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土曜日の約束の時間から少し前に夢来が来た。
『楽な恰好でおいで』といったのにも拘わらず、夢来は制服を着ている。
やっぱり会場が畏まりすぎたんだ。
あたしは慌てて替わりの服を探しに部屋へ戻った。
よーく考えたらあたしと夢来って身長差がありすぎる。あたしの持っている服は皆大きすぎるのだ。
諦めて居間に行くと佐代子さんの着物を着ている夢来の姿があった。
「何で、こうも大げさなところでやるのかねー。レストラン借り切っての方がよっぽど気を遣わずに済むのに...」
いつもそう思う。
こういう楽な恰好で入ってもおかしくないところにして欲しいものだ。
でも、今日の会場は田辺さんが用意した。つまり、田辺さんが支配人を務めているホテルだ。
耕くんは結構昔から自分はSチームに入って秋野を助けるって言ってた。このホテルを継ぐ気でいるらしい。
エレベーターで上階に昇って奥の広間を目指す。
見慣れた『GIFT 様』と書かれた部屋の入り口で声を掛けられた。
「お。彰子、久しぶりだな。後ろの子は初めて見る顔だけど。名簿に...」
と言いながら名簿を見た。
「ねえ、アキ。私が一緒に来ても良かったの?」
夢来が心配そうに声を掛けてきた。
「うん。大丈夫。望月さん、この子は7歳のときのあたしだから」
そう告げると納得して笑顔で通してくれた。
会場の中は相変わらず人が多い。この中に知らない人なんてたくさん居る。
突然、夢来が恐る恐るあたしに「アキって実はすっごいところのお嬢様?」と聞いてきたから思わず爆笑をしてしまった。
「いやいや。そんな大層なもんじゃないよ。まあ、収入で言ったらそうかもしれないけど、本質はそんな上品なものじゃないから」
父さんの収入はいい。でも、それは褒められるような仕事ではない。
「怪我をしたそうだな。気を抜くからだ」
簡単に後ろを取られてしまった。まだまだ修行が足りない。
「加賀さん!お久しぶりです。あたしも出席率が高い方じゃないけど、加賀さんの出席は幻の珍獣、ツチコノなみですよね」
加賀さんはハル君のお父さんで、お父さんの仕事仲間。昔は一緒に旦那様のボディガードをやっていた人だ。今は大人しく医者をしている。
「誰が、ツチノコだ。怪我人が居ると聞いたから来たんだが...かすり傷だな」
「酷い!乙女のこの白い手に傷がついているのに、かすり傷だなんて!!」
「そうか、悪かったな。でも、敦也がいて怪我をするとは、それこそ珍しいな」
加賀さんが苦笑をしながらそう言った。
あたしはあっちゃんがいるときは絶好調だというので実は秘かに有名らしい。
「あー。あっちゃんは居なかったんだよこの間は。色々分析した結果、あっちゃんが原因であたしが死ぬってことだったから」
あたしの言葉に、夢来が驚いた気配がした。
加賀さんと話をしているとあっちゃんが目に入った。
「あっちゃん!」
「久しぶり、姉さん」
思わずあっちゃんを抱き締めてしまう。あっちゃんは苦笑をしながら抵抗はしなかった。
あっちゃんは他にも話をしておきたい人が居るからと言って人ごみの中へ消えていった。
飲み物を取って夢来を誘い、壁際の椅子に腰掛けた。
「驚いたでしょ?さて。あたしの話をしよう」
一度顔を伏せて深呼吸をする。酷く、緊張をしているようだ。
「まずは夢来に謝らないといけないんだ」
「何故?」
「うん。私は、2回夢来の心を読んだから。あたしも、夢来と同じ超能力者なんだよ」
あたしの言葉に夢来が戸惑う。
「あたしの能力は『心を読む』こと。俗に言う読心術だよね。あたしの『読む』って本当に『読む』なんだ。漫画って読んだことがあるよね?アレってセリフは吹き出しの中にあるでしょう?あたしは人の思っていることが見えるの。ホントに文字になっているの。体の横に吹き出しがあって、そこに考えていることが書いてあるの」
夢来が奇妙な顔をしながら自分の横の空間を見た。いつも、あたしが吹き出しを見る場所だ。
「そう。そこにね、出てるの。初めて夢来を見たとき、あたしちょっと気を抜いててね。力を抑えていなかったの。で、夢来が予知夢を見れて、それで、その力に苦しんでいるのを知ったの。だから、思わず話しかけてしまったの。それが、1回目。次が、夢来が予知夢を見てしまったとき。凄く気になったから、思わず見てしまいました。ごめん...」
夢来が驚いて言葉を失ってしまった。それでも、あたしは話さないといけない。
「夢来はね。あっちゃんがいなかったあたしだと思った。あたしも、初めて力が現れたときは自分の力の異常さを知らなくて、見えてしまったお母さんの心の中を読んで口にしてしまったの。それで、お母さんに異様なものを見るような目で見られた。それは異常なものへの畏れの目だった。その目を見て、あたしはもうダメだと思った。でも、あっちゃんが助けてくれたの。あっちゃんも力を持ってて、でも、それはあたしよりも早くそれが現れてたみたい。自分の力が何なのか分かってたあっちゃんはすでに使い方を理解してたんだと思う。あっちゃんは、あたしのために、自分の母親の記憶を書き換えたの」
夢来が会場の人ごみの中に居るあっちゃんを見る。
「お父さんが丁度あたしたちのそれを見てて、ここに連れてきてくれたの。ここに居る人たちはね、殆どが超能力者。千里眼に、テレパシスト。ファイヤースターター。色んな能力を持っている人たちが居る。
勿論、そういう人たちばかりじゃないよ。そういう超能力は持っていないけど、何か特化している人。
ほら、あそこの。彼はハッカーなんだって。あたしたちみたいな力じゃないけど、それでも、人とは違う力じゃない?
