アイコトバ 10





「ところで、廊下に居る人たちは何で入ってこないのかしら?」

が声を上げると「え!?」と廊下から声がした。

同時に有里も。

「分かってたなら早く声をかけてやれよ」と村越が言うが「廊下が好きなのかと思って」とは悪びれも無く返した。


「おじゃましまーす」と入ってきたのは、世良と椿と赤崎だった。

これは何だか組み合わせとしては珍しい。

「ああ、世良くん。ついでだからこれ。サインしておいて」

レプリカのサッカーボールとサインペンを渡してが言う。それぞれはそのままソファに腰掛けた。村越の隣は人気が無く、空いている。

「あれ?今月俺でしたっけ?」

「ううん、来月。だから、『ついで』なの」

そう言いながらデスクから紙を取って戻ってくる。

「赤崎君はこっち。来月のアンケートね」

「ウス」

「で、3人はコーヒー飲む?」

が問うとそれぞれが頷いた。

準備を始めたを有里が手伝う。

さん」と声をかけてきたのは椿だ。

「はい?」

「昔からETUの応援をしていたんスか?」

「有里ちゃんもね。年季の入ったサポーターよ」

笑いながら言うに「だよねー」と有里が返す。

「あ!これ...!」

そう言って世良が指差したのは選手のカードが入ったチップスだ。

「あ、世良くんそれ食べるの?」

「体調管理に気を配れ」

が問うと村越が釘を刺す。

「ウス」と小さくなった世良は気を取り直してを見上げた。座っているから見上げているのだ。世良はより背が高い。

「それ、監督が置いていくの。自分はカードにしか興味ないみたいで。自分のカードが出るまで買うって。お茶菓子にお客さんに出せないし、わたしは食べないし。フロントの皆でもそこまで食べないから、どうしたもんかと悩み中」

「食っていいなら食います」

「それは助かる。けど、自分の体と相談しつつ、ね?」

「ウス」と返してひとつに手を伸ばした。

さん、何でこれ食べないんスか?」

世良が問う。

フロントの事務所やこの広報部は日本語圏なので、今なら自由に会話が出来る。

世良の問いには溜息を吐いて「察して」とだけ答えた。

「俺もこれ、カード集めてるんスよ」

ぱりぱりと食べながら世良が言う。

「どれだけ集まった?」

「んー、ウチのはまだボチボチですねー。けど、そんなに食ってないし。監督の方が集めきってるんじゃないんですか?」

「まあ、わたしがパシらされたのにはえーと、緑川さんと..村越さんと。あ、ジーノも。監督的には自分じゃなかったから文句たらたらだったけど。そもそも入ってないんじゃないかと思われる」

「パシってるんスか?」

赤崎が問う。

「ん?ああ、買い物のついでに買ってきてくれってね。手間のかかる弟をもったらこんな感じかなって思うくらい面倒くさい。実際年上なのにね」

苦笑して言うと「そりゃ悪かったなー」と達海が入ってきた。

「こんな時間にどうしたんですか?」

有里が慌てて対応したが、は気にしていない様子で肩を竦める。

「アイス。こっちにも入れてたんだよ」

「どこにでも入れるの止めたらどうですか?あと、そこのアイスは部長が食べていましたよ。『気が利くなー』っていいながら」

がいうと「何だって?!」と声を裏返して達海は慌てて冷凍庫を開けた。

確かに、何もない。

「なあ、...買ってきて」

「面倒くさい。今度ついでに買ってきますよ。あ、じゃない。そうだ」

そう言っては自分のデスクの引き出しを開けてまたなにか紙を取り出した。

「何?」と達海が覗き込む。

「地元のケーブルテレビがETUに新旧7番が揃ったから特集組みたいって申し込んで来たんです。ただ、その新旧7番がどうにも取材向きではないのが難点なんですけど」

そう言って達海を見上げて椿を見た。

「すみません」と小さくなる椿に「そういう人も居たほうが面白いって」と達海が返す。

「まあ、監督の方が年上で?しかもインタビューされる事に慣れているはずだから?椿くんをフォローしつつこの特集、10分程度らしいんだけど..を受けるって約束したら今すぐチャリンコ漕いでパシりますけど?で、有里ちゃんどう?」

有里は頷く。こういうときに同行するのは有里で、苦労をするのもこれまた有里なのだ。

「俺じゃなくて、選手がいいんじゃないの?ほら、村越。ミスターETU」

「毎年、村越さんにはお願いしていました!いい加減、村越さんの負担減らそうとか思いましょう。思ってください。思いなさい」

畳み掛けるようにが言う。

「んー、じゃあ。アイスはのおごりだぞ?」

「ふざけんな」と間髪入れずにが返す。

「えー。俺、アイスたーべーたーい〜」

「だから、パシるって言ってるでしょう!これ以上我侭抜かしたら...」

「抜かしたら?」興味があるのか、達海は彼女の言葉を繰り返す。

「後藤さんが監督に泣いて『大人しくしてくれ』って頼むように仕向けます」

想像したらしく、達海はげんなりした。

「それは、見たくないよなー」

良心が痛むとかじゃなくて、面倒くさい。

「オレが行きましょうか?」

立候補したのは赤崎だがは苦笑して首を振る。

「いいよ。練習が終わって疲れてるだろうし、チャリでちょっとだし。何せ、この時間まで残ってるってことは、居残りで練習したんでしょう?」

さんも残業で疲れてるんじゃないんスか?」

「大丈夫。結構頑丈なんだから」

「見たとおりにね」と茶々を入れる達海をひと睨みしたは手を出した。

「どうします?」

「んじゃ、よろしく」

そう言って財布から1000円札を抜き出してに渡す。

心配そうな視線を向ける赤崎には苦笑した。

「赤崎くん、わたしをそこいらの女の子と一緒に考えたら怪我するよ」

「は?」

「海外に1年留学するのに親が出した条件。『何か武道をしておきなさい。丸腰で海外は危険だから』。てなわけで、黒帯持ってるから」

カラカラと笑うに部屋の中に居た皆はシーンと言葉を失った。

「じゃね!」

軽やかに出て行くを見送って「何の黒帯だろう」と世良が呟き、皆はそれぞれ反応に困っていた。









桜風
10.7.31


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