようだった。
 イザークは両手でそれを上げて「ただいま」とキスをする。
 も既視感を覚えたらしく、どこか照れた表情を見せた。ヴィンセントはきょとんとしている。
「遅かったのね」
「ああ、寄り道してきたからな」
 先程声を掛けた家の者に再度声を掛けて邸の外に出る。もそれに続いた。
 エレカのトランクを開けると、は「どうしたの?!」と声を上げた。
 苗木が一本。そのほか、花の苗がいくつか入っていた。
「わが妻が少し元気がないため、どのようにすれば気を紛らわせることができるかと上司に相談してみたんだ」
 イザークの上司と言えば、ラクスだ。
「はあ……」とは曖昧に頷く。


「わたくしたち評議会でなんとかしなくてはならなかった問題なのに、一市民に酷い怪我をさせた上、それが元で気落ちさせてしまっているなんて……。お詫びというにはささやかですが、パートナーであるイザーク・ジュールに十日の休みを与えます。もちろん、特別休暇で有給休暇の使用にはなりません」


「と、いうわけで。俺は明日から十日も休むことになった。が庭の改造をしたいと言っていたから、一緒にするのもいいと思ってな。生り物なら収穫も楽しめるだろう?」
「柑橘系ね? 蜜柑?」
「檸檬だ」
「レモンパイね」
 収穫後の話にまでなった。イザークは笑う。
「でも、嬉しい。私の中で現最高評議会議長の支持は強固なものとなった」
「現金だな」
「そういうものよ」

 イザークの休暇中にカインはジュール邸を訪ねてきた。何時間も並ばなければ入手できないエクレアを持って。もちろん、脚が棒になったらしい。
 は笑って「流行ってるんですか」と言う。
「ああ、美味いらしいぞ」
 娘が笑っている様子に安堵したらしいカインは得意げに返したが、「先日もお詫びと称してラスティが持ってきました」と言われ、彼女が「流行っているのか」と聞いた理由に苦笑した。
 店や商品そのものではなく、これをお詫びの品に選ぶことを指したようだ。
 改造中と言った庭を見たカインは「これは……」と思わずつぶやく。
 本当に大改造いている。モビルスーツに乗れるのだから、重機械の操縦もお手の物だ。そんな人間が時間を持て余すとこういうことになるのかと少しだけ呆れた。
 一緒にエクレアを食べて、庭の解説を聞いたカインはそう長い時間滞在することなく帰ることを告げる。
「今度から訓練も受けていない人を囮に使うのはやめてくださいね」
「その囮に護衛を付けていたのだが、優秀な元ザフト兵がうっかり巻いてしまったからな」
「優秀でも、現役ではない人に尾行を巻かれるというのは如何かと思いますので、教育についてももう少し考えてはいかがでしょうか」
 少し棘のある会話にイザークは冷や冷やしたが、カインはため息をついて「そうだなぁ」と同意する。
「それは、オレもホーキンスも痛感したよ。一般人が平和を謳歌するのは結構なことだが、オレたちは有事に動けるようになっていないといけないのにな」
 しみじみと言う。
 平和自体は悪くない。だが、平和に慣れてしまったために、何かあった時に守れないのは避けなければならない。
 カインはため息をついてジュール邸を後にした。






 庭のレモンが小さく実を結び始めた頃の昼下がりにはテラスで来客をもてなす準備をしていた。
「奥様、お見えになりました」と声を掛けられて振り返ると、肩口で髪を切り揃えたフレイの姿がある。
「いらっしゃい。丁度準備完了したところ」
「お邪魔します」
 フレイがミーアのマネージャーを辞めて三カ月経つ。
「ラスティが兄、ですか」と遠い目をしたニコルと「フレイと同等以上のマネージャー……」と同じく遠い目をしたミーアが並んだ姿を見たときにはは笑いそうになった。

