GIFT〜神様からの贈り物〜
―― 予知夢(前編) ――





私は幼い頃から妙な力を持っていた。

それは、『予知夢』。

でも、それはいいものではない。私が見ることが出来るのは、自分と近しい人の未来の不幸。

私の持っているこの力は呪い以外の何でもない力だった。


小さいとき。そう、確か幼稚園の年長くらいだったと思う。

名目は何だったか忘れたけど、母の実家で親戚の集まりがあった。

私の家から母の実家までは遠い。数日前から泊まっていたのだが、私は数日毎晩同じ夢を見ていた。

私の母の姉の夫にあたる人が転落死をする夢だった。

場所は、たしか、建築中のビル。しかも、その人は伯母ではない知らない女の人と一緒でふたりは仲良くしていた。

しかし、何かを話していて突然喧嘩を始めた。

そして、勢い余ったのか。おじさんはそのビルから落ちて死んでしまったのだ。

それが、私の初めて見た予知夢。

親戚の集まりが終わって帰る前、私はその席でつい言ってしまった。

「おじちゃん、女の人とお話してて落ちちゃうよ」

と。

何故口にしてしまったのか分からない。

何故、それが現実になると思ったのか分からない。

ただ、その一言が原因で私の家族は壊れてしまった...


数日して、私の言ったとおりそのおじさんは転落死した。

なまじ私が予言をしてしまったので気味悪がられ、親戚の中で両親は居場所が無くなった。

それから、小学校に上がって、また、やってしまった。

今度は同級生。

クラスで私と一番仲の良かった女の子だった。

その子の家に遊びに行ったその晩。またしても予知夢を見てしまった。

彼女は交通事故に遭う。相手は大きな車。たぶん、工事関係のトラックだったんだろうと思う。

彼女を轢いたトラックは大破。運転手は血を流して動かなかった。

そして、またしても私は話してしまったのだ。その子のお母さんに。

数日後、彼女は交通事故に遭って、昏睡状態が続いた。医師から見放されるほどの大怪我だった。

交通事故の相手はトラックで、運転手は即死だったらしい。

それから、私は学校で『魔女』と呼ばれるようになった。

友達は去っていき、誰一人として私と話をしなかった。

母は余所に男を作って出て行った。

「こんなバケモノ、私の子供じゃないわ!」

と吐き捨てて、大きな鞄を持って出て行った母の姿は今でも覚えている。

父は元々仕事人間でうちに帰ることが殆ど無かった。

私は家政婦に育てられたのだが、私の噂を近所で聞いたのか、彼女は私を2階に監禁していた。

一応、毎日ご飯は食べれているしトイレもあったから不自由は無かった。家政婦が帰れば私も1階に降りられるし、お風呂にも困らない。

こんな環境でも私は不満に思わなかった。

ただ、悪いのはこんな『バケモノ』の私なのだから。


中学は寮がある学校に進学した。

家からは遠く、それこそ、私の力を知る人の居ない場所。

その頃には父にも恋人がいて、ただ、私の存在が邪魔なだけだった。

だから、実家から遠い、寮のある中学への進学は諸手を挙げての賛成だった。

私も、私のこの忌まわしい力が発揮される条件がわかってきたような気がする。

とにかく、親しくしていなければ、私が心を開かなければ相手の不幸な予知夢を見なくて済む。

幸いにも、寮はひとり部屋制だったので仲良くしなければならない人も居ない。

独りになれるということが唯一の私の安寧だった。


しかし、そんな生活も2年間で終わってしまった。

3年に上がった私のクラスにはとてつもない美人が居た。

こんな他人に興味の無い私でも噂には聞いていた。高橋彰子(たかはしあきらこ)。

『彰』で終われば良いのに、何故か律儀に『子』が付いている名前だ。よほど古風なお祖父さんが名付け親なのだろう。

しかし、この高橋さん。何故か私に興味を持ったのか話しかけてくる。

彼女はよく通る明るい声だが、私は誰とも関わりたくない。誰とも友達になんてならない。

そんな私の決意を彼女は全く無視して、心の中に土足で入り込んでくる。

「ユメキ。いい名前よね。夢が来るんだよ。夢が叶うってことだね。誰が付けてくれたの?お母さん?お父さん?あたしの名前は彰子だよ?アキラコ。しつこいっつうの!これってさ、父さんが付けたんだって。よく分かんないけど、今時『子』がついている名前が少なすぎるとかって文句を言いながら余計な『子』を付けるんだよ?もういいじゃんね、『彰』だけで。因みに妹は『薫子』。やっぱりしつこく『子』を付けてるんだよ?いや、嫌いじゃないんだけどね、いつも気になるのよ」

