|
言ったとおり、高橋さんは忙しいらしく、秋野に行くと地図が置いてあった。
「ああ、それ。高橋さんがキミに渡しといてって」
最近秋野に入ってきた俺とそう年も変わらない人が声を掛けてきた。
「どうもっス」
返事をして、地図のとおりに向かう。
そして、
「えー...」
見上げたその先に鳥居が見えた。
階段の傍には『杉浦神社』と書いてある石碑のようなものがある。
氏子さん、大変だろうな...
そう思いながら何段あるか数えるのも飽きてしまいそうな長い階段を上る。
「すみません...」
社務所に声を掛けると女性が出てきた。
「あの、神主さんに会いたいんですけど...」
「あそこの大きな建物。鳥居の正面のほんどぅ、じゃなくて..本殿ね。あそこに神主さん居るから。ごめんなさいね、今日は人手が少ないからご案内できなくて」
「いえ、じゃあ。失礼します」
...本堂って言いかけた?
ちょっと気になりつつも言われたとおりに本殿に行くと中から声が聞こえた。
何だか凄く心地いい。
中に入って邪魔するわけには行かないだろうから、外で待つことにした。
けど、待てど暮らせど終わりそうもない。
結局日がとっぷりと暮れてからその声はやんだ。
「おや?」
本殿から出てきた神主さんが首を傾げる。
「あの、高橋さんに此処に行けと言われて来たんですけど」
春先の今はまだ夜は寒い。声が震える。
「...分かりました。とりあえず、ウチで話を聞きましょう」
そう言って神主さんは草履を履いて社務所に向かった。
社務所は民家と繋がっていた。
「あら?」
招かれるままに家の中に足を踏み入れると、昼間、社務所に居た人が居た。
「高橋さんの紹介で来たらしいよ。私は話を聞いてないんだけど...」
え、高橋さん...?
「あー。それなら。この人がいらっしゃる30分前くらいに慌てて電話が来たわよ。でも、祝詞を挙げられているときに声を掛けると機嫌が悪くなるでしょ?だから、言わなかったの」
「あっはっはー!ごめんねー」といった感じに笑いながら謝られた。
「すまない、こちらの不手際だったようだね」
そう言って神主さんは立ち上がり、「着替えてくるよ」と言って部屋を出て行った。
少しして、浴衣に着替えた神主さんが戻ってきた。
「えー、確か。自己紹介がまだでしたね。私はこの神社の神主の杉浦一臣(かずおみ)です。こちらは妻の彩芽(あやめ)です」
「あ、俺は篠崎俊夫です」
「ああ、お母様が秋野に勤めておいでではありませんか?」
「ええ...ご存知なんですか?」
「よく似ていらっしゃいますね。篠崎さんは有名ですよ。若い子の面倒見が良いから、住み込みで働いている子に『お母さん』と呼ばれたりしているところを見たこともありますよ」
秋野に行ってるとき、母さんと一緒に居ないから知らなかった...
「さて、俊夫君の用事、聞きましょう」
「その前にご飯にしません?俊夫君の話になると私は席を外すでしょう?いつご飯食べれるのかしら?俊夫君、お家の方に連絡入れて。お夕飯ウチで食べちゃいなさい。今夜は鍋よ」
そう言って立ち上がった彩芽さんは台所の方へ向かっていった。
「こうなっては、彩芽は止まりません。申し訳ありませんけど、お付き合い願えますか?もし、篠崎さんに叱られるようなことがありましたら、私が代わりますので電話を貸してくださいね」
何だか、俺だけ置いてけぼりに遭った気分だ。
携帯で電話をすると
「あー。良いわよ。今日は出前頼むつもりだったから。いい子にするのよ」
「俺いくつだよ。分かった、じゃあ」
電話を切ると杉浦さんが声を掛けてきた。
「どうでした?」
「あー、好都合だったようです。すみません、ご馳走になります」
そう言うと杉浦さんはゆったりと微笑み、深く頷いた。
彩芽さんには散々世話を焼かれた。
美味しいところを取ってあげるから器を貸して、とか、お代わりは?とか。
もう腹いっぱいだからって遠慮しても
「そう遠慮しなくて良いのよ。男の子なんだからたくさん食べて大きくならないと」
と言って勧められるもんだから、食べないわけにもいかないし...
食事が終わったときには俺の胃は破裂するのではないかと危惧したほどだ。
彩芽さんが上機嫌で片付けている。手伝わないと、と立とうとしたら杉浦さんが笑いながら「いいですよ。俊夫君もキツイでしょ?」と言って立ち上がり、台所へ向かって行った。
少ししたら、2人が戻ってきて彩芽さんがお盆を持っている。
「お茶にしましょうか?」
え、俺もう無理...
