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あたしは幼い頃から奇妙な力を持っている。
あたしは人の心を読めてしまう。
その力が現れたのが7歳のとき。
それは何の前触れも無く現れた不思議なもの。
「お母さん。お父さんのこと嫌いなの?」
あたしは母の心の中を読んでしまった。
殆ど家に居ない父に対しての不満を考えながら料理をしていたらしい。
「どうして?そんなこと無いわよ?」
優しい笑顔を向けてそういう母だったが、内心は
『あら、やだ。なんでわたしのかんがえていることわかったのかしら、このこ?』
だった。
「だってお母さん言ってるじゃん」
「え?そう?お母さんそんなこと言ったかしら?」
『いつのまにいってしまったのかしら。きをつけないと』
「ほら、今も言ってるよ。『気をつけないと』って」
あたしのその一言で母はあたしの異常に気がついてしまった。
心が、読めている、と。
母は驚いて後ずさった。
『なにをいってるの、このこ。このこはいったいなに?』
「彰子は彰子だよ。お母さん」
母の目を見てあたしはとても悲しくなった。いつもあたしに向ける優しいものではなく、異常なものへの畏怖の瞳だった。
もう、ダメだと思った。
その時、隣の部屋にいたはずの3つ下の弟のあっちゃんが台所にやって来た。
「お母さん」
あっちゃんの声に母は反応をして彼を見る。
あっちゃんは母さんに向かって左手を掲げて
『お姉ちゃんは今日のご飯は何かって聞いてるんだよ。だから、答えてあげて』
と言った。
彼の声はいつもの優しい声ではなく、少し威圧感があった。
その後、指をぱちんと鳴らすと母は何事も無かったかのように
「今日の夕飯は、彰子の大好きなコロッケよ」
と、いつもの優しい目でそう言った。
あたしは母のその変わりように驚いて声が出なかったけど、代わりにあっちゃんが
「わーい。僕もコロッケ好きだよ。お姉ちゃん、嬉しいね」
と言ってくっついてきた。
「え?ああ、うん。彰子、あっちゃんと一緒でコロッケ好きだよ」
そう言った。
あたしはあっちゃんに手を引かれて別室へ行く。
「大丈夫、お姉ちゃん」
「うん、あっちゃんって魔法使い?」
あたしは弟のこの行動が理解できなかった。
母が記憶をなくしたんだと思った。その記憶を失くさせたのが弟の仕業だと思った。
「違うよ。僕は、お姉ちゃんと同じなんだよ」
はっきりと理解したわけではないが、何となく、分かった気がした。
「そっか。あっちゃんもお姉ちゃんと一緒なんだ」
とても嬉しかった。
自分だけではないことがとても安心できた。
「彰子、敦也。夜、父さんと散歩しよう」
いつの間にか帰ってきていた父さんがそう言ってきた。
父さんが帰ってきていたのを知ったお母さんは
「もう!また今から作らないといけないじゃない」
と不機嫌に言ったけど、言ってる言葉ほど機嫌は悪くなかった。
そのときのあたしにはそれが不思議でたまらなかった。
夜、お父さんが散歩に連れて行ってくれた。
「彰子、敦也。お前たちは超能力を持って生まれていたんだな」
そう言われた。
『超能力』という特別な響きは、そのときのあたしには怖いものだった。
「彰子は、いつから人の心が読めるようになったんだ?」
「分かんない。今日、お母さんがビックリしたよ」
「そうか。敦也は、いつから人の記憶を書き換えれるようになったんだ?」
「ちょっと前。猫とか犬とかがそうなったから。でも、お母さんが初めてだよ」
あっちゃんはそう言った。
「彰子、敦也。今度の日曜日に父さんと出かけよう。あと、2人とも、自分の力は黙っておきなさい。見えても読まないようにな、彰子」
そう言ってくしゃりとあたしたちの頭を撫でて父さんはそう言った。
約束どおり、日曜日に父さんはあたしとあっちゃんを連れて家を出た。
母さんは初めそれに不満を言っていたが、行き先は『秋野』と聞いて黙った。
『秋野』とは父の勤め先であり、日本経済、いや、世界経済を支える巨大企業だ。
と言っても、その日父さんに連れて行かれたのは会社の方ではなく、ホテルだった。
