GIFT〜神様からの贈り物〜
――― 親鍵(後編) ―――





ある日、秋野の家の中を歩いているとウロウロと道がわからなさそうに歩いている子がいた。

ある種不審人物だが、この家に本当の不審人物は入って来れない。

面白いから声を掛けてみた。

彼女の名前は『能瀬佐代子』というらしい。

坊ちゃんに拾われてきたってことは俺と『同じ』なんだろう。

それを言うと烈火のごとく怒った。図星だったようだ。

高橋さんが彼女を回収に来た。きっとまたあの執事長というか、そんな爺さんが偉そうにするんだろう。ま、加賀さんと土井さんも居るから秋野においてもらえるだろうけどな...

その出会いから佐代子とは縁があった。

時々坊ちゃんと一緒に出かけていた佐代子は襲撃に巻き込まれた。

そのとき、高橋さんが負傷したと聞いて俺は車で迎えに出た。

「E−1へ行ってくれ」

そう言われて都内のオフィス街の一画へ向かう。

車を停めて、ビルの一室を目指した。そこは、誰だったか覚えてないけど、会社のオフィスで、奥には秋野関係の資料室という名の隠し部屋がある。

佐代子は過去を視る能力を持っているらしい。それで、襲撃してきたヤツの過去を視てしまったと言う。その過去の一場面に居た人物がこの資料の中に居ないかというコトらしい。

けど、佐代子が言ったのは、秋野の取引先で、しかも秋野無くしては会社が成り立っていないところの社長だった。

誰かに唆されたにせよ、秋野は一度自分に刃を向けた者を許すところとは思えない。

何度か秋野で高橋さんたちの仕事の顔を見てきたから何となく予想はつく。

とりあえず、佐代子がどのくらいの過去まで視れるかを確認するために、俺たちの過去を視てみることにした。

人に自分の過去を視られるというのは、正直気持ち悪い。けど、佐代子は高橋さんの役に立つ能力を持っている。それが俺には羨ましい。俺のはそんなんじゃないから。


場所を変えると言うから、高橋さんに言われるままに運転していくと、山奥に着き、これ以上は車ではいけないところまでやってきた。

坂の上には軍事施設のような無機質な建物が小さく見える。そこに用事があるらしく、高橋さんはスタスタと坂を登りはじめた。

坂を登り終わった時には俺も佐代子も息が乱れていたのに、高橋さんはケロリとしている。

相変わらず恐ろしいくらいの体力の持ち主だ。

その施設に入ると俺たちと同世代って感じの人たちもいた。佐代子が此処のことを聞いてきたけど、俺だって初めてくるんだ。全く想像すらつかない。何だ、此処?

そこの責任者らしき人と高橋さんが話しをするために奥の部屋へ入っていった。

残された俺たちはその場に居た数人に囲まれた。

中でも敵意むき出しのヤツが佐代子に絡む。

俺はそいつの前に立った。引っ掛かりを覚える。こいつ、今持ってるのは外向きの力。そして、綻びているのは内向きの力。

初めて、自分の意思で人の鍵を開けた。そいつの内向きの力ってのは自分に結界のようなものを張る力で、それは何も通さない。自分の力を外に出せずに、それが自分に返ってくる。

よっぽどえげつない能力を持っていたんだろうな。そいつは恐慌状態に陥った。

ちょっと怯えた目で佐代子が俺を見た。

まあ、仕方ないか...

高橋さんに軽く呆れながらも窘められたあと、此処での用事は済んだから帰ることになった。

「またおいで!」と声を掛けられ、振り返ると、ビックリした顔の佐代子と目が合った。此処で笑ったら絶対に怒られるから我慢しつつ、あの地獄のような坂を下った。


「俊夫、明日暇か?」

「特に用事はないですけど」

「手伝うか?正直、危険だが」

「やらせてもらえるなら」

高橋さんがそんなことを言ってくれるなんて思っていなかった。認められた感じがして、ちょっとだけ嬉しくなる。

「私もやらせてください!」

佐代子が後部座席から顔を出す。

「お前ら、スーツは?」

「まだ、来てないですね」

入学式に間にあうようにはなってるけど、残念ながらあと少しかかるはずだ。

「え、オーダーメイド?!」

佐代子が声を上げる。

「知り合いの神主さんが、大学の合格祝いだって。別にいいって言ったのに」

「へー。大学に上がるんだ?賢そうに見えないよ」

真顔で失礼なことを言うやつだ...