「彩芽さん。そろそろ俊夫君と話がしたいですよ。彼もそのつもりでいらしているのですから。それが終わったらお茶を淹れてくれますか?」
「あ、そうね。忘れてたわー」
はははと楽しそうに彩芽さんは笑った。
俺と杉浦さんは本殿へ向かった。
「高橋さんが私を紹介すると仰ったきっかけをお話願えますか?」
杉浦さんの穏やかな声に導かれて俺は過去を語った。
静かに最後まで聞き終わると、「ありがとう」と杉浦さんが頭を下げた。
「あの...」
「辛い思い出を話してくれてありがとう。高橋さんが私を紹介したという事は、異能の関係だと思いました。その手のものは、正直に話すことをとても躊躇われます。異能、ということは常人に理解できないという事ですからね。あなたは、初対面の私に話してくれました。ありがとう。そして、ひとつ分かったことがありますよ」
「何ですか?」
「あなたは、もう自分と向き合っていますね。この手のものはまず自分で自分を認めないとどうにもできません」
何となく、分かる気がする。
「そして、俊夫君はもう異能を持った自分を認めています。だから、次の段階に進めます」
「次の、段階ですか?」
杉浦さんは笑顔で深く頷く。
「そうです。そうですね...俊夫君の力は、高橋さんが名付けた『マスターキー』と呼ばせてもらいましょう。その方が想像しやすい。そのマスターキーを使うことを条件付けてはいかがでしょう?」
「条件付け、ですか?」
「ええ、条件付けです。そうですね、例えるなら。俊夫君の中にそのマスターキーを仕舞っておく箱があるんです。その箱は呪文がないと開かない」
「開け、ゴマ!みたいな?」
「そうそう。そんな感じ。今の俊夫君は自分の力を垂れ流している状態なんです。だから、その人の引っ掛かりが大きいと、勝手に鍵を開けてしまってるんですよ。そこで、条件付けることで、鍵の使用時を選べる。そうなれば俊夫君にとってトラウマになっているあのようなことは起こさなくて済む」
「なるほど...」
「魔女っ子だって必ず呪文を唱えるでしょ?」
「は?」
「冗談です。しかし、その条件付けですが。俊夫君が普段しないことを条件にしないとうっかり発動してしまうかもしれませんね」
確かに。
下手に条件付けたら逆にそのつもりがなくても発動しかねない。
「そうですね、宿題にしましょうか」
「宿題、ですか?」
「自分を観察してください。自分の行動や発言の傾向。それらを考えながら生活してみましょう。GWに、もし御家族での用事がなかったらまたいらしてください。今度は泊りがけで。そのときに、またお話しましょう」
「でも、その間に力が...」
「ええ、でも大丈夫。さっき私が本殿に居たのはね、これを作るためだったんですよ」
そう言って本殿の奥のご神体の前に置いてある物をとって来た。
「お守り、ですか?」
「そうです。高橋さんに強めのお守りを、と頼まれましたので。あなたのためですね、俊夫君。あなたは幸運です。高橋さんに出会えたのですから」
そう言って俺の手にそれを握らせる。
「これを肌に離さず持っておいてください。俊夫君の力を抑えます。引っ掛かりを覚えることはあると思いますけど、このお守りがあなたの持っているマスターキーを隠してしまいます。でも、一生ただ何かに頼って生きていくだけなんて、許されません。私が言いたいこと、分かりますか?」
「このお守りは、自転車の補助輪みたいなものってことですか?」
「すばらしい。そのとおりです。いつかは離れなくてはね。それまでのお守りです。きっとあなたならすぐに補助輪は取れますよ。受験で忙しいと言うなら、それが終わってからでも遅くありません。優先するものを選んでおいてください」
「両方、てのはダメですか?」
「あなたがそれが可能なら、構いませんよ。さ、戻りましょう。私の宿題、覚えておいてくださいよ」
ひとつ手をパンと叩いてにこりと笑う。
もうこの話はお終いというコトだ。
「さて、彩芽さんにお茶を淹れてもらいましょう。もう、お饅頭食べれるでしょ?」
笑いながら杉浦さんは本殿を出て行った。
俺もそれに続いて出ていたけど、一度振り返ってご神体に一礼をした。
彩芽さんの緑茶攻撃を受けたあと、時間も遅いので家に帰らせてもらった。
「なあ、母さん」
「んー?何よ。あ、杉浦さんのところの奥さん、お料理上手だったでしょ?美味しいって有名よ。量の加減が出来ないらしいけど...」
