GIFT〜神様からの贈り物〜
――― 親鍵(前編) ―――
| 俺の母は日本、いや世界的に有名な企業を束ねている『秋野』の家のほうで働いている。 小さい頃、親父が死んで、女手ひとつで育ててくれた。 『秋野』と言うところは、何とも奇妙なところで、色々と独自の体制を作り上げている。 そこで働く人の子供の進学のために無利子で金を貸したり(奨学金みたいなものか?)、働いている人間のために敷地内に寮があったり。 それだけで何か事業になりそうなものを、事業としてではなく、ただ、身内のために開放している。 母から話を聞いたとき、俺は「なんだそりゃ?」と呟いた。 けど、その「なんだそりゃ?」に母子共々お世話になるとは思わなかった。 高校1年の終わり。 俺は友人に奇妙な違和感を感じた。それが何か具体的に浮かばない。けど、何か引っかかる。ちょっと弄れば何か変わるような感覚があった。 それが、最初だった。 カチャン、と何かの符号が合ったような、鍵が開いたようなそんな手応えがあった。 そして、そいつは3日後に建築中のビルの屋上から飛び降りた。 それまでの3日間。アイツは何かに追われるような、ただただ、怯えているように周囲に反応していた。 そして、俺は直感でそれが俺のせいだと感じた。 俺は、友人を殺した。 どうやって?―――分からない。 ただ、あの時俺は開けてはならない、アイツの持っていたパンドラの箱のようなものを無理やりこじ開けてしまったのかもしれない。 アイツの死から俺は学校を休んだ。 友人が死んだからそれで塞ぎ込んでいると周囲は誤解していた。 でも、それで丁度いい。無理に学校へ行かされずに済む。 俺は、人が怖くなっていた。 母親ってのは大したもので、そんな俺の変化に気がついた。 「俊夫、学校行きなさい」 「行きたくない...」 「じゃあ、辞める?」 それに対して俺は左右に首を振る。 「どうしたいの?」 「分からない」 「じゃあ、お母さんといらっしゃい」 こうして母は、嫌がる俺を無理やり秋野に連れてきた。 「お前か。篠崎さんの息子の、えーと、俊夫」 適当に部屋に放り込まれた俺はそこから動くことなく、ただその部屋で外を眺めていた。 声を掛けられて目線だけ遣るとその人は、何故か楽しそうに笑った。 「お前の目って昔の俺と似てるな。人が面倒くさいか?」 「アンタに俺のことわかんないよ」 「そりゃそうだ。俺はお前じゃないもん」 そう言ってカラカラと笑う。本当に楽しそうに。 「アンタ、誰?」 「高橋俊也。名前、お前と似てるだろ?」 「名前だけだろ」 「まあ、な。篠崎さん、心配してんぞ」 そう言いながら部屋の窓を開ける。 風が入ってくると部屋の中にこの時期特有の葉の匂いが広がった。 「おー、雨降りそうだな」 高橋って言うヤツは窓の外を見上げてそういった。 「快晴じゃん」 「ん?いや、ホラ。あっちの空。重いだろ?風も少し、いつも以上に湿気を含んでるし、通り雨が来るぞ。傘持ってきてるか?篠崎さん、徒歩通勤だろ?たぶん帰るときに降るからな」 頭オカシイんじゃないのか? 高橋さんの第一印象はそれだった。 母さんが帰るというから俺も帰ることにした。 そして、広すぎる玄関で雨音が聞こえ始める。 驚いて玄関を開けるとバケツをひっくり返したような雨が降っていた。 目の前の光景に驚いて声が出ない。 「あーあ」という呆れた声がすぐ後ろからした。 「な?言ったろ?でも、まあ。傘があっても濡れるな、これは。正治。俺、この2人送ってくわ」 「すぐ戻れよ」 高橋さんと一緒に居た加賀さんが溜息混じりにそう言う。 「いえ!大丈夫ですよ。雨が止むの待ちます」 「いいって。7時までに戻れば誰にも文句言われないし。篠崎さんは、ほら。そこにでっかい荷物があるんだからさ」 「俺のことかよ」 「母親に腕を引かれてやっと家を出れるようになったヤツは、荷物だ。違うか?」 凄くバカにされた気がして、カッとなった俺は高橋さんに殴りかかった。けど、俺の力は上手く受け流されてそのまま地面に激突した。それを何回か繰り返すうちに俺の体力はなくなり、息も上がる。 一方高橋さんはひとつも息が乱れることなく全て受け流した。 そのまま、俺は本当に荷物のように車に載せられて家に帰った。 「おい、トシ。また相手してやるよ。とりあえず、体力作って来い」 車を降りるとき、余裕綽々な笑みを浮かべた高橋さんにそう言われた。 今思えば高橋さんは俺に居場所を作ってくれたんじゃないかって思う。 そう言われたら、秋野にも行きやすい。 それから、俺は毎日ジョギングをして体力を作るように心掛けた。 学校はやっぱり少し怖いけど、でも、また母が秋野に連れて行くと言い出したのでそれを回避すべく行くようになった。 