GIFT〜神様からの贈り物〜
―― 読心術(中編) ――





あたしが小学5年生のとき、佐代子さんが負傷をした。

任務中のことだったらしい。

一緒に仕事をしていたトシさんに抱えられてその場を後にしたそうだが足の腱を切られて、もう走れないようになった。そして、それがきっかけになったのか、超能力も消えてしまったそうだ。

走れない人は前線には出られない。

佐代子さんは一線を退き、情報収集の方へ回った。

ホテルの経営もそのとき選んだものだったらしい。ホテルは、情報が集まる場所だから。

しかし、外を出回るのには不自由だが、何もしないとおかしくなりそうだと思い、プログラマーの仕事も始めた。

後者は殆ど趣味だそうだ。

あたしは中学を家から離れたところで通いたかった。

理由は無いけど、何となく。

佐代子さんの家の近くに私立の中学がある。

あたしの成績で行けないはずが無かったし、両親を説得してあたしはその学校に通うことにした。

そのときには、父さんはもう旦那様のボディーガードとして世界中を回るのをやめていて、日本に居たから母さんの機嫌も大抵いつも良かったので説得しやすかった。

父さんは子供のやりたいことに反対はしない人だ。自分が好き勝手やってきたから口出しできないそうだ。

ちなみに、当時から父さんの仕事は新人育成だった。

まあ、秋野の子供は多いからボディガードの育成のしがいもあったんだと思う。


というわけで、晴れてあたしは佐代子さんにの家で下宿をさせてもらいながら私立中学に通うことになった。

学校での生活は楽しいといえばそうだが、でも、しっくり来なかった。

態々高いお金を出してまで通う私立だから、何か特別なことが在るのかと思っていたのに何だか拍子抜けだ。

佐代子さんにそれを話すとカラカラと声を上げて笑われた。

「アキラ、あんたそんなことを考えてたの?!秋野のような環境を思い浮かべてたんなんら、そんなものはこの国では秋野以外でありえないわよ。いや、もしかしたら世界唯一の環境かも」

とあたしの考えを見透かして言った。

「そっかなー?じゃあ、何で態々高いお金を出して、睡眠時間を削ってまで行きたがるの?」

「そうだね。それは、やっぱり特別になりたいからじゃないの?特別って錯覚はきっと気持ちいいもの。そう、『錯覚』なら、ね」

そう言った佐代子さんの貌が曇る。

佐代子さんは全然秋野と縁のない人だったから、自分の超能力が現れたとき、どうしていいのか分からなかったって聞いた。

結局、偶然旦那様に拾われてこうして生きている。以前そう言って笑っていた。


3年になったとき、あたしは奇妙な出会いをしてしまった。

ある意味、運命の出会い。

そのとき、あたしは気が緩んでいたからか、力を制御できていなかった。

突然暗い色の吹き出しが見えた。

人の心の中で思っていることが吹き出しになって見えるけど、楽しいことを考えている人はその吹き出しの色が明るい。逆に陰鬱な気持ちで居るときは吹き出しの色が暗い。

因みに、殺人狂とかそういう感じで人を殺すのが楽しいって人の考えてる言葉の吹き出しは、色がどうこうではなく、禍々しい。悪意のあるものと無いものの違いは、肌で感じるから分かる。

今回の場合は、全く悪意がない。

ただの極度の自己嫌悪。

そして、彼女の思いを見てあたしは驚いた。

彼女はあたしと同じ超能力者だった。

名前は『葛城夢来』。

彼女の超能力は『予知夢』。多分発動条件は相手に心を許すことだと思う。

ずっと自分に言い聞かせていた。『誰とも友達にならない』って。きっと、間違いない。

家に帰って佐代子さんに報告をした。

佐代子さんはあたしの力の制御が出来ていなかったことに少々眉を寄せたけど、夢来のことが気になったらしく、あたしの話の続きを促した。

「どう思う?あたし、お近づきになってもいいと思う?」

「まあ、その手の人間不信の子は心を開くまでに時間が掛かるし、半端な気持ちで近づくのならやめてあげたおいたほうがいいと思うわ。よっぽどアキラにカリスマ性とかを感じるならすぐに心を開くだろうケド。それこそ、カリスマ性なんて持って生まれたもので、ちょっとやそっとで身に付くものじゃないし。まあ、当分無理ね。経験者は語るよ。」

佐代子さんは禁煙パイポを咥えたまま言葉を口にする。

佐代子さんはタバコを吸わない。でも、禁煙パイポを口にする。理由を聞くと『カッコ良さそうだから』と何となく予想できた答えを言われた。

「半端。どうかな?でも、この世には楽しいことがたくさんあるって教えたい。気付いてもらいたい。
佐代子さん、あたし思うのよ。夢来って、あっちゃんの居なかったあたしじゃないのかって。あのときあっちゃんが母さんの記憶を書き換えてくれたからあたしは母さんに愛されて過ごしてるんだと思う。
夢来とあたしの違いってあっちゃんが居たか居なかったかの小さな差だったんじゃないかな?」

あっちゃんがあの時居てくれなかったらって今でも思う。

それはとても悲しい。耐え難いことだと思う。

あたしの大好きな人に冷たい目で見られて、愛情をもらえなくて...

