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待ち合わせの公園のベンチに座って先ほど書店で購入したいつも買っている雑誌をめくる。
そこには、私の憧れの人がステキな服を着てカッコ良く写っている。
『彰』という名前でモデルをしている、高橋彰子(たかはしあきらこ)さん。
私の憧れの人だ。
「アキラ姉さん、かっこいいなぁ〜...」
「和(かず)はいつもそうだね」
穏やかな声とともに、雑誌に影が落ちる。
「彩(あや)。早いじゃない」
「僕よりもっと早く来てしまう子との待ち合わせだからね。あまり待たせたくなくて早めに出てきたんだけど、結局待たせちゃったみたい」
「そうでもないよ。今来たところだもん」
そう言って私はその雑誌をトートバッグにしまい、立ち上がる。
「さて、どうする?今日は敦也も一緒...?」
「うん、今日は優(まさる)の誕生日プレゼントを買いに行くから、ついでに。3人で買えばそれなりのものを買ってあげれるしね」
秋野の子供はたくさん居る。
全部で7人。
優は2番目で長男。ついでに、彩のお兄さんの臣(おみ)くんがボディーガードについている。あんまり好かれてないけど...
でも、優には秋野の血は流れていない。でも、秋野の長男だ。
それは誰も否定しない。勿論、秋野の兄弟の誰も。
『秋野』というところは凄く不思議なところだ。
私は幼い頃、自分ひとりでは抱えきれない問題を、運命を背負ってしまった。
私は世に言う『ファイヤースターター』だ。
つまりは、自分で炎を出してそれを操る、そんな感じ。
ファンタジーの世界にしか存在しない生き物だと思っていたら、自分がそうなってしまったから途方に暮れた。
私の家は、実は教会だ。
私自身が洗礼を受けているわけではないからそんなに気にすることでもないかも知れないけど、それでも、そんな『異端』になってしまった自分が親に受け入れてもらえるかとても、不安でならなかった。
教会でなくても、普通ではない、つまり『異常』になってしまった者を受け入れるのは容易でない。
子供ながらにそう悟っていた。
そして、ときどき、おじいちゃんのところに遊びに来ていた彩たちにこのことを話したのだ。
彩たちのおじいちゃんの家はお寺だ。
で、彩たちは、神社。
何だか複雑な家のようだが、でも、キリスト様よりも神様や仏様にお願いした方が通じるんじゃないかって罰当たりなことを思った。
彩たちはさほど驚かず、泣きながら訴える私の話に耳を傾けていた。
「じゃあさ、取り敢えず。ウチにおいでよ。父さんに聞いてみよう」
彩がそう言い、臣くんも
「大丈夫だから」
と笑って見せてくれた。
それがとても暖かくて、また泣いてしまった。
彩たちの家が神社なのは知っていたけど、アレほど大きな神社とは思わなかった...
そこに行って神主のお父さんに会った。
とても穏やかそうで、人もよさそうだった。
実際人がいいらしい。
ただ、神事に関してだけは厳しく、今、鍛えられている彩は凄く大変そうだ。
しかし、私が行った時おじさんは丁度お守りを作っている最中だった。
それを見させてもらったけど、心が洗われるようで、初めて聞く祝詞は何を言ってるのか分からなかったけどそれでも、心が落ち着いた。
臣くんが事情を話すと
「じゃあ、そうだね。和くんも『GIFT』に行ってみるかい?たしか、次は丁度来週の日曜だ」
そうおじさんに誘われた。
おじさんは誰でも彼でも『くん』付けらしい。
最初は『男の子じゃないよ』って言ったけどそういうコトなら仕方が無い。
翌週の日曜。
私は彩と臣くんと一緒におじさんに連れられて『GIFT』に行った。
たくさんの人の中で私は怯えていた。
自分の奇妙な力は気持ちが高ぶると出てきてしまうのだ。
だから、こんな大勢の中に居たら力が出てしまう。
そう思って怯えていたのにそんな感じが全然ない。
「大丈夫よ。ここではリラックスできるの」
突然そう声を掛けてきたのが、臣くんと同じ年のアキラ姉さん。
「アキラ。来てくれたのか」
「まあ、ね。久しぶりに来てみようかなって。彩も、久しぶりね。で?この子は?」
「ああ、僕のおじいちゃんちの近くの教会の子で、僕と同じ年だよ。名前は松崎和。炎が出ちゃうんだって」
