アイコトバ 8





日が傾き、就業時間が終わりったクラブハウスの中はとても静かだった。スタッフの殆どが帰った後だ。

そんな中、広報部ではと有里が残っていた。

先ほどまでお互い仕事をしていたが、少し休憩とばかりにコーヒーを飲み始める。

「まだ帰れないの?」

がいうと「さんこそ」と有里が返す。

「まあ、今日のうちにやっておきたいしね」

「同じく」

そんな会話をしてお互いクスリと笑う。本当、仕事が好きだな...


「そういえば、さん。さんってご両親から『結婚』て言葉が出ないんですか?」

不意に有里が声のトーンを落として聞いてきた。


偶然廊下を通りかかった若手が足を止める。練習後に自主練をしていたのだ。

広報部から『結婚』という単語が出た。何だ??

何よりも気が気ではないのが、赤崎で。普段ならこういうときには全く興味なさそうにするだろうに、今回ばかりはそうは行かない。


「結婚?ないない。なに?有里ちゃんは会長からそんなこと言われてるの?」

がからかうと有里は手を振る。

「母がねー。もうホント。5月に入ったらよく雑誌が6月号とかでジューンブライドがどうたらって特集組んだりするじゃない」

有里の言葉に「ああ」とは頷いた。自分が定期的に購読している雑誌も何か知らないが盛り上がっていた。

「6月号にそんな特集組んでも大抵もう遅いわよね」

笑いながら言う。

「で?さんは?」

「うちは、ないわねー。母が早いときに結婚してバツがついた人だから、30超えたら考えるのも手よーって。お陰さまで。でも、そろそろ友達の間では結婚ラッシュが始まるかも...試合の日と被ったらどうしよう...」

ふぅと溜息を吐く。

「えー?!もう??」

「今年で26だもの。同級生は就職して6年目。仕事に慣れるのに必死の3年間が終わったらみんなポツポツと結婚について考えるらしいわよ」

「そういうもんなんだー」

「だから、今年はご祝儀貧乏になるかもー」

苦笑していうに「ご愁傷様」と有里が返す。

「有里ちゃんだってあと数年後よ。というか、お母さんが勧めるならこれは逃げにくいわねー」

からからと笑いながらが言うと「他人事だと思って!」と有里が抗議の声を上げる。

そんな有里に「他人事よ」と返すとむくれられた。

「でも、いいなー。さん、独り暮らしじゃない?親があれこれ言わないでしょう?」

「いえないでしょうね。でも、うーん...家に帰ってもご飯はないし、お風呂も沸いていない。洗濯をして、干して..ってあっという間に時間がなくなるわ」

「独り暮らし、憧れるんだけどなー」

有里がそう訴えるが「さっき言った感じの生活になるけど?」と返す。

「だって、友達を呼んでパジャマパーティが出来るじゃないですか」

有里がとても重要なことのように言う。

「パジャマパーティ?有里ちゃん、可愛いなー」

「もう!」と有里が益々むくれる。子ども扱いしないでほしいと主張している。

「じゃあ、うちに泊まりにくればいいじゃない」

がそう言ってカップに口をつけようとするとその腕をつかまれて危うく中身を零しそうになった。

「ホント?!良いの??」

「いいわよ。いつにする?試合のある日はダメよねー。その翌日??」

の提案について考えた有里は「そうね」と頷いた。

試合のあった日はその試合についての広報の仕事があるから夜遅くなるし、翌日は昼間は前日の試合についての取材の申し込みがあるかもしれない。

それらを考えたら、地元の試合の翌日がいちばん良いだろう。

「すっごく楽しみになっちゃった!」

有里が声を弾ませて言う。

「ま、詳しい日程をとっとと決めないと実現できなくなるかもしれないからね」

の言葉に有里は慌ててスケジュールの確認を始める。

「やっぱり、若いっていいわ...」

そう年でもないが何となく有里の溌溂さを目の当たりにするとそんな感想が零れてしまった。









桜風
10.7.31


ブラウザバックでお戻りください