| 夏祭りに行きたいというの小さな我侭を聞いて折角のオフを彼女のために使うことにした。 と、いっても。元々そのオフには全く予定がなかったので特に支障はないのだが... いつものように仏頂面をして待ち合わせ場所に向かうと、意外なことに浴衣姿のが立っていた。 「珍しいな」と堺が言うとは少し拗ねたような表情を浮かべて 「大人なんだからもっと気の効いたことを言って欲しいものね」 と返された。 「それこそ、大人の反応じゃないな」と言い返すと、はそっぽを向く。 こそ年の割りに子供っぽい表情をする。 職場ではもう中堅と言うか、ベテランの域に入っているので後輩に頼られることが多いと言うのが本人の談なのだが、堺にしてみれば「見栄を張るな」と言いたくなる。 だが、まあ。そこがの可愛いところだと思ってはいるのだが、残念なことに堺はそういうことを伝えるのが苦手で、ちょっとイジワルな恋人という状態だ。 同僚には「お前らしいな」といわれるのだが、それはそれで複雑だったりする。 自分の思い、気持ちを簡単に口に出来る後輩を見たらちょっとムカつく程度に羨ましいし、自分もその10分の1くらい彼女に伝えられているのだろうかと心配にもなる。 カラコロと下駄の音をさせては堺の隣を歩く。 少し、速いか...? 下駄の音があるため、自分の歩調がどの程度か分かるのが有難い。 「速いか?」 「ううん、全然」 本人がそう言うのだ。なら良いな。 それでも、心持ち歩調を遅くして神社の境内に向かった。 「何だって、こんな人ごみの中に突進したいとか思うかな?」 堺が呟くと「いいじゃん」と拗ねた声が返ってきた。 家でゆっくりするのだって悪くないと思うのだが... そう思った堺は此処で年下の彼女とのジェネレーションギャップかと、それはそれで小さな衝撃を受けた。 「どうしたの?難しい顔してるけど...」 自分の顔を覗きこんでそう言うに「何でもない」と返して彼女の顔を押しやった。 そんな堺の行動に「もう!」と不満の声を漏らしたは堺を置いてひとりで歩き出した。 「おい、ちょっと待て」 堺が声を掛けたが彼女は足を止めることなくさっさと境内に向かっていく。 「ったく...」と呟いた堺も彼女を見失わない程度に歩調を速めて境内に向かった。 見失わない、ということは後ろから様子を見ていると言うことで。そこでやっと気が付いた。 「チッ」と舌打ちをしたのは自分の鈍さと言うか、気の利かなさだ。 人ごみを縫ってに追いつき、そのまま手を引いて人ごみから外れる。 「何?!」と驚くを「座れ」とブロックにハンカチを敷いて座らせた。 怪訝そうにしていながらも言われたとおり座ったの足元に膝をつき、彼女の下駄を脱がす。 が「あ!」と声を上げると同時に「やっぱり」という堺の声が重なった。 「慣れないもん、履くからだ」 「浴衣にスニーカーなんておかしいじゃない」 「浴衣、ってのから離れられないのかよ」 ハンカチを濡らしてこようにも、自分のそれは今はのお尻の下にあるし... そういえば、がティッシュか何か持っていないだろうか。 そう思ってを見上げて堺はぎょっとした。 「ちょ、待て!どうした??そんなに痛かったのか?!」 慌てる堺に「違うもん」とが返す。 「じ..じゃあ何で泣いてんだよ」 「女の子がおしゃれをするときは、好きな人に見てもらいたい気持ちでいっぱいなんだよ」 そういい終わったの目からポタポタと涙が落ちてきた。 ああ、そうかと堺は納得したと同時に反省して「悪い」と呟く。 「、ティッシュ持ってるだろう?」 堺の言葉に彼女は頷いて巾着からそれを取り出し、受け取った堺が「ちょっと待ってろよ」と言い置いてその場を去っていく。 一生懸命背伸びをしていたが、とうとうぼろが出た。 こんなことくらいで泣くなんてみっともない。 はぁ、と深い溜息を吐いては空を見上げた。 一生懸命おしゃれをしてもそれが届かないってことはきっと似合っていなかったんだ。 「あーあ、ダメだな...」 口に出してしまうと益々そう思えてくる。 どうしてうまく行かないのだろう。どうやったら釣り合うのだろう... 待っていろといわれたが、帰ろうかと悩む。この程度なら頑張れば帰れないこともない。 下駄を履こうとすると「待ってろって言っただろう」と呆れた口調の堺が声を掛けてきた。 ビクリとしては覗うように堺を見る。 その視線に気づいていたが特に反応をせずに堺は膝をついて下駄の鼻緒ですれているの足にティッシュを当てた。 声にならない悲鳴を上げた彼女に「ったく」と溜息混じりに言う。 傷口をティッシュで拭き終わった堺がに背中を向けた。 「負ぶってやるから、乗れよ」 「だ..ダメだよ。体、痛めたら...」と言うに向かって堺は盛大な溜息を吐いた。 「あのなぁ...自分の恋人を背負えないような鍛え方はしてない。良いから乗れって」 そう促されては躊躇いがちに堺の背中に体を預けてみた。 特に気合を入れるでもなく堺は立ち上がる。 ブロックの上に置いている自分のハンカチを回収し、立ち上がる際にはの下駄を手に持っている。 「重くない?」 自分の体を気遣っての言葉だと分かっていたが「予想していたほどには」と少し意地悪に返すと「もう!」とが拗ねる。 「なあ、」 すぐ近くに聞こえる堺の声に少しドキドキしながら「なに?」と返す。 「先に言っておくぞ?浴衣が似合っていなかったわけでも、嫌いってワケでもないからな。ただ...あんまり着るな」 良く分からないことをいわれた。「なんで?」と素直に聞く。 「あ、下駄の鼻緒で傷を作るから?」 今日の、この状況を作った原因を口にする。 「それもあるけど」と珍しく言葉を濁す堺に「それ以外に何かあるの?」とさらに問いを重ねてみた。 「...他の男に、見せたくないから」 ごにょごにょとそう言った堺の耳は真っ赤だった。 「ねえ、堺さん」 「んだよ」とぶっきらぼうに返す堺に「わたし、30歳を超えた人がここまで耳を真っ赤にした姿、見たことない」と感想を述べる。 「うるさい。で、返事は?」 いつもの、ぶっきらぼうな堺の言葉と声には頬を緩めた。 「堺さん、大好き」 「な?!ば..!!」 珍しく狼狽した堺を今日は2回も見たなぁ... そんなことをのんびりと思いながらはぎゅっと堺にしがみつく。 「ったく...」とやっぱりぶっきらぼうに呟いた堺は少し表情を緩めて自分の肩に顔を乗せているの頬に「俺もだよ」の言葉の代わりにキスをした。 |
桜風
10.8.1