このまま学校も行かずに秋野に顔を出していて、高橋さんにお荷物扱いをされるなんてイヤだったから。 何度目かの敗戦のあと、俺は聞いてみた。 「なあ、アンタって、可能性持ってないの?」 大抵の人には友人に感じたものに似た引っ掛かりを覚えるのに、高橋さんにはそれを感じない。 「は?失礼なヤツだ。無限の可能性を持っているに決まっているだろう」 「ウソくせ」 笑う高橋さんを直視できずに俯いた。 「...どうか、したのか?」 だだっ広い庭にある、立派な庭石に腰を掛けて高橋さんが聞いてくる。 凄く、優しい目をする人だ。 「俺さ、友達、殺したんだ」 高橋さんは「うん」と相槌を打つ。否定するでもなく、肯定するでもなく。ただ、俺の話をそのまま受け止めてくれる。 「何か、アイツに引っ掛かりを覚えてさ。それをどうかしてしまったらしいんだ、俺が。何をどういう風にやったかはわかんない。けど、俺がやったんだと思う」 「そうか」 そう言って頭をくしゃりと撫でられた。 気が付くと頬が生暖かい。 触れるとそこには液体があり、俺の涙だと気がついたときには恥かしくて仕方なかった。 「泣けるうちに泣いとけ。大人になると泣くというコトを恥かしいものだと錯覚してしまう。泣けなくなる。だから、涙を流せるうちに流しとけ」 そう言って俺の頭にタオルを掛けてくれた。 「汗くせぇ」 「ばーか。汗と涙の成分は同じなんだぞ」 優しい声でそう言って俺の肩をぽんぽんと叩いて「今日はもうおしまいにしような」と言った。 そして、高橋さんの気配が遠ざかっていく。 そのまま俺は寝転んだ。さらりとした風が気持ちいい。 いつの間にか季節は秋になっていた。 あれから週一で秋野に行くようになった。 秋野は不思議ワールドだった。 高橋さんとよく一緒に居る土井さんは既に子持ち。俺と年は殆ど変わらないと言うのに。しかも大学生。 加賀さんは医者で代々秋野の医者をしているらしい。 この2人も箆棒に強いし、賢い。 テスト勉強をしていると見てくれる。加賀さんはふらりと寄ってきて間違いを指摘して去っていく。土井さんは出来ない俺を小馬鹿にするというオプション付き。高橋さんは腰を落ち着けて参考書に目を通して教えてくれる。 あの、軽そうに見える土井さんだって凄く偏差値が高い大学に推薦で進学できたらしい。俺の志望校だから驚きだったけど、「合格できたけど、推薦って拘束されそうだからやめた」って軽く言われたときには何だか良く分からないけどぶん殴ってやりたい気にもなった。 どうせ空振りで終わるけど。 「トシ、遊べるときに遊んどけ。大人になると拘束されることが増える。遊べなくなる。だから、楽しめるときに楽しんでおけ」 真剣な眼差しで土井さんに言われた。似たようなことを高橋さんに言われたけど、その言葉から受ける印象と内容が全然違う。 何せ、土井さんはまだまだ遊び足りないうちに子供が出来てしまって結婚することになったらしいから。 「自業自得だ」 と、せせら笑いながらいう加賀さんは、正論を述べているはずなのに、後ろに黒いオーラのようなものが見える。 「いいじゃないか、かわいい男の子だろ?『響(ひびき)』って名前、いいじゃないか」 高橋さんもからかうようにそう言う。 「ヒトゴトだと思って...」 ブツブツ文句を垂れる土井さんに 「間違いなくヒトゴトだよ」 と2人が笑う。 最初、この3人は仲があまり良くなかったらしい。 職業はボディガードで、高橋さんは途中からチームに加わった。 だから、信用されるまでちょっと時間がかかったし、中々心を開いてくれなかった、と高橋さんは2人の前で時々言う。 言われた2人はあっけらかんと 「だって、仕方ないだろ。お前胡散臭かったんだから!」 と言い放つ。 時々、高橋さんは少しだけ俺の奇妙な力について話すときがある。 それはホントに少しの時間で、必ず俺に疑問を投げて終わる。 きっと、それが俺への宿題。逃げるなと言うメッセージ。 ちょっと前までは考えられない。俺は自分の奇妙な力と共存しようと考えれるようになった。否定ではなく、共存。 何だか、出来そうな気がしていた。 2年の学年末試験。俺は全教科でトップに輝いた。 加賀さんと土井さんはそれぞれ 「俺が見てやったんだ、当然の結果だな」 と言う。 けど、高橋さんは「よくやったな。篠崎さん、喜んでたぞ」と言って笑ってくれた。 そして、ご褒美をやろうと言って買い物に付き合ってくれるそうだ。 好きなモノをひとつ買ってやる、と。 父が早くに亡くなってるから、男同士で出かけた記憶がない。 何だか嬉しい。 けど、コレを高橋さんに言うときっと嫌がられる。「俺はお前とそんなに年は違わない」って。 約束の日は高橋さんが家まで迎えに来てくれた。 「で、何がほしいか決まったか?」 「んー、ベンチプレスとか言ったら怒られる?」 