彼女はもう10年近くもそんな環境に居るのだ。

世界の温かさを知ってもらいたい。

その次の日からあたしは夢来に話しかけるようになった。

初めは全然無反応だけど、無視されたくらいであたしはへこたれない。


いつしか、会話が出来るようになった。

いや、これって結構錯覚。でも、表情を見ていると何を思っているのか分かるようになってきた気がする。自惚れかもしれないけど、それはとても嬉しいことだった。


「ねえ、見てーー!!あたしのナイト」

あたしの携帯の待ち受け画面を見せた。

あっちゃんに頼んで最近のものをメールして貰ったのだ。

そろそろあっちゃんも『姉離れ』しないといけない。だから、あたしも殆ど家に帰っていない。

そのときも、夢来は思ったことが顔に出ていたからとても楽しく『会話』ができた。無理に心を見なくても、相手が心を開いてくれれば何を思っているのか分かるものだ。

夢来は本が好きなようだ。

いつも休憩時間には文庫本を読んでいる。

「あー。また本を読んでるね。今日は何?」

夢来の前の席に座ったあたしに、タイトルが見えるように本を立てて背表紙を見せてくれた。

「あ、知ってる。この犯人はね」

「ストップ!犯人が分かってるミステリー小説って楽しみが8割なくなってるも同然じゃん。ダメよ、アキ。まだ言わないで」

とても温かな気持ちになった。

夢来はあたしのことを『アキ』って呼んでくれていたみたい。

いつも考えていた。

なんて呼んでくれるのか。

この学校の中の誰にそう呼ばれるよりも夢来に『アキ』って呼んでもらえることの方がとても嬉しい。

「な、何よ」

夢来がそう言う。

「初めて会話が出来たね。初めて、名前呼んでくれたね。アキって言ってくれたね。あたしはそれがとても嬉しい」

自然と気持ちを口にする。

夢来は赤くなって俯いた。

それ以来、彼女との会話の時間が増えた。

今までとは違う。もう、夢来は思ったことを口にしてくれる。そして、あたしを『アキ』って呼んでくれる。


夏休みのお盆中はどうしても寮を出なくてはいけないらしい。

毎年、その期間中は都内のホテルで静かに過ごしていると夢来から聞いたときとてもステキな案が思いついた。

幸い、佐代子さんの家は部屋が余りまくっている。

という訳で、佐代子さんにお願いをしてその期間中夢来を佐代子さんの家に誘った。

初めは驚いていたけど嬉しそうに承諾をしてくれて、あたしもその日が待ち遠しくなった。


夏休みに入って、夢来が来る日。

あたしはいつものように買い物に行く。いつもは佐代子さんと一緒に買い物は行くんだけど、今日は来客があるから佐代子さんには留守番をしてもらった。

八百屋さんの前であたしは悩み続けた。

「アキラちゃん、どうしたんだい?」

「スイカ。買おうか、どうしようかと...」

八百屋のおばさんに声を掛けられて、あたしはスイカを睨んだまま返事をした。

「ああ。じゃあ、切ってあげよう。女2人で一俵は少し多いんじゃないかい?」

「いや、今日は友達が来るんです。スイカって丸いのを切ったほうが楽しいですよね...よし、決めた!おばさん、スイカ一俵ください!」

「はいよ!じゃあ、少しまけてあげるよ!!」

「ありがとう、おばさん!!」

ということで、スイカも一俵買って帰った。

夏といえば、スイカと花火と風鈴だ。


「ただいまー」

家に帰ると見慣れない靴があった。夢来が来てしまったんだろう。

「おかえり。夢来さん、来てるよ」

佐代子さんに声を掛けられ、

「久しぶり」