「飯食ってて死にそうになるのって初めてだよ。それより、ちょっと先の話だけど。GW予定ある?」
「今年は休んでもいいって言われたけど、どうしたの?今年俊夫は受験でしょ?GWまでなら遊んでも大丈夫なのかしら?どこか行きたいところあるの?」
「や。特には。母さんは?」
「温泉にでも行きたいわね。俊夫は学校行事以外で旅行したことないものね」
「うん、そうだな」
「...どうしたの?用事があるなら気を遣わなくていいわよ。温泉なんて俊夫の受験が終わって合格祝いとかで行っても良いんだし」
「杉浦さんが、GWに泊りに来ないかって。家の用事がなければ、だけど」
「行ってきなさいよ。神社だったらついでに修行させてもらって学業成就を祈念してきなさい。母さんは、仕事に出るわ。別の日に代わりのお休みいただくことにするわ」
「ごめん...」
「気にしない!ほら、お風呂に入って!!」
追い立てられて風呂へ向かった。
母さんに何だか申し訳ない気がした。
「じゃあ、行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい」
GWの初日、俺は杉浦神社に向かった。
「いらっしゃい!久しぶりねー」
そう言った彩芽さんは
「何か、太りました?」
ふっくらしていた。
「まあ!女性に対して失礼ね!!でも、あたり。赤ちゃんが出来たのよ」
笑いながら彩芽さんがそう言う。
「え、おめでとうございます!」
「ありがとう」といった彩芽さんは続けて「でも、一度会っただけでなのに、良く分かったわね」と言った。
「そうですね。何か、ちょっと気になったので。あの、杉浦さんは?」
「神主さんは、今祈祷中。荷物を奥に置いてからここで待ってなさい」
初めて見る巫女さんとかもいる。
今日は彩芽さんも手が空いているようで、部屋まで案内してくれたり、家の中のいろいろなことを教えてくれた。
祈祷が済んだのか、杉浦さんが社務所へやってきた。
「やあ、いらっしゃい。宿題、出来たかい?」
「意外と難しいっスね...」
俺の返答に杉浦さんはあの笑顔で頷いた。
2ヶ月弱の日々を思い出す。
自分を観察するという事は、客観的にならないといけない。これって意外と難しいものだ。
「さて、どうでした?篠崎俊夫から見る篠崎俊夫は」
夕飯を食べて(今回は手加減してもらえた)、また本殿へ向かう。
向かい合って座って少しして杉浦さんが言った。
「昼間も言いましたけど、難しいですね」
「ええ、自分を見つめるのは中々難しい。ダメなところもいいところも全て認めなくてはいけないからね」
「はい。それで、えーと。俺、意外と礼儀正しいようです」
「そうですね」
「初対面の人にはビビられるので、たぶん、無愛想です」
「そうかもしれませんね」
「手先が器用で、屁理屈が得意です」
「はい」
「体を鍛えてるとき、楽しいと思います。でも、それは高橋さんが買ってくれたベンチプレスだからか体を動かすことが好きだからかは分かりません」
「そうですか」
「打ち解けた目上の人に対しては『〜スか?』とか言うけど、まだ打ち解けていない人には『〜ですか?』っていい子ぶります」
「なるほど」
「口癖は..見つかりませんでした。気付けなかったです。ただ、時々横柄な態度を取る癖があるようです」
「結構出てきましたね。では、条件付けについては何か考えられましたか?」
「はい。まず、殆どの日常で初対面の人間に横柄な態度を取る事はないと思います。ですから、上から目線での言葉。プラス、自分が何をしたいか、を口にする」
「なるほど。たくさんの条件が付いた方がより強いガードになりますね」
「はい。だから、威圧的な空気を作って『鍵を開ける』と明言をするってのを思ったのですが...」
「もうひとつ、どうですか?『お前の力を解放してやる』とかこの3つが全部揃うことなんて滅多にないと思いますよ」
「たしかに...」
「じゃあ、とりあえず、そういう方向で行きましょう」
「どういう風に?」
「これから、GW中、俊夫君にこの神社を手伝ってもらいます」
「はい」
「買い物を頼むことがあります。そのときはお守りを置いていってください」
ドキリとした。
「自信、ないです」
「しかし、高橋さんの前で力を使ったときは随分我慢できましたよね?何故ですか?さあ、この神社に居る間に考えておいてくださいね。今日は此処までです」