初めて私に話しかけてきた彼女の言葉はこれだった。全く以って私の興味の無い話をしてくる。

そして、私の人生で今まで、そして、これからも禁句となる単語を口にする。

『夢』なんて要らない。見たくない、欲しくない。

私は彼女と会話などする気も無く、ただ無視を続けた。

これだけ美人なんだから、ちやほやされて生活してきたのだろう。

そんな子が無視される状況に嫌悪を感じないはずがない。

実際、彼女は成績もよく、スポーツ万能で先生からも他の生徒たちからのウケも良いという、これまた絵に描いたようなパーフェクト人間だった。

私の苦しみなんて、解るはずがない。


「おべんと、一緒に食べよう?」

私が完全無視を決め込んでいるのに、彼女は何故かめげずに話しかけてくる。

よっぽど神経が図太いと見える。

私はいつものように返事もせずに教室を出た。

そして、彼女もいつものように私を追って教室を出る。

屋上に上がる。

もう夏で暑いから外に出たがる生徒が少ない為に利用者が少ない。

日陰に入ってコンビニで買ってきたサンドイッチを口にする。

「夢来ってさ、いつもコンビニだね。まあ、寮だから仕方ないけど台所あるんでしょ?ご飯作ったら?そのほうが安上がりだったりするし」

なんて母親のようなことを言ってくる。

母との思い出は今では嫌なもの以外記憶に無いというのに。

どうしてこの人は土足で私の心の中に入り込んでくるのだろう?そして、私もすんなり許してしまいそうになるのだろう。

「そういえば、夢来。夢来ってあたしのことなんて呼ぶ気?彰子なんて長いでしょう?そだな。あたしの周りは『アキ』、『アキラ』、『アキコ』『ねえさん』とかそういうのがメジャーかな?」

...きっと、ねえさんって明らかに『姐さん』って感じで言ってるよね、その人。

実際、アキは姐御肌だし。

「あー、でも、同じ年の子に『ねえさん』って言われるのって『何だか女偏に且つ』って漢字になってそうだよね。あたしは志摩さんか?!」

何だか渋いの知ってるなー...

私は声には出さないものの、いつしか心の中で彼女と会話をするようになっていた。


「ねえ、見てーー!!あたしのナイト」

彼女は私に携帯を突き出している。

どうやら待ち受け画像を見てほしいらしい。

これを無視するとずーっと騒いでそうだから受け取って見ることにした。

そこには、将来美形に育ちそうな凛々しい少年がいた。ランドセルを背負って。

...って、ランドセル?!

思わずアキを見る。

「ちょっと、なんて目をしているのよ。あたしたち、今いくつ?」

私は14だけど、世間一般では中三って言ったら15歳かな?

「この子は、小学6年生。つまり、12歳。3歳の歳の差よ?良くあるでしょ?!」

あ。アキはもう誕生日来てるんだ。

「いや、あたしは今は14だけど。でもじきに15になるわけだから3つ違いって言っておいた方がいいんだよね、今は2つだけど」

でも、小学生と付き合うってちょっとどうかと思うけどなー。

「って言っても。この子はあたしの弟で彼氏じゃないんだけどね」

そう言って笑う。

弟がナイト?

