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周りの様子を確認して高橋さんが口を開いた。
「トシ、昨日行った場所覚えてるな?そこへ行ってくれ」
そう言われてトシは昨日の施設に向けた。
またあの山道を延々と登って建物へと向かう。
ちなみに、博幸くんの呼吸も全然乱れていない。
「こんにちは、土井さん」
「「え?!」」
博幸くんの言葉に、私とトシは思わず声を上げる。
「やあ、博幸坊ちゃん。ドラ息子は元気ですか?」
「あれ?忍君帰ってないんですか?」
「ええ。まあ、私も殆ど家に帰りませんから良くは知らないのですが...さて。仕事の話だ。先ほどの者たちは全員拘束させております。これからどうします?」
「うん、そのことだけど。さっき、チェスに誘われたんだ。知っての通り、もう向こうは一手を打っている。俺たちは後攻めだ」
「なるほど、チェスですか。では、お受けいたしましょう。私はチェスは大得意ですからね」
土井さん(たぶん父)はにこりと笑う。
「二度と、秋野に逆らえないように。じゃあ、後は頼んでいいですか?」
「畏まりました」
土井さん(たぶん父)と話を終えた博幸くんは部屋から出て行った。私たちも慌ててついて行った。
「あの、土井さんって、あの土井さんのお父さんですか?」
「そうだよ。拳で語り合う親子だよ」
笑いながら博幸くんがそう答えた。
「ま、今回のはこれで解決か」
「あの、さっきの『二度と、秋野に逆らえないように』って...消すってことっスか?」
トシが恐る恐る声を掛けた。私もそれが気になっていた。
「ん?ああ、命は獲らないけど、そんな感じかな?社会的地位が無くなっちゃうんだよ。というか、すべて取り上げる。それで、盛り返してきたらそれはそれ。もちろん、このまま没落していってもこれはこれ。ただそれだけだよ」
あっさりとそう言うけど、内容を考えたらとても恐ろしいことだと思う。
結局、あの社長さんは行方知れずで、その社長さんを唆していた人たちもそれぞれの形で姿を消していったと高橋さんが教えてくれた。
私たちはこの事件をきっかけにあの裏工作の施設に出入りをするようになった。
そこでは仲の良い人たちが話し合って合宿のようなことまでしていた。それにも参加させてもらい、体術も身につけ、私たちもその一員となった。
ついでに、私は通信教育等で大学卒業の資格までは取ることが出来た。
高橋さんは実は既に結婚していて子供さんもいた。いつの間に?!と問い詰めてみたがさらりとかわされた。
その子が7歳のとき私は初めて会った。
可愛らしい素直そうな子供だった。トシも言っていたけど絶対に奥さん似だと思う。奥さんの写真は土井さん(息子さん)が見せてくれた。
とても優しそうな普通の奥さんだった。
「しっかし、佐代子もいい加減しつこかったよな」
ある日トシに言われた。
「しつこいって何が?」
「坊ちゃ..じゃない。旦那様への恋慕」
「うるさいな!勝手でしょ!!」
「結局、旦那様は自分の下の妹さんと同じ歳の奥さんを迎えたしなー。しかも、既に父親だ」
「まあ、ね。ダメだってのは知ってたわよ。届かないって。だって、私は旦那様にとっては『家族』だもの。実際、よーく考えてみたら私にとっても『家族』だったしね」
「俺も?」
「トシは...腐れ縁って感じ?少なくとも『家族』じゃないわね」
トシが「ふーん」と気のない返事をしたから「寂しい?」と聞いてみると「べっつにー」という言葉が返ってきた。
実際、私たちは見事に腐れ縁だ。
大抵の仕事は組む事になるし、その他、時々こうして仕事以外でも会ったりしている。
私が28歳のときに負傷した。トシに抱えられて戦線を離脱したが、もう戻れなくなっていた。
不覚にも足の腱を切られてしまったし、私の持っている『過去視』の能力も消えてしまった。
これでは、このまま今の仕事は続けられない。
私は引退を余儀なくされた。
正直、秋野で役に立っていることに生きがいに似たものを感じていた私は、毎日を鬱々と過ごすこととなった。
そんなある日、高橋さんに呼ばれた。
高橋さんはちょっと前から旦那様のボディーガードを辞めて新人育成の方に回っていた。
