アイコトバ 9





コンコンとドアをノックする音がして入ってきたのは村越だった。

「あ、アンケートのですか?」

毎月のウェブの企画で選手にアンケートに答えてもらっている。アンケートはシーズンが始まる前に公募したものを広報で厳選した。

「ああ、遅くまでやってるんだな」

「いえ。でも、村越さんがこんな時間に残ってるのも珍しくないですか?」

「まあな」

「コーヒー飲んで行きます?今ならサービスできますよ?」

が言うと苦笑した村越は「もらおう」と言ってソファに腰掛けた。

ふと、廊下を見た村越は彼らも招いていいのか考えた挙句、「まあ、いいか」と呟いて気にしないことにした。

「で?どうですか?昔の先輩が今の監督って」

がカップを持ってきてそういった。

「特には」と答えた村越にが肩を竦める。

さん」と有里が声をかけてきて、先ほどの日程調整の話を始めた。

そんな2人をぼうっと眺める。

たちはどうだ?」

「は?」と2人は声をそろえて聞いた。

「昔の..お前達が応援していたときのエースが監督で帰ってきたんだ。何か思うところは無かったのか?」

ああ、その話か。

「んー」と有里は唸っている。

「まあ、あんなにイラつくおっさんになってるとは思わなかったけど...」

の言葉に「俺と3つしか違わないぞ?」と村越が返す。

「うん。でも、そうだなー。こっち側に立って、初めて達海さんのことが分かった気もした」

の言葉に有里が首を傾げる。

「どういうこと?」

「今、達海さんが選手を物凄く大切にしてるその姿勢の基っていうのかな?詳しくは、言わない方が達海さんもやりやすいだろうから言わないけど」

そう言って村越を見ると彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。

「えー?私わかんないよ」

「いいの。見えないほうがいい事もあるし」

の言葉に有里は不満そうだが、村越が「諦めろ」というと大人しくなる。

「しかし、がチームに入ってきたときには...」

何となく昔を思い出したらしい。

と、言ってもほんの5年前だ。

「その前の2年くらいゴール裏にいなかったよな?」

だから、もうETUの応援を止めたのかと思ったらしい。

「1年は留学。1年は卒論。というか、卒業。留学したから単位的に色々拙かったんですよ。でも、死ぬ気で頑張って地元就職。羽田さんたちがメールとかで試合結果を教えてくれてたんだけどね」

が言うと「ええ?!」と有里が声を上げる。

「ま、まさか。さん。スカルズと一緒に応援してたの?」

「仕切っては無かったけど...まあ、ゴール裏にいたし。でも、応援の形は随分変わったよねー」

そう言って村越を見た。

「サポーターの応援はいつだって有難いし、力になる」

「でも、田沼さん戻ってきたみたいですよ?」

の言葉に「田沼さん?」と有里が首を傾げる。

「コータくん。分かる?」

「ああ、よく見学に来てる子供だよね?」

「そのお父さん。たぶん、タイミングが悪かったんだよね。ETUの低迷期に入った時期にコータくんが生まれたから家のほうが忙しくてスタジアムに通えなくて、結局そのまま足が遠のいてしまったんだと思うんだー。
でも、羽田さんはそれで納得出来ないだろうし、応援の仕方が昔と変わってるから田沼さんたちも馴染めないみたい。昔は『EーTーUー あそーれ EーTーUー』だったもんね」

「よく見てるな」と村越が感心して呟く。

「ま、わたしもサポーターですから?」と笑いながら言うと「フロントだろう」と村越も苦笑して返す。

「でも、今度久しぶりにゴール裏に来ないかって誘われてるんだよねー。取材的な感じで行ってみるのも手かなって...」

そりゃ、張り切る誰かさんが出てくるな、と村越は心の中で思った。

「でも、ウチのサポーターって、柄が悪くて有名だからなー...」

有里が呟く。これはこれで問題と思っているのだ。そして、を見た。

「出来るだけ我慢するって約束はしてくれているんだけど...」

「でも、札幌...」

「後藤さんが止めることができたってところで満足してよ」

さんは誰の味方よ?!」

フロントでしょう?!と言いたいようだ。

は「ETU」とその一言だけを返した。

そう返されたら有里だって黙るしかない。


「そういや、はどこがラインで日本語なんだ?」

不意に話を変えたのは村越だった。

「へ?」

「ドリさんはクロたちよりもウチの在籍年数は短いだろう?」

そういえば、そうだ。黒田たちには日本語で話しかけない。

「わたし、人見知りだから」

「いやいや、それにしたらかなり重度でしょう?!でも、プレス相手だったら気にしないじゃない」

有里が思わず突っ込む。

同じことを思っていた村越も頷いた。

「あーうー」と少し悩んでいただが、「プレスの人たちは一時のものだし」と返す。

「は?」

「いや、プレスの人たちは一時でしょう?でも、チームの皆はそうは行かない」

だから、尚の事コミュニケーションを図れと言いたい。

「まあ、ラインはわたしのなかで『大人』かどうかってことかな?ほら、包容力?緑川さんのお父さん力って包容力の塊だと思うのよね」

「お父さん力って...まあ、確かに。でも、それだったら黒田さんはともかく、杉江さんは...」

有里が言う。

村越も言おうと思ったがそれは黒田に悪いと思って飲んだ言葉だ。

「言うねぇ」とも苦笑している。

「あの2人はセットでしょう?確かに杉江さんは『大人』だと思うなー。けど、杉江さんと黒田さんで対応を変えたら杉江さんに迷惑をかけるでしょう?」

そりゃそうだ。

有里も村越も廊下の若手も頷いた。

「その点、椿君も別に良いんだけどねー」

「椿君?!子供じゃない??!!」

またしても有里の言葉に村越は反応に困ったが「だが、まあ。それはそうかもな」と苦笑した。

「どういうことですか?」と有里が問う。

「椿が相手だと、人間関係が悪くなることはまず考えられないということだろう?アイツが何かマイナスに働くイメージがない、ということじゃないか?」

村越の言葉には頷いた。「さすが」と言いながら。

「じゃあ、若手でも日本語対応は充分にありえるんだ?」

有里が言うと「まあ、有りかもね」と返しつつ「でも、此処まできたら通すのも手でしょう?」と笑いながら返す。

の言葉に廊下の若手達はずっこけた。

「まあ、外国語に耳が慣れるのは悪くないとは思うが..とコミュニケーションを取りたがってる若手も居るんだからそこらへんは考えてやれ」

特に誰とは言わないが、と村越は心の中で付け足した。









桜風
10.7.31


ブラウザバックでお戻りください