「ああ、ファイヤースターターってやつ?黙ってれば気づかれない私たちとは違うタイプなんだ...辛かったね」
そういって頭を撫でてくれた。
ついでに、
「あっちゃん!新しい友達だよ」
そういって、最愛の(?)弟を紹介してくれた。
「何、姉さん?」
「この子。彩たちが連れてきたのよ。和ちゃんだって。あっちゃんたちと同じ年」
「高橋敦也です。よろしく」
そう言った敦也は実年齢よりも大人びて見えた。
敦也は兎も角。
私はすぐにアキラ姉さんになついた。
とても自信満々でかっこいい。
3歳しか違わないのに、とても憧れた。
思わず
「高橋敦也!アンタは私のライバルだ!!」
ライバル宣言をしてしまうくらいに。
あまりにもアキラ姉さんが『あっちゃん、あっちゃん』っていうから勢い余ってしまったのだ。
今でもこのことは敦也にからかわれる。
「後にも先にも、姉さんを巡って女の子にライバル宣言されたのはあのときだけだな」
って、いつも笑い話。
その場に居合わせた臣くんと彩は苦笑して、他の人たちは詳しいことを聞きたがる。
それから、私は『GIFT』がある度に招かれるようになった。
合宿の話が出ていたようだけど、私には誰も声を掛けてこなかった。
それもそのはず。
合宿に参加したら、それはもう『秋野』を意味するから。
でも、ある日事件が起こった。
学校の帰りに私は人攫いってヤツに遭ってしまったのだ。
私の力は彩のお父さんのくれたお守りで抑えられていた。
だから、何の抵抗も出来ずに掴まった。
丁度、彩たちが遊びに来ていたから、お母さんは彩たちと遊んでいるんだと思っていたらしいけど、夜になっても帰ってこない私を心配してお母さんが彩のおじいさんに連絡をして私の行方不明が発覚したらしい。
私の力は彩のお父さんのお守りで抑えられていた。でも、それを上回る力が私の中に潜んでいたらしい。
極度の恐怖から、私は炎を奔らせてしまった。
そして、私は自分の炎で人を殺してしまう寸前だった。
その時、奇跡が起こった。
彩と、臣くんが助けに来てくれたのだ。
彩の式神が私の居場所を探り当て、そして、臣くんを慕う精霊たちが水を創り出し、炎を止めた。
臣くんの力は『テンプテーション』という名前をつけられたらしい。
人以外のものに極度に好かれる。
臣くんが意識しないのにそれらは競って臣くんに気に入られようとするらしい。
それは勿論良いもの、悪いもの問わずに、だ。
私はそういうのが見えないけど臣くんが言うには『悪魔』にも好かれているそうだ。
そんなの存在しないって思っていたけど、でも、今なら居るかもって思ってしまう。
だって、『臣くん伝説』がその証拠だと思ってしまうから。
そうして、私が状況を把握できずに呆けていたら、敦也がやってきた。
「ごめんね、敦也」
「態々悪いな」
「いや、気にしなくていいよ。コイツでいいんだよね?」
そう言って敦也はパンッと手を叩いて大きな音をさせ犯人の目の前に左手を掲げ
「お前は、これから自主をする。この部屋に放火したって。お前が持っているそのライターで火をつけたと。お前は放火犯だ。でも、怖くなって自分で消火した。いいな?お前は火をつけて、消した」
そう言って私たちを外に出し、自分のいつでも外に出れるようにしてまたパンッと手を叩いた。
「冤罪?」
「子供の誘拐犯よりはマシじゃないか?」
「で、和の記憶はどうする?俺なら大丈夫だけど」
3人がそう話している。
今まで『普通』だと思っていた3人が私と同じ『異常』だったことに驚いた。
嬉しかったけど、話の流れから私もさっきの犯人みたいに記憶をいじられるって分かった。
「和、君はどうしたい?俺たちと同じところに来たい?でも、俺たちと同じところはとても大変なんだ。痛いとか苦しいとかたくさんある。君は、どうありたい?その君の持っている力は何に使いたい?」
臣くんに聞かれた。
私と目の前に居る3人の間には見えないけどはっきりとした境界線が引いてあったことを初めて知る。
いや、違う。
以前から何となく肌で感じていた。時々3人が、アキラ姉さんが遠くに感じることがあった。
「私は...」
考えた。
今まで自分のこの異端の力をどうしたいなんて考えたことが無かった。ただ、消えて欲しいと願っただけ。
でも、もしも叶うなら