「土井さんだって大学生だ」

「...言われてみれば、納得。私は高校中退だよー」

嘆くように言う佐代子に、高橋さんが声を掛ける。

「定時制とか通信制とかあるだろ。やりたきゃやらせてもらえるぞ。言えよ。それはともかく。スーツがないのか...じゃあ、買いに行こう」

高橋さんのナビどおりに車を走らせ、そのままブランド立ち並ぶ区画へ向かっていた。



ある店の前で足が止まる。見上げるとそこは高級ブランドの名前があった。

「あの...」

「何だ?」

「このブランド、俺でも知ってますよ」

「まあ、世界的に有名だからな」

そう一言言って高橋さんは店内に足を踏み入れる。

俺と佐代子はおっかなびっくりでそこへ入っていった。すげーラフな格好してるんですけど、俺たち。

そんな様子に気付いてくれない高橋さんは何故かこの店の責任者らしき人と話していた。

「畏まりました」と店長が頭を下げた途端にスタッフに囲まれて採寸される。

「ちょ、高橋さん!?」

「大人しく計られてろ」

あっという間に採寸が終わった。

「あのー。今から作るんですか?」

「ああ。最優先でやってもらえるから明日の朝には間に合う。じゃあ、頼みましたよ。帰るぞ」

これも秋野のご威光なんだろうな...すげぇ怖い。


翌日、秋野に行くと本当にスーツが届いていた。

カーチェイスを繰り広げたり、実は昨日の人が土井さんのお父さんだったりと中々せわしない一日だったけど、それが、俺たちの初めての『仕事』だった。

それをきっかけに、俺たちは本当の意味で『秋野』に入った。

体術やそのほかの色々な知識を学び、模擬戦などでそれを応用する。

そんな訓練はとても大変だけど、仲間と言うものが出来て嬉しかった。

嬉しいといえば、杉浦さんのところにもう1人子供が生まれた。『桧垣彩(ひがきあや)』。

何故苗字が違うのかと聞くと彩芽さんの実家との約束だったらしい。

とても幸せそうな家庭だった。



けれど、それは長くは続かなかった。


彩が生まれて、臣にも奇妙な力が生まれた。彼は人以外のものを惹きつける力を持ったらしい。

彩が生まれたときに強烈な吐き気を覚えて気を失い、そして目が覚めたときに今まで見たことのない奇妙な生き物が溢れていたらしい。

佐代子に話すと、彼女もそんな感じで過去を視る力が目覚めたと言った。

一応、臣の家の神社には結界が張ってあるし、臣自身にも杉浦さんが呪いを施したらしい。大きな、臣の抑えられない異形のものは臣に近づけないように。

そして、臣が小学校に上がって半年もしないうちに、彩芽さんが亡くなった。

臣は自分のせいだと静かに自分を責めていた。そんなことはない、と何度も諭したが、そのたびに悲しい目で笑う。

「俺って無力っスねー」

久しぶりに一緒に居酒屋へ行った高橋さんにそう呟いた。

「まあ、時間が必要だろうよ。幼いから尚更だろうな」

「俺、何が出来るんスかね?」

「お前は、無力じゃない。力が弱いだけだ。勿論、今の俺が臣に声を掛けてもお前が声を掛けるほど心を開いてくれない。お前だからできることはあるんだから、話を聞いてやれ」

自然と溜息が漏れる。

「隣で辛気臭くされるとビールがまずくなる」

高橋さんの抗議も気にせず、溜息混じりに俺は呟いた。

「俺、あの年の子と相性良くないのかな...高橋さんところの『彰子(あきらこ)』にだって嫌われてしまったし」

隣に居た高橋さんは噴出したかと思うと手を叩いて笑い出す。

「何でそんなにウケるんですか!!」

「トシって時々本当に笑かしてくれるな!!」

高橋さんの笑いは中々収まらなかった...


俺は別にどこかの企業に勤めているわけでもなく、秋野の仕事がないときは結構手が空いている。

そんなときは、杉浦神社で雑用のバイトをさせてもらっている。

恐ろしいことに、最近はおやつが作れるようになってしまった。一度様子を見に来た佐代子はそんな俺に大爆笑し、時々手伝いと言いながら杉浦神社を訪れる。

どうせ俺を笑いたいんだろうな...