そう言ってまた、手をひとつ叩いた。
翌朝、5時に起きた。
とめどなく浮かんでくる欠伸をかみ殺す。
「おはようございます」
「おはよう。裏の井戸で顔を洗ってらっしゃい。水道水よりも気持ちいいから」
台所に居た彩芽さんに言われて井戸を目指す。
凄く眠たそうな自分の顔が可笑しくて笑った。お陰で目が覚めた。
「やあ、おはよう」
境内の掃除でもしようと箒で掃いていると杉浦さんが階段を上ってきた。
「おはようございます。こんな朝から何処に行ってたんですか?」
「秋野だよ。月1回、必ず結界を張りなおすんですよ。一番いいのが早朝だからね」
「結界?」
「あの建物の中ではどんな力も使えない。俊夫君にとってもあの家の敷地内は心地よかっただろう?」
確かに、誰かに引っ掛かりを覚えることは一度もなかった。
「でも、高橋さんは外に居ても引っ掛かりを覚えなかったし...」
「俊夫君。これは、私の推測だけど。今の君の力は、綻びを感じなかったら鍵を開けれないんですよ。この間も言ったけど、君の力はそれを感じ取って開ける。でも、制御できるようになったら、綻びがなくてもそれをこじ開けることが出来るし、それが何か開ける前から何となく分類が出来るようになると思う。
だから、俊夫君には泊りで来てもらったんだ。心が脆いとその力の魔力に惹かれてしまうかもしれない。力を悪用してしまうかもしれない...」
「修行もするって事ですよね」
「そうです。まあ、初歩の掃除は自主的にしてもらえてるから、今は指示を出しませんけど。しかし、本当にお母様の躾が行き届いているね。自主的に掃除をしてくれるとは思いませんでしたよ」
母さんのことを褒められたんだけど、何だか反発心も芽生えた。変なの...
朝食が終わるころには、巫女さんや禰宜さんが揃っていた。
「と、言うわけで、今日からちょっとの間だけど、一緒に修行してもらうからね」
改めて神社の人たちに紹介された。
皆口々に「がんばってね」と言ってくれる。
杉浦さんが去って行った後、禰宜さんや巫女さんに囲まれた。
「俊夫君ってさ、神主さんの知り合いなの?」
「ええ、まあ...紹介されて来たんですけど」
「君もか」
「俺もってどういうコトですか?」
「時々来るのよ、神主さんの知り合いの紹介でここに。数日修行して帰って行って。殆どの人はもう2度とこの神社に来ないけど、希に挨拶に来たりする人が居てね。俊夫君はどっちになるかな?」
巫女さんの1人が楽しそうにそう言う。それを受けて若い禰宜さんが腕組みをしながら感慨深そうに、
「もう来ないヤツってのは、神主さんの修行が厳しくてそれがトラウマになったんだって勝手に噂してるんだが、半分以上は真実だと思うな」
と納得している。
「そんなに、厳しいんですか?」
「神主さんは笑顔で人使いが非常に荒い人だから。ま、頑張って」
ポン、と肩を叩いて皆はそれそれの仕事に向かった。
まあ、杉浦さんが『イイ性格』してるのは何となく予想できてたから驚かないけど、何となく憂鬱になる一言を貰った気がした。
朝の続きで境内を掃いていると杉浦さんが傍に来た。
「昨日の続きです。買い物に、行ってもらいますよ」
来た。
緊張して手が冷えてくる。
目の前に杉浦さんが手を出すからポケットに入れていたお守りを渡す。
「では、買い物してもらいたいものはここに書いてあります。あ、この紙は軽く結界を施してますから、俊夫君の力も多少は抑えられますよ」
「ありがとうございます」
「神主さん、篠崎君はー。あ、居た!」
社務所から1人の巫女さんが出てきた。
「彼女は、自身の周りに結界を施しています。つまり、俊夫君に二重の結界が張られているというコトです」
「良いんですか?」
「補助輪を外したばかりの子に、いきなり1人で自転車には乗せないでしょう?最初は支えて感じを掴ませて手を離すものですよ」
「ありがとうございます」
「何コソコソ話してるんですか?」
巫女さんが傍までやって来て覗き込む。
「いいえ。では、お願いしますね」
そう言って篠崎さんは去っていった。
あの長い階段を下りていく。
杉浦神社はいつも結界が張られているらしい。それは階段の下まで。
「今日の買い物、何?」
「えーと...」
言われてポケットに入れていた紙を取り出す。
「どれどれ?」
