休日手当
タッタッタッと地を蹴る音が近づいてきた。
道の端に避けてみると肩をポンと叩かれる。
「よ! 名物監督」
スーツ姿のが額にうっすら汗を滲ませて笑っている。
「なに、それ」
「何してんの、こんなところで」
「コンビニの帰り。アイス食べたくなったから」
「お、不摂生」
「選手じゃないんだから。そっちは? 仕事?」
「休日出勤とかいうやつ。やー、手当足りないなー」
あははと笑うが目が笑っていない。
「ご愁傷様」
「ホントに」
自分の歩調に合わせて歩き始めた彼女に「走んなくていいの?」と聞いてみた。
さっきは走っていた。
「いや、さっき走ったのは達海を見つけたから」
「俺?」
「そう。暇そうにズルペタンて歩いてるの見かけたからね、なんか走り出してた」
と達海は高校の同級生だ。
達海がプロになってから出来た『なんちゃって友人』ではなく正しく友人の彼女には、達海も反応が悪くない。
基本的に、『なんちゃって友人』に対してもちゃんと『友人のような』態度はとれるが、やはり少し雰囲気は異なる。
「休みの日も出なきゃいけない仕事って何?」
ガサゴソとコンビニの袋からアイスを取り出しながら達海が聞く。
「会議資料の作成」
「ちゃんと計画的に作業しないからだ」
「私は、計画的に作業したんだけどねー。昨日帰る間際にミスが見つかって。直すかどうかって話になって、このまま続けても作業効率が悪いから、明日仕切り直そうって話になって」
「チームワークは大事だぞー」
「はいはい。……あれ? そういえば今日は試合ないの?」
シーズン中は、土曜か日曜に大抵試合がある。
「明日」
「え、監督がこんなところでプラプラしててもいいの?」
「プロフットボーラーの練習は、一日中とかじゃないからね」
「いいなー」
「だらだらと一日中練習するよりは集中して短時間で練習した方が効果あるからね。それでなくとも、消耗が半端ないし」
「短時間で効果的。あー、どこかの禿げたおっさんに言ってやりたいわ」
「言えばいいじゃん。そういうの気にしないでしょ?」
「私も大人になったのよ」
ふう、とため息を吐いて遠い目をする。
歯に衣着せぬ物言いをしては周囲から注意されていた高校時代とは違う。
ただし、達海はその歯に衣着せぬ物言いを気に入っていた。わかりやすくていい、と。
「ふーん、つまんない」
「会社、馘になったら次探すのが面倒くさいもん」
「移籍も悪くないんだけどね」
「スカウトがあれば考える」
「業績残さないとスカウトなんて来ないでしょ」
「そこー!」
指さして同意するはため息を吐き、腕時計で時間を確認して「さて」と気を取り直すための一言を零した。
「んじゃ、またね」
肩にかけていた鞄をかけなおして達海を見上げる。
「走んの?」
「走ったらすぐに電車に乗れる」
「んじゃ、特別手当て」
パキッと小気味のいい音がした。
「お、パピコ」
「がんばれ」
「ありがと! じゃ、また今度愚痴聞いてねー」
「愚痴はヤダなー」
「んじゃ、楽しい話聞かせてねー」
言い直して彼女が駆けだした。達海から分けてもらったパピコは短いがリレーのバトンのようだ。
元陸上部の血が騒いだのかもしれない。彼女の姿は思いのほか早く小さくなっていく。
「おーおー。まだあんなに走れるのかよ」
三十路の半ば過ぎてあの走りは中々だ。しかも、普段碌に運動していないと言っていた。
いや、しかしアレはある程度走り込んでいる動きだ。となると、いつ走り込んでいるのか……
「遅刻すんなよ」
思い至った結論に苦笑を零しながら達海は呟いた。
毎朝通勤ダッシュを決めているのだろう。
楽しい話を聞かせろと言われたが、これを聞いてみるのも楽しそうだ。
空を見上げると雲ひとつない青空で、明日も天気がよさそうだ。
桜風
19.05.01