| キャンプが始まった。 場所は、夢の島。つまり東京都内だ。 お金のあるチームは沖縄とか温かい地方に行くのだが、あいにくとこのETUはお金のないチームである。 寒風吹き荒ぶ中、選手達は監督の登場を待ち、登場した達海は選手達に「自習」とだけ告げて屋内に引っ込んだ。 「そういや、松ちゃん」 「なんですか?」 「っているじゃん。。広報の」 「さんですか?ええ、彼女が何か?」 不思議そうに首を傾げる。今はここに居ない彼女の話をしても仕方ないだろう。寧ろ、キャンプのこと。キャンプの話だ。 「あの子さ、サッカーやってたの?」 「は?!いや、私は聞いたことがないですが...」と言って周囲のコーチ陣に視線を向けると彼らも首を傾げた。 「本人に聞けば良いじゃないですか。そうじゃなかったら、有里ちゃん。あの2人、昔から仲が良かったって聞いてますし。それより監督!キャンプで自習って...」 「んー、そっか。ま、聞いてみよう」 そう言って達海は立ち上がり、「行こう、松ちゃん」と言って部屋を出た。 「なあ」と夕飯の時間に達海に声を掛けられた有里は「はい?」とげっそりとした表情を浮かべて返事をする。 今日は散々だった。 が一緒に行こうかと言ってくれたが、広報で仕事をきちんとする人は少ないので、に残ってもらった方が良いだろうと踏んだのだ。 踏んだが、がいたほうが何となく良かった気がした。少なくとも、自分の精神衛生上は。 「。って、サッカーしてたの?」 達海に問われて不思議そうに「ええ、まあ」と有里は頷く。 「ポジション何処?いつまで?」 「小学校の卒業までの3年間ですよ。ポジションは、どっちかといえばたぶん攻撃的な..どこだろう?決まってなかったとか聞いたことありますけど」 「もしかして、サブ?使ってもらえなかったの??」 不思議そうに言う達海を有里はさらに不思議そうに見た。 「いや、この間リフティングしてたんだよ。結構続いてたし、ボールのタッチが柔らかかったから、コントロールは良いんじゃないかって思ったんだけど...」 なるほど、と有里は頷いた。 「さん、ボールのコントロールだけなら良いって自分で言ってましたよ。ただ、試合に出たことがあるのは、練習試合も含めて1度だけだそうです。でも、そのとき2アシストの1ゴールだったかな?」 つまり、「セットプレーのみ?」と聞くと有里は目を丸くして頷いた。 「コントロールが良いなら使いようがあるだろうに」と達海が不思議がる。 というか。このキャンプのことを考えてくれとその場にいたスタッフは全員思った。 「さん、足が遅いんです。サッカー選手としては致命的なくらいに」 「どれくらい?」 「本人が気にしていることだから言いたくないですけど、たしかに遅いと思います」 「そっか」と呟き、の話はそれで終わった。 プレシーズンマッチを翌日に控えては選手達が合宿している夢の島へと向かった。有里と広報の打ち合わせをするためだ。 「やあ、。ボクに会いたくて我慢できなくなった?」 グラウンドに来たに優雅に手を振るのはジーノで、は適当に振り返して有里を探した。 グラウンドにいる選手達は何だか消化不良といった感じの表情だ。 「大丈夫かな?」 首を傾げるに「ああ、いいところに来た」と声をかけてきたのは達海だった。 「お疲れ様です」 「うん。なあ、小学校のときにサッカーしてたんだろ?」 まあ、この間リフティングしてたからサッカーをしていたのは気づかれていただろう。でも、何故小学校と分かるのか不思議だ。 「ポジション、どこ?」 聞かれて言葉に詰まる。だって、ポジション争いをしたことがなかったのだから... 「あえて言うなら..攻撃的MF?」 「何で疑問系なんだよー」と不満そうに言う達海に「決まってなかったんです」とが返す。 「んじゃ、リベロじゃないの?」 「それだけは絶対にない!」と断言するに首を傾げる。 は観念した。 「わたし、足が遅いんです」 「どれくらい?」 「言わなきゃダメですか?」 「何なら、計るけど」 は嫌々呟く。 「聞こえない」 「50mが15秒で、100mが27秒」 の答えに一瞬間が空き「おっそ」と達海が呟いた。 その通りだよ、とは不満そうな表情になる。 「だから、最初から監督は試合に出すつもりはなかったんです。スペースが空いても走れなかったから結局、わたしを入れてたら10人でプレーするのと同じになっちゃうって」 不貞腐れて言うに「けど、公式戦1回だけ出たんだろう?」と返されて目を丸くした。 そして有里を探せば彼女が手を合わせてこちらを見ていた。なるほど、と納得する。 「集団食中毒があって、でも、その試合に負けたら公式戦最後になってたんですよ。引退。わたしも含めて11人、ギリギリ居たんで、もうダメ元で出してもらえたんです。結構笛を吹く審判だったからセットプレーが多くて...」 「あ、コーナー2本とPKってとこ?」 コクリと頷いた。 「キーパーすればよかったじゃん」 「小学生のとき、めちゃくちゃ背が低かったんです。逆に、体格のいい下級生がいたからその子がキーパー」 何とも、環境が整わなかったんだ... 達海はやっと納得した。「なるほどねー」と呟く。 足が遅いからその分、ボールコントロールを努力したということなのだろう。 「ん、そっか」 満足げに頷いて達海は視線をグラウンドに戻す。 話は終わったのかな、と少し待ってみたが、終わったようなので有里の元へと足を向ける。 今日はそのために来たのだから。 |
桜風
10.7.24
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