 紅茶を淹れてタルトを切り分ける。
が作ったの?」
「『作る』って結構性に合ってるのよね」
 そういえば、編み物もできるんだったと思い出す。いつか教えてもらおうと思ってすでに数年たっている。
「そうだ、忘れないうちにこれ」
 フレイはハンドバッグの中からかあまり華美ではないものの高級感あふれる封筒を取り出してに渡す。
「本当にするの?」
「したいの。というか、ラスティが「絶対に!」って聞かないのよね」
 苦笑して肩を竦めるフレイにも笑う。

 ラスティとフレイの結婚は所謂スピード婚だった。あの日から一週間後に婚約を発表して二か月後に挙式。
 本人たちの付き合いは長いし、それぞれ周囲を知っているためそんなに問題はないが、結婚式の招待客で少し揉めた。
 招待を受けたが欠席を申し出たのだ。やはり、自分の旧姓や通り名は、元地球軍にとってはあまりいいものではないということを知ったため、ハレの日を台無しにするかもしれないからと。ラスティの会社の関係者に元地球軍関係者がいないとも限らない。
「お父さんだってザフトよ! しかも上から二つ目の偉い人」
 フレイの訴えを聞いてもは苦笑して「やっぱ、ちょっと違うから」と欠席を取り消さない。
 の言葉に「わかった」と了承したのはラスティだった。フレイは不満そうに彼を見上げる。
「披露宴を二回する」
「なんて?」
 ラスティの言葉にが問い返した。
「それはいいわ!」
 フレイが目を輝かせて手を合わせた。
「だろ?」
「だろじゃない。お金かかるでしょ」
「オレだっていつかのイザークみたいにに幸せ自慢したい」
「それなら私じゃなくてイザークにして。というか、それは今目の前で行われているのでは?」
 の言葉に「足りない足りない」と笑ったラスティは「二回目は本当に気の置けない人たちを呼んで楽しんでもらうことにするよ。ノルンが帰ってくる時期に合わせるから教えて。……アスラン、来れると思う?」と続ける。
「得意の交渉術で連れてきなよ」
「そだね」
 頷いたラスティがフレイを見ると彼女は満足したように頷く。
「んじゃ、また日を改めてまた連絡するから」

 そして、ノルンの休暇に合わせた披露宴の日程が確定したため、招待状を持ってフレイがやってきたというわけだ。
「ノルンが拗ねちゃうぞー」
 は笑う。ラスティとフレイの婚約については、経済界でも大きなニュースだったため、報道があった。それを見て「ラスティお兄ちゃんにフレイお姉ちゃんを取られちゃった」と態々自宅に連絡をしてきたのだ。
「ねえ、フレイ」
 テーブルに頬杖をついたに視線を向ける。
「今のフレイはどう?」
 とても漠然とした質問に一瞬面喰ったが、フレイも頬杖をついて「そうね」と考える。
「今までで一番幸せかも」
「それはよかった」
 にこりと微笑んで言うが姿勢を正すと「でもね」とフレイが続ける。
「きっと何年か後には、一番じゃないはずなの」
 は目を細めた。
「それ、ラスティに言ってごらん。泣いちゃうよ」
「言ったわ。泣いちゃった」
 二人はクスクスと笑う。
「ご招待いただいたパーティーは、ドレスコード厳しいの?」
「そんなことないけど、ドレス着て来てね」
「それは……イザークがとても張り切るわ」
 笑いながら言うにフレイも笑った。



 天気の良い日に彼女は微笑み、多くの人の祝福を受けながら今までで一番の幸せな時間を過ごす。
 しかし、それはこの先の『いつか』には届かない幸せであることを確信している。
 隣に立つラスティを見上げると「どうかした?」と問われて「私、幸せよ」と伝える。
 ラスティ手は片手で目を覆って天を仰いだ。
「やめてー」
 ぐすっと鼻を鳴らす彼にフレイは笑う。
 遠くからその様子を目にした友人たちは苦笑した。
 あの戦争で人生が変わった。それは間違いない。
 助けてくれた人がたくさんいて、ここで生きることを選ぶことができた。
 ――パパ、私幸せよ。
 コーディネーターを否定して、彼らを理解することなく亡くなった実の父親に気持ちを伝えた。









桜風
20.08.08


ブラウザバックでお戻りください