いつの間にか私たちの裏工作の組織は『GIFT』と呼ばれるようになった。
それは、旦那様が言ってくれたから。私たちの持つ奇妙な力は神様からの贈り物、『GIFT』だって。
「佐代子、最近暇だろう?」
「ええ、自分の不注意のお陰で。それで、ご用件は?」
「お前、まだGIFT続けるつもりはあるか?」
「でも、足が...それに過去も視えなくなったんですよ?」
「忘れたのか?GIFTには3つの役割がある。ひとつは、G。ひとつはS。そして、最後がM。ガード、サポート、ミッション。ミッションはこの間までお前がやっていたことだよな。ガードは、今でも忍がやっている、つまりはボディーガード。そして、サポートは情報収集とミッションチームが動きやすいように下準備をする仕事だ」
思い出した。私にはまだ秋野に居場所が残っている。
「やります、Sチーム。サポート!」
「そうか。トシも同じコトを言ったよ。さて、佐代子。このホテルのオーナーをやらないか?残念ながらサポートチームに入ったら秋野の敷地で住むことはできないが...」
「やります。住むところは、探しますのでもう少し時間をください」
「OK。じゃ、お前の家に案内しよう」
そう言って高橋さんに促されていった先には、もう随分と昔に思える光景が待っていた。
「高橋さん...?」
「ああ。お前の、家だ。ヒロがな?ここはちゃんと残してやれって。この家に帰る人が居るのだからって言ってな。でも、最低限の掃除しかしてないぞ。だから、庭を整えたりするのは自分で何とかしろ。表札は、ヒロが作り直したよ。家に帰れた記念のプレゼントだと」
そう言って『能瀬』と書かれた新しい表札を門に掛けてくれた。
悲しい思い出のある家だけど、それ以上に、自分が育った思い出深い場所だ。
旦那様は私が乗り越えられる時間と場所をくれていた。そして、帰るところも。
「敵わないな...」
「安心しろ。アイツに勝てるのは幸子とその母親だけだ。ああ、でも、最近娘にも勝てそうにないかもとぼやいていたな」
私の頭をわしゃわしゃと撫でて高橋さんは笑った。
その2年後、高橋さんの娘の『彰子』が近くの私立中学に入学するから下宿させてくれと言ってきた。
私の恩人の娘の頼みを断る理由はない。
そして、アキラが来てから私の世界も変わった。
一緒に過ごしたい子に出会った。葛城夢来。アキラの親友だ。
私と似た境遇。助けになってあげたいと心から思った。
私は幸運にも旦那様や高橋さん。トシや、他にもたくさん仲間に会うことが出来た。そして、その存在が私を救ってくれた。
養子に来ないかと話したときには、それはもう今までに無いくらいの緊張感を味わった。
当然のことながら相手方のご両親は私に会いたいと時間と場所を指定してこられた。
指定された場所を聞いて誰かが手を貸したのかと思ったけど、そうでもなかったらしい。
そこは、私がオーナーを任されているホテルだった。
色々不審なことの多い私に彼女の血の繋がった父親が質問してきていた。
突然、聞き慣れた偉そうな声が聞こえてきた。
「佐代子。こういう話し合いが有るなら、早く俺に言え」
ユメのお父さんの会社名を聞いたときに取引先だなとは思ったけど、まさかトシが出てくるとは思っていなかった。
「で?佐代子の何がどうだって?ついでに言うと、何の因果か知らないがこのホテルのオーナーも佐代子だ」
と自信満々に言う。
ユメの父親は養子縁組の話を承諾し、逃げるように帰って行った。気の毒なことだ。
「トシ。何をしに来た?」
助けてもらってばかりいるのが少々癪で思わず冷たい態度を取る。
「俺が出たほうが話が早いと思ったんだよ。アキが俺んところに来て必死な顔をしてお願いって言うんだ。俺のことあんまり好きじゃないのにな。だから、出てきたんだ。よっぽど好きなんだな、このお嬢ちゃんとお前のことが」
そう言ってトシは帰って行った。本当にこれだけのために来てくれたらしい。
その日の晩。
やはり改めてトシにお礼を言おうと電話をしてみると、それはもう、嬉しそうにアキラと一緒にパフェを食べに行ったことを話してくれた。
嫌われていたと思っていたけど、実はそんなことはなかったらしい。
まあ、そんなのはトシとアキラの初対面を知っていて、さらにその後の2人を見てれば分かるけど...