彩芽さんが亡くなって周囲が落ち着いた頃、臣が神社の木の陰から手招きをしてくる。

口に人差し指を当てて「しー」と言っている。何やらナイショごとのようだ。

「何だ?」

「一緒に来て」

袖を引っ張られて臣に続く。

神社の裏の森の奥へ奥へ向かっていく。

「おーい、大丈夫か?結界から外れないか?」

「大丈夫だよ。僕ちゃんとお守り持ってるもん」

そう言いながら頬を上気させて俺を引っ張っていく。

「間にあった!」

森が開けたところに出た。

「おー...」と思わず声が漏れる。そこは街を一望できる丘で、夕日が大きく見える。

「凄いな」

「でしょ!あのね、俊夫お兄ちゃん。僕、一生懸命生きるから」

思わず臣を見遣る。

「僕ね、一生懸命生きて、彩を守るんだ。お母さんがそう言ったの。僕、約束したの。だから、ね。もう大丈夫だから。ありがとう、俊夫お兄ちゃん」

「おっまえ。ひとりで乗り越えるなよ。俺なんか、秋野の皆に助けてもらったのに」

「違うよ。僕ひとりじゃないよ。俊夫お兄ちゃん、よくうちに来てくれてたでしょ?僕のこと、心配してくれてたでしょ?それが嬉しかったんだよ。俊夫お兄ちゃんのお陰で僕頑張れたんだよ」

「ちょ、待った。たんま」

涙が後からあとから溢れてくる。ヤバイ、号泣じゃん、俺!!


「男同士のヒミツだね」

帰りながら臣がそう言った。

「このことは、一生黙っててくれ...」

17歳年下の子供に懇願している自分が何だか滑稽だった...



旦那様が結婚してから1年か2年か経ったときに、佐代子に言ってみた。

「しっかし、佐代子もいい加減しつこかったよな」

「しつこいって何が?」

「坊ちゃ..じゃない。旦那様への恋慕」

「うるさいな!勝手でしょ!!」

「結局、旦那様は自分の下の妹さんと同じ歳の奥さんを迎えたしなー。しかも、既に父親だ」

「まあ、ね。ダメだってのは知ってたわよ。届かないって。だって、私は旦那様にとっては『家族』だもの。実際、よーく考えてみたら私にとっても『家族』だったしね」

「俺も?」

「トシは...腐れ縁って感じ?少なくとも『家族』じゃないわね」

佐代子のその言葉はちょっと複雑だった。

「ふーん」と相槌を打ったら「寂しい?」とか言うから「べっつにー」と答えておいた。


それから数年して佐代子が任務中に負傷した。

足の腱を撃たれた。仲間が加賀さんの病院に連絡を入れ、俺は佐代子を乗せた車でそこへ向かった。

さすがに加賀さんは手際よく処置してくれた。けど、

「トシ、私視えなくなっちゃった...」

あの大怪我のショックか、佐代子の持っていた過去を視るという力は失われた。

佐代子は秋野の仕事に生きがいに近いものを感じていた。俺にはそう言う風に見えた。

だから、佐代子は目に見えて消沈したし、無気力になった。


少し前から考えていたことがある。

そろそろ潮時だろう。

体力的にもう若手には及ばないし、俺は何か抜きん出ているものがあるかと聞かれたら正直返答に困る。

それに、最近母さんが色々と心配してくる。俺が今の仕事に就いているのが何とも心配らしい。

まあ、仕事の内容が内容だし仕方ないけど、そろそろ安心させたいってのもある。

俺は秋野に向かった。

高橋さんはその頃は既にボディガードを引退していて若手育成に努めている。まあ、この俺たちの所属している『秋野』の窓口のようなものだ。

「引退するか...」

「はい」

「で、どうする?」

「会社を興そうと思うんです。そして、それでSチームに」

「秋野とは、縁を切ってもいいんだぞ?」

「切りたくないス。俺の初めての居場所だから」

「分かった。じゃあ、何か手伝いがいるなら言え。秋野に言いたくなかったら俺とか杉浦さんでもいいんだからな」

そう言って、俺の肩をぽんと叩いた。

一礼をして部屋を出る。


興した会社はIT関係のものにした。

一番情報が早いところだ。

会社を興してから軌道に乗り、更にはその業界トップクラスにまで成長した。

そして、ある日。

外回りから帰ってみるとオフィスの入り口に見慣れた人が居た。高橋さんのところの彰子だ。

受付と何か言い合っているが、俺の姿を見つけた途端走りよってきた。

一応、ボディガードなるものを従えていたのだが、そいつらの間を潜り抜けて難なく俺の前までやって来た。こいつら、なっさけねー...