でもね。あたしの雇い主はこう言ってるの。『君たちのその力は、神様からの贈り物。GIFTなんだよ。呪いを受けて生まれてくる人なんて居ない。人は皆、祝福されて生まれて来るんだよ。親とか親戚に、とかじゃない。神様に祝福されて生まれるんだ』って」
困惑した目で夢来があたしを見る。
「ねー、御伽噺って気がしない?でもね、その言葉はとても温かいよね。救われる気がしない?あたしの今の副業はボディーガードってところかな?直接的ではなく、狙われたって分かったらそれを未然に防ぐっていうところにいるの。この前、夢来がいたのはその場面。
夢来はね、知らなかっただけなの。力の制御の仕方とか、その力が神様からの贈物だとか。教えてくれる人がいなかったから当然だけど、でも、それを覚えたら愛せるよ。自分も人も。家族も。別に、誰かに弟子入りするっていうんじゃなくて、話を聞いてみて。ここには夢来と同じ悩みを持ってた人、持ってる人が居るから」
全てを告白してあたしは席を立つ。もう、二度と友人ではいられないだろう。でも、何とか夢来の役に立ちたかった。
夢来に楽しい世界を見てもらいたかった。
「待って、アキ。私、アキの話が聞きたいよ。アキはどうやって制御してるの?どんなとき、それが綻びるの?教えて。私は一番アキの話が聞きたいよ」
夢来に袖を掴まれる。
思ってもみなかった言葉にあたしは思わず泣いた。
神様がくれた宝物がまたひとつ増えた。
あたしは子供の頃の話をした。
あたしの力が現れて、でも、あっちゃんのお陰で何とか母さんと家族で居られたこと。
佐代子さんや耕くんにお世話になったこと。
同じ歳の超能力者や、他の仲間たち。
一通り話し終わると、父さんを見つける。
それは、今日、此処に来た理由のひとつだ。
「父さん」
「手は、大丈夫か?」
あたしの怪我をした手を見て、開口一番そう言った。
「うん。ちょっとしくっちゃった。それはともかく。あたし、決めました。Sチームになる。これを見て」
数日前までずーっと眺めていた物を差し出す。
「芸能プロダクションか?」
「うん、モデル。出所とか、それがホンモノとかそういうのは確かめたよ。あたしはこっち方面で役立ちたい」
「別に、引退しても良いんだぞ。好きな道を見つけたらそのままこっちを辞めても誰も何も言わない。祝福するだけだから」
「うん。でも、あたしは昴も恵も、秋野の子は皆好きだから」
「...そうか」
父さんはくしゃりとあたしの頭を撫でて一言そう言った。
「あ、高校は行かせてね。全部頑張るから」
「三足の草鞋だな」
「それくらい、履きこなしてみせるよ!」
「まあ、そうだろうな」
そう言った父さんが不意に隣にいた夢来を見る。
「葛城夢来さん、でしたよね。娘がいつもお世話になっております」
「い、いいえ!こちらこそアキ、じゃない。彰子さんにはお世話になりっぱなしで。学校でも.....」
夢来が話し始めるが、その言葉が止まりそうもない。
さすがに学校の話とかされたら恥ずかしいのであたしは止めに入る。
「ね、夢来。学校のことはこれ以上言わないで...」
夢来の言葉が止まったのを受けて、父さんが夢来に向かい合った。
「あなたのお陰で、彰子が生きています。本当に感謝しています」
深々と頭を下げる父さんが妙に照れくさかったけどちょっと嬉しかった。
夢来はあたしと同じ学校に行きたいと思っているらしい。
ということで、夢来は佐代子さんの家に毎日通ってあたしと一緒に勉強をするのが日課となった。
ある日、佐代子さんが夕飯のときに話してくれた。
夢来に養子にならないかと話したそうだ。
その話を切り出すときは、今までの人生の中でもかなり緊張したと笑っていた。
でも、そうなったら本当に素敵だと思う。
夢来はあたしの大切な友人で、佐代子さんはあたしの大好きな先輩で。
佐代子さんも夢来もお互いを大好きだし、とてもいい話だと思う。
しかし、夢来がお父さんと話をしてきた結果を聞いて、あたしは眉を顰めてしまった。
何か、人の親をどうこう言うのはいけないと思うけど、でも、感じ悪い...