エレベーターで上階に上がり、フロアを歩いて一番奥を目指す。大きなホールの前に受付が置かれていた。
「あれ、高橋さん。奥さんにサービスしなくても大丈夫なの?」
入り口で着物を着た、父さんよりも少し年下の女の人に会った。
「佐代子か。まあ、それどころじゃないからな」
そう曖昧に答えた父さんに能瀬さん、つまり佐代子さんが「ふうん」と曖昧に答えてあたしたちを覗き込んだ。
「...もしかして。私と一緒?」
「そういうことだ」
「どっち?」
「どちらも。今日は田辺の息子は来てるか?」
「えー、耕(こう)?...どうだろ?見てないけど、多分居るんじゃない?あ。でも、トシでもいいんじゃない?トシなら見たわよ」
「いや、トシは引き出せてもそれが何なのかまでが正確には分からないからな。取り敢えず、力の分析には耕が適任だろう」
「そか。ま、耕を見つけたら私も高橋さんのところに行くように声を掛けておくわ」
「頼む。...紹介がまだだったな。こちらがウチの長子の彰子で、そっちか次子の敦也だ」
「こんにちは、彰子ちゃん、敦也くん。能瀬佐代子です。『佐代子さん』って呼んでね」
姿勢を低くした佐代子さんがそう言ってきた。
あたしは初めて見る佐代子さんに、会場の雰囲気に怯えていたが、あっちゃんが
「こんにちは、高橋敦也です」
と挨拶をしたので慌てて
「高橋彰子です」
と自己紹介をした。
佐代子さんは笑ってあたしたちの頭を撫でて人ごみに消えていった。
「お父さん、この人たちは?」
「父さんの友達だよ。さて、耕はどこだ?」
「俊也。珍しいな、こんな所で。家族サービスはどうした?いい加減、日本に居るときは家に居ないと三行半を突きつけられるぞ」
父さんが会場を見渡したとき、後ろから声がした。
正確には、『さっきは父さんの後ろだった方向から』だ。気配を感じた父さんは、声をかけられる前に振り返っていた。
「...何で皆俺の家が危機だと思い込んでいるんだ?」
父さんは飽き飽きした、という風に溜息を吐いてそう言った。
「そりゃ、奥さん。たまに愚痴をこぼしてるらしいぜ。俺たちSチームの奥さんたちに」
「今回の2週間の休養でなんとか機嫌をとってみるよ。で、お前息子、耕は今日来てるのか?」
さっきから同じ名前を父さんが繰り返していた。『耕』って人に何の用事があるのか多少なりとも興味があった。
「さっき佐代子にも聞かれたな。たぶん壁を伝っていったらどこかで見つかるんじゃないのか?」
「放任主義だな、田辺」
「ばーか。ここは安全だから放っているんだ。可愛い子には旅をさせないとな」
「...でっかい旅だな」
そう言って父さんはあたしたちを紹介して田辺さんと別れた。
「ねえ、お父さん。『耕』って誰?」
「うーん。彰子の1つ上の男の子だ。彰子たちと同じ超能力を持っているんだ。ちょっとその力を借りたくてな」
説明しながら父さんは耕くんを探していた。
あたしたちが気疲れしたことに気が付いた父さんは、歩いて耕くんを探すのをやめた。
「待っていれば佐代子の伝言を聞いてやってくるだろう」と呟きながら、あたしたちにジュースをくれた。
「おじさん。僕を探してるって佐代子さんから聞いたよ」
少しして男の子が走って来た。噂の耕くんらしい。
背はその年齢の男の子にしては高いほうで、顔立ちも年齢以上にしっかりしていた。
「悪いな、態々来てもらって」
「ううん。僕が探したほうが早いと思ったし。僕、何を手伝ったらいいの?」
「ああ、この2人は俺の子供なんだが、どうやら力を持っていたようなんだ。それがちょっとな。詳しく分かればいいんだが...」
耕くんはあたしたちを見た。
「こんにちは、田辺耕です。小学校2年生。君たちは?」
「高橋彰子。1年生」
「高橋敦也。年少さん」
「彰子ちゃんと敦也くんだね。よろしく。おじさん、場所を移動したほうが良いと思うよ」
「ああ、そうだな...」
そう言ってお父さんはあたしたちを連れて一度広間を出た。
ホテルの1室を借りて4人が入る。
「じゃあ、彰子ちゃん。僕に力を使ってみて?」
いきなりそう言われて戸惑った。どうやったら力を使えるのかが分からない。
