| 最近の彼女は落ち着かないな、と皆は眺めていた。 彼女こと、はプロサッカーチームETUこと、イースト・トーキョー・ユナイテッドの広報部のスタッフだ。 語学が堪能で、本人曰く、5ヶ国語以上話せると言う。ただ、自分達がその言葉に間違いがないか判ずることが出来ないので確認できないが、少なくとも、イタリア語と英語とポルトガル語は間違いなく話せるという証明はされている。 彼女は普段、選手達と話をするときは英語で話す。 曰く、人見知りだとか。しかし、意思疎通がどうしても必要なときは日本語にする。 実際、何か頼みごととかされるときは日本語だ。だが、こちらから挨拶をしたり、世間話をするときは英語で返事をされる。 だから大抵の選手は彼女と積極的に会話をしようとしない。続くのだが、どうにも一方通行になっているような気がするのだ。果敢に挑む選手も居る。彼女は話しかけられるときちんと時間をとって話を聞く。返事が英語になるだけだ。 一方、耳がある程度慣れている中堅は、単語とかは分からないが何となく意思疎通が出来る。 まあ、ボディランゲージ付きで話をしているのだから、彼女の言いたいことは何となく耳が慣れていなくても分かるのだろうが... あと、ベテランとフロントスタッフは無条件に日本語だ。 フロントスタッフとは意思疎通が出来なくては仕事にならないからというのは分かるが、ベテランが日本語を話されることについては、ラインが未だに不明である。 これだけ言うと彼女は変人のようだが、そうではない..と皆は思っている。 変わっていることも否定しないが... そんなの様子が変。それはつまり、いつも以上ということだ。 そういえば、後藤と有里も中々帰らない。次の監督を探しに行っていると聞いた。 どのみち、ロクなのを連れてこないだろう。 それが選手達の間で囁かれたフロントの評価だ。 「しかし、まあ...」と緑川が呟く。 「何スか?」と応じたのは傍に居た杉江だ。 「いや、ちゃん。また落ち込むことになったら、かわいそうだなと思って」 ああ、そうか。 緑川の言葉が耳に入った全員が納得した。 昨シーズン、外国人選手が移籍してきた。彼女はその選手の通訳を務めた。 の堪能な語学力はそのためなのだ。彼女は高校時代から就職先をこのETUと定めており、そのために、語学留学までしたというのだ。 親会社のないチームだからお金がないだろうし。だったら、スタッフが通訳も出来た方がいいに違いないと考えてがむしゃらに勉強したらしい。 もうひとりの広報の永田有里も英会話が可能なので、英語圏は有里に任せていることは多い。 しかし、その選手は結局日本に馴染めず、絶不調でろくにチームに貢献できずに国に帰った。 せめて日本に馴染むと言うことは通訳をしている自分が力になれたのではないかと一時期本気で落ち込んでいた。 その選手が日本に馴染めなかった原因のひとつは、同じ選手にあると言うのに、それには気づけなかったらしい。 「ジーノは?」 「さあ?バカンスがどうこうって言ってましたけど」 を気に入っている選手、ルイジ・吉田ことジーノがとても冷たく接したのが原因ではないかと仲間達はなんとなーく思った。後になって、ではあるが... そんなわけで、今回フロントが迎える監督がイングランドに居るらしいのできっとイングランド人なのではないかと思っている。詳しいことは聞いていない。 そうなると、がまた通訳につくのだろう。 まあ、相手が監督だったらジーノもそこまで出来ないだろうと言うのが皆の思いではあるのだが... キュッキュと音を立ててホワイトボードに連絡事項を書いているの姿を見つけ、赤崎は足を向けた。 「さん」 <はい>と彼女は振り返る。 「あ、いや...お疲れした」 <赤崎くんこそ> 「えーと...」やっぱり会話を続けるのが難しいなと赤崎は俯く。 「次の監督、外国人なんですか?」 <うまくいけば違うわね> 少し難しそうな表情を浮かべて彼女は言う。良く分からないということなのかもしれない。 「さん!」と別の人が声をかけてきた。彼女が視線を向ける。 タイムアウトのようだ。赤崎は肩を落とした。 「お疲れした!」 <世良くんも> 「お先です!」 <お疲れ様> 彼との会話を終えてはまた赤崎を見た。 <きっと大丈夫よ> 笑顔でそう言い、肩をぽんと叩いて手を振って歩き出す。 何が原因でそうなのか分からない。 でも、もう『そう』なのだ。時、既に遅し。 「ガキみてぇ...」 赤崎は自嘲して玄関に向かって歩き出す。 振り返るとも振り返ったらしく目があった。彼女はまた手を振る。 小さく会釈をして赤崎は歩き出す。少し浮き足立っているのは自覚がある。でも、仕方ない。だって、自分は彼女が好きなのだから。 |
桜風
10.7.3
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