佐代子さんと話をしたいと夢来のお父さんが言ったからホテルで会食をすることにしたらしい。
しかし、先方の指定してきたホテルの名前を聞いてあたしは何といって言いか分からない。
オーナーの名前を知らないで指定したんだろうとは思うけど...
夢来にお父さんの話を聞いてあたしは心配になった。
あたしは慌ててある会社を目指した。夢来のお父さんの会社と取引のある会社だ。
受付で『篠崎俊夫』さんと話をさせてくださいってお願いするけど予定にない面会は出来ませんとかえらそうに断られた。
仕事の専用の回線があるけど、でも、あたしは『秋野の一員』としてではなく、『高橋彰子』としてお願いしたいのだ。
俊夫さんは正直苦手だ。
初めて会ったときの印象が『とても怖い人』となり、いまでもそれは引きずっている。「一種のトラウマだね」と佐代子さんは笑っていた。
「...彰子?どうした??」
偶々外に居たらしい俊夫さんが帰ってきた。
「俊夫さん!お願い!!」
周りに居たボディーガードらしき人を潜り抜けてあたしは俊夫さんの胸倉を掴んだ。
俊夫さんは苦笑をしながらあたしの話を聞いてくれた。
俊夫さんは1回だけ、自分のボディーガードのハズの数人を一瞥して溜息を吐いた。
「人件費、ちょっと無駄遣いしてるか、俺?」
呟いて鞄を秘書に預けて
「少し出てくる」
と言って、あたしの肩をポンポンと叩いて会社を出て行った。
1時間くらいして俊夫さんは戻ってきた。
「俊夫さん!!」
応接室で丁寧なもてなしを受ていたあたしは、応接室に入ってきた俊夫さんの名前を口にした。
「ああ。佐代子の方は大丈夫だ。お嬢ちゃんの父親は快諾して慌しく帰っていったさ。晴れて、佐代子とあのお嬢ちゃんは親子になれる」
よかった...
「まあ、アレだな。俺のことが嫌いなのによく此処に来ようと思ったな、彰子。よっぽど佐代子とお嬢ちゃんのことが好きなんだな」
苦笑をしながら俊夫さんが言った。
「え?あたし、俊夫さんのこと嫌いじゃないですよ?ただ、ちょっと怖いだけ、苦手なだけです」
俊夫さんは面食らったように眉を上げて、そして笑った。
「知らなかったよ。俺はてっきり彰子に嫌われていると思っていた」
「だから、あたしの姿を見つけて距離を取っていたんですか?あたしの方こそ、嫌われてると思ってましたよ?」
時々行っていた『GIFT』で俊夫さんの姿を見かけていたが、いつの間にか見えなくなっていた。
だからこそ、嫌われていると思っていたし、それであたしも避けるようになっていた。
数年にわたる誤解が解けたお祝いだと言って俊夫さんにパフェを食べに連れて行ってもらった。
出かける俊夫さんに部下の人たちが泣き縋ったが、
「あと、ヨロシク」
と一言返事をして俊夫さんは会社を後にした。
部下の人たちが涙目であたしを見ていたので良心が痛んだのだが、やはり俊夫さんは全く気にすることなく数時間、あたしと喫茶店で過ごした。
その後、夢来は『能瀬夢来』になった。
あたしは夢来と一緒の高校に通いながら二種類の仕事をこなす日が続いた。
忙しく、大変だったけど、夢来が話を聞いてくれた。
一緒に笑って、悩んで、そして、やっぱり笑った。
とてもステキな時間を過ごすことができた。
そして、高校を卒業して10年。
あたしはこの業界では結構有名なモデルになった。
そして、長年の夢だったあるブランドに袖を通している。
「アキ、今度のはどう?」
「いい感じ。色合いとか生地があたし好きだな」
それは夢来が立ち上げたブランドの服。
学校を卒業して修行を経てこの歳で自らのブランドを立ち上げた。
夢来はいつか言っていた。「夢が叶うのなんて待ってらんない。夢を追いかけて掴んでみせる」と。
言った通りに自分の夢を掴んだ。
あたしは今も秋野の仕事は続けている。
初めはそれが動機で入ったこの世界。
でも、今はそれが目的でここに居るんじゃない。
あたしがここに居るのは自分のため。
夢来のような形のある夢は持っていないけど、でも、結構性に合ってて楽しいし、色んな人の力になれているって知ったから。
あたしは神様から贈り物をもらった。そして、それを気付かしてくれた人が居た。
それは、とても幸せなこと。
だから、その幸せをたくさんの人に分けてあげたい。
何もこの超能力だけが神様からの贈り物じゃないんだ。
あたしが持つ全てが神様からの贈り物。
それはとてもとても大切な宝物。
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