俺の手にあるそれを受け取ろうとした彼女に俺は思わず手を引いた。
「あ、すみません。俺が持ってていいですか?」
「...構わないけど」
少し不審そうに俺を見た彼女はそう言ってスーパーを目指した。
「これ、何に要るんですか?」
「お昼ご飯でしょ?えーと、ナルトナルトー」
スーパーに着いてカートを押しながらグルグルと回る。
時々引っかかりを覚えるけど二重の結界のお陰かそんなに気にならない。
「あとは野菜かー」
「あ、俺取って来ますからレジで並んでてください」
「おっけー。手際いいね」
「意外と親孝行やってるんで」
そう言ってさっき見た野菜コーナーへ向かった。
何だか彼女と居たときよりも引っかかりを感じる。
でも、たぶん大丈夫。そう、大丈夫なはずだ...一応、俺にだって杉浦さんが持たせてくれた結界があるんだ。
神社の生活はそんな感じで、一日ごとに結界の力の弱い人と一緒に買い物に行くようになっていた。
最後の日には俺1人で。
夕飯を食べ終わって久しぶりに本殿へ向かう。
「さて。宿題、出来ましたか?」
「いえ、正直分かりません」
「では、種明かしをしましょう。初日の買い物のとき、私は言いましたね?買い物をしてもらうメモに、結界を張っている、と」
「はい」
「アレ、ウソです」
「は!?」
「ついでにいうと、あの巫女さん。結界張れません。彼女はアルバイトだし」
「え...」
そんな全くない力を俺は信じ込んで安心してたのか?
「さて、問題です。では、俊夫君。あなたはここで生活しているとき、誰かの鍵を開けましたか?」
「いえ。開けてません」
「そう。俊夫君はマスターキーという力を抑えれたんです。あなた自身の力で。途中、何度か引っ掛かりを覚えたと思います。そのときはどうしましたか?」
「そのー。結界を持たせてもらったんだから大丈夫、気のせいだとか、そんな感じで気にしないようにしてました」
「そうですか。良かったです。正直、賭けだったんですよ。これで、俊夫君が鍵を開けてみようとしたらそれは開いてしまうはずでしたからね。さて、これで何となく形が見えてきましたね」
「形、ですか」
「そうです。俊夫君のマスターキーが人の鍵を開けるときは、それに気を向けておかないといけないようですね。つまり、引っ掛かりを覚える、気になる、その俊夫君の考えがあなたの持っているマスターキーをその人の鍵穴にさす行為に当たるんでしょうね。あとは、そのまま気を向け続けることで鍵を回してしまう」
「つまり、引っ掛かりを覚えた時点でその思考を止められれば大丈夫というコトですか?」
「恐らくね。やってみないと分からないし、それは危険なことですよね。でも、俊夫君は自分の意思でそれを止められた実績が出来ました。これは、自信に繋がるはずです」
「はい」
「では、とりあえず。今回の段階は終了ですね。一応、力を抑えれるようになったので、今年は受験に集中してください。大学生になったら、またお話しましょう。その頃には、きっとあなたの力も落ち着いているはずです」
そして、杉浦さんはパン、とひとつ手を叩いて立ち上がる。
「あの、大学受験前でも遊びに来てもいいですか?」
「勿論です。冬には子供が生まれますからね。見に来てください。受験で一番忙しい時期でしょうけど」
杉浦さんはゆったりと微笑み、深く頷く。
何だかスッキリした気分で杉浦神社を後にした。
家に帰ると母さんが驚いた。
「あら?」
「何?」
「そっか。杉浦神社で修行できて良かったわね」
ふふふと笑いながら台所に立つ。
「何だよ」
「俊夫、顔がずいぶん変わったわ。いい顔になったわよ。コーヒー、飲むでしょ?」
「ああ、ありがとう」
毎日鏡を見ていた自分では気付かない変化が何かがあったようだ。
秋野に行っても色んな人に大きくなったと言われた。
その年は、自分の力が抑えられると言う自信のお陰で受験に集中できた。
時々、勉強の息抜きに杉浦神社へ遊びに行っていた。
杉浦さんの子供が生まれたときも、顔を見に行った。
『臣(おみ)』と名付けられたその子供は小さいくせに生命力に満ち溢れている。
「俊夫君もこうだったのよー」
彩芽さんに言われた。
「俺が生まれたときを知ってるんですか?」
「ううん、知らない。でもね、子供は皆生きるために生まれてくるの」
そう言って微笑む彩芽さんは母親の顔をしていた。何だか感慨深い。
|