「あのアパートに入るわけないだろ...」 「や。じゃなくて、秋野に置いてよ」 俺のお願いに大仰に溜息を吐いた高橋さんは黙ったまま車を走らせた。 さすがに無茶を言ってしまったかと心配したけど、それ以外思いつかない。ジョギングだけでは体を鍛える箇所が決まってしまう。もっと別のところを鍛えて、リベンジを仕掛けたい。 駐車場に車を止めた。 高橋さんが車から中々降りないからどうしたのかなと外から車の中を覗き込むと電話をしている。 仕事でも入ったかな? 少しして高橋さんが車から降りてきた。 「仕事、スか?」 「いや。ヒロに聞いてみたんだよ。良いってよ」 何が『良い』のか分からない。 「ベンチプレス。秋野はこの先アイツのもんだろ。そうでなくとも、俺が勝手に持ち込めるわけないだろ。お前もう少し考えてものを言え」 そう言っておでこを小突かれた。 「マジで?!」 「ただし、条件付き。学校はちゃんと行くこと。大学は一発合格。篠崎さんの手伝い、ちゃんとしろよ」 「約束する!」 「じゃあ、お前のこの先の色んなお祝いも前倒しってことで、ベンチプレス買ってやるよ」 そう言うとスタスタと歩き出した。 店に入ってベンチプレスを買ってもらう。 我ながら図々しいほど高額の買い物をしてもらったと思う。 昼飯を食べて、服を買ったりしていると、凄く、引っかかる人に会った。 会った、というか、すれ違った。 「どうした?」 「あ、いや。今の...すげぇ何か引っかかって...」 そういうと高橋さんは俺が見ていた少女を見た。 「青いリボンのあの子か?」 「うん...」 「ちょっとつけるぞ」 そう言って高橋さんはその子の後を追った。 「何か、変スね」 「動きが覚束ないな...」 後ろから見て明らかに蛇行して歩いている。 どこか具合が悪いのかもしれない。 その子はフラフラと屋上へ向かっていた。 そして、彼女は屋上のフェンスをよじ登り、落下して行った。 ハズだった。 間一髪で高橋さんが彼女の腕を掴んでいた。 とりあえずフェンスの内側に運び込み、様子を見る。 「どうしたんですかね?」 彼女を目の前にしてやっぱり違和感がある。例えるなら、隙間風が漏れ出ているような。 それを話すと高橋さんも唸る。 そして、何を思ったのか 「トシ。お前、友達にやった感覚、覚えてるか?」 俺の肩がビクンと揺れる。 忘れるはずがない。あいつを殺したその原因を作った感覚を。 「覚えてるんだな。この子に、それできるか?」 「無理、イヤだ。怖い。何でそんなことを言うんだよ!?」 「大丈夫。この子の場合は、飛び降りたりしない」 「そんなこと!」 カチャン、と音がした。気のせいだ。本当に音はしない。でも、鍵は開いてしまった。 「う、うぁ..」 怖くてその場から逃げようとしたけど、高橋さんに腕を掴まれてそれが出来ない。 必死に高橋さんの腕を叩いたり、蹴ったりしたけど、俺を拘束しているその手は離れなかった。 少しして、女の子が目を覚ます。 「大丈夫ですか?」 優しい声で高橋さんが聞く。 「え、ええ。あれ?私何で此処に?」 「貧血か何かで倒れられたんですよ。覚えてませんか?一応、病院に行かれたほうが良いですよ」 高橋さんの言葉に彼女は曖昧に頷き、帰っていった。 「な、に?」 「あの子、呪いを掛けられてたっぽいな」 「呪い!?」 「それだと意識しなくても世の中にはそういうものがたくさん溢れてるんだと。知り合いの神主さんが言ってた」 「でも、俺...」 「彼女、霊感は強いようだった。それは潜在的に。お前がその潜在能力を開放したんだよ」 「潜在能力?」 「彼女は自殺しない。彼女のそれは守る力のようだから。俺も決して霊感が強いわけじゃないけど、色々見させてもらったからな。何となく、そういうのが漏れてたんだよ。トシの力は人を壊すものじゃない。ただの鍵なんだよ」 「鍵?」 「そう、誰の潜在能力にも合ってしまう、マスターキーだ。仕舞っておかないといけない力。現れるとその人に幸運をもたらす力、色々ある。それら選ぶことなく解放してしまうのがお前の力だ。 お前の友達は、思いがけない自分の力についていけなかったんだと思う。例えば、全然霊感のないやつが、突然そこらにうようよ漂っている霊が見えたら戸惑うし、逃げたくもなるだろう。たぶん、そういう感じだったんだよ。けど、そうだな。制御できるに越したことはないよな。春休み暇か?」 「一応、予定ないっス」 「俺はその頃ちょっと色々忙しいから一緒には無理だけど。紹介してやるよ」 紹介ってなんだろう? ワケのわからないまま春休みを迎えることになった。 |
桜風
07.7.28
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