居間で麦茶を飲んでいた夢来に声を掛けられた。

「いらっしゃい、夢来。佐代子さん、スイカ買って来ちゃった」

さっき散々悩んで買ってきたスイカを持ち上げる。

佐代子さんは笑いながら

「久しぶりだね、スイカ。アキラと2人だと食べることが無いから。ああ、もういいよ。私が持っていこう」

と言った。

流石にスイカも持っていくとなると重いから、スイカだけはあたしが持って行き、他の荷物は佐代子さんに任せた。


夕飯は3人で作った。

夢来は料理経験が殆どないらしい。というわけで、今日の夕飯作りのメインは夢来であたしと佐代子さんがサポートに回った。

とても難しそうに作ったハンバーグは見た目は、まあ、初心者だが味は中々のもの。

夕飯を食べ終わって、数日前に買っておいた花火をした。

その後は佐代子さんが切ってくれたスイカを3人で食べた。

ちょっと多いかなと思ったスイカは一俵丸々無くなってしまった。

夢来は佐代子さんの家に居る間は、実に働き者だった。実家に居たころは手伝いをしたことが無いと言っていて初めはぎこちなかったが段々慣れてきたようでテキパキとこなしていた。

近所の夏祭りにも夢来と一緒に行った。

佐代子さんの浴衣を借りて夢来に着付けた。

そして、夏休みがあっという間に過ぎてしまった。


夏休みが終わったある日、あたしは約束があって都内へ向かった。

「遅れた?」

「いや、ギリギリ。お前、いつもそれを狙っているだろう?」

「まあ、遅刻しないだけでもマシだろ?」

あたしが待ち合わせたのは、加賀治親(かがはるちか)と、杉浦臣(すぎうらおみ)。そして、田辺耕。

ハル君はあたしより2つ上で、臣は同じ歳。耕くんは1つ上。

彼らも秋野で副業をしている。

あたしたち秋野で働いている仲間だって気が合う合わないがある。

仕事をしていく上では私情は挟まないけど、それ以外だと会わない。逆に気の合う仲間とは時々こうして近況報告をしている。

「そういえば、アキ。彩(あや)から聞いたんだが、敦也と最近顔を合わせてないそうじゃないか」

「そうよ。だって、あっちゃんがお姉ちゃん離れできないと困るじゃない?」

「...奇遇だね。敦也君も同じことを僕に言ってたよ。『姉さんが弟離れするのに、丁度いい』って」

あっちゃーん...

「ま、どう見ても離れられてないのはアキラの方だろう?それはそうと、アキラ。近々仕事が来そうだな」

とハル君。

「そなの?」

「みたいだね。僕も下調べしている最中だから。それが確定したら決行でしょう?」

耕くんもそう言うのなら確かでしょう。

「そか。メンバーは?知ってる?」

「敦也が今回入るって聞いたな。あとは詳しくは知らないが、俺も一緒だ」

「臣は最近秋野の子になった優(まさる)のガードになるって聞いたけど?」

「ああ、だから、今の仕事はそろそろなくなるだろうな」

秋野は今のところ子供が4人。

一番上が女の子で『玲(れい)』。次が最近養子に入った男の子の『優』。今年生まれたのが双子の女の子で『昴(すばる)』と『恵(めぐみ)』。でも、噂によるとまた奥様ご懐妊だとか...

あたしたちは希望した者の中からその子供たちのボディーガードに入るようになっている。

臣は今度からボディーガードになるらしい。

となると一緒に仕事が出来るのはこれが最後ということになる。

仕事の話はそれで終わりになって、そのあとは学校の話。

あたしに友達が出来たというと皆が「幻覚?」とか「思い込みだろう」とか言う。

失礼な男たちだ!


