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秋野の末の姫が風邪を引いたらしい。
末姫、つまり幸(みゆき)のガードの慌てようといったら、どういう不治の病に罹ったんだ?!って聞きたくなるくらい取り乱していた。
風邪だと診断する俺に疑わしそうな表情を向ける。
「ハルくん。幸どう?」
三女の恵(めぐみ)が部屋に来た。幸はこの子が育てていると言っても過言ではないと思う。秋野の長女、玲(れい)は興味がなかったというか、自分のやりたいことで精一杯で面倒を見てやれなかったらしいし、長男はコミュニケーションの取れない子供と戯れられるほど子供でも大人ではなかった。
丁度思春期真っ只中に生まれた妹をどう相手して良いのか分からなかったんだと思う。
次女の昴(すばる)は、結構飽きっぽい。他人に興味を持たないってのが大きな理由だと思う。と言うわけで、ある意味繰り上げ当選で恵が幸の親代わりになって育てていた。
勿論、秋野に勤めている人が面倒を見ているけど、『家族』というカテゴリーでは恵が1人で頑張っている。
「風邪だよ」
そう答えると「やっぱりね」と苦笑する。
「心当たりはあるのか?」
「まあ、ね。昨日コタツに入ってアイスを食べたあと、いつの間にか寝ちゃってたみたいだから。それが原因でしょ、きっと」
「なるほど、コタツの魔力にやられたってコトか」
苦笑をしながらそう言うと、またしてもガードの『円(まどか)』に睨まれた。笑い事ではないというコトらしい。
本当に、ガードに入っているやつはその対象至上主義だ。
臣だって、大抵何かあると優のことを考えているようだし、要や望だって小さいのに、そういう心構えは他のガードたちと変わらない。
治りが早くなるように点滴をすることにした。
点滴が終わるまで俺は1階で適当に時間をつぶすことにした。
ちなみに、円は幸の面倒を見るべくべったりだし、恵は幸に引き止められて部屋を出られなかった。
胸ポケットからタバコを取り出し、咥えてポケットを探る。ポケットの中でジッポライターに手があたり、それを取り出した。
「秋野では禁煙だよ」
背後から声がした。
「おう、耕じゃないか。久しぶりだな」
口に咥えていたタバコを取って言葉を返す。
耕は向かいのソファに腰掛けた。
「うん、久しぶり。タバコ吸うようになったんだね」
ものめずらしそうに俺の持っているタバコを見てくる。
「まあ、な」
「医者の不養生になるよ?」
「殆ど吸ってない。今は手持ち無沙汰だったからな」
そう言って咥えたタバコを箱に戻した。
「ハルくん、タバコ吸ったら当分恵が会話してくれないよ」
耕が笑う。
そういえば、恵は大のタバコ嫌いだ。残り香でも毛嫌いしている。お陰で秋野は現在敷地内全面禁煙だったのだ。
「忘れてたよ」と言うと「だろうね」と笑う。
「最近、忙しいのか?」
「ぼちぼち。まあ、父さんが引退したいとか言い始めたからそろそろ忙しくなるよ」
「親父さんが?何か別のもの見つけたのか?」
「母さんが、最近体調が悪いから。心配なんだと思うよ」
少し悲しそうな表情でそんなことを言う。
「おばさんが?俺、行ってみようか?何なら、親父に話しても...」
「ううん。元々体の弱い人だったからね。遅かれ早かれ、って所じゃないかな?」
「そう、か」
「うん。あ、そういえば、俊夫さんと佐代子さんの話、聞いた?」
ちょっと強引に耕が話題を変える。
「ああ、めでたいやつな?」
「ウチのホテルで披露宴しないかってダメ元で声を掛けてみたんだけど、振られちゃったよ」
「何で?いいホテルだろ?広いし、立地条件良いし。知り合いだから割引あるし」
割引なんてホントは知らないけど、適当に言ってみた。
それが楽しかったのか、耕は笑いながら、「うん、そうだよね」と言っている。
「披露宴、やりたい場所は決まってるんだって」
「へー。有名なところ?俊夫さんも佐代子さんも経済界では有名だから下手なところ選べないんだろうな」
「佐代子さんはホテル経営してるし、他所ではしない方が良いかもしれない。でも、今回のは身内だけって言って経済界のお偉いさんたちを断ってるんだって」
「流石だな。じゃあ、場所は知ってるのか?」
「うん。そこ」
そう言って窓の外を指す。
「そこって..この庭か!?」
「そう。秋野以外思い浮かばないんだって。秋野は2人の家だから」
そう言って満足そうに笑う。
「僕さ。小さいときに秋野のキャンプで迷子になったときがあるんだ」
「初耳だな」
「それで、どうしようもなく怖くなって泣いてたら、近くの繁みががさがさ動いたんだよ。怖くなって、『助けてー』って泣きながら言ったら僕の後ろから『任せろ』って声がしたんだ。で、その繁みにいたのはクマで、俊夫さんがその額に正拳突きを入れて気絶させたんだよ。
見上げたら俊夫さんが僕を見下ろしてて『まだ小さいんだから、お前は』て苦笑しながら手を取ってくれたんだ。そのまま手を繋いでキャンプに戻った。みんなのところに戻る前に、手を離してくれたんだ。僕がからかわれないように、って」
「いい話だな」
「あのときの、俊夫さんの手。今でも覚えてる。おっきくて、凄く強そうだった。今は、もうさすがに手を繋いでもらうってのはお互いのためにも出来ないけど、何だろうね。ずっと忘れられないんだ」
「面倒見いいもんな。たくさんの人に手を差し伸べてる人だから、俊夫さんって。杉浦兄弟だって凄く世話になったしな」
俺だって、子供の頃はえらく世話になった。
俊夫さんの手はあったかくて、大きくて。凄く安心した。
いつだったか、俊夫さんに感慨深そうに言われた。
「いつの間にか、お前らの手もでかくなったよな」
それを言われたとき、何故だか泣きそうになったのを思い出した。
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