| 日が傾いた頃、縁側に座って外を眺めていると車が家の前に停まる。 は立ち上がって玄関に向かった。 「ごめんくださーい」と言う声を聞いて「はーい」と返事をする。 昔は祖父母も居て賑やかだった。 しかし、祖父が亡くなり、祖母も3年前に亡くなった。今ではこの広い一軒家にはだけが住んでいる。 何度かこの大きな家を手放そうかとも思ったが、何となくそれが出来なくて。それでも、来年の今日はもうこの家には居られない。 玄関の引き戸を開けると、見慣れた飄々とした表情があった。昨日突然連絡があって「明日行くから」と言われた。 「いらっしゃい、石神さん」とが言うとニコリと笑って「久しぶり」と言う。 彼の手には、彼の実家のお団子がある。 仲秋の名月。 忙しいからここ数年は難しかったけど、それでも彼の実家から必ずお団子は送られてきていた。 「昨日、ビックリしちゃった」 「俺も」 笑って返す石神はまず仏間に足を運ぶ。 の祖父と知り合いであった石神は昔からのことも知っていたし、一緒に遊んだりもした。 結局どういう知り合いなのかイマイチ分からないが、それでも石神が来たら祖父母は喜んだので、自分にとっても嬉しいお客様だった。 祖父の葬式には彼も参列できたが、祖母のは試合の日と重なってダメだった。 後日、改めてやってきて線香を上げてくれた。 「ごめんな」と謝られて泣きそうになったのをは覚えている。 此処に来ると石神はまず仏間に行って長い時間手を合わせる。まるで祖父たちと話をしているみたいに。 その間にはお茶の支度をする。 合わせた手を降ろしたのを確認して「お茶、どうぞ」とが石神に声を掛ける。 「あいよー。でも、団子は夜だぞー」と言われて「そんな食い意地張ってません」と言い返すと「そうだったかなー」と返されてはむくれた。 「ここ、壊すんだって?」 不意に言われて少し後ろめたさを感じた。 「うん、区画整理にかかるって聞いたし。頑張って反対するのに理由も経済力も、ね」 この家がなくなるのは仕方ないが、まだまだ社会人になってそう時が経っていない自分には大きすぎる。 あと10年キャリアがあればきっとこの家を維持することは出来ただろうが... 「引越し先は?」 「まだ。引っ越すタイミングとかも考えて、あと半年くらいの猶予があるからゆっくり探すよ」 「ふーん、そかそか」と何気ない様子で石神が頷く。 「ところで、夕飯何が良い?」 聞かれた石神は「腹を壊さない感じで美味しいやつ」と言う。 「たぶん、前半部分は要らないよね?」 が言うと「だって、シーズン中だしさ。今体調崩したらあっという間にレギュラー取られるし」と返す。 は肩を竦めて「じゃあ、デリバリーにしとこうか」と言うと「いーや。でも、の手作り」と言われて呆れた。 昔から祖父母に育てられたは料理は得意だ。ただ、若者が喜ぶようなメニューは作れない。 煮物とかならドンと来いなのだが、から揚げだとかとんかつとかは既に自分も胃が受け付けなくなっている。 友人に「胃だけおばあちゃん」と高校時代に言われたが、まあ、その通りかなーとも思った。 「カロリーとかそんなの気にしなくて良いからなー」と石神に言われたが、そもそも和食中心だからカロリーが抑えられている。 食事が終わって縁側に並んで座る。ススキを飾って、お団子をお皿の上に載せて夜空にはぽっかりと満月。 「ウチにさ、健康オタクが居るんだよ」 「健康オタク??」 頭に『?』が浮かぶに笑みを零して、「そう。そろそろベテランの域に入るからって物凄く体に気を使って。飯食いに行ってもカロリーばっかり気にしてるんだよなー。女子高生かー?ってちょっと突っ込みたくなる」 「えー、誰だろう」 『ウチ』と彼が言うのは自分の所属するチームだ。 試合は何回か見に行った。だから、選手の名前を言われたらどの人かたぶん分かる。出来ればユニフォームの番号も教えてもらえると有難い。 「堺って分かる?」 「え?FWの人だよね?えーーー!見えない!!」 笑いながら言うと「いや、ホント。あの人、ちょっと面倒なときがある」と石神も笑いながら返す。 お団子のお皿には串だけとなった。 「さて、」と石神が言う。 忙しい中来てくれた石神に感謝しつつも、ちょっと離れがたいと思っていたは少し困った顔をして「うん」と言う。 「あのさ、引越し先」と突然言われた。 「ん?」 「ウチにおいで」 本当に唐突だ。 は目をぱちくりとした。 「ん?」 首を傾げる。 「の作るメシ美味いし、この広い家できちんと掃除して綺麗にしてる。一緒に居て楽しいし」 おおー、共同生活。 そう思ってぽんと手を叩いた。 「さっき、じいさんたちにちゃんと挨拶したし。嫁においで」 「はあ?!」 思わずの大きな声。は慌ててパシッと手で口を覆う。 「シーズン中はちょっと引越しとか手伝うのムリだから、諸々の手続きはシーズンが終わってからな」 何事もないかのごとく話が進んでいく。石神の手によって勝手に。 「いやいや、まずはわたしの返事を聞くのが先なのでは?」 「じゃ!」 の言葉に反応せずにそそくさと石神が廊下を歩いていく。 「え、ちょ...!!」 慌てて追いかけて靴を履いている石神のシャツの裾を掴む。 「逃げるのか」 「逃がしてよ」と何だかいつもと違うちょっと情けない声が返ってきた。 顔を覗いてみると複雑そうな表情を浮かべている。 「珍しい...」 「だって、此処で断られたらさー」 複雑そうな表情でそう言う石神に「おじいちゃんは何て?」と聞いてみた。 「『幸せにしないと許さないぞ』ってそれはもう、よくよく言い含められた」 「で、石神さんは何とお答えしたのかな?」 「それは勿論。『全力で』と」 目が泳ぎ始める。そろそろ居た堪れなさがマックスなのだろう。 「じゃあ、いいよ」 が言う。 「ん?」と石神が首を傾げた。 「シーズンオフのときに、石神さんちに引っ越すわ」 「えーと..ん?」 はっきりしない返事のようにも思える。 は悪戯っぽく笑っている。 「さん、俺のお嫁さんになってください」 石神は改めて言ってみた。 「よろこんで。よろしくお願いします、石神達雄さん」 は笑いながらそう答えた。 |
桜風
10.9.1