「私は、誰かの役に立ちたい。こんな壊すことしかない炎だけど」
そう口にした。
彩と敦也は臣くんの言葉を待っていた。
「分かったよ、和。父さんに話してみよう。あと、和。君は誤解しているよ。炎というのは確かに破壊する力だね。でも、人が初めて手にした『安心』もまた炎の生み出したものだ。炎を扱えるなら、『壊す力』と同じだけ、『守る力』があるよ。それはすべて使い方次第だ。だから、和。考えよう。覚えよう。焦らなくてもいい。ゆっくり自分のペースで良いから。ね?一人で背負うのが重くなったら俺たちに言えばいい。いくらでも手を貸すよ。勿論、君の憧れのアキラも、ね?」
「じゃあ、まあ。今日のことは和に関しては保留だね」
そう言って敦也が笑った。
「それはそうと。和は何で遅くなったかいい訳考えないと」
「仕方が無い。うちに居て寝てしまったからっていうのでどうかな?俺たちも寝こけていて、更に父さんは神主としての依頼が入っていたとか...ダメかな?」
臣くんの案に考え込んでいると
「良いじゃないか。それでいこうよ。じゃあ、和くんは私が送り届けて怒られるから、臣くんたちは帰りなさい」
と声を掛けられた。
そこに居たのは彩のお父さんだった。
「ん。分かったよ、父さん。2人とも、帰ろう」
そう言って臣くんたちは帰って行った。
「さあ、和くん。いっしょに怒られようね」
そう言っておじさんは笑った。
「あの、さっき臣くんが...」
「うん、聞いてたよ。そうだね。説明しながら帰ろうか」
帰りながらおじさんは『秋野』について説明してくれた。
臣くんたちのことも。
家に帰ったらお母さんがカンカンだったけど、おじさんを見てあまり怒れなくなったみたいだ。
初めて見たときからそうだけど、おじさんは相手の攻撃性を削ぐ力を持っているみたい。私たちのような異端の力とかじゃなくて、もって生まれた性質って言うか...
全く以って羨ましい限りだ。
その時、ついで、といっては何だけど。
おじさんは上手に『秋野』の組織のことを隠しながら私を合宿に参加させてあげてはどうかとお母さんに交渉してくれた。
これにもお母さんは大きく反対することはなく、ただ私を心配する感じでちょっと渋ったけど承諾してくれた。
おじさんと別れ際に
「いつかは、自分で自分のことをお母さんにちゃんと言いなさい」
と小声で言われて私も頷いた。
いつかは言わないといけないことだ。
初めて参加した合宿というやつは全然普通のキャンプだった。
すでに、彩たちはそれに参加しなくなっていると聞いたけど、私が初参加だからか、久しぶりにそのキャンプに参加してきた。
でも、私は臣くんと一緒で彩や敦也、アキラ姉さんとは違うグループだった。
このグループ分けは異端の能力の系統によって分けられるって臣くんが説明してくれた。
臣くんの能力と私の能力が似てるってコトは無いと思うけど、正直、『臣くん』と一緒ってのが嬉しかった。
彩や、敦也も私の気持ちに気づいていたからか、ちょっとからかうような視線を投げてきていた。
気づいてないのは当の本人、臣くんだけ。
人以外にモテるって自覚があるから、余計その逆、人に好かれるっていうのが中々想像できないんだろうって思う。
秋野の合宿に参加していって段々上級者に近づいていった。
もっと皆に追いつきたかったから頑張ったんだ。
そして、高校に上がって初めて仕事が来た。
とても怖かった。
私の力は『秋野』の仕事向きではない。
だから、私は自分の体術だけでこなさないといけない。
それが酷く怖かった。
私の初仕事は何も出来ずに終わった。
敦也はあの力で引っ張りだこだし、彩は情報収集に長けている。
ホントに壊すことしか出来ないみたいだ、私。
「和?久しぶりだな。彩と敦也は?」
落ち込んでいると臣くんにばったりと出会った。
「あ。臣くん。敦也は仕事。彩は」
「ああ、そうか。高橋さんに呼び出されてたか。学校優先が原則なのにな」
「でも、二の姫たちのことらしいですよ?」
「...そうか。じゃあ、優の方も気をつけてやらないとな」
そういって目つきを鋭くする。
「ねえ、臣くん」
「ん?何か悩み事?じゃあ、場所を変えようか」
そう言って『秋野』関係者の喫茶店へと向かう。
こういうところたくさん持ってるんだよね...