そろそろ仕事を再開しようかと、耕くんとハル君が帰っていったので、臣とあたしも帰ることにした。

「送るか?」

「そんな、面倒くさいコトしなくてもいいよ。そこいらを歩いている男をあたしがねじ伏せられないわけがない」

秋野での訓練は勿論体術もある。

そして、それはハンパじゃなく厳しいものだ。

それを身をもって体験している臣は苦笑をしながら

「...それもそうだな。でも、ま。気をつけて帰れよ」

と言って去って行った。

あたしも家に向かう。

その途中、突然呼び止められた。長方形の紙を差し出されて「是非とも!!」と懇願されたが、未成年だし、親と相談してみると適当に断っておいた。

それはモデルの事務所のスカウトマンだった。

一応、力を使って心の中を見たが、自分の営業成績以外を考えておらず、ある意味、無害だと分かった。

家に帰って秋野の情報網からその事務所の資本やら成績やらを調べつくしておいた。

ひとつの選択肢として。


夏休み以来、夢来は佐代子さんの家によく来た。

とても気に入っているようだ。あたしもこの家が好きだし、夢来が気に入ってくれていると嬉しい。


しかし、ある日。夢来の様子がおかしかった。

あたしに何かを言いかけてやめた。

それの代わりに言ったことが適当すぎて、そして、彼女は『夢』と言っていた。

何か見たかもしれなくて、力になりたくて心の中を視た。

どうやら、今度の任務であたしは死んでしまうらしい。

しかも、夢来はそれを食い止めようと自分が何とかするつもりだった。

何とかしなくては、と思ってみるものの夢の中身が分からない。


考えているうちに仕事のミーティングがあった。

今回の仕事の内容を説明された。

「姉さん、どうかしたの?」

あっちゃんにそう言われて思わずあたしは手を上げた。

「あの!」

「どうした、彰子」

「はい。あの、あたし今回の仕事中に死ぬらしいです」

どう伝えていいかわからずに、ただ、それを口にした。

「どういうことだ?」

説明を求められてあたしが見たままを説明する。

「そうか。力の強い予知夢の少女が見たなら、信憑性もあるな...しかし、肝心の内容が分からないとなると、これまた厄介だな。今回は彰子抜きは少しばかり難しいし」

「じゃあ、彩に頼んではどうですか?あいつの式なら夢の中にも入れたと思うのですが?」

臣が提案をする。

その意見が採用となり、彩に頼んで夢を見てきてもらった。

それを分析すると、あたしが死んでしまう原因はあっちゃんにあるらしい。

色々シュミレーションした結果、あっちゃん抜きで今回の仕事を決行することになった。


仕事の日。皆は時間通りやってきた。

「アキ。お前の予知夢の友達はやってくるのか?」

臣が声を掛けてきた。

「うーん、どうだろう?出来れば来て欲しくないねー...あ、来てたわ」

建物の中を見渡すと心がたくさんある。

その中で、ひとつ、夢来の心を見つけた。

「どっちだ?」

「2時の方向」

保護してくれる予定なのだろう。臣が場所を聞いてきた。

その途端、カラン、と音がなった。夢来が足を滑らせたのかもしれない。

パスン、とサイレンサーを着けた銃の音が鳴った。間一髪で臣が夢来を抱えて走っていく。

それが合図となり、あたしたちは仕事を始める。

あたしはその途中、左手を負傷した。集中力が足りなかった。

それはともかく。仕事が終了した。

その間ずっと臣が夢来の傍に居てくれたから夢来も無事だ。

あたしは離れたところに居る夢来に向かって「ありがとう」とお礼を言った。

安心したのか、それともここ数日の睡眠不足が祟ってか夢来はフッと倒れた。

その後はあたしと臣で夢来を寮に忍び込んで部屋に戻して寝かせた。



翌日、夢来はすっきりしたように学校に来てあたしに声を掛けた。

「アキ!おはよう!!」

「おはよう、夢来。元気だね〜」

しかし、あたしの手の怪我を見てその笑顔が凍る。

「アキ、その手の傷って...」

「ああ、うん。それよりさ、夢来。今度の土曜日、暇?」

「え、ああ。暇だよ」

「じゃあ、一緒に来てもらいたいところあるんだけどいいかな?」

話を逸らす。

夢来には真実を打ち明けよう、そう思った。


「なーに見てんの?」

居間で名刺を見てると後ろから佐代子さんに声を掛けられた。

「んー。この先の進路を考え中。ね、佐代子さんって、足怪我しなかったらそのままあのポジションにいるつもりだった?」

あたしの質問に佐代子さんは驚いたように目を見開いて少し考えた。

「分かんないねー。あの仕事、ずっとやっていけると思ってなかったしね。アキラはどうしたいの?」

「このまま続けてもなー。どっちでもいい気がするんだよね。ただ、秋野の子達は好きだから守りたいって気持ちはあるけど...」

「芸能関係か...たしか、秋野でその方面は居ないでしょう?知り合いにはいるけど、Aチームの誰か、ってのはなかったと思うけどね。悪くない選択肢だと思うけど、でも、それをするのがアキラはイヤじゃないの?『好きなことをしてて、それでついでに情報も』って言う感じで居るんだよ、秋野のシステムは」

それは小さいときから見てきたから良く知っているつもりだ。

「でも、そっかー。言われてみればそうだね。いないね、芸能関係」

このでかくなりすぎた自分の身長を活かす仕事には持って来いだ。武術をたしなんでいるから姿勢がいいと昔から言われていた。

そっかー。

その日、あたしは自分の進路を決めた。




桜風
06.1.3



ブラウザバックでお戻りください