自分の尊敬する恩人の娘に嫌われていると思い込んでいたときは何度かヤケ酒に付き合ったりもしたけど、今度は祝杯に付き合ってやるかと思うくらいに大喜びだった。
私には家族が出来た。
かわいい娘。能瀬夢来だ。
娘と言うよりも、やはり友達感覚の親子だ。最近良くあるからそれこそ変じゃない関係だと思う。
ユメは頑張ってアキラと同じ高校に進んだ。
時々悪夢も見るらしいけど、そんなときはアキラや私に話して一緒に考えるようにしている。
夢日記を付けるように提案してみた。すると、結構いい夢も見ていると嬉しそうに話してくれたのが印象的だ。
ユメは自分のデザインした服のブランドを立ち上げるのを目標にしている。
いつか、アキラにはそれのモデルになってもらうと言って嬉しそうに未来を語る。
そして、それに向かって一歩ずつ歩いている。
「佐代子、スイカだ。...夢来は?」
縁側で日向ぼっこをしていると庭からやって来たトシが声を掛けてきた。
「デート。残念だったね」
「敦也のヤローか。先を越されたな」
悔しそうに呟きながら、私の隣に腰を下ろす。
「トシって、毎年スイカを必ず持って来るよね」
「...夢来が好きだって言ってたからな。佐代子も、好きだろ?」
「そうだね、好きだよ」
「なあ、佐代子。俺とお前ってまだ腐れ縁か?」
「んー、腐れ縁。もうその言葉すら薄っぺらに感じるわ。不思議ねー」
「...じゃあ、家族に、なるか?」
トシの突然の言葉に思わず勢いよく振り返ってしまった。
まさか、トシの口からそんな言葉が出てくるとは...
「あのさ。私の豊富な人生経験から推測するに、それってプロポーズ?」
「そうだな。お前の少なーい人生経験でも分かるかもな」
こんなときまで憎まれ口を叩くトシ。
青空を見上げる。思い出がいくつも浮かんでくる。その殆どの思い出の中に存在しているのがトシだ。
「ま、いっか。一生に一度くらいして結婚おきたかったかもしれないし」
そう言ってトシを見ると普段は中々見られない本心からの笑顔が浮かんでいた。
「そうしとけ。俺以外の奴を待ってると、そのまま先に夢来の結婚式になるからな」
どこまでも憎まれ口を忘れないトシ。
でも、私を助けて支えてくれていたトシ。
「「あーあ。空が青いなー」」
空を見上げた私たちは同時に同じ言葉を呟いた。
私はもう、過去を視る事はできなくなった。
でも、いつだって未来を思い描くことは出来る。
この腐れ縁のトシとの未来を思い浮かべてみるけど。
うん、中々悪くない。
私は過去が視れたから、未来の明るさをより強く感じることが出来るんだと思う。
全く、私は神様から粋な贈り物を戴いていたものだ。
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