「で?どうかした??」
「臣くんは初めての仕事のとき、どうだった?」
「ああ、そうか。この間初めてだったな。うん、ダメダメだった。だから、必ず初めての人が入るときはフォローで出来るような組み合わせを考えてるんだ。和の仕事のときも何の問題も無かっただろ?」
言われてみれば。
私は全然動けてなかったのに周りの人の動きで全部丸く収まった感じがある。
でも。
「役に立たないのに入ってる意味があるのかな?」
「すべての出来事には必ず意味がある。それが何か分かればいいんだけど、分からないことが多いよな...」
「意味?」
「そ」
臣くんがコーヒーを一口飲む。
「彩と臣くんが兄弟なのも?」
「そう。俺と彩が兄弟なのも」
「私と、臣くんが出会ったことも?」
「うん。俺と和が出会ったことも。全部意味があるはずなんだ。俺が、彩が、和が奇妙な力を持って生まれたのも。でも、死ぬまでにその意味が分かる人なんてほんの一握りだろうな」
そう言った臣くんに何だか切なさを感じた。
「ねえ、臣くん」
「ん?どうした?」
「私ね、臣くんが好きだよ」
思わず口に出していた。
「うん。俺も、和が好きだよ」
「違うの。きっと臣くんの言う『好き』と私の『好き』は違うと思う」
「...じゃあ、違う、な。和には俺じゃないよ、きっと」
臣くんがそう言った。
「ごめんな」と言いながら臣くんが私の髪を撫でた。すると空気が張り詰めた感じがした。
「やめろ」
低く冷たい声が臣くんの口から漏れた。
「臣、くん?」
「和に手を出すな。命令だ」
視線は私の後ろ。
つまり、たぶん。
臣くんに好意を寄せている何かが、私に危害を加えようとしていたということだと思う。
「家族や仲間になら、もう手を出さなくなったんだけどな。それ以外の感情が俺に向けられると、どうもまだダメらしいんだ」
困ったように臣くんが笑った。
「だから、ダメなの?」
私の気持ちが届かないこと。その理由が臣くんの異端の力なのか。
「違うよ。俺にとっては和はそんなんじゃないし。なんて言ったらいいのかな。和じゃないんだよ、きっと」
そう言ってまた困ったように笑った。
臣くんの言いたいことは何となく分かった。
私は一生懸命笑った。
臣くんをこれ以上困らせたくなくて。
歪んでいるのは分かってる。
それでも笑ってみせた。
「ありがとう、和」
臣くんにそう言われて、私は席を立った。
走って走って、いつ家に帰ったのか分からないくらい一生懸命走った。
一晩中泣いた後の目は腫れて、とても人には見せられないような顔だった。
でも、厳しいお母さんの許しは降りずに、学校へ行くこととなった。
クラスが一緒だった彩と敦也は私の顔を見て、驚いたまま中々空いた口が塞がらなかった。
「良くそれで電車に乗ってこれたな」
と変な方向で感心する敦也。
「昨日、何かあったの?兄さんの様子も少し変だったけど...」
と相変わらず勘の良い彩。
私はどう答えて良いか分からず、ただ笑顔を作って見せた。
昨日、臣くんに見せたあの作り物の笑顔を。
そのときの私は自分に手一杯で彩の顔を見ていなかった。
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