| 「おはよう、有里」 ホワイトボードに予定を書き込んでいる有里に声を掛けて彼女はさっさと事務所に向かった。 「あ、おはようございます。さん」 スーツを身に纏い、いつもビシッとした服装のの背に向かって挨拶を返した。 東京浅草を本拠地とするプロサッカーチームのイースト・トーキョー・ユナイテッド。通称ETU。 毎年二部降格圏内でシーズンを終えている当チームが今年新しい監督を迎えた。過去にこのチームでエースと呼ばれていた達海猛だ。 周囲の反発が大きい中で彼を迎え入れたジェネラルマネージャーの後藤の覚悟は大きい。 そして、先ほど広報の永田有里に声を掛けたはサッカーが嫌いで嫌いで、詳しすぎて有里にこのチームに引き込まれたのだった。 嫌いなので嫌いを克服しようと色々と調べたら嫌い度は変わらないものの、知識が非常についてしまったのだ。 「おはようございます」と事務所に入ると「おはよー」と目の下に物凄いクマを作っている達海がいた。 「おはようございます」と律儀に挨拶を返して溜息を零す。 「まだ時間があるんだから、寝てたら良いでしょう。どうせ監督は走ったりしないんだから」 腕に掛けていたコートをハンガーに掛けてロッカーに仕舞う。 デスクに着いてパソコンの電源を入れた。 「なあ、」 いつの間にか呼び捨てにされているこの現実。どうしてだ?ああ、欧州での生活が長かったから? そんなことを思いながら「なんですか?」と返した。 「ってパソコン得意?」 「得手、不得手で聞かれたら得手です」 「んじゃ、映像の編集できる?」 「映像の編集?」 眉間に皺を寄せながらは返す。 「そ、編集」 「そういうのってソフトが要りますよね?」 「んじゃ、それを買ったら出来る?」 「慣れるのに時間は掛かると思います」 「時間が掛かるのかぁ...」と少し唸った達海が「シーズン後半までには?」と聞いた。 「今から準備すれば前半戦までには余裕かと...」 「マジで?!」 目を丸くして聞かれた。 「ソフトの仕様にもよると思いますけど。たぶん、いけますよ」 家電には強い方だ。 「有里ー!」 達海は早速訴えやすそうな人を探して事務所を出て行った。 何だったんだ...? おそらく、対戦チームの動きとかそういうのを映像として見せるのに編集を、とか思っているのだろう。 達海はそういうのは得意ではなさそうだしな... そう思いながらはメールのチェックを始めた。 そして、数日後。 「んじゃ、これね。よろしく」と達海がドンとのデスクに箱を置く。 「何ですか?」 「何だよー。この間聞いたら出来るって言ったじゃん」 映像の編集のことである。 「ええ、まあ。あ、これがソフトですか?」 「そーみたい」と達海が言う。 「んじゃ、できればプレシーズンまでには習得して、さらに編集が出来るようになっててね」 そう言って達海は事務所を出て行った。 昼間は通常業務を、夜になってソフトとの格闘を始める。 馴染みの無い作業なので多少は時間が掛かりそうだ。 「おー、やってる、やってる」 覗きにきた達海がそう言いながら事務所に入ってきた。 「ど?できそう??」 「まあ、プレシーズン何日前までに出来れば良いですか?」 「んー、3日前までには編集作業まで済ませてほしいかな?」 「3日...」と呟きながらは自分のデスクの上に飾っているカレンダーを見た。 ちなみにこのカレンダーはETUカレンダーで、メインは選手達の写真だが、カレンダーの右下隅にはパラパラ漫画になるようパッカが毎月1コマずつ書いてある。 最後の12月でゴールを決めるために只管ドリブルをしているだけなのだが、はこれがお気に入りだ。 今のカレンダーはまだ2月半ばだが、プレシーズンマッチともなれば時間がない。 「マジですか」と呟いてスキル習得に本腰を入れた。 「んじゃ、よろしく〜」 そう言って達海が事務所を出て行く。 「あ、そうそう」と達海が足を止めて振り返る。 は取扱説明書とパソコンのモニタを見比べてブツブツ呟いていた。 「」 名前を呼ばれて顔を上げると何かが飛んできている。 「わ!」とそれを受け取ると冷たくて驚いた。 見ると、チョコレートのアイスクリーム。 「ハッピーバレンタイン」 笑いながら達海が部屋を出ていく。時計を見れば日付が変わっていた。 「あ、そっか...」 先日有里に今年のバレンタインはどうするかと聞かれ、とりあえずお徳用チョコの袋を2袋くらい買って、適当にばら撒いてしまおうって話をしたことを思い出す。 「ま、とりあえず。ありがたくいただきましょう」 そう呟いて袋を破った。 |
桜風
11.2.14
11.4.24再掲
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