話を聞くと、どうも佐代子のピンチらしい。

鞄を秘書に渡して

「少し出てくる」

と言いながら彰子の肩を叩いた。

バイクキーを持ってビルを出た。

幸い裏道も知っているし、此処から近い。

ホテルのロビーで佐代子の事を聞いてそこへ向かった。

以前から佐代子の口からよく聞く名前『ユメキ』。今日は彼女を養子に迎えたいと申し出た佐代子の品定めをするための会食らしい。俺はともかく、佐代子は表立って目立つことをしていないから不審がられたみたいだな。

俺がその部屋に入っていくと、ユメキの父親は青ざめた。俺んところと取引のある会社の営業だからなー。

佐代子とユメキの養子縁組を快く承諾して逃げるように部屋を後にした。

「トシ、何をしに来た?」

何だか悔しそうに俺を見た佐代子は、そう一言。

彰子が来て俺に助けを求めたことを伝えて会社に戻った。

きっと彰子も気が気じゃないはずだ。


会社に戻ると彰子は応接室でもてなされていた。

これで彰子を放っぽり出してたら、秘書をクビにする予定だったけど、一応空気は読めていたらしい。

俺が部屋に入った途端に「俊夫さん!」と言って立ち上がり、心配そうに見つめてくる。

「ああ。佐代子の方は大丈夫だ。お嬢ちゃんの父親は快諾して慌しく帰っていったさ。晴れて、佐代子とあのお嬢ちゃんは親子になれる。まあ、アレだな。俺のことが嫌いなのによく此処に来ようと思ったな、彰子。よっぽど佐代子とお嬢ちゃんのことが好きなんだな」

俺を怖がって近付かなかった彰子に頼られて凄く嬉しい。

すると、彰子は首を傾げた。

なにやらお互い誤解をしていたようだ。

「よし!誤解も解けたことだし。何か食いに行くか?」

「ホント!?甘いものが良い!!」

彰子のリクエストに答えるべく出て行こうとしたら部下たちが止めに入ったが、当たり前に無視。

「あと、ヨロシク」

折角彰子との誤解が解けたんだ。邪魔するなっての!


「そういえば、モデルになるんだってな?」

注文をして待っているときに聞いてみた。

「何で知ってるんですか?」

「高橋さんが地味に自慢してまわってるぞ。『そういえば。今度、ウチの娘はモデルになるんだ』って。初めから言うつもりだろうに思い出したように言うから」

「お父さん...」

彰子は項垂れた。けど、どこか嬉しそうにしていた。

その後、数時間喫茶店で過ごした。非常に充実したひと時だった。


夜には夜で佐代子から電話があった。

「一応、お礼を言っておこうと思ってね」と言って笑っていた。

そして、俺が彰子との誤解が解けた話をすると、少し呆れながら「良かったじゃん」と言ってくれた。今度祝杯に付き合ってくれるらしい。


佐代子が娘を持って10年。

あっという間だった。

「ここで腐ってても仕方ないだろ」

秋野の縁側で高橋さんにそういわれた。

頼まれてた情報が集まったからそれを渡すために久しぶりに秋野へ来た。

ここは、ちょっと前に建て替えられた。昔みたいに伝統的な日本家屋ではなく、ビルになっている。

子供たち一人につき1階ずつ分譲...何なんだ、ここはホントに!?

そんな和洋折衷のビルには縁側というものがある。

「ジジイ向けに設計したんじゃないの?」

ハルがそう言いやがった。そこで寛いで人生相談しているおれもジジイってことか...

「だってさ。もうなー」

「当たって砕けてみたら?すっきりすると思うけど...」

突然頭の上から声がした。

「おう。ヒロ久しぶり。土井は?」

「強制的に空港から自宅へ直帰」

「ま、当然だな。いい加減アイツも引退すりゃいいのに」

そう言って高橋さんは笑う。

「んー。俺もそう言ってるんだけど。確かに、腕は立つしなーって結局強く言えないんだよね。で、話は戻るけど。俊夫君もプロポーズしたらいいんじゃないかな?それで断られたら踏ん切りつくよ、きっと」

「断られても断られても通ったやつの言葉じゃねぇな!」

笑いながら高橋さんが言う。それを受けて旦那様も「そうだね」と笑う。

「ま、そうしてみます。いい加減様子見するの飽きたし」

「そういえば、いいスイカが厨房にあったぞ」

高橋さんがそういうけど、

「いや、自分で買ったのを持って行きたいんで。ありがとうございました。また来ます」

「いい報告、待ってるからね」

と旦那様。高橋さんはヒラヒラと手を振って挨拶をくれた。


スイカを目の前にしてなんて言おうか悩む。

でも、それを考えている自分が滑稽で仕方ない。


そうだ。何だっていい。自分の言葉で自分の気持ちを伝えたら良いんだから。

GIFTはこの先も続いていくんだと思う。俺たちの代よりもこういう異能を持つものが増えてきているから。

でも、それを悲観することは無い。

一度は絶望した人生だったけど、今はもっと先を目指している。

大きな希望も野望も無い。

けど、今あるものを大切にする、それを教わったしそれで十分だと思う。

さて、俺のとっておきの小さな幸せ、願い。手に入るだろうか?





桜風
07.9.30


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