完全無欠のパーフェクト人間の高橋彰子は、実は極度のブラコンだったらしい。

「あっちゃんって凄く優しいのよね。あたしお姉ちゃんじゃなかったら絶対にクラリといってたわ」

と何やら弟自慢を始める。

「あ。あっちゃんってこの子の事ね。敦也(あつや)っていうの。カッコいいでしょう?」

ありふれた名前だと思うけど、でも、アキが口にしたその名前は私にとっても、特別なものを含んでいたような気がした。


最近、アキが話しかけてくる時間が増えてきた。

なれてしまった私は会話こそしないけど、アキが話している間は思わず彼女を見てしまうようになった。

だって、話が唐突過ぎて次にどんな話題を振られるのか気になるから。

大抵授業の間の時間は私は本を読んでいる。

アキはお構いなくそんな私に話しかけてくる。

今日読んでいるのはミステリー小説。

犯人の目星は着いているけど、でも、やはりどきどきしてしまう。

「あー。また本を読んでるね。今日は何?」

前の席に座ったアキにタイトルが見えるように本を立てて背表紙を見せる。

「あ、知ってる。この犯人はね」

「ストップ!犯人が分かってるミステリー小説って楽しみが8割なくなってるも同然じゃん。ダメよ、アキ。まだ言わないで」

思わず声が出た。

改めてアキの顔を見ると嬉しそうに笑っている。

「な、何よ」

彼女のその笑顔がとても綺麗で思わず腰が引ける。

「初めて会話が出来たね。初めて、名前呼んでくれたね。アキって言ってくれたね。あたしはそれがとても嬉しい」

そう嬉しそうに言うアキを見て、私は何だか泣きたくなった。

それから、アキとは話をするようになった。

私が言葉を返せば、アキが嬉しそうに笑うから。


夏休み。

お盆の数日間だけは私は寮を出なければならない。

毎年父が都心のホテルに部屋を取ってくれているからそこで過ごしていた。

その話をアキにすると、

「えー!?じゃあ、ウチにおいでよ。って今下宿してるところだから、正確にはウチじゃないけどね」

そう軽く言われて私の予定が決まってしまった。

よく考えたら私は友達の家に泊まりに行くのって初めてだ。

...大丈夫。もう、嫌な夢は見ない。

自分に言い聞かせる毎日だった。

アキの家に行く前日はそれこそ大騒ぎだった。

何を持っていったらいいのか分からない。

お土産は何がいいんだろう?甘いものは大丈夫なのかな??

全く、分からないことだらけだ。


貰った地図を頼りにその家に向かう。

「うわ...」

少々古びた建物だが、それは武家屋敷といった感じの立派な造りだった。

呼び鈴が無いようなので仕方が無く門をくぐって引き戸を開ける。

「ごめんください」

いつも思うんだけど、ごめんくださいって何?

そんなつまらないことを考えていると奥から女の人が出てきた。

歳は恐らく30前半。禁煙パイポらしきものを咥えている。

って、アキは?!私間違った??

「ああ、葛城夢来さんね。ごめんねー、アキラは今お遣いに出てもらってるから。ま、あがってよ」

そう言われて私は家の中に入っていった。

「取りあえず、麦茶でも飲みな。そんな緊張しなくてもいいからさ」

カラカラとその人は笑った。

名前は佐代子さんというらしい。佐代子さんは足を引きずりながら歩いていた。昔大怪我をして仕事も引退してしまったらしい。

今は家で出来るプログラミングの仕事を生業としているそうだ。

アキのお父さんの友人で、学校が近いし部屋も余っているからアキを下宿させてあげているという。

そんな話をしていると、あのよく通る明るい声で

「ただいまー」

と言いながらアキが帰ってきた。

「おかえり。夢来さん、来てるよ」

「久しぶり」

アキに会うのは終業式以来でもうかれこれ約ひと月ぶりだ。アキは浴衣だった。モデル体型のアキはきっと何を着てもよく似合う。

「いらっしゃい、夢来。佐代子さん、スイカ買って来ちゃった」

そう言いながら大きな袋をひょい、と掲げる。

「久しぶりだね、スイカ。アキラと2人だと食べることが無いから。ああ、もういいよ。私が持っていこう」

そういって佐代子さんは立ち上がった。

アキはスイカの入った買い物袋だけを持って奥へと行ってしまった。

「あの、お手伝いします」

「ああ、いいよ。これは一種のリハビリだから」

そう言って佐代子さんは足を引きずりながら、スイカ以外の荷物を持って足を引きずりながら荷物を運ぶ。途中、振り返って

「ありがとう、夢来さん。あなた、優しいね」

と言ってきたので思わず顔が熱くなった。そんな言葉、掛けられたことが無い。


夕飯は3人で作った。

料理経験が殆ど無い私だ。2人の足を引っ張りながら作ったハンバーグ。形は、アレだけど、でも、とても美味しかった。

アキも佐代子さんも美味しいって笑っている。

夜は花火をした。

まだ、私の家の家庭が壊れる前に、本当に小さいときにしかしたことがないもの。

どんなものだったか覚えていなかったけど、それはとても美しくて、でも、少し寂しくなる。

花火の後はスイカだ。

アキが1表買ってきたから3人で食べるのは一苦労だった。でも、美味しくて、懐かしくて。結局3人で1表を平らげてしまった。

花火もスイカも苦い思い出だったはずなのに、とても楽しいステキなものへと変わった。

佐代子さんの家に滞在しているときはなるべく家のことを手伝わせてもらった。

掃除、洗濯。

アキと一緒に夏祭りにも出かけた。佐代子さんが浴衣を貸してくれて、アキが着付けてくれた。

友達ってこんなに暖かいものだったなんて知らなかった。

いや、忘れてたんだ。思い出そうとしなかった。壁を作って、自分を守るためだけに必死になっていた。

夏休みが開けても私は時々佐代子さんの家を訪ねるようになった。

「いつでもおいで」と言ってくれたこともあるけど、アキや佐代子さんと一緒に居るととても暖かい気持ちになれるから。

でも、私はあの悪夢を見てしまった。

夢を、見てしまった...





桜風
05.10.1



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