それに、父さんはあたしに読めても声にするなと言っている。
「彰子。耕の心を読んでみろ。今なら声に出しても良いぞ」
父さんにそう言われて読もうとしたが、上手くいかない。しっかり見ようとすればするほどぼやけてしまう。
「おじさん、俊夫さんが居たほうが良いかも。鍵が有ったほうがやりやすいと思うよ」
そう耕くんが父さんに声を掛けた。
それもそうだなと頷いて父さんは携帯電話を取り出した。
程なくして、男の人が入って来た。
「何スか、高橋さん」
「ああ、トシ。悪いがこの子の鍵を開けてくれないか?娘の彰子だ」
父さんがそう言った。
トシと呼ばれた人はあたしを一瞥して
「似てないっスね、高橋さん。奥さん似っスか?」
と言ってきた。
トシさんの雰囲気は妙に威圧感が有って怖かった。
「まあ、そうなのかもな。頼めるか?」
「良いけど。知ってると思うけど俺、鍵は開ける専門で閉じれないんスよ」
「知ってるよ。もう、一度力が現れている。無理にこじ開けようとしているんじゃない」
「んなら、気兼ねなくできるわ」
そう言ってトシさんはあたしに向き直った。
「おい、彰子。お前の力を俺が引き出してやる。俺の言うとおりにしろ。俺に従え」
そんな高圧的な言葉を並べる。
怖くてあたしは父さんを見たけど、父さんはあっちゃんを抱えて顔色ひとつ変えずにその様子を見ていた。
突然、たくさんの聞こえない言葉が見えてきた。
先日母さんの心の中を見た時のように。
「いやだぁ...」
あのときの母さんの顔が浮かんであたしは頭を抱えた。
皆が冷たい目で見る。父さんにもそんな目で見られると思った。
「彰子ちゃん」
優しい声で耕くんが声を掛けてきた。
その声に誘われるように顔を上げた。
すると不思議なことに耕くんの声が見えない。
一通り耕くんを見ていたら、耕くんが頭を撫でて「辛かったね」と言ってきた。
「どうだ?」
「うん、彰子ちゃんは人の心が見えちゃうみたい」
「心が聞こえるじゃなくて、見える?どういうこった?」
トシさんが耕くんに聞く。
「うん。漫画読んだことあるでしょう?で、漫画のキャラクターって吹き出しの中に文字が入っていてそれがその人の発言だよね?彰子ちゃんにはその吹き出しが見えるんだよ。漫画と違うのは、その吹き出しの中身が人の心の声ってこと。口にしなかった思いが見えちゃってるんだね。
あと、気になるのが。この吹き出しに色がついてるんだ。もしかしたら感情によって変わるものかもしれない」
耕くんがそう言った。あたしの見ている風景を耕くんは父さんたちに説明をしてくれる。
そして、今、気が付いた。
あたしはここに居る人達の心が見えない。
「見えないよ?」
何が、とは言わなかったけど、耕くんはにこりと笑った。
「うん。今彰子ちゃんの力は僕が使ってるから」
と言う。
「耕くんが?」
「そう。僕の力は反射。『ミラー』だって誰かが名付けたけど。だから、彰子ちゃんが僕に力を使っちゃったから僕が彰子ちゃんの心が見えているの。僕に向かってきた力をそのまま返しちゃってるからね。あと、高橋さんは今は心を『無』にしているんだと思う。トシさんはこの手の力に耐性があるし、敦也くんのが見えないって言うのだったら敦也くんの力も心関係のものなんだね。同じ系統の力を持っていると耐性があるから効かないことがあるんだ」
そう説明してくれた。
言っていることが難しいけど、とにかく、今はみんなの心を見なくていいと分かってとても心が楽になった。
「あれ?見えなくなっちゃった。やっぱりまだ不安定だね。おじさん、たぶん、もう大丈夫だよ」
そう言われて父さんが動いた。
「聞こえてた?」
「ああ。発動条件は分からないのか?」
「残念ながら。もしかしたら見えるってのが普通の状態かも。あとはコントロールをして自力で抑えないといけないかもね、彰子ちゃんは」
「そうか。大変だな...」
父さんは寂しそうに呟く。
「ま、見たくないものを見るとなると、気が触れるかもな。佐代子だって最初はそうだったらしいしな」
そうトシさんが言う。
「じゃあ、敦也くん。君は?」
耕くんに促されたあっちゃんが耕くんの前に出る。
「力、貸すか?」
トシさんにそう言われたけどあっちゃんは首を横に振った。
あっちゃんは目を瞑って深く息を吐いた。
左手を上げて
「耕くん」
と耕くんの名前を呼ぶ。
すると、耕くんは右手を上げた。
「敦也くん、君は今日の朝食は食べていない」
と言った。
「今日はあっちゃんも彰子もご飯食べてきたよ?」
あたしがそう言うが、父さんが人差し指を口に当てて「しー」って言うので黙った。
「敦也くん。君は自分の力の発動条件、分かってるみたいだね」
耕くんが呟いた。
「え?!」
あたしは驚いた。
「そうなの、あっちゃん?」
「...うん」
「そうか。で、敦也の条件って何だ?」
「あ、うん。敦也くんの力はある種の催眠術。俊夫さんと同じ系統だね。おじさん、敦也くんはもしかして、左利きだった?」
「えーと...」
父さんが考え込む。
「だから、高橋さんとこは家庭崩壊の危機だって言われんだよ。子供の利き手くらい覚えてろよ」
「うるさい」
「そうだよ。あっちゃんはお茶碗を持つ手で字が書けるけどお母さんがそれはダメだってお箸を持つ手で字を書くように教えたんだよ」
あたしが答えると
「そうか。じゃあ、やっぱり左利きか。元々の利き手だった左手がステレオみたいな役目を持ってるみたい。それプラス相手に自分の目を見させることで催眠効果を上げているってところかな?だから、名前を呼んで注目させているんだよ。
あと、僕は出来なかったけど、相手に暗示をかけたら多分最後はこれでお終いってことを知らせるために手を叩くとか指を鳴らすとかするんじゃないのかな?それで、暗示完了って所だと思う。
敦也くんは自分の力の発動条件を知っていたから僕と目を合わせなかったんだ、きっと。敦也くんの力は、今はひとりにしか使えないけど、強くなったら目を見なくても注目させるだけで暗示効果を与えれるかもしれない」
「そうか。ところで、耕。敦也の左手がステレオってどういうことだ?」
父さんが聞くと
「うん。敦也くんの言葉だけだと暗示効果が少し小さいのかもね。その、なんて言うかな?
力を増幅させる役割があるって言えばいいのかな?ちょっと表現しにくいや」
「要するに。印象を強く持たせるためのパフォーマンスってところか?」
トシさんが聞くと、耕くんは難しそうに首を捻って
「どうかな?左手にも多分何らかの力があるとは思うんだけど。それは色々試してみないと分からないね」
と曖昧に答えた。
広間に戻ると佐代子さんがやって来た。
「どうだった?」
「うん、彰子ちゃんたちはホンモノだったよ」
「そか。お父さんとしては複雑ね、高橋さん」
父さんは困ったような笑顔を浮かべて佐代子さんを見た。
「そうそう。合宿の話が出てるわよ。耕はどうするの?来週から10日間だって」
「僕?うーん、じゃあ行こうかな。おじさん、不都合が無いなら彰子ちゃんたちもどうかな?少しはヒントがあるかもよ?」
そう言われて父さんはあごに手を当てて思案し始めた。
「行かせてあげたらどうかな?俺のことは気にしなくてもいいよ。日本でやることがまだ済みそうに無いから。ここまでこじれているとは思って無かったよ」
「ヒロ!?此処に来るなんて珍しいな」
父さんは本当に驚いたようにその人の名前を口にした。
ついでに、この人が近づいても父さんは気配に気付かなかったらしく、後ろから声を掛けられていた。
「俺だって来れるときには来たいよ。でもスケジュールが合わないからね...今日は偶々会合が早く終わったから顔を出せたんだよ。久しぶりだね、佐代子ちゃん、耕君、俊夫君。そして、初めまして。彰子ちゃん、敦也君」
人の良さそうな笑顔を浮かべておじさん、とういうか、お兄さんがそう言った。
物腰は落ち着いているけど、顔は若い。髪をオールバックにして何とか年を多く見せたいみたいな感じがしたけど、残念ながら、それはあまり効果を発していない。
「お久しぶりです、博幸くん、じゃなかった。旦那様。佐代子『ちゃん』って、私、貴方よりも年上ですよ?」
そう言いながら佐代子さんが笑う。
「ああ、そういえば、そうだね」
『旦那様』と呼ばれたお兄さんも笑った。
「奥さん、お元気ですか?幼な妻でしょう?妹さんと同じ歳の奥さんってどうなんスか?」
トシさんも気軽に話しかける。
よく分からないが、偉い人だけど気さくな人らしい。
「ああ、今子育て奮闘記でも書こうかと言っているよ。大変そうだね」
「まあ、そうだろうな。ゼロから人を育てるんだからよ。...それはそうと、ヒロ。その子のガードは誰をつける予定だ?いい加減決めないと、幸子(ゆきこ)も学校に行きたくても行けないんじゃないのか?子育て奮闘記なんて書いてないで高校に行きいだろうに」
お兄さんの肩をぽんと叩きながら途端に険しい顔をしながら父さんが言った。
「まだ、決めていないな。まあ、日本を発つまでには考えておくよ。そういえば、話が逸れたね。たぶん、日本には1カ月くらい滞在できそうだよ。だから、その間に奥さんとの仲を修復しておけばいいよ、俊也さん」
「...なんで、お前の耳にまで入ってるんだよ。俺のそんな情報!」
「そりゃ、俺が秋野の責任者だからだよ」
笑いながらお兄さんは言った。
その後、「まだ色々話をしたい人が居るから」と言ってあたしたちの頭を撫でて去って行った。
「合宿、行きたいか?」
不意に父さんが聞いてきた。
「怖い?」
「ううん、怖いところじゃないよ。キャンプみたいなものだよ。ね、俊夫さん」
「まあ、キャンプだな。同じ系統の超能力者が集団行動をするんだ。で、数時間違う系統の超能力者たちと行動をする。要は、自分の力に慣れるのが目的だからな。
けど、この合宿に参加したら後戻りは出来ないぜ。一応、秋野所属になる。高橋さん、その点はきっちり考えたほうがいいと思うぜ。ちなみに、今回は俺はパスな」
「え?!何で?」
「仕事。てか、副業。お前と違って忙しいんだよ、社会人は。じゃあな」
そう言ってトシさんは去って行った。
「後戻りはできないって言ってもいつでも引退できるんでしょう?だったら慣れる方が先決じゃないの?」
佐代子さんの言葉に父さんは唸っていたけど、
「お父さん、僕行ってみたい」
というあっちゃんの言葉に頷いた。
「分かった。彰子は?」
「あっちゃんが行くなら彰子も行く」
とあたしも返事をしたのを受けて父さんは「わかった」と言った。
家に帰ってから父さんと母さんが大喧嘩を始めた。
折角日本に長期滞在をするのだから、家族水入らずで過ごしたい、というのが母さんの意見。
それに対して、父さんは。
秋野に勤めている仲間の子供たちのキャンプだから、それこそ、色んな年齢層の子供が来るし、友達作りだって出来る。今しか出来ないことがあるだろう、とあたしたちの能力を隠しながら説得をした。
結局、あたしたちが寝るときはまだ喧嘩していたけど、朝起きてみると何故か母さんがすこぶる機嫌が良かったことを覚えている。
小さいときは不思議だったけど、でも、今の2人を見ていたら父さんが何を言ったのか何となく想像はつく。
合宿では佐代子さんがあたしたちのチームの責任者だった。
耕くんも同じチームで、きっと佐代子さんの口添えがあったんだと思う。
そんな合宿を繰り返して、あたしは自分の力の制御が出来るようになった。
そこで習ったのは、まずは『認める』ということだった。
自分を受け入れて、初めて力加減ができるようになる、と。
あっちゃんは力が顕現したときから自分のものとして受け入れることが出来たから、冷静に自分の力を分析して、そして、発動条件を知ったのだと思う。
昔からそういうのは得意だった。
逆にあたしはそういうのが苦手だった。
見えないものを理解するのが本当に遅くて、逆に見えるものを鵜呑みにする、とても極端な性格だ。
その後、合宿には何回か参加した。
合宿には初心者用と、訓練用があった。
力の制御が出来るようになったら今度は実戦を想定してのものになる。それが、訓練用。
正直キツイけど、それが終わった後はとても清々しい。仲間との結束も強くなる感じがして、つまりは、あたしたちにとって運動部の合宿とこの訓練用の合宿は殆ど変わりないって感覚だ。
そうして、